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8/11

キッカケ

翌日、駅前で俺は弘樹を待っていた。別に待ち合わせしているわけじゃない。学校に行くにあたり、数少ない同じ中学出身の俺と弘樹は同じ電車で行くのがほぼ日課となっている。そもそもとして一時間に数本しかない電車なのだから同じ学校である以上、同じ電車に乗るのはごく自然な流れだ。なので俺は今朝も駅前の広場で弘樹がやってくるのを待っているといた。

「はわぁぁぁ……ねむっ」

大きくあくびをしてからまだ覚醒しきれていない脳を起こす為に頭をぶんぶんと横に振る。

「うーん、やっぱりまだ眠い」

俺は目の下に隈がないことを近くに止まっている車のガラスで確認しつつ、目をこする。

そもそもとして何故俺がこんなに寝不足なのかと言えば、それは全てあの兄貴に原因がある。


夕食を終えてすぐに兄貴は、

「ゲームしようぜ!」

まだ食べ終えていない俺に向かってそんな提案を持ち掛けて来た。

すぐに帰るものだと思っていた俺は当然のごとくそれを断った。次の日からは普通に授業もあるし、いろいろと準備しなければいけないことがあったからだ。

だが、そんなことをお構いなしといった感じで兄貴は、

「いいからやろう!」

そう言ってきた。

それでも頑なに拒む俺に対して兄貴は、

「じゃあこれを見てもそう言えるかな?」

「なっ!? それは……スマバラ!」

兄貴が取り出した物、それは某有名メーカーが制作した超人気対戦型アクションバトルゲーム「大絶叫! スマートバトラーズ」の最新作だった。

何を隠そう俺はこのゲームの大ファンだ。ただ最新作は先日出たばかりの新作ハードをプラットフォームにしている為、しがない学生でお金のあまり持っていない俺はまだプレイ出来ていない。

「なんで兄貴がそれを……」

「ふふん、これでも大学生だからな。バイトとかで貯めた金で買ったのよ」

胸を張って自慢気に言う兄貴の傍らにはこれも買ったと思われる新作ハードが……

「せっかく買ったゲームを一人でやるのもなんだからお前を誘ってみたんだが、まあ忙しいならしょうがないな。俺一人でやるとするか」

あからさまな挑発。でもそれは俺にとってとても魅力的な誘惑を含んでいる。

一人葛藤する俺を横目に口笛を吹きながらゲーム機をテレビに接続する兄貴。

くそぅ、こんな兄貴に屈するわけには……

「……仕方ないな。少しだけ、少しだけ付き合ってやるよ」

あっさりと誘惑に屈しました。だって好きなゲームはやりたいもん!

「ふふっ、そうこなくっちゃな」

こっちを見て笑みを見せる兄貴にイラっとするがここは抑えよう。その分ゲームの中でギタンギタンにしてやる!

「よし、じゃあゲームスタート」

そうして始まった城山家ゲーム大会。その戦いは熱戦を極め、深夜遅くまで及ぶのだった。


と、まあそういうわけで、結局朝方近くまでゲームに没頭してしまった俺は今こうして絶賛寝不足中というわけである。

ちなみに兄貴はまだ家で寝ている。家を出る時に一様声を掛けてみたが、

「今週はまだ授業ないから行かなくても大丈夫」

と、二度寝をし始めた。大学生ってのは気楽なもんだな。こっちは今日から授業だってのに。

まったく、結局兄貴に乗せられちまったよ。……まあ途中からは俺も楽しんでたけどさ。

「はぁ……」

自分の安易な行動を後悔して小さく溜息をつく。

「ういーす!」

そんな俺のテンションとは真逆のハツラツとした野太い声が横から聞こえてきた。

「おはよう。今日も元気そうだな」

気怠い雰囲気を出したまま声の主である弘樹に挨拶をする。

「おう! 俺はいつでも元気だぜ。そういうお前は体調悪そうだな?」

「まあ、ちょっとな。ただの寝不足だから大したことない」

「そうか。ならいいんだけどよ」

そう言って弘樹はどこか安心したかのようにふっと一呼吸した。

「そんなことより早くホーム行こうぜ。あんま時間ねぇし」

「お、おう」

そんな弘樹に声を掛けて俺達は駅へと向かった。


「うおっ、今日は混んでるな」

到着した電車に乗り込んで早々、車内の光景を見た弘樹がそんなことを言った。

「確かに今日は混んでるな」

俺もパッと車内を見渡して弘樹の言葉に同調する。

俺達がいつも使う最寄りの駅は学校のある都心部からはそれなりに離れた郊外にある為、朝のラッシュの時間帯でもよくテレビとかで見るようなギュウギュウに混み合うことはほとんどない。むしろいつもだったら席に座る余裕もあるくらいだ。

なのに今日は電車に乗った時点で既に席は全て埋まっていて、車両の端の方が見えないくらいに立っている人が車内を占拠している。乗車率で言ったら八十パーセント、といったところか。

「今日ってなんかあったけか?」

「さあ?」

弘樹は首を傾げながら肩をすくめる。

「ま、こんな日もあるさ」

仕方ないと座ることを諦めて、俺と弘樹はドア付近へと移動した。

「あーあ、こんなことなら早く来ておくべきだったぜ」

「お前がそれを言うか? いつもギリギリに来るくせに」

「それは仕方ないことなんだよ。毎日遅くまで部活で疲れて帰ってきてるんだから朝起きれないのは必然の流れなんだ」

「そうか? 野球部の奴には始発で行って朝練してる奴もいるって聞いたことあるぞ」

「い、いいんだよ。俺はその分夜遅くまで練習してるんだから」

なんて他愛ない会話をしながら電車に揺られる俺と弘樹。学校の最寄り駅まで三十分くらい掛かるけどこいつと話しているとその時間もあっという間のように感じる。やっぱりこうやって気兼ねなく話せる相手がいるっていうのは大事だな。ま、そんな弘樹にも隠していることが俺にもあるのだが……

『まもなく、薮神。やぶかみです』

と、話しているうちに電車は薮神へと到着しようとしていた。

薮神はウチの町と都心部の丁度真ん中くらいにある町で、都心部程でないがそれなりに発展している町だ。なので電車の利用客も多く、いつもはすっからかんの電車もここで一気に混雑するようになる。

「今日は少し気合入れないとな」

「そうだな」

いつもなら座っているのでここで人が増えてもまったく問題ない。が、今日は久しぶりの立っての乗車である。立っての満員電車を経験したことのないわけではないが、何度やってもあれには慣れない。むしろ出来ることならもう乗りたくない。だが今日に関しては諦めるしかない。

と諦めがちに覚悟を決めたタイミングで電車が駅へと到着する。

「っと!」

電車が停車した反動で少しバランスを崩す。

まあ、これくらいどうってことない。

俺は右足を前に出し踏ん張る。が、

「え?」

突然頭の血がスーッと下へ落ちていくような感覚に襲われる。それと同時にぐらりと俺の視界が揺れた。

なんだ、これ?

わけもわからないまま俺の視界が横になり、そして下へと落ちていく。

「葵!」

耳元で大きな声がした。それと同時に俺の体を暖かいものが包んだ。

え? 一体何が?

だが考えようとしてもどこか意識が遠くにあるみたいな感じで上手くまとまらない。俺に出来るのはただ揺れる視界を遮るように目を閉じるだけ……

と何も理解出来ないうちにプシューとドアの開く音がしてぞろぞろと大量の人が入ってくる気配がした。

『ドアが閉まります。閉まるドアにご注意下さい』

「うっ……」

閉まるドアの音とアナウンスと共に遠のいていた意識が戻ってくるような感覚がきて、俺はそっと目を開く。

「……っ!?」

そして今の状況を見て俺は驚愕した。

俺は弘樹に抱きしめられていた。体全体を包み込むように、ギュッと強く。

「ひ、弘樹。お前、何やって……」

俺は抱かれたまま顔を上げて弘樹を見る。

「何って、いきなりお前が倒れやがるから支えってやったんだろうが」

「え? たおれ……あっ!」

そうかさっき俺は倒れそうになったのか。それで咄嗟に俺を支えようとして……

「そ、そっか。わりぃな」

「いいって。それよりも大丈夫か?」

「あっ、うん。少し立ちくらみしただけだからもう大丈夫。だから、その……」

もう離してくれ。

それを面と向かって言うのが恥ずかしかった俺は少し顔を逸らし語尾を濁らせながら弘樹に言う。

「いや、まあそうしたいのは山々なんだけどよ……身動きがとれん」

そう言ってはははっと笑いながら弘樹は左右を見る。

それにつられて俺もあたりを確認すると、

「あっ、……あー」

車内はこれでもかってくらいに人に溢れ、大混雑になっていた。それこそ身動き一つ取るのさえ苦労するぐらいに。

「とまあ、そういうわけだよ」

「な、なるほどな」

「だ、だからもう少しだけこのまま我慢してもらわないといけないんだが……」

「ま、まあなら仕方ないな」

渋々という感じを出しながら俺は頷く。

だが内心はそうじゃなかった。

マジかよ!? このまま…弘樹に抱かれたままの体勢で次の駅まで堪えろっていうのか! いや、この駅過ぎたら学校の最寄り駅までほとんど乗り降りないから……もしかしてそれまでこのまま!? もう半分は過ぎてはいるといってもまだ十五分近くはあるんだぞ! その間このままなんて……

突然の状況に俺の頭はパニック寸前だった。

いやいや落ち着け。そもそも相手は弘樹だぞ。無駄に明るくて、逆にうるさい時もあるぐらいの俺の中学からの腐れ縁の親友だ。それぐらい付き合いの長い奴に抱かれているからってなんだっていうんだ。そうだ、何も問題はない。ここは冷静に状況を認識し直そう。

俺はスッと視線を前へと向ける。目の前にあるのは弘樹の胸。背の高い弘樹の大きな体が平均よりも少し低い俺の小柄な体を包み込むようにして抱いている。そして服越しに感じる弘樹の体温。目の前にある胸から今にも心臓の鼓動が聞こえてきそうで……

って、ちっがーう! 何考えてんだ、俺は! そうじゃなくて、今の状況を冷静に分析して心を落ち着かせようと……

とそこまで考えてみたところで俺はあることに気づいた。

あれ? そういえばさっきから何も話してない?

駅を出てから暫く経っているような気がするのだが未だに俺と弘樹の間に会話がまったくないのだ。

おかしいな、いつもなら何もなくても弘樹の方から話題見つけて話しかけてくるのに。

気になった俺はそーっと顔を上げて弘樹の顔を見てみた。

近くにあるはずの弘樹の顔。だが弘樹はこちらを見ずにどこか遠くの方を眺めていた。その顔はどこか赤いような気もする。

「弘樹?」

「ひゃう!?」

俺が名前を呼ぶとビクッと跳ねるように体を震わせて弘樹は驚く。

「お、おおう。ど、どうした?」

「いや、遠く見てるからどうしたのかって? 何か見てたのか?」

「べ、別に何も見てないぞ」

「そうか? それとなんか顔が赤いような気がするんだが、もしかしてお前も具合悪くなったのか? さっきから全然しゃべらないのももしかしてそれが原因じゃ……」

「だ、だ大丈夫だ。俺は元気だ。うん、何も問題はない」

「そ、そうか。なら別にいいんだけどよ」

そうして会話が終わり、そして再び沈黙が始まる。弘樹はさっきとは逆の方向を見たままこちらを見ようとしない。そして未だに顔は赤いままだ。

「……」

そんな弘樹に俺も何を話したらいいかわからずただただ無言の時間が続く。

なんかおかしい、よな?

弘樹への疑問とそれでもまだ抱かれている恥ずかしさを感じる時間は結局最寄り駅まで続いた。そしていつもはあっという間のはずの朝の時間はいつもの何倍以上にも長く感じられたのだった。


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