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二人目・銀髪少女


「今、誰か居た。」


 確かに見えたその赤いものは、きっと。

俺がそう呟くと琴葉は不思議そうに首をかしげた。どうやら見逃したらしい。

 空はため息を噛み殺し、そのあとを追うため琴葉をぬかして先をずんずん歩いて行った。

ここで逃すわけには、いかない。逃したらいつ帰れるのかわからないからだ。

少し疲れて、耳鳴りがした。


 そうして再び次の角に差し掛かった時、一足先にそこをまた赤いなにかが曲がっていくのが見えて俺は少し足を速めて追った。

あの赤いものは赤いリボンか何かの布で間違いないはずだ。


 あまりに早い動きに、空が半ば走り気味で角を勢いよく曲がるとついにはっきりとその姿を見ることができた。

写真でみたあの女の子ー...神上リリだ。


 きれいな銀髪の毛を赤いリボンで短いツインテールにして結んでいて、前にのこした髪だけが長くたれている。

そして小さな体に、大きな赤いリボンのついたワンピースを身につけている。


 俺が勢いよく曲がった事により、琴葉がリリを見つけたのと同時にリリもくるりとこちらを振り向き茶色い瞳をおおきく揺らして驚いた顔をした。


 そこでおかしなことに気がつく。


 確かに姿形は神上リリだけれど、あの印象的なきれいな青い瞳があるはずのところは分厚い眼帯で覆われていた。

まさか別人じゃないだろうな、という嫌な考えが頭に浮かびだしたのだったが、その考えはいきなり神上リリが叫んだことによってかき消された。


「お前らは誰だ!!あたしに近づくな!!」


 銀色の髪を揺らし、リリはすらりと小さなナイフをワンピースの裾から出してこちらに向けてつきつけるようにした。

 きらりと鈍く光るそれは、年端もいかない少女が持つものではない。

けれど何故か様になっているその理由は、今まで戦った事があるからだろうか。


「きゃあっ!」


 後ろで驚いたのか琴葉が悲鳴を小さくあげるが、俺はちっとも動じなかった。

少し前までは、青ざめて後ずさりしていたかも知れないが今はそうじゃない。


 俺はあの鈍く光るもので人の命が容易く奪われる事も誰よりもよく知っていた。けれど。

あんなナイフでは、俺には何もできない。

--・・・俺は、死ねないからだ。


俺は心の中で挑発した。・・・さあ刺してみろ!


 空はゆらりとゆっくり歩きながらリリに近づいた。

リリは舌打ちをして加減を確かめるようにナイフをひゅっと振りかざすが、俺は止まらない。

そして再びナイフをかまえなおすと唸るように言葉を吐いた。


「子供だからってバカにしないでよね。本気で刺すわよ!日本に来るまではこうして暮らしてたんだから...!」


 そう、俺にリリは言ったけれど俺はやっぱり止まらず歩く。

ゆらゆら。ゆっくりと、リリに向かっていく。


 リリの頬を汗が伝うのが見えた。

ここで人を刺したりしたらどうなるかぐらいは、よくわかっているのだろう。

そんな少女がナイフに怯えない俺に逆に怯えているその様は、小さな野良猫のようで。


「ほんとに、ほんとに刺すわ!消えちゃった目をとりもどすために何でもするんだから!!ゆるさないんだから・・・!!!」


 リリはそう、訳のわからないことを恐怖と焦りを振り払うように言うとやけになったかのようにリリは走り出し、ナイフを持ったまま空の懐に飛び込んだ。

ドスンという、鈍い衝撃。ナイフが身体に埋まる妙な感触とともに、喉元に鉄錆の味がこみ上げて来た。


「うっ...あ」


 俺は痛みにそんなうめき声をあげる。


「空っ!!」


 それに反応して琴葉が後ろでそう、叫んだのが聞こえたが俺は振り向けない。

ただじっと、手馴れたように俺からナイフを引き抜くリリを眺めながら俺はバランスをくずして前のめりに傾いた。


---死なないとはいえ、死にそうなくらいには、痛い。


 琴葉が急いで俺に寄り添ってきて身体を支えてくれたおかげで空は地面への衝突を免れた。

こう、本当は抱きとめられるのも嫌なのだがとりあえず今は痛くて、さっきのように振り払えなかった。


するとリリは今度は琴葉に血塗れたナイフを突きつけた。


「あなたたちもあたしを捕まえて売る気なんでしょ?あたし...目をとりもどさないといけないんだから...!」


 そう言ってじりっと琴葉に迫る。


「や、やめて...!話をさせて...。」


 琴葉は震える声でそう言う。俺を抱きとめる腕がかたかたと震えていることからもわかるが、どうやら恐怖で頭が回らないらしい。


 けれど、俺は確かに聞いていた。

"消えちゃった目を取り戻す"というありえない現象を少女が口にしたことを。

冷静に考えているうちに傷が治癒し始め、刺された痛みが薄れていく。

薄れ始める痛みにほっと息をつく間もなく、琴葉の体がびくっと震えた。


「あたしにはあの目がすべてなんだから!!返してくれないのなら、殺すわ!!みんな、殺してやる・・・!!」


 それと同時に、リリはこちらに向かってそう言って、ナイフを振りかざした。


カラン、とナイフが落ちる音。


ーーーーー…


「待て。」


 次の瞬間、空は琴葉の傍から立ちあがり、そう言ってナイフをリリの手を振りかざす手を押さえ込んでいた。

横でほっとしたように琴葉が身体をふるわせてため息をもらし、リリが何が起こったのかわからないようすで目を見開く。


「あんた...何で、動け...」


 そう言いながら俺の腹部を見たリリは絶句する。傷は、完治していた。

俺は絶句するリリを他所に血塗れた手を適当に服でぬぐうと額から流れた汗をぬぐった。


「あんた何なのよ...!」


 傷口のすっかり消えた俺の腹部を見て、叫び、リリは空に掴まれた手からのがれようとばたばたもがいたが、空は離さなかった。

空はそんなリリを無視してすぐ横で震える琴葉に向き直りにらみつけながら吐き捨てるように言う。


「お前、何で前に出てきたんだよ・・・。俺は死なない。だけどお前は刺されたら死ぬんだぞ・・・。」


するとよほど怖かったのか琴葉はいつもの元気さもなく素直に謝った。


「ごめんなさい...」


 こいつが死のうと関係ないとはいえ、殺人事件が起こればやっかいなのは目に見えている。

ましてやここに居るのは年端も行かぬ少女と、震える女と腹部血まみれの男。まず俺が疑われるだろう。


 琴葉に一言そうあびせたあと、今度はリリに向き直る。

リリはにわかにおびえた様に俺と目があうとびくっと身を震わせた。


「質問させてくれるか?お前、4月2日に何かあったか?」


 するとリリは今までにないくらい驚いた顔をした直後、茶色い瞳を揺らしたかと思うと、その目からぽろぽろと涙を溢した。

リリは、抵抗するのをやめて力をぬいて俯く。

そして小さな消え入りそうな声で小さく呟いた。


「4月2日...あたしの、あたしの大事な目が...なくなった日...」


 そう言い終えた途端にリリはさっきまでの狂気的な雰囲気を消し、ただの小学生のように泣きじゃくりはじめた。

わんわん泣き続ける子供の相手なんかしたことがないから、どうしたらいいかわからず俺はちらりと琴葉を見る。


 すると琴葉は俺の視線に気がついて優しく、リリに声をかけた。

もう恐怖はなくなったらしく俺は助かったと少し安堵する。


「よければ教えてほしいんだけど...その前の日、何か嘘をついた?」


 琴葉がそう聞くとリリは泣きじゃくりながら顔をあげ、こくりと頷きながら琴葉の顔を見て返事をした。


「それは、どんな嘘?」


 もう逃げないだろうと空はリリの手を離した。

リリは手の支えを失うとそのままぺたんと地面に座り込み、嗚咽をもらしながら小さな声で答える。


「あたし...っ、あたしを捕まえようとするやつが、いて...っその青い目をよこせなんていうから...っ、あたし...」


そこでリリは咳き込み、嗚咽をもらしながら座り込んだ。


 続きを聞こうと、体制を変えた。

けれどその途端、疲労に頭がくらくらして視界が歪みそんな風景が遠くに見えた。

耳鳴りがはげしくなってきて、それがぼんやりとした頭に限界だと俺に告げている。


意識が、遠のいた。


「空っ!?」


 そしてとうとう、俺はそんな琴葉の驚いた声を最後に俺は意識を手放した。


---


『お前はすべてを見るべきだ』


 あの、ありえない出来事にまきこまれた日にお前は死ねないよと告げた声が再び空に声をひびかせた。

くらくらとして重い頭をめぐらせ何のことだろうと考える。


その声はクスクスと笑いながらまた言った。


『お前はすべてを見るべきだ。さ、目を開けなよ?』


 そう言われると同時にくらくらしていた頭は急に軽くなり同じように重くて仕方がなかったまぶたもすぅっと軽くなっていた。


まぶたを、開ける。


 そこに広がっていたのはさっきまでの路地裏や見慣れた町ではなくてただ永遠と広がる荒地とあちこちから火のあがる瓦礫の群れだ。


「なんだここ...」


 空は思わずそう、呟く。するとその声が反響するなりふっと解け、代わりにどこからか泣き声がきこえてきた。

泣き声が反響して、ただっ広い荒地がさわがしい。


俺はその方向に首を傾けた。


 案外近くから聞こえたその声、そこに居たのは小さな、女の子。

綺麗だったであろう銀髪は煤にまみれて太陽のひかりを反射せず鈍く光っている。


「起きて、おきてよぉぉぉ...」


 すすりなきながら女の子は瓦礫に埋もれる誰かをゆらす。

でもその誰かはぴくりとも動かない。


 女の子は、きっと神上リリだ。

その瞳には、まだ綺麗な青い輝きがある。


 リリは泣きじゃくってもう動かないとわかっている誰かをその事実を信じることも受け入れることもできないようで、ひたすらにゆらし続ける。


 誰かは、絶対に起きない。...彼は、もう死んでいた。

誰がどう見てもわかるその事実。その彼が誰なのか空にはわからない。


 空はゆっくりリリに近づくと、手をそっとリリの肩にのせて名前を呼んでみた。

けれど反応はなく、リリはただ泣き続けるだけでこちらを見ることもない。

どうやらリリには俺が見えてもいないらしい。


 これは、夢なのか?

戸惑い始める俺の瞳に、再び少し横を向いたリリの目が映った。

さっきまでのリリにはなかった、青い瞳。

その瞳は見たこともないくらいに澄んでいて青く、宝石のようにきらきらと涙で光っている。


 けれどその目を見た瞬間、空は再び頭にずしりと重いものを感じてまぶたをおろしてぎゅっとつむった。

それが治まり、次に目をあけると今度はまだきれいな町並みが広がっていた。


 そこにはまたリリが居て、そこを駆けて行くリリはひどく暗い顔をしていて、ぼろぼろで傷だらけで。

そこに優しい顔をした少年が近づいてきた。


 彼はおびえるリリの頭をやさしく撫でて、リリのまえにしゃがみ込んで微笑んだ。


「こんなところでどうしたの?」


何も答えないリリに腹をたてる様子もなく、少年はまた言葉をかけた。


「ボクは何もしないよ。困ってるならウチにおいで?ずっと前から気になってたんだ。」


その言葉にリリは涙をためて小さく返事をした。


「あたしなんて、いらない子なんだ...邪魔なんだ...お父さんも、お母さんもあたしは邪魔だって...生きてても、きっといいところなんて、なにも」


すると少年は顔をのぞき、微笑む。


「綺麗な目をしてるね。ボクはそんな素敵な青い瞳を持ってる君のことを素敵だと思うよ。いらない子じゃないさ」


 そういって少年はリリの瞳をほめて、ぎゅっと抱きしめた。

途端に、緊張の糸が切れたようにリリは泣き出した。


 これが、さっきの”誰か”か。

そう理解したところで視界は再び暗くなり、しんと静まり返った闇の中に空はぽとりと放り出される。

始めと同じ、あの場所。同じように声が、ひびく。


『この少女もバカな嘘をつくのさ』


 そんな、こえを聞きながら。

俺は意識化の世界で、夢から覚めるために意識を手放した。



              *


―――ぱちり。


 空ははっとして目を開けた。まだ頭にあの声が響いているような、そんな変な感じがする。


「空っ!?大丈夫!?」


 けれど不意に横からそんな声が聞こえて俺は視線だけを横にむけてその声の主をちらりと見た。

そこには心配そうな表情をした琴葉がいる。


 空はいつの間にか額にのせられたタオルを取り、ゆっくりと起き上がった。

まだ少し、頭が痛いがさっきまでの耳鳴りや眩暈はもうない。


「まだ寝てなきゃ」


俺が起き上がると、琴葉はそう言ったが俺は無視して体を起こした。


「・・・別に、もう平気だ。運んでくれたのか?」


 そして空は、そう問う。

すると琴葉はふるふると子犬みたいに首を振った。


「ううん、違うよ。私じゃ無理だった...でもね」


 琴葉はくるりと視線を向こう側にむけた。つられて俺もそっちを見るように体をひねる。

そこには足をくみ、気取ったように座るリリが居た。

リリは少し赤くなっている眼帯のないほうの目をほそめ、ふんと小さく笑いながら言った。


「突然たおれるなんて軟弱ね。」


 俺は少し不思議になって首をかしげる。

まさかとは思うが。


「え...なぁ、こいつが俺のこと運んだのか?」


 再び視線をもどして琴葉にそう問いかけるとこくりとうなずかれた。

信じられない。頷かれたくなかった・・・!

こんなちっちゃいのが、俺を?


 空の頭にそんなふうに情けなくいろんな事例が浮かび、混乱しているのを見てリリはにっと笑って言う。


「とっても好奇の目にさらされたわよ?恥ずかしいわね。もう町、歩けないんじゃない?」


 挑戦的な態度は、年端の行かない少女のそれにしては生意気すぎる。

けれどそんなことよりも、俺は小さなリリの背中のうえで足をずるずる引きづられてここまで運ばれてくる自分を想像してげんなりした。


・・・最悪だ。


そんな俺の絶望も知らずに琴葉が横で苦笑いして、リリはクスクス笑った。


「まぁ引きこもりがあんなに動いたら当然よね?かわいそ」


 リリは馬鹿にしたようにさらに笑い、座っていたイスから飛び降りてこっちに来た。

俺はすこし腹が立ってきたが気にしないようにしてリリを見る。

リリは傍までよってくると耳元でささやいた。


「でも、仲間を見つけられてよかった。」


 その声はすこし震えていたような気がしたけど、俺は気づかないふりをしてやる。

こんな少女を苛めてやるのもどうかと思うし、こいつらとは呪いが解けるまでの付き合いだ。


すぐにリリは離れていき、俺のむかいがわのソファに座って一息ついた。


「これからあたしの状況と、ついた嘘を今から話す...」


リリは決意したようにそう言って少しつらそうな目をした。



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