恥ずかしがり屋?
「おい、葵!」
ホームルームが終わって放課後になった途端、弘樹が俺の席へと詰め寄ってきた。
「どうした? そんなに急いで」
「どうした? じゃねぇよ! お前嘘つきやがったな!」
「嘘?」
「とぼけんな! テストのことだよ!」
「あーそれね」
そういえばノート渡してから一心不乱にノート見て覚えてたっけ。始業式の時もこっそり持ち込んで喰い入るように見てたしな。
ま、俺は今日テストがないことは最初から知っていけどね。その上で弘樹が席に戻るようにわざとあんなことを言ったわけだけど、思った以上に効果抜群だったな。
「たまたま今日はやらなかっただけじゃないか? 俺の聞き間違いって可能性もなくもないが」
「聞き間違いって、そんな簡単に済ますなよ! ああ、オレの貴重な時間が無駄に……」
ガクッと肩を落としながら俯き、嘆く弘樹。一様新学期からの予習分のノートだから覚えておいて損はない。むしろこれから数日の間に小テストがあったら間違いなく俺に感謝することになるぞ。
ま、面倒だからこいつには言わないけど。
「そんなことより俺はもう帰りたいんだが?」
「オレの浪費した貴重な時間をそんなこと呼ばわり!?」
よくわからんツッコミを入れてきたが俺はそれを可憐にスルーして話を続ける。
「せっかくの半日授業だしな。帰っていろいろやりたいんだよ。お前は部活だろ?」
「……ああ、そうだよ」
不満そうな顔をしながらも俺の問いに頷く弘樹。ちなみに俺は帰宅部で弘樹は野球部。中学までは俺も野球部だったけど、高校入学と同時に辞めた。俺の実力じゃとてもじゃないが高校では無理だと、そう感じたからだ。まあ、それ以外にも理由があるっちゃあるが……
ともあれ今の俺は気楽な帰宅部だ。
「部活あるなら早めに行って練習した方がいいぞ。春の大会も近いんだろ?」
「それはそうだけどよ……もうやらないのか?」
そう言って真剣な表情になる弘樹。突然の変容に少し驚きはするがそれが何を意味するのかすぐにわかった。
「何度も言っただろ。俺はもう野球はやらないよ」
それはもう何度も繰り返された俺と弘樹のやり取り。だから俺もいつものように言葉を返す。
「でも、俺はお前と一緒に野球を……」
そこまで言いかけて弘樹は言葉を噛み殺しながらギュッと唇を噛み締める。
「そんな重苦しくなるなって。ていうかそんなことしてたらクラスの奴らに注目されちまうだろ」
「え、あっ……」
そう言って周りを見渡す俺と弘樹。幸いにもクラスメイト達は既に帰っているか、それぞれグループを作って談笑している人しかいなかったので俺達のことに注目しているような人はいなかった。
「ご、ごめん。つい……」
そう言って弘樹は頭を下げる。
「いいって、別にそこまで気にしてないからさ」
普段は明るい気さくな奴なんだけど、野球のこととなると途端に真面目になるからな。ま、それもこいつのいいとこなんだけど。
「それよりも早く帰ろうぜ。玄関までは一緒だろ?」
「お、おう」
机の横に掛けていた鞄を肩に掛け、弘樹と並んで歩き出す。
「っと!」
踏み出した足の先に何かが落ちているのを見つけて俺は足を止める。危うく踏み潰すところだった。
「メガネケース?」
落ちていた物を拾い上げるとそれはどうやらメガネケースのようだった。なんでこんなとこに?
「おい、どうかしたか?」
「いや、これが落ちてて……」
横から覗き込むようにして聞いてきた弘樹に答えようとしたその時、ちょうど前側のドア付近でキョロキョロしている人影を見つけた。下を見ながらあっちに、こっちにと視線を移しながらゆっくりと前進している。あれはもしかして、
「弘樹、少し待っててくれ」
「お、おう?」
弘樹にそう言って俺はその人物の元まで移動し、
「凪沢さん」
俺はその人物、隣の席の凪沢さんに声を掛ける。
「あっ……はい」
一瞬ビクッと反応したあと、俯きながらも彼女は返事をする。うーん、やっぱりまだどこか硬いな。
「どうかしたの? もしかして落し物とか?」
「えっ……はい。そうです」
俺の目をチラッとだけ見ながら彼女は小さく頷く。
「それってもしかして、これ?」
俺は先ほど拾ったメガネケースを彼女の前に出す。
「っ!?」
それを見た彼女は大きく目を見開く。やっぱり彼女のか。
「さっきそこで拾ったんだけど、もしかしたらって……うぉ!」
と、話している途中で凪沢さんが奪い取るような勢いでメガネケースを掴み、両手で自分の胸の前で包み込むように抱く。
「あっ、えーと。やっぱり凪沢さんのだったんだ」
その彼女の行動に驚きながらも俺は出来るだけ平常通りの言葉を彼女へかける。
「はっ!? す、すみません」
ハッと我に返ったかのように驚き、慌ててこちらに頭を下げる凪沢さん。
「いや、大丈夫だよ。というか眼鏡するんだ」
「ふ、普段はコンタクトなので」
恥ずかしそうに少し頬を赤らめ、俯きがちに答える凪沢さん。
「そうなんだ。見てみたいな、眼鏡掛けた凪沢さん」
「っ!?」
ビクッと先程よりも大きく体を震わせる凪沢さん。
「な、なななにを言っているんですか」
体をギュッと強く抱きしめ、唇を震わせながら彼女は俺に向かって小さく叫んだ。いや、叫んだっていうより言ったという方が正しいかな? それくらい彼女の小さな叫びだった。
「なにをと言っても、本当のことを言ってみただけなんだけど」
「そ、そんな……眼鏡を掛けた私なんて、卑屈で気弱でダサくて……」
ぶつぶつと独り言のように自分を卑下する言葉を呟く凪沢さん。
「そうかな? 今でも可愛いけど眼鏡掛けたらまた違う可愛さが出ると思うんだけどな~」
「可愛い!?」
突如ピョンと跳ねたかと思うと俺から逃げるように後ろへ後ずさる凪沢さん。
「か、かかか……」
何かを言いたいようだけど口がわなわなと震えて上手く言葉が出せていない。
「だ、大丈夫?」
「あっ……ひゃ!?」
心配して伸ばした手を肩に置いた途端、震えがピタリと止まった。いや、止まったのではなく硬直していた。
「な、凪沢さん?」
「ひゃうっ!?」
そして再び俺が声を掛けると唇をあわあわと震わせながらこっちを見上げる。その頬はリンゴ病か! ってくらい真っ赤に染まっている。
「わ、わわわたし……」
そして今にも泣き出しそうな瞳を俺に向けながら、
「さ、さよなら!」
今までの彼女じゃありえないくらい目にも留まらぬ早さで教室から飛びたしていった。
「……え?」
わけもわからず呆然と立ち尽くす俺。な、なんだったんだ?
「お前ってほんと、罪作りな奴な男だよな」
いつの間にか後ろに立っていた弘樹がボソッと俺だけに聞こえるような声で呟く。心なしか目が細まっているような気がする。
「なんだよ、罪作りって」
「お前のそういうところだよ」
「そういうところって言われても……」
疑問を浮かべている俺を見て弘樹ははぁーと大きく息を吐く。なんなんだよ、ほんとに。
「まあ、いいや。早く行こうぜ」
「お、おう」
弘樹の呼び掛けに応じて再び並んで俺と弘樹は生徒玄関に向かって歩き出した。
俺って嫌われてるのかな?
玄関に向かって歩きながらさっき逃げられた理由を考えて呟いたら弘樹はまたはぁーと大きく息を吐いた。
ほんと、なんでだ?