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隣の席

「にしても思った以上にきつかったぜ」

俺の隣の席に腰掛けながら弘樹が大きく溜息をつく。

「そんなの一組になった時からわかってたことだろ?」

「そりゃそうだけどよ。さすがに四階上った先の一番端っこの教室は疲れるぜ」

「まあそれは確かにな」

ウチの学校は二、三年の教室のある棟と一年生のある棟に分かれている。場所的に言うと別棟にある一年の教室が生徒玄関から一番離れてはいて、その次に二、三年棟の上の階に位置する二年教室、その下にある三年教室と学年が上がるにつれて教室は生徒玄関へと近くなる。そんな中一年の教室を除いて、生徒玄関から一番遠い場所に位置するのが四階の一番端に位置する俺たちのクラス、二年一組だ。正直俺も毎日階段を上るのかと思うと溜息をつきたくなる。

「で、まあそれはいいとして……なんでお前はここにいるの?」

「え? そんなのお前と話す為に決まってんじゃん!」

「でもそこお前の席じゃないじゃん。なに、それともお前友達いないの?」

「せっかく話しに来てあげた親友に対して酷い言いようだな……というかそれはお前も同じだろ? このクラスに知り合いらしい知り合いいないし」

「うぐっ……そ、そんなことない、ぞ」

「いや、明らかに視線逸らしながらそんなこと言われても説得力ないぞ」

 俺の言動を見て的確なツッコミを入れる弘樹。まあ確かに弘樹以外に知ってる人はこのクラスにいないけどさ。

「まあ、でもお前がいてくれてよかったよ。やっぱお前がいると落ち着くし」

「……そうかよ」

 屈託のない笑顔を見せる弘樹に俺はそっけない言葉を返す。

「にしてもここまで知り合いいないってなると、なんか去年と同じだな」

「そうだな」

 去年の今頃のことを思い出し、俺は頷く。この学校はそもそもとして俺の中学から来る生徒が圧倒的に少ない。それこそ去年だって俺と弘樹合わせてもこの学校に来たのはたったの五人だ。それなりにレベルが高いのと地元から電車で三十分近くかかってしまうのがネックになっているのだろう。ウチの中学の連中は大抵地元の高校に進学するからな~どんだけ地元大好きなんだよ。

 まあそんなわけでこの学校に来る奴らは極端に少ない。じゃあなんで俺はこの学校に来たのか? それは、まあ……いろいろあるんだけど。

「んじゃまあ去年みたいにするか!」

「? 去年みたいって?」

 突然弘樹がたった今思いついたように提案を持ちかける。少しばかり去年のことを思い出していた俺だがそれが何のことを指しているのかわからず、首を傾げる。

「何だよ、忘れたのか? あの入学式の日他に知り合いがいないからってオレが思いついた名案があっただろ?」

「そんなのあったか?」

「あったよ! 仕方ないじゃあ思い出せないお前に教えてやるよ! つまり……」

 自信あり気に胸を張りながら弘樹は言う。

「オレとお前が楽しく話をしてればそれだけで十分だ!」

「……」

「おい、なんで無反応なんだよ」

「いや、だってよ……」

 確かに去年も同じこと言ってたっけ。こっちが楽しそうにしてれば向こうから話しかけてくるはず! とか言ってさ。それでそれがどうなったのか……言わなくてもわかるでしょ?

「なるほど。確かにお前が危惧することもわかる。でも大丈夫だ、今年こそ成功する!」

「なんの根拠があってそんなに自信満々に言えるのやら……ま、いっか」

 特にすることもないし、付き合ってやるか。

 そうして俺達は楽しい話とやらを始めた。と言っても別段特別な話をしているわけじゃない。いつも通り他愛ないのない話をしているだけだ。昨日見たテレビの話とか部活の話とか、他の人がどんなことを話しているのか知らないけど普通な、ごくごく一般的な日常会話を俺と弘樹はしているだけ。こんなのが作戦と呼べるのかわからないけど……まあ誰とも話さずにポツンとしているよりも時間潰せるしいいか。

「ん?」

 弘樹と会話を始めて数十分が経った頃、一人の女の子の姿が目に入った。その子は弘樹の後ろで視線を下に向けたまま何やらモジモジとしている。そして時折何かを言いた気に顔を上げては結局に何も言わずに顔を下げるのを繰り返している。

 一体何をしたいのだろう?

 疑問に思っていた俺だがその行動を何度か見ているうちに彼女の行動の意味を理解した。

「なあそろそろ先生来る時間じゃないのか?」

「ん? なんだよ急に」

 俺の言葉に弘樹は疑問を投げかける。

「いやでも時計見てみろよ。もうすぐチャイム鳴るぞ」

「確かにもうこんな時間か……でも鳴ってすぐ担任が来るってわけでもないし大丈夫だろ?」

 問題ないって感じで軽く言葉を返す弘樹。

「いやでも最初の授業だぜ? しょっぱなからそれはよくないんじゃないか?」

「それはそうかもしれんが……」

 そこまで言っても弘樹は席を立つのを渋る。むぅ、手強い。というかそろっと察してもらいたいんだが……仕方ない。

「そういえばテスト勉強はやったか?」

「は? 何それ? そんなのないだろ? 春休みなんだし」

「いやいや、休み明けにすぐ、始業式の日にテストあるから勉強しとけって先生言ってたじゃん」

「はははっ、まさかー……マジで?」

「マジマジ。ここのテストである程度点取っておかないと一学期の内申マズいらしいぞ。赤点の可能性大だな」

 深刻な表情で尋ねてくる弘樹に俺は真面目な顔をして答える。

「……あっ、そうなんだ」

 途端に血の気のない表情になる弘樹。よしよし。

「ちなみにだが、今ここにそのテスト範囲を押さえた分かりやすいノートがある」

「っ!?」

 俺がスッと取り出したノートに弘樹の視線がばっと移動した。

「……えーと、葵様。そのノートをわたくしめにお貸しして頂けませんでしょうか?」

 頭を深く下げ、祈るように両手を差し出す弘樹。

「はぁ……いいよ。テストまで貸してやるから勉強しろよ。今から死に物狂いでやればなんとかなるだろうし」

 そう言って差し出された手に俺はノートを乗せる。

「マジか! さすが葵。神様、仏様、葵様!」

 調子良く俺を盛り立てる弘樹。

「いいから、早く席戻って勉強しろ」

「イエス! ボス!」

そう言って席へ戻っていく弘樹。仏だったり神だったりボスだったり……俺は一体何者なんだよ。

「ふぅー、ごめんね。もう座れるから」

「え?」

立っている女の子に向かって俺は言葉をかける。女の子は驚いたように俺を見る。

「ここ、君の席だよね。だからさっきから弘樹……さっきまでここにいた奴の後ろにいたんでしょ?」

「え、あっ……はい」

戸惑った様子ながらも彼女は小さく頷く。

「やっぱり……ごめんね。俺もあいつも悪気があったわけじゃないだけどちょっと話に夢中になって気づかなくて」

「い、いえ。だ、大丈夫ですので……」

そう言って彼女は静かに席へと腰を下ろす。

「えーと、俺は城山葵。隣の席だしこれからよろしく」

「あっ、凪沢霞です。よ、よろしくお願いします」

彼女はこちらをチラッとだけ見て小さく会釈した。だが未だに俺と目を合わせようとはしない。

うーん、もしかして恥ずかしがり屋なのかな? それともいきなり嫌われてしまったか……いずれにしても新しいこのクラスで新しい交友関係を作るのは時間がかかりそうだ。

「ふぅ」

前の方へと体の向きを直した俺はそんなことを考えながら残り少ない朝の時間を消費していくのだった。


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