兄貴の言葉
「ぶはぁーやっぱ疲れた体には炭酸だな!」
リビングに戻ると兄貴がペットボトルの炭酸飲料を片手にソファーにぐだーと寄り掛かっていた。服は既に着替えたらしく、Tシャツに短パンというラフな格好だ。
「……だらしねぇぞ」
「別にいいだろ。どうせお前しかいねぇんだから」
そう言って兄貴はまた炭酸飲料をぐびっと飲む。
少し嫌味ったらしく言ってみたんだが……兄貴には無意味だったらしい。そもそもとしてこの人に俺が何を言ったところで無意味なのだ。
俺ははぁーと小さく溜息をついた。
「んで、何しにこっち来たんだよ? 雨宿りの為だけに寄ったってわけじゃないんだろ?」
「ん? ああ、まあな。今年からの授業に昔の資料が使えそうだから取りにきた」
「あっそ。じゃあとっとと持って帰れば」
俺は冷たい目線と言葉を兄貴へと投げ掛ける。
「おいおい、久しぶりに会った兄に対してその態度はないんじゃないか?」
「何が久しぶりだ! この前も帰ってきたばっかだろ」
春休みの間は二日に一回くらいのペースでこちらに帰って来ては飯を食ったり、風呂に入ったり、ソファーに寝たままテレビを見たりとくつろぎまくっていた。というか去年からしょっちゅう飯だけ食いに帰ってきたりしてたけどな。
まったく、これじゃ一人暮らししている意味がない。
「まあまあそう怒鳴るなって。で、今日の夕飯は?」
「え? 今日は簡単にパスタでも茹でて食べようか……って食ってく気だろ?」
「おうよ!」
さも当たり前であるかのように返事をする兄貴。まったく、なんでそんなに堂々と出来るのやら。
「……ったく、わかったよ。兄貴の分も作るよ」
「おお、さすが葵! 話がわかるぜ」
「そんなにおだてても何も出ないぞ」
ほんと、調子いいんだから。まあ、それであっさり折れてしまう俺も俺だけど。
「んじゃ、部屋行ってるから出来たら呼んでくれ」
「あ、おい!」
と俺の声をよそにソファーからピョンと起き上がった兄貴はそのままの勢いでリビングを出ていってしまった。
「はぁー、しょうがねぇな」
俺はがっくりと肩を落としながらソファー脇に置きっ放しになっている炭酸飲料を拾って台所へと向かう。
「あっ、そうだ!」
「うぉ!?」
突然ドアが開いて兄貴を顔を出す。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「いやーお前ももう高二だし、言っとかないといけないと思ってさ」
そう言って兄貴は今までの表情が嘘みたいに険しい顔になり、
「あと一年だぞ」
そう低い声で俺に言い放った。
「……ああ。わかってる」
俺はその言葉に同じくらいの重みをもって答える。
「そっか、ならいいんだ。ま、頑張れや」
それだけ言って兄貴は再びリビングから出て行った。
「……そんなのわかってるよ」
俺は一人呟き、台所へと向かった。兄貴のその言葉の意味を胸の奥で強く感じながら。