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”夢”の解釈


「...ッ!!」


 びくんと体が震えて目が覚めると、俺は勢いよく起き上がって何とか肩で息をしながらあたりを見渡した。

見渡したそこは、いつもの俺の部屋だ。


 それを確認してからようやく夢から覚めたことを理解した空は、見開いていた目を再びぎゅっと閉じて壁にもたれかかった。

心臓は嫌な音を立て、服は汗でびっしょりぬれて気持ち悪い。


 未だにあの夢が何なのか理解できなかったが、妙にそれはリアルでとても夢とは思えない。本当にもし、ただの夢ではないならば、本当にあれは”嘘”をついた俺なのか。


 混乱してぐるぐるする頭を整理しようとするが、べたべたと流れる汗が変に粘っこくていらいらとして、集中できない。

チッと自然と出てきた舌打ちの、その感情通りに、空はひどく重い腕で乱暴に汗をぬぐったー...のだが。


ぬるり。


 首筋に触れた手のひらに、汗とは違う妙な感触が伝わる。

知っているその感覚に、俺はまさかと思いながらもバッと自分の手のひらをみて、絶句した。


 そこには夢で負った頬の傷から大量に流れ落ち、首にまで流れたその血がべっとりとついていた。

妙に粘っこい気がしたのではなく、それは汗とは違い本当にぬるりとしている血だったということだ。


 その傷や血は、あの夢が嘘ではないことを物語っており、あのカゲがいう言葉すらも嘘ではない事を証明していた。

よく見ると頬から出た血のせいで服や腕まで血があちこちについていて、乾いた血が服を血で汚していた。


 琴葉が来て、この様子を見たらややこしいことになりそうだ。

空はそうなる前に血を流そうと、部屋を出た。


「...それ、どうしたのよ」


 部屋を出るとすぐに寝巻き姿のリリが居て、茶色い片方の目を見開いて俺のシャツにもべったりとついた血を見て、そう言った。

リリには隠す事もないだろうと、空は低い声でぼそっと言う。


「"カゲ"にやられた」


 そう、返事をするとリリはさして驚いたようすもなく何故かそっと眼帯に眼をそえた。


「カゲに起こったことは私たちにも同じように起こる。カゲとあたしたちはリンクしてる、そうでしょ?」


 リリは真剣なまなざしでそう言った。

どうやらリリも自分のカゲにあの話を聞いたらしい。


 ...ということはあのリリのカゲもリリの嘘をつく前の姿ー...青い瞳をもったリリなのか。

夢が途切れる直前にぼんやりと”カゲ”と言い合うリリの姿が見えていたが、その顔までは確認できてはいない。

けれどリリの切なそうに眼帯に手を添える様子を見るからに、確実にそうだろう。

目の前に大切な目があるのに、取り返せないもどかしさと悔しさ。そして。


リリは俺の言いたいことを察したのか、頷いた。


「あたしの場合も同じよ。カゲが消えればあたしは死ぬし、カゲのもつあたしの青い目が失われば、あたしの目は二度と戻らない。」


リリは眼帯から手を離すと空を見た。


「ねぇ、カゲを破壊されないように、ってどういう意味かわかる?」


俺は首を傾げてみせる。


「俺も、言われたがよくわからない」


 リリは「やっぱりそうよね」と小さく呟いてううんと悩み、やがて何か納得した答えが浮かんだらしく、銀色の髪をなでながら言った。


「琴葉に聞いてみましょ。夢のことはわからなかったけれど、何かわかるかも」

 

 俺も同意するように頷いた。

この手の呪いの知識に関しては琴葉を頼るほかにない。


 そうして琴葉が来る前に、俺はリリに、自分とカゲが話した内容のうち、カゲに関することだけをまとめて話し、あと2人の呪いを受けた人らしきカゲをみたということを話した。

 リリもだいたい同じらしく、どうやら俺達は夢で互いのカゲを見ることができるらしいことがわかった。

リリが見た”他の二人”の特徴も俺が見たものとまったく同じだったからだ。


 そうして推測をたてながら話を続けていたが、これでひとつ、今回の夢の意図について確信を持つ。

それは、どうやらカゲたちが俺達に伝えたいことは一緒らしいということだった。

---


 午前、10時。


 いつものように琴葉がやってきて、俺たちは夢の内容をさっと話した。それぞれ、カゲと話したことは避けて。


 もちろん頬も絆創膏を貼って傷を隠して適当に誤魔化した。

それらを琴葉はすんなり素直に受け止めていたし、夢の話も真剣に聞いていた。


「そっか...夢、か...」


 全て聞き終わると、琴葉は知らなかったことがまだこんなにもあるのか、と少し驚き、納得するように頷いた。

そうしてしばらく呆けていたけれど、琴葉はすぐに何か思い出したように本をぱらぱらと本をめくり、あるページを開いた。


 そして、琴葉はそのページを空とリリの前に広げて見せる。

-・・・そこにはカゲを「破壊する者」の記述があった。


「これ、本当なのか?」


 俺は信じられない文面に眉をひそめて琴葉を見た。

琴葉はこくりと頷き、本当だと言う。


「ほんとだよ。この本に嘘はないから。だってそうでしょ?こうして呪いは現実におこってるんだから...」


 妙に説得力のあるその言葉に、俺もリリも頷けずにはいない。

それにこの際あてになるのはこの本だけだというのも事実だ。


 そう無理やり言い聞かせて改めてそのページを見ると、そこには"影を破壊する者"である「青影一門」のことが記されていた。


 本に寄ると、そいつらは昔から千年に一度だけのこの呪いのためだけに存在し、代々受け継いだ力をつかって、影が存在する夢の中の世界・・・意識化の世界に入る力をもっているらしい。


そうして、影を壊す。影の持ち主を殺す。


 理由はどこにも書いておらず、内容はそれだけだった。

たった一ページだけの記載で、詳しいことはわからない。

しかし、それだけでも十分に影を破壊するということについての意味は理解できた。


 俺は本から顔をあげるとリリのほうを見た。

同じようにリリも茶色の瞳を揺らしながらこっちを見ている。


「記載が少ないわね。どんな特徴の奴らなのか、どんなふうに夢の世界に入ってくるのかすらもわからない。これじゃこっそり近づいてこられて、カゲを壊されても気づけないわ。」


 リリはそう、深刻そうに呟いた。事実その問題は、とても深刻なものと言える。

カゲを壊されることは、永遠に呪いと共存していく事を意味するからだ。


 ”嘘をつく以前の自分”が”カゲ”なのだとしたらそれが破壊されれば”嘘をつく以前の自分”が居なくなるのだからそれは必然だ。


「これじゃ、だめなの?」


 琴葉が横からにゅっと顔をのぞかせ、不思議そうに訊ねる。

俺は首をふり、ため息をついた。


「・・・だめっていうか、情報が少ない。まぁ、わからないものは仕方ないな・・・・」


 リリもこくりとうなずき、諦めたようにため息を吐くなり「ところで」と話題を変えた。

俺も琴葉もすぐに頭をきりかえてリリのほうをみる。


 わからないことを考え続けるより、わかったことを話すほうがいい。


―・・・それ以前に、カゲを壊される前に呪いをとけばいいのだ。

と、そんなことを考えながらどこかで「そんなに簡単に行くかよ」とばかにした声が響いた。


「今回の夢でもうひとつわかったことがあったでしょ?ある意味こっちのほうが呪いを解く近道よ。」


 そんな俺の考えも知らずに、リリは茶色い瞳をらんらんと輝かせ、言う。

俺も頷き、身を乗り出した。


「あと二人のことだろ?俺たちと同じようにカゲがいた。確か、女の人と・・・俺と同級生くらいの男だったな。」


まぁ、学校に行っていない俺に同級生なんていないわけだが。


「そうね。あの二人を探せばいいのよね。ただ、どうやって探すか・・・」


 問題は、それだった。

見た目がわかったのは大きな手がかりではあるが、どこにいるのかもわからないのでは探しようもない。

見た目がわかったからといって見つけられるわけではない。


 俺たちが黙り込んでいると、琴葉が言葉をはさんだ。


「案外、近くに居るかもしれないよ。探してみようよ」


 そう言って、笑った。俺もそうだな、とつられて楽観的な考えで少し笑って頷いてしまう。

リリは「そんなに簡単にみつかるわけないじゃない!」と不満げに言ったが、俺はそうでもなかった。

俺も、案外近くにいるんじゃないかと思っていた。

・・・それは、前から思っていることだ。やつらは案外・・・。


 ただ、今まで家にずっとこもっていた自分が人をさがすため町をうろうろするのかと思うと、少し気が引けるだけで。


―俺は、もともと"あの日"から人が嫌いだから引きこもっていたわけで。

呪いなんか早く解いて、この世から消えてなくなりたいわけで―・・・・


 少し、治まっていた暗い感情の波が再び襲ってきて、吐き気がした。

リリと琴葉の話し声が少し、遠くにきこえる。


俺は、何をしてるんだ―・・・?


 いつの間に俺の嫌いな"人"であるこいつらと、こんなふうに楽しく会話なんかをしてしまうようになったんだろう。

俺は、あの日強く胸に、刻んだはず---



「空?」


不思議そうな琴葉の言葉で俺はハッと我に返った。


「どうしたの、怖い顔して」


 琴葉が不安そうにそう言う。

俺は自分の顔に手をあて、撫でながらふいっと顔をそむけて手を振った。

そんなに、顔に出ていただろうか。


「ごめん、何もないから気にしないでくれ」


 俺が少し冷たく、ぶっきらぼうに言うと琴葉は少し、驚いた顔をしてこっちを見た。

そして大きな瞳をゆらして、泣きそうな顔をした。


 俺は逆に驚いて琴葉を見る羽目になる。

そして、さっきまで考えていたことも忘れ、気がつくと情けない声でこうきいていた。


「・・・ど、どうしたんだ・・・」


 すると琴葉はハッとして俯き、えへへと笑う。そして、小さな消え入りそうな声で言う。


「ご、ごめんね・・・?私もなんでも、ないから気にしないで」


 琴葉はそう言うとさっと視線を逸らして俯きがちになって、さっきまでと同じように話を続けた。

俺はそれを横目で見ながら頭をガシガシとかきながら小さくきこえないようにため息をつく。


なんか、ほんとにこいつは俺の調子をおかしくさせる奴だ。


 そう思うといつの間にかさっきまで考えていたことが無意識のうちにどうでもよくなっていた。




              *



Side*琴葉


 朝になって、いつもどおりに空の家に行くと空はリリと話し込んでいた。

どうやらうまく夢を見られたらしい。

ちょうど私もそのことが書いてあるページを昨日の夜に見つけ出し、付箋をはさんで持ってきていた。


 本の内容を見せると二人は驚いていて、でも納得したように頷きながら何か話していた。その話の内容は私にはよくわからない。


ちょっぴり、疎外感を感じた。


 そんなことを思ってしまってから琴葉はすぐに後悔してぎゅ、と頬をつねる。

だめ、だめ。空たちは真剣に呪いを解くために頑張っているんだから。


 そんなことを言い聞かせながら、ふと無意識に空の横顔を、私は見た。

空の茶色っぽい髪はあいかわらずボサボサで、きちんと整えられているとはいえない。

 けれど、初めて会ったときに比べると、最近の空は少し明るくなったような気がした。

普通ににこにこ笑ったりはしないし、無表情で無愛想だけれど。


そんな、気がしていた。けれど。


「案外近くにいるかもしれないよ。探してみようよ。」


 それは流れで私があとの二人を探すことを提案したときのことだった。

そのとき、空は少し微笑んでそれに賛成してくれた。


 はじめて笑ったところをみた気がしてどきりとした。

けれどそのあとすぐに、空は一瞬ハッとしたような顔をしたあと、突然暗い表情になった。

俯き、長くのびた前髪が目を隠し、表情がわからなくなって、嫌な予感が広がる。


「どうしたの、暗い顔して。」


 そう、私がおそるおそる聞くと一瞬だけ空がこっちを見て、すぐに目をそらした。

そして、手を振り、何もないと否定する。


 そのときの空の瞳と声は、はじめて出会ったときのような暗くて冷たくて―・・・

"死にたがっている"時の彼のものだった。


 とたんに悲しみとも苦しみともとれるような感情がこみあげてきて、涙がでそうになった。

それをぐっとこらえるけれど、苦しさが表情ににじみ出てしまう。

それに気づいたのか、空が私にすこし心配したように声をかけてくれたようだけれど、私はそれをちゃんと聞いていなかった。


それになんて答えたかも、覚えていない。


 ただ、自分が空のことを何も知らないことと、空が死ぬことをまだ考えていることで頭がいっぱいだった。

そして、一番始めから疑問に思っていたけれど未だに訊ねることができていない、当たり前の疑問がうかぶ。


空はどうして、死にたいのだろう・・・。




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