少年→少女の嘘
???*Side
俺は、いわゆる"ちょっとヤンチャしてる男子"グループに属する高校生だった。
高校に入ってからは髪も少し明るい茶色に染めてみたりして。
そんな感じでまぁ、見事高校生活をエンジョイしているごくごく普通の高校生だったのだ。
ただ、同じグループの奴と違うことがあった。それは、俺には極度の女嫌いだというレッテルが貼られていること。
俺の仲間は積極的に女子に話しに行ったりなんかして彼女をつくったりしていた。
でも俺は女が苦手で、そんなことしたいとも思っていなかったしできなかった。
そんな俺だったが、ひょんなことからおかしなことに見舞われた。
それは4月2日の朝に気がついたことだった。
それはあまりに突飛で、誰に言っても信じてもらえそうにないようなこと。
とにかく訳が、わからなかった。
俺は朝起きて、いつものように洗面所に向かって歯を磨きはじめてからそれに気がついた。
鏡を見た俺はまず、信じられない光景に歯ブラシを落とすことになる。
かつーん、とむなしい音をたてて落ちていった歯ブラシを俺は拾おうともしない。できなかった。
なぜなら、鏡に映るのは間抜けに歯磨き粉を口の端からこぼす可愛らしい女の子だったから。
そう-・・・俺は朝起きると女になっていたのだ。
俺は、慌てて部屋に舞い戻った。こんなところ親にでも見られでもしたら大変なことになる。
顔を多いながら勢いよく部屋に舞い戻った俺は後ろ手に乱暴にドアを閉め、深呼吸した。
どうしよう。これは夢か?夢だよな?
だって、そうだ。夢じゃなかったらどうしたらいいんだよ!
俺はまたしても慌てて鏡の前に滑り込んで、その前でもう一度自分を見てみた。
けれどそこに映るのはやはり、ボブカットの可愛らしい茶髪の、どことなく俺に雰囲気が似ている女の子だ。
それが余計に"俺が女の子になってしまったのかもしれない"という疑いを濃くする。
諦めずに頬をつねってみたり、はたいてみたりするがどうしてもやはり目は覚めなかった。
それはこれが、夢ではないことを示していて。
「・・・・・。」
俺は、そのあとパジャマ代わりに着ていたジャージの首元をぐいっと引っ張り、中をのぞいてみた。
そこにはあるはずのない胸の膨らみが―・・・・
「うわああああああ!!!!」
俺は赤面して叫び声をあげる。どうしたらいいんだ!
その叫びに気がついて、下からトントンと怪談を踏み鳴らして二階へとあがってくる母の足音がきこえた。
「朝からどうしたの?うるさいわよ」
俺が朝っぱらから叫びだすものだから、注意せねばと部屋に入ってこようとする母に、俺はびくりと肩をすくませとりあええずベッドに隠れた。
そして、ベッドの中からもごも言う。
「待って、入らないで!か、かあさん!俺、今日からしばらく部活の関係で、いや、そんな感じで泊り込みで出かけねーといけないから、帰れないっぽいの忘れてたわ!!それでびっくりただけで、何もないから!!」
そんなふうに、めちゃくちゃな言葉を吐く。けれど。
「ふうん。そういうことはもっと早く言いなさいよ。まぁいいけど。ちゃんと荷物まとめて、連絡もとれるようにしておくのよ。」
どこかぬけている母は、その違和感ある言葉をかんたんに信じてくれた。
普段は困り果てる母の間抜けっぷりだがその間抜けさに初めて俺は感謝をする。
そして母はそのまま、部活なんてやってたかしら、とかなんとか言いながら部屋を出て行った。
なんとか、ばれずにすんだ。
けれどそう何回も上手くいかないだろう。そうなればとりあえず、家にいるわけにはいかなかった。
--・・・思い立つが早く、俺はすぐに必要最低限の荷物だけをまとめると母に見られない様に急いで家を出た。
*
家を飛び出した後、俺はできるだけぶかぶかのパーカーを着て、フードで顔を隠しながら、少しの荷物をもって路地裏にしゃがんでいた。
行き先なんてあるはずもなくて、それどころか未だ自分の状況が理解できないのだから行動の仕様もない。
いっそこのまま路地裏で住んでやろうか・・・なんてことを考えながら俺は俯いた。
けれどそう世界は上手く廻るわけがなく不運な俺に更に災難が降りかかる。
その俯いた先に不意にずん、と大きな影が現れたのだ。視線を感じて俺は顔をあげる。
そこには。
目つきの悪い、同じ年齢くらいの不良が数人。
そいつらは俺を無遠慮ににらみつけ、怒声をあびせてきた。
「おいてめぇ!ここは俺たちの場所だ!!!どきやがれこのクソチビが!!!」
普段はいわゆる"不良"をやっている俺は喧嘩っ早かった。
すぐに俺は、カチンとしてそいつらを睨み返す。
「あ?誰がチビだよ、ふざけんてんのか?」
俺は、ゆらりと立ちあがり、とびっきりドスの聞いた声でそう言った。つもりだった。
けれど俺の喉から飛び出してきたのはかわいらしい女の声で。
それをきいた不良は一瞬、突然の反撃にぽかんとする。
きっと怯えきったように震えて「ごめんなさい」を言うか弱い乙女を想像して居たのだろう。
けれど、ぽかんとしていたのは一瞬で、不良たちはたちまち馬鹿にしたように笑い始めると俺のむなぐらをつかんで壁に押し付けた。
「おい見ろよ、女だぜ!!!女のくせに生意気だけどよ、よく見ると可愛いじゃねぇか!ちょいと相手してくれるなら、許してやってもいいけどなぁ、そう思わないかお前ら?」
そう、リーダーらしき男が言うと周りの不良たちもにやにやと笑ってそれに賛成する。
リーダーの不良野郎はそして、にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべて俺の手首を握った。
「・・・っ、やめろ!」
にわかにピンチを感じた俺は、そいつの腕を振り払おうとする。
「!?」
だが、男の力は強く、振り払うことはできない。まったく力が入らないのだ。
けれど、すぐに気がつく。男の力が強いんじゃない・・・いつもなら振り払える程度の相手だ。
だとすれば理由は一つ。今の俺は、"女"で女の俺の力は、いつもの半分なのだということだ。
到底、大柄な不良たちの腕を振り払うことなどできそうにもなかった。
けれど男の俺がこんなことになるなんて、あとのことを想像しただけで吐き気がした。
それだけはありえないと、依然として俺はもがく、が。まったく無駄な抵抗だった。
不良たちは各々俺を押さえつけて、俺の服に手をかけ始める。
いよいよやばいと、どうすることもできなくて目をかたく閉じる。
ああ、もうだめだ---・・・・
そう、諦めた次の瞬間。ゴスッという鈍い音が響き、強くしめつけられていた手首が突然ふっと軽くなった。
汗ばむ男の手が離れ、手首は涼しく爽快感につつまれる。
それとともに、俺は目を開いた。
おっかなびっくり目を開ける、そんな俺の視界に飛び込んできたのは、さっきまで立っていた不良数名の姿ではなく。
「誰だ・・・・!?」
目の前に居たのは、きらきら光る銀髪の髪を赤いリボンでツインテールにしている、齢10歳くらいの少女だった。
赤いリボンが揺れ、少女がこちらを振り向く。
少女は、眼帯をしていた。
少女は眼帯のせいか、銀髪のせいか、ひどく大人びた雰囲気をしている。
眼帯でないほうの色素の薄い茶色の瞳に自分をとらえられた瞬間、少し見惚れてしまう。
「気をつけなさいよ、あんた。
ここの路地裏、問題児がごろごろ居るみたいだから。こんな時間に危ないわよ」
そんな俺に気がついてか気がつかずか、疲れたような、冷めたような目をした少女はそう、俺に忠告する。
その言葉も、ずいぶん大人びていた。
けれど、そんな大人びた少女の足元にはさっきの不良たちが目をまわしてのびていた。
・・・この子が一人で、倒したのか。
俺はしばらく返事ができなかった。
けれどじっと茶色い瞳に見据えられていることに気がついた俺は慌てて返事をする。
「わりぃ・・・た、たすけてくれてありがとな・・・。これから、気をつける」
俺がようやく一言、そうお礼を言うと少女はこくりと頷き、再び薄暗い路地裏に消えて行ってしまった。
俺は空を見上げてため息をつく。
もちろん、俺にこれから気をつける術はない。
次に襲われたときは諦めるしかないと言えるだろう。
ぼーっとしているうちに夕方になってしまったらしく、空は早くも夕焼けに包まれはじめた。
春の夕暮れのぐっと冷たくなった空気が身に染みる。
これから、どうしようか・・・。
俺は一人、路地裏で空を見上げ続けていた―・・・
今回はお話の切れ目の都合上、文字数が少なめになっております^^;!