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過去と5月の始まり


「あたしの居た場所は内戦で治安が悪くて、人身売買とかなんとかで荒れてる場所だったわ。私は両親も・・・その、身寄りのある人をみんな、亡くしてひとりぼっちで暮らしてて。

その日は、日本から来たっていう奴らに追われて逃げ回ってたの。

けれどあたしは人より力が強いほうで、運動能力もすぐれてた。

だから今まで他の奴らなんてかんたんに蹴散らしてたし怖くなかったわ。それに頭もよかったから言葉もわかるしね、私。


 奴らは高値がつくからといって私と言うよりは、私の青い瞳を売りたがってたわ。でもその目はあたしの、大事なもの」


 ゆらゆらとリリの残ったほうの目がゆれて、一瞬リリは口をつぐんで少しうつむいた。

けれどそっと眼帯に手を添えながらリリは続ける。


「でも、その日は違った。奴らは見たこともない武器をもってて、あたしははじめて怖くなった…、もうだめだって思った...。


 追い詰められた私に奴らは言ったわ。お前にもうその目を守るのはムリだ。

お前みたいな不幸せな餓鬼がもっているのにふさわしい目じゃないって。


私はこれが自分にふさわしい目だって、すぐに言い返そうとしたわ。でも、思ってしまったの。ああ、本当だ、って。」


 横で琴葉が悲しそうにかたをふるわせた。

けれどリリは気にしてないようすで暗い顔のまま話をつづける。


「そう、あたしみたいな邪魔で必要とされていなくて、不幸せで力だけ強い化け物みたいな、こんな餓鬼にはもったいないって自分でも思った。


 あの人に褒めてもらえたから、大事だったはずなのに。


 その日奴らが言ってることが正しいと心底思ったのよ...。

あの人に褒めてもらえるような素敵な目はあたしにふさわしくないって。

でも目を取られるのが嫌で、あたしは嘘をついた。この目はあたしにふさわしい!!ここにずっとあっていいのよ!!って...」


 リリは眼帯に添えた手に力をこめて、言い切った。

その残った片方の茶色い瞳にうっすらと涙がうかんでいる。


 なぜかもうリリより先に泣き出した琴葉は、あの人が誰かもわからないだろうに横で涙を何度もぬぐっている。

けれど空はただ、何も反応もせずそれを聞いていた。


 ああ、お前の言うとおりだな。こいつも俺と同じ嘘つきのバカだ。

俺はそっと心の中で夢の中の声に言う。


すると、言葉に出していないにも関わらず、リリが鋭くこっちを睨みつけた。


「バカだって思ってんでしょ」


 自嘲気味に口もとを歪め、リリはそう言う。

俺は素直に頷いた。


 リリは一瞬、怒ったように口を開きかけたが何も言わず、目をそらすと続きを話し始めた。


「その日、あたしはなんとか逃げきったの。そしてあたしはずいぶん遠くまで来てしまったし、いつも通り路地裏で疲れ果てて眠った...、それで朝起きたら、もう、目は」


 後半、リリは途切れ途切れに言葉をつまらせながら言った。

耐え切れなくなったのか、目からはぽろぽろ涙がこぼれおちて、頬をすべっていく。リリはそれを必死にぬぐいながら、半ば叫ぶように言葉を吐き出した。


「でも、呪いの事なんか知らないあたしは思ったの。あいつらがあたしの目を奪ったんだって...。だから、日本に来たのよ!!」


 リリは小さな体を震わせながら頭をかかえた。

そしてリリは悲しみに満ちた目を異常なまでに見開き、笑いながら、泣き、泣き叫ぶようにさらに言葉を吐き出す。


「なんで!なんでなの!!なんで私なの・・・!目もうばわれて、あのひともいなくなった!!

あたしにはもうあの目しかないのっ...大事な、大事なあのひとが褒めてくれた目...!あたしが存在する意味...」


 そのあとリリはぺたりと座り込むと、泣き叫ぶのをやめて、ただ呆然と涙を流し続けていた。


「あたしの目を返して...」


そう、うつろな瞳で何度も何度もつぶやきながら。

---


《リリside》


 あたしの中に、声がひびく。


『ばかね。あんなに大切にしていたくせにあんな賊のいうことに耳をかたむけて真に受けて。』


 その声はあたしと同じような声で、あたしを馬鹿にしたように哂った。

あたしを、あざ笑う。


『おまけに嘘までついちゃって、ほんとばかみたい』


 暗い闇の中の、よくわからない場所。

足首の辺りにまで水に浸っていて、そこが冷たくじんじんとする。

まるで夢ではないようなその場所の、少し先。そこには薄くすけたもう一人のあたしが立っていた。


 そいつはただ、笑う、哂う、嗤う。

そんな自分を見たくなくて、目をそらした先には空とかいう少年がいた。

それとなく荒んだ様子のそいつもあたしを見て、あたしと同じようにわらう。


 そんなそいつについて、なぜかわかるのは、そいつも空ではなくもう一人の空だということ。

二人の影はあたしを見てくすくす笑い続けるけれど、重くなったまぶたをそっととじるとその声は薄れた。

そして、あたしは強く決心する。



絶対、呪いをといて目をとりもどすんだ。





              *





「この前のことは忘れてよね」


「わかったっていってるだろ...」


 リリがそう、俺に迫る。しつこくこうしてリリが言い寄るのは、このまえからずっとだ。

このまえというのはリリが泣き叫んだあの日。


 あれから数日たった。あの日以来手がかりはなく、3人でただだらだらと何もせず過ごしている。

あいかわらず俺は死ねなくて、リリの目はない。逆転した嘘はもどらず、嘘は嘘をつき続けていて。


 あれから月日が経過してあっという間にカレンダーは5月を指していた。


 リリは行くところがないだのなんだので何故か俺の家にすみつき、琴葉は毎日この部屋にかよってくる。

一人静かに死ぬために過ごしていた部屋はその琴葉によってすっかり生活感をも取り戻し、静かな時間ももうない。


そして、最近俺はひとつ疑問に思っていることがあった。


「なぁ、お前さ...」


 空がそう話しかけると琴葉はいつものように部屋を片付ける作業を中断して「ん?」と首を傾げた。

きいてもどうしようもないことだからやめておこうか、と一瞬躊躇したが、やはり気になるものは気になるので俺は思い切ってその質問を口にした。


「お前、学校は?中学生だろ?」


 そうきいた途端、琴葉ははっと目を見開きすぐにうつむいてしまう。

俺は何だ、と表情を見ようとするが、うつむいて、黒髪がさらりと肩から流れてその顔をかくしてしまった。


 だから、もちろんその表情が見えない。

何も答えなくなってしまった琴葉に、何か地雷を踏んだのだと空は理解してため息をつきそうになる。

めんどくさい。やっぱりやめておけばよかった。


空はぐっとため息をつきそうになるのをこらえて、頭をかきながら、言う。


「別に、答えなくても...」


「私はね」


 俺がそう言いかけたとき琴葉がそう、さえぎった。

琴葉は表情をみせないまま、呟くように言う。


「この呪いのことばっかり調べてるから...学校で気味悪がられちゃって。

いじめられてるわけじゃないんだけど。えへへ...バカだよね、それで学校に行くのがこわくて」


 そう、つぶやくと琴葉は顔をあげて無理したような笑い方でへにゃりと笑って。

確かにバカだなと無情にもそう、俺は思ってしまったのだがもちろん引きこもりの俺には、それがバカだなんていえない。


「別に。そんやつら放っておけばいだろ。お前は自分のしたいこと、すればいいだろ?」


 だから、どう返事をしたらいいかわからずそう、吐き出した言葉はまるで琴葉を励ますようなものになってしまう。

案の定、励まされたのだと琴葉はびっくりしたように目を見開いてぽかんとこちらを見つめた。


たいした言葉をかけたつもりはなかった。それどころか勘違いなのだが、琴葉はさっきの作り笑いとは違う笑顔で、とても嬉しそうに笑って。


「ありがとう、空!」


 素直にそう、嬉しそうにお礼を言われるなり俺は少し面食らってしまう。

そして、理解不能なことにその笑顔に少し目がくらんで、久しぶりに暗い感情以外の何かが、ふわりと湧き上がって俺は慌てて目を逸らした。


 …変なヤツだ。

そんなことを内心思っていきなりそっぽを向いた俺に、琴葉が不思議そうに視線を投げかけてくるのがわかったが、どうにも目をあわせられずに視線をうろうろさせる。


そこで、ぱちりとリリと目が合う。


「空、ちょっといい?ききたいことがあるんだけど。」


 俺たちの会話が途切れるのを見計らっていたらしいリリは目が合うなりそれを理解してそんな言葉を投げかけてきた。

相変わらずチビのくせに呼び捨てだしえらそうだな、と思いながら俺はリリに向き直る。


「なんだよ」


 空が無愛想に、少し睨みながら答えるとリリはひょいっとソファにとびのって俺の横へ来ると銀色の髪をゆらして首を傾げた。


「ねぇ、夢をみない?変な声がきこえて、カゲみたいなもう一人の自分がいる夢」


空は一部、心当たりがあったのでこくりと頷く。


「変な声がひびく夢なら見る...でも、もう一人の自分なんか見てないな。なんだ、それは?」


 リリはおかしいな、というように首をもっとかしげてうなる。

頭の横で赤いリボンがゆらゆら揺れた。


「うーん、あたしにもわかんないんだけど。そいつは呪いに関係してると思うの・・・。しかもね、この前見た夢には空もいたわ。」


 話を聞いていくと、やっぱりその夢は俺が見る夢で声がきこえるものと内容がよく似ていており、おまけに俺の夢には現れないで声だけのくせに、リリの夢に俺のカゲはいるらしい。


 そのことを横で聞いていた琴葉は横でぱらぱらと本を捲っていたが、そんなことは本には載っていないらしい。

その後しばらく審議してみたが、やっぱり答えは出なかった。


 そのため結局、またその夢をみたら互いに報告しあうと決めてその話は終わった。

そんなこんなでその日も何の進歩もなく、夜を迎えた。


「おばあちゃんの書斎に何かあるかもしれないから、探しておくね」


 琴葉はそう、自信なさげに言いながら、いつものように家に帰って行った。

あの出会った日以来琴葉はここに泊まって行くということはなく、夜はリリと二人になる。


 その後、ただ琴葉が作っていってくれた夕飯をリリと食べて、少し呪いのことを話して。

寝る前にまたもう一度"夢"をみたら報告することを約束し、それぞれ眠りについた。



---そして、期待どおり空は夢にすいこまれた。



 いつものように、ゆらゆらと頭が重くなって意識が遠のく。

この感覚は、確実に夢に落ちていくときのもの。

突然重くなったまぶたはやはり開けられなくなって、意識は暗い闇に落ちた。

そして次に目をあけると、そこは暗い影のような世界だった。


ここに来るのは、何度目だ?


内心自分に問いかけながら、予想はしていたがやっぱり普通ではないこの夢にうっすらとした恐怖を覚える。

また、あいつは来るのだろうか。


『やあ。来たね。』


 そう考え始めた直後、やはりいつもどおりの声だけが響き出し、その声は愉快そうに俺に話しかけた。

不思議なその声はよく聞くと、少しもやがかかったようにこもってはいるが、確かに俺の声だ。


やっぱり姿を現さないつもりの、その俺の声。


「姿をあらわせよ。お前は何なんだ?」


 空は苛立ちから初めて、その声に問いかけた。

するとその声は楽しそうにひとしきり笑うと、空の前にすぅっと姿を現す。


 闇から溶け出るように、けれど俺の足元の影から伸び出てきたようにも思われるそれは、リリに聞いたとおり、カゲのような自分だ。

髪の色から気だるそうな表情まで、すべてが俺そのもので、何か違うと言うと、謎の違和感だけのように感じられる。


「お前は、何だ?」


 その違和感を解きたかったのかは、わからない。

ついて出たその言葉を、俺は自分のカゲを睨み付けながら吐き出す。

するとカゲはにやりと笑ってみせて、楽しそうに言った。


「お前のついた嘘のせいで、こぼれだしたお前自身だよ」


 カゲはそういうとゆっくりと体を傾け、空にもたれかかるように近づいた。

俺は、それをにらみ続ける。


「どういうことだ?」


その言葉を聞くなり、カゲはバカにしたように笑うと耳元で囁く。


「だからぁー…、死ぬことができたころの俺だよ。そうだね…、俺…カゲを殺すとお前も死ぬんだよ。

お前は死ねないけど過去のお前…呪いにかかる前の俺、カゲは死ねるのさ」


俺は、目を見開いた。


 カゲを殺すと俺も死ぬ…?

頭を過ぎる何かを、そいつは見逃さない。

カゲは口元をにやっと三日月のようにつりあげると、いつの間にか何もなかった空間に現れ、転がっているナイフを拾い上げて俺に渡した。


「死にたかったんでしょ?さ、どうぞ?俺を殺したら死ねるよ、呪いなんか解かなくていいよ」


 どくんと心臓がふるえて、手も震えた。

それを見てカゲは少し笑顔を濃くしたけれど、それを崩さないで、ナイフを手渡したポーズのまま動かない。

鈍く光るそのナイフを、目の前にいる俺のカゲに突きつければ、俺は死ぬ。


 そんなことを考えて、動けずに震えながらナイフを凝視する俺に、痺れを切らしたらしいカゲはナイフをくるんと回して挑発するように首を傾けた。


「早くしなよー…。あれ、それとも...」


カゲは陰湿に、にやっとしたふうな表情でくすりと笑った。


「死にたいなんて嘘なのかな?」


 その言葉に、空はナイフが刺さったのかというくらいに、びくりと体をすくませて俯いた。カゲの目が、恐ろしくて見られない。


 喉がからからに渇いて息ができず、それでもカゲの気配はそこに在り続ける。

何か言わなければ、こいつは一生でもここに居座り続け、俺をこうして見下ろし続けるのだろう。

空はしぼりだすように掠れたこえで、何とか返事をした。


「ち、がう...」


そう言いながらも、自分の言葉は嘘を吐いていた。


 自覚している嘘を吐いた瞬間、カゲはすっと笑顔を消してナイフをもつ方向をくるりとかえて、自分につきつけた。


「じゃあ、俺が死んでやるよ。お前にできないなら、ね」


 俺はバッと顔をあげた。汗が滝のように首筋をつたい、手が震えて。

カゲはまた楽しそうに笑ったが、その目は笑っていない。


「じゃ、お疲れ様」


カゲは楽しげにそう言い、そして。勢いよく首筋にナイフをつきつけ--…。


「やめろ!!!」


 空は気がつくと叫び、ナイフを刺そうとするカゲのその手をおさえつけていた。

勢いよくおさえつけたせいで反動で揺れたナイフの切っ先が、カゲの頬の辺りを少し切って、その傷から血が流れた。


 それと同時に俺の頬からも血が流れる。

その事実に空の手はさらに震える。


そんなふうに惨めに震える空に、カゲは低い声で囁いた。


「ほら。やっぱり嘘じゃないか。」


 カゲは冷たい目で俺を見下ろし、そのままつまらなさそうにナイフを投げ捨てる。

カラン、と鋭い音をたててナイフが転がると空はへなへなとその場に座り込み、血の出た頬にふれて、その手を見た。

血のついた手のひらは情けないくらいに震え、恐怖が体中を支配していた。


「バカだよ、お前は。まぁせいぜい頑張りなよ、カゲを破壊されないことと他の2人を見つけることに気を配りながら、ね」


 カゲはそういうと俺の顔をむりやり前に向かせた。

少し遠い、もやのむこうにカゲと対峙するリリと、見たことのない少年のカゲと女の人のカゲが立っている。


 あれは...。他の、2人だろうか。

カゲを破壊されないようにって、どういうことだ...?


そんな疑問が渦巻くうち、意識がだんだん遠のいていく。


「またな、嘘つきの俺」


カゲのその声とともに大量の疑問を残して、空の意識は途切れた。


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