そして彼女は現れた
そして話は今へと戻る。俺が弘樹に告白されている今へ。
俺は酷く困惑している。それは俺だけじゃなくこの話を聞いた人全てが感じることだろう。
なぜこうなかったのか、と。正直に言ってついこの間までは普通の親友として俺と弘樹はいられたはずだ。それがなにがどうなって告白されるなんて予想の遥か斜め上を行く展開になってしまったのか。いくらなんでも超展開過ぎるだろ! これが誰かの書いたシナリオだとしたら物語クラッシャーもいいとこだ。
「これが俺の本音だ。まごうことのない心の底からの気持ちだ。」
困惑で頭の中がこんがらがっている俺を横目に弘樹が至って真面目な顔でそう断言する。
「俺は本音を伝えた……だから今度はお前の答えを聞かせてくれないか?」
そして続け様に弘樹は俺に問いかける。
「お、俺の答えって……」
「別に迷うことない。お前の俺に対する素直な気持ちを教えて欲しいんだ」
そう言って真剣な表情で真っ直ぐに俺を見つめる弘樹。その顔には一寸の迷いも感じられない。これはもう否定しようがない。弘樹は本気だ。本気で俺に告白して本気で俺の答えを求めている。
「お、俺は……その……」
言葉を出しながら必死に頭で考えて正解となる答えを探す俺。なぜ考える必要があるのか? 弘樹に告白に対してどうしたいのか俺自身迷っている、それもあるだろう。だがそれ以前に俺は弘樹に告白に答えることが出来ない。弘樹も知らない、そうすることしか出来ない大きな理由が俺にはある。
「お、俺は……俺は……」
それでも全てが上手くいく言葉が見つからず俺は同じ言葉をくりかえす。
「ひ、ろき?」
頭を悩ませている俺に弘樹が心配そうに声を掛ける。
「俺は……俺は……」
そしてついに俺は頭に浮かんだその言葉を発する。
「今日はスーパーのタイムセールだ!」
「は?」
俺の言葉に疑問を浮かべる弘樹。ま、当然の反応だよな。だが、そんな弘樹を無視して言葉を続ける。
「えーと、今日は近くのスーパーの月に一度の超タイムセールだから、その……食料品とか日用雑貨とか足りないの買い溜めとかしとかないといけないんだ。だから……」
不自然なくらい丁寧に説明した後、
「それじゃ!」
そう言って俺はその場から走り出した。
「あ、え? 葵!」
弘樹の言葉に耳を貸すことなく、俺は全速力で校舎裏から逃げ出した。
俺は校舎裏から飛び出し、がむしゃらに走った。目的地なんてない。ただ俺は走り続けた。その場から逃げる為に。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
走り続けた俺はある公園で足を止め、膝に手をおきながら呼吸を整える。
初めて来たそれほど大きくないその公園には俺以外に人影はない。俺は公園にある蛇口で口を潤わせながら、呼吸を整える。
「ぷはぁ! はぁ、はぁ……」
呼吸は少し落ち着いてきた、でも胸の鼓動は未だに静まる様子はなく早いままだ。
「どうしてこんなことに……」
俺は一人誰もいない公園で呟く。こんなの逃げでしかない。いくら逃げたところで親友に……弘樹から告白された。その事実は変わらない。
「俺はただ俺は……っ」
俺は唇を強く噛みしめる。
「なるほど、そういうわけですか」
不意に誰かの声がした。誰もいないはずの公園で俺以外の声が。
「っ!?」
慌てて声のした方へ顔を向ける俺。そこにいたのは……ベンチに腰掛けた一人の女の子だった。
「どうしたのですか? そんな驚いた顔をして」
背筋をピンと伸ばした姿勢から女の子はちょこんと首を傾げる。
「いや……えーと。君は?」
「わたしですか? あなたの後輩ですよ?」
確かに彼女はウチの学校の制服を着ている。だが俺は彼女と面識はない。
「……どこかで会ったっけ?」
「どこかで会った……ですか。そうですね。それに答える前に確認しないといけないことがあります」
そう言って彼女は椅子から立ち上がる。そして真っ直ぐに俺の方へ向かって歩いてくる。狭い公園の中でその距離はあっという間に縮まり、そしてほぼ俺の目の前に立った彼女は……
「ふん!」
「っ!?」
いきなり右足を振り上げた。俺の股間へ向かって。
「いっ……」
突然のことに対応出来なかったその右足は見事に俺の股間へクリーンヒット。
俺は痛みに堪えながら後ろへ数歩後退する。
「な、なにを……」
と言いかけた俺に対して彼女は、
「……やっぱり」
どこか納得した表情でそう呟いた。やっぱりって一体……
疑問と不安が渦巻いている俺をよそに彼女は続け様に言葉を発する。
「今のあなたは『女』なんですね」
「~っ」
その言葉に俺は体を硬直させる。心臓が止まった……そう感じさせるくらいその言葉は俺の心へ大きな衝撃と動揺を同時に与えた。
「君は……一体」
先程と同じような問い掛け。でも彼女はそれに対してはっきりと答える。
「わたしは後堂未麻。城山家の遠縁にしてあなたのパートナーです」
こうしてまだ春風の寒さの残る知らない公園で俺と彼女は出会った。