僕は君の友達
裕次郎はものの五分ほどでシャワーを済ませ、身支度を整えた。テーブルの上にはこんがりと焼かれたトーストとハムエッグがワンプレートにのせられ置かれている。隣には彩り豊かなサラダが添えられている。まるでアメリカのホームドラマに出てきそうな朝食には母のこだわりがつまっている。しかし、裕次郎はその朝食を横目にテーブルにおかれたクッキーを口の中に放り込み、テレビ台に置かれた電波時計に目をやった。時刻は七時二九分を刻んでいる。
「裕ちゃん、朝御飯は?」
「ごめん!食べてく暇ない!」
母の呑気な問いかけに勢いよく答え、母に顔を向けないままドアノブに手をかけたところでぴたりと裕次郎の動きが止まった。そして、心なしか口角をひきつらせたぎこちない笑顔を母に向け口を開いた。
「携帯また壊しちゃった。」
母はその一言を耳にした瞬間、きょとんとした表情から怒りの形相へと変貌した。
「裕次郎!何回壊せば気がすむの!?あの携帯だってこの前買ったばかりじゃない!!」
「ごめん!お説教は帰ってきてから聞くから!行ってきます!」
逃げ出すように家を飛び出した裕次郎の背後を追うように裕次郎!!という母の怒声が聞こえてきた。朝から憂鬱なことばかりが起き早くも裕次郎の顔はげっそりとしていた。玄関から続く石段の道に視線を沿わせるようにゆっくりと視線を浮かした。
「裕!」
反射的に声が聞こえた方向へ顔が向く。
「啓介!」
裕次郎の視線の先には植村啓介が立っていた。
裕次郎よりも幾分か背が高く、黒目がちな瞳が印象的だ。彼は柏木家の左隣に住む植村家の長男であり、裕次郎の幼稚園からの幼馴染みである。
「どうしたんだよ?部活は?」
「コーチの都合で今日は朝練休み。久しぶりに一緒に学校行けっかなーって思って待ってたんだよ。よかったよかった、もう行っちまったかと思ったよ。」
裕次郎にしてみれば寝耳に水な状況であり、もう少し心の準備が整ってから啓介とは会いたかった。彼らは普段一緒に登下校することは少ない。
啓介が所属するバスケットボール部の朝練習のため普段は朝早く家を出る。 二人が通う夏野高校には元々朝練習という習慣はない。近隣の高校の中でも進学校に分類されるためかよっぽど熱を入れて取り組んでいる部活くらいしか朝練習はしていない。現に裕次郎の所属する空手部には朝練習はなく、登校する時間も啓介より一時間は遅い。中学時代までは一緒に登下校していた二人ではあったが、高校に入ると自ずと生活のサイクルに大きな差が生じ始めた。
「昨日メールしたんだぜ。朝練休みだから一緒に学校行こうってさ。」
「あー、ごめん。昨日携帯壊れちゃって。」
「またかよ!それで今日のおばさんの怒鳴り声か.....。納得。」
「やっぱり聞こえてた?帰ったらまお説教だよ。」
「おばさん、怒ったらすんげえ恐いもんなー。で、今回はどうやって壊したんだよ?」
「寝惚けてふんずけちゃった。」
裕次郎は誤魔化す前に図星をつかれ苦笑いをするしかない。
二人の間では毎度お馴染みのやり取りである。裕次郎が昨夜壊した携帯の前に持っていた携帯を壊したのは二ヶ月前のこと、その前は半年前、更にその前は十ヶ月前と、一年の内に四回も壊したことになる。水没二回、勢いよく踏みつけたことによる損壊一回、床へ投げつけたことによる損壊一回という内訳である。三回は裕次郎の不注意により起きた事故であるが、昨夜の一回はただの自業自得だ。壊す度に修理に出すことになるのだが、三回目の修理の際、会計時の母の額にはくっきりとした青筋だたっていたことを裕次郎は覚えている。
「携帯直ったらちゃんと連絡しろよな。」
「わかってるって。」
「そう言ってこの前は連絡すんの忘れてただろ。」
裕次郎は携帯を壊す度にこのまま啓介に新しい連絡先を教えなかったらどうなるんだろうという考えが頭を巡った。このまま連絡がとれなくなったら啓介は少しでも自分のことを気にかけてくれるかもしれないという期待と今啓介と決定的な距離を置かなければ一生この未練がましい心を引きずることになるかもしれないという焦りがあったが故の考えだった。結果として裕次郎は三回目にしてとうとう行動に移したのだが、冷静に考えてみれば隣に住むという状況から脱しない限り、携帯の連絡先がわからないくらいで距離を置けるわけがない。そんなことは裕次郎自身始めからわかっていただろう。現に啓介に連絡がとれなくなったことについて詰め寄られた際には不安や焦りよりも嬉しさの方が勝っていた。結局、 裕次郎に残ったのは更に重く大きくなった心と小さな喜びだった。
「今度は気をつけるよ。」
「頼むぜ裕ちゃん。」
「裕ちゃん言うな。」
「昔みたいに啓ちゃんて呼んでもいいんだぜ?裕ちゃん。」
からかうようにくしゃりと笑う癖は昔と変わらない。
「呼ばないよ。啓介。」
裕次郎の今できる精一杯の抵抗だ。
この気持ちは一生報われない、叶えられることはない。だから、せめて君の一番親い友人でいたい。
恐ろしいほど間があきました。週一くらいで書けるようになりたいなあ。