僕は君に恋をした
初恋の相手は隣にすむ幼馴染み。明るく活発的な彼の後ろ姿を毎日追いかけた。待ってよ啓ちゃん、と呼び掛けると無邪気な笑顔を向けてくれた。
幼い頃の俺は将来は素敵な女の子になって啓ちゃんのお嫁さんになれると思っていた。ヒーローは啓ちゃんでヒロインは俺、きっとそのうち自然と両想いになって2人はハッピーエンドを迎えるはず、そんな夢物語を信じて疑わなかった。
しかし、時がすぎてしまえば夢は夢でしかないことに自ずと気がついた。小学校に上がればいかに自分が異質な存在かがよくわかった。男なのに男が好き、自分のことを私と呼び、青よりもピンクを好み、ヒーローよりもヒロインに憧れた。自分が世間の常識とあまりにかけ離れていることに気づいた俺がまず最初に恐れたことは啓介に嫌われることだった。俺の世界の中心は啓介で成り立っていて、それがなくなってしまったらきっと俺は死んでしまう、と小さいながらも感じていたからだ。彼に嫌われてしまうような自分はいらなかった。
ピピピピ..........
段々と音量が増していく目覚まし時計を力任せに止め、いきなり引き上げられた意識をはっきりさせるために大きく伸びをした。久々に懐かしい夢をみたような気分になったがすぐに意識は目の前の惨状に戻された。
床に置かれた鞄からは飛び出した教科書は部屋一面に散らばり、枕元に置いてある携帯電話の画面はには大きくヒビが入っていた。諦めと後悔が混ざった溜め息をつくと部屋の片付けにとりかかった。
近隣の高校の中でも進学校として有名な夏野高校へ通う柏木裕次郎の部屋は年に一度はこのような状態になってしまう。一度感情が爆発するとそれを抑えることができずダムが決壊したかのように物へ当たり散らしてしまうのだ。普段の彼は穏やかな性格で怒ることはほとんどない。そんな彼が感情を剥き出しにして荒れてしまう要因は一つだけ、隣に住む植村啓介である。
今回のきっかけは昨日の友人のささいなちょっかいであった。
「お前ら本当に仲が良いよな。付き合ってんの?」
笑いを含んだような様子で声をかけたのは啓介のクラスメイトであった。
「気持ち悪いこと言うなよ。そんなんじゃねえよ。」
啓介はからかいを軽く流すようにそのクラスメイトへ言葉を返した。
それは一見してみると友人同士の軽いやりとりであった。裕次郎もそれは理解しており、またこのようなやりとりを聞いたのも昨日が初めてではなかった。しかし、啓介の気持ち悪いという一言だけには慣れることができず、毎回裕次郎の心を深く抉った。昨日はそのやりとり聞いてから、他の物事を考えることができず帰宅してから全てが爆発した。いつも諦めようとしているに自分と諦めきることができず未練がましい自分に挟まれ、気づけば啓介のことばかり考えている。誰にも相談することができず薄暗い気持ちだけが少しずつ積もっていくため、気持ちが満杯になり余裕がなくなると昨日のようなきっかけで毎回爆発してしまうのである。
昨日の大爆発により幾分か気分は浮上したが、気分は晴れず身体は鉛のように重かった。しかし、今日は金曜日、休みまではあと一日ある。一通りの片付けを済ませ時計に目をやると時刻は七時を回っていた。七時半には家をでなければならない。
そういや昨日お風呂入ってないや・・・、制服も脱ぎっぱなしにしたからシワだらけだし・・・。
裕次郎は今回は後悔だけが含まれた溜め息を大きくつくと部屋の扉を明けた。
高校三年生の男の子の物語です。