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偶然を探す少女

 今、私の前で私より少し年上で少し不幸そうな顔をした一人の人間が頭を抱えている。

 それは私が事実を告げたからそうなっているのではなくただ、おそらくその現象に見舞われてしまったことに対して頭を抱えているのだと思う。


 けれどそれとは裏腹に琴葉はわくわくしていた。

その理由は一つ、ずっとこの現象に巡り会いたかったからだ。

千年に一度というすごく長い時間の間の中で、運よく呪いに偶然に出会えるなんて奇跡なのだが、その奇跡が今目の前で起こっている。

このひとが呪いの対象に選ばれてしまったのも偶然で自分が呪いを目にすることができたのも偶然。


 偶然だけれど、それは奇跡。


 だから、わくわくしていた。

私がこの呪いに興味をもちはじめたのはずっと昔だ。

それも、また偶然に祖母の部屋からあの本をみつけてから...



              *




 数年前。まだ私が小学生だったころ。

私は何故か祖母と二人暮らしで、広い大きなその家には両親も兄弟もいなくて、ただ私と祖母の二人だった。


 祖母は優しくて利口な人で、私は大好きだった。

けれど一度も両親の話なんかをしてくれることだけはなくて、なんとなくそれは訊いてはいけないことのような気がして私も訊かなかった。

何か隠しているようだったけれど、それを聞く事もなく今は祖母は死んでしまっていないので今もそれだけは謎だ。


 そんな祖母の書斎に偶然入り、机の下に大事そうにしまわれている本があったのを見つけたのが始まりだった。

 私はそのころから本が好きで、難しい漢字もまわりの子達よりは読めたように覚えている。


 分厚いハードカバーの、古ぼけたその本を開いてみると、あのおはなしが広がっていたのだ。

”千年に一度の呪い、昔その呪いにかかったといわれる人たちの伝説”のようなもの。

なぜか幼い自分の心を引き込むものがあり、琴葉は夢中で本を読み続けた。


 そのあと祖母に勝手に書斎に入ったことはばれてしまったけれど、祖母は怒らず、優しく微笑んで私をひざにのせてその本について詳しく話してくれた。


「おとぎ話のようでしょう。でもね、これは本当にあることで、嘘つきに神様がお怒りになるのよ。そんな呪いでも、おばあちゃんは一度でいいからそれを目にしてみたかったの、そしてその呪いに掛かった人をね・・・」


 おばあちゃんは子供のような笑顔でそう言ったのち、ふっと表情を陰らせて何か言おうとして口をつぐんだ。

私が首を傾げて続きを待っていると、おばあちゃんは幾分笑顔を取り戻して言いなおした。


「だからね、琴葉。嘘はついてはいけないよ。そしてもしそれに遭遇することがあったら助けてあげるのよ、その人たちを」


 祖母はそういうと私にその本をくれた。


「おばあちゃんは生きているうちにその呪いを目にはできなかったわ。続きは琴葉にまかせるわね...」


 その日からその本は琴葉の宝物になり、夢になった。

絶対にその呪いを目にしたくて、もっと知りたくて、あちこち調べてまわったりもした。


 そんなとき、あのニュースを目にしたのだ。


 琴葉が14歳の春。ニュースで流れ出した電車事故の報道。

無機質な、機械的な声と動作でアナウンサーがその事故の内容をたんたんと告げる。

”その電車事故で、たった一人の無傷で助かった少年がいた”というありえない内容のもの。


 そのとき、琴葉の心がどきりとした。

それと同時にどんどん妙な違和感とともに焦燥感が募り始めていた。


 流れる電車事故のニュースを見ていると、限りなく大破に近い電車の車体が炎上している映像や、そのときの様子が報道されていた。

どう見ても無傷で助かる事などできそうにもない。

 そしてそのまま、流れ出したニュースを食い入るように見つめているとその少年の名前と顔がパッと映し出された。


 瀬川空17歳。

自分より年上で、けれどどこか活力のないひと。その目はうつろで、目の下にはクマができ、茶色っぽい髪はボサボサで。

特にそれと言った特徴はない人なのに、その目を見ていると募り始めていた違和感は爆発して、私は気がつくと立ち上がっていた。


 何を感じたのかはわからないけど、呪いと関係がある気がしたらしい私の身体はあっという間に宝物の本の入ったかばんを肩からななめにかけると一目散にニュースで流れ出した事故の住所に向かい始めていた。


「すごく、近くだ・・・!」


 こみ上げる焦燥感に息をきらせながら走り、まず向かったのは事故のあったところ。

その現場の周りにはあちらこちらに警察官などがいて、黄色いテープが張られている。


 事故が起こったのは昨日。だとすると彼はどこにいるだろう。

琴葉は必死に考えて、病院だという結論にたどりつく。無傷だったとしても必ずまだ病院に居るはずだ。


 琴葉は今度は最寄の病院に向かって走り出した。

体力も息もぎりぎりまで使いきる勢いだったけれど、謎の焦燥感が足を止めることを許さなかった。

それに圧され、やっとの思いで病院の前までやってきたとき、病院からすごい勢いで走り出てきた少年とぶつかりそうになった。


 琴葉はそれを慌てて避けながら、走り去るそのひとを見つめた。

見たことのないそのひとになぜ目が行ってしまったのか。


 そのひとは叫びながら、病衣のままで、ぼさぼさの髪を揺らしながら裸足で交差点に向かって躊躇なくつっこんでいった。足取りは、ふらふらと危なっかしい。


 クラクションの音とブレーキ音が辺りに鳴り響き少年を避けようとする車たちがあちこちに溢れる。

轢かれてしまうのでは、琴葉は思わず顔を手で覆ったが、運よく少年はその場を無事通過した。


「・・・っ!」


 琴葉がそれにほっとしたのつかの間、少年は止まることなくそのまま車が入り乱れる交差点をつっきり、道路の角を曲がって見えなった。


 そして瞬間、ドンと鈍い音がして、見えなくなったはずの角から何かに跳ね返された少年が再び現れて宙を舞い、再び鈍い音を鳴らしながら地面に激突した。

こちらにまで響くほどのその音に私は身をすくめ、思わず悲鳴をあげそうになった。

明らかにただ事ではすまない雰囲気通り、曲がり角の端にちらりと赤いバスが見えていて今起こったそれを物語っている。


 あの少年は今まさに、バスに撥ねられたのだ。

その口からは細く赤い血が流れていて、体のあちこちが曲がるはずのない方向に曲がっているのがここからでも確認できた。

 少年は地面に激突したあと、苦しげに数秒もがいた後咳き込んで血を再び吐き、今はすでに動かなくなっている。


 その一部始終を、私は確実に目撃していた。

今まさに人が死ぬのを見てしまったのだー...。


 そう思うと足が震え、琴葉は口元を押さえながらその場にぺたんと座り込んでしまった。

恐ろしいのにその少年から目が離せず、見つめてしまう。


 一瞬自分の目的も忘れて震えていた。



 しばらくそうして震えていたが、私は信じられないものを目して私ははっと我に返った。

死んでしまったはずの少年がぴくりと動き、ごろんと寝返りを打ったのだ。

仮にかろうじて生きていたのだとしても、ありえない行動。

 私が目を見開いてその光景を見て震えていると、少年も同じように震え、頭を掻き毟って叫び始めた。


「嘘・・・」


 琴葉は、呟く。

少年は死んでいなかった。それどころか怪我もしていないらしいことがわかった。

ありえない方向に曲がっていたはずの腕は今や正常に腕としての機能を果たし、少年の頭を掻き毟っている。


 琴葉は呆然として自分の目を疑ったけれどやっぱり彼は生きている上に、叫び声まであげている。

それは、明らかに異常な事。


 そうしてしばらく呆然としていると、その琴葉の横を警察官や医者がとおりすぎ、叫びつかれてぐったりした少年を抱きかかえてまた私の横を通っていった。

視界にちらりと映った少年の茶色い髪と赤い血の色が妙に焼きついた。

---


 いつの間にか周りが落ち着きを取り戻し始め、止まっていた時間が進みだすと同時に琴葉ははっとする。


「-...あ」


 そんな声を漏らし、そして。

確かに今見たその少年はニュースで見たあのひとだったと気がついた。



              *



 結局その日は彼にあうのは無理だろうと判断して琴葉は家に帰った。

興奮や恐怖なんかで疲れてぼぅっとしたまま歩く。


 私は、今は一人暮らしをしていた。

祖母も2年前死んでしまって、両親もいないのだから当然そうなるが、おかしなことに親戚まで一人もいなかった。

そんなふうだから、私は一人で生きていかなければならなかったのだ。


 寂しいと思ったことはないといえば嘘だけれど今はもう慣れっこだった。

誰も居ない家に入って、その家に「ただいま」と言う。

「ただいま」は薄暗い玄関に広がって返事が返ってくる事もなくいつものように消えていく。


 部屋に入って電気をつけるなり、私は着替える事も後回しに椅子に座ると祖母の本を開いた。

 あのひとは呪いで何を願ったのだろう。

きっと、きっとあのひとは呪いにかかっている。


 あの光景を見てしまった以上、確信があった。


 また明日、きっと彼に会いに行こう。

そして話を聞こうー...

琴葉はわくわくする気持ちとすこしの不安を抱きながらその日は結局寝てしまった。



              *



「えっー!?」


 次の日、琴葉は病院でそんな間抜けた声をあげていた。

カウンターの看護婦さんが困ったように苦笑いを浮べながら言う。


「だから、ごめんなさいね。それに彼の希望もあるけれど、病院の決まりとして、住所などの個人情報は教えられないの」


 何故こんなことになっているかと言うと、そう、彼はもう退院してしまっていたのだ。

昨日バスに撥ねられた人物がまさか退院してしまっているなんて夢にも思っていなかった。こうなるとわかっていれば、昨日のうちに声をかけただろう。

 けれどそんな後悔も虚しく彼はもう病院に居なくて、その上住所もわからず完全にどうしようもない状況だった。


 せっかく見つけたのにー...!!


 そんなどうしようもない感情を抑えて琴葉は軽く看護婦さんにお辞儀をすると病院を飛び出した。


「どうしよう!どうしよう!どうしよう...っ」


 琴葉はつぶやきながら、闇雲に走る。

・・・どうしてもあのひとに会いたいのに。手がかりはゼロだ。ふりだしに戻ってしまった。

---


 その日から琴葉は必死になってまわりにその少年のことを聞きまわった。

幸い、そのひとはこの辺りに住んでいるらしくすぐに目撃談は得られた。


 けれど、その内容はどれも恐ろしいもので琴葉はぞっとしてしまった。

その内容と言うのも、薬局で睡眠薬を買っていっただとか、ロープを買っていっただとか、極めつけに包丁を買っていったなどという、明らかに自殺でも図ろうとするような内容だ。


 私はあせっていた。

いくら死なないのかもしれない、というのを知っていても確証はない。

それにもし”何回までなら死なない”なんていう内容のものだった場合も考えられる。

せっかく見つけたたった一人の人なのに、死んでしまっては意味がないのだ。


 毎年四月になるたび色々探し回った。でもそれらしき人は見当たらなくてただの日常が広がっていた。

そうしてようやく今年、こんなありえないことが起こりその人物を目にするところまで来たのだ。

 絶対に、会って話がしたかった。


 そのひとが本当に呪いにかかっていて、今年がその千年に一度なら他にあと三人居るはずだけれどどこに居るのか見当もつかないのだから、一番近くにいるあのひととどうしても話したい。


 必死になって走り回るうちに琴葉は走りに走り回ってついに確証に近い話をきいた。


 あるマンションのそば。マンションの住民がひそひそ話しているのを聞いたのだ。


「あの少年、不気味よねぇ...」

「この前なんてそこから飛び降りたのよ!それなのに無傷で立ち上がったんですって」

「まぁ怖い...化け物のようね」

「それに突然奇声をあげたりするらしいわ。部屋の前がこの前血だらけだったんですって。」


 その内容に、私は確信を得た。絶対あのひとだ。

”死んで”も無傷な人なんてあの人以外に絶対に居ない。


 琴葉は確信を得ると、そのマンションの住民にそっと話しかけた。


「あのう、すいません。その男の子ってどの部屋ですか?」


 そういうとその人たちは一瞬驚いた顔をしたのち、静かに部屋の番号を教えてくれた。

そしてそのあと、心配そうにひそひそと言う。


「お嬢さん、あの子のところへは行かないほうがいいわよ?変な子だし、殺されてしまうかもしれないわ...」


 私はごくりとつばをのんだ。すこしの恐怖を感じた。確かに話だけ聞いていればまともな人じゃないし、危ないかもしれない。

 けれどぎゅっとこぶしをにぎりしめて私は言った。


「はい、気をつけます。でも行かなきゃいけないんです」


 もうその人たちは止めなかった。

私はその人たちの心配そうな視線を後ろに、決心してエレベーターに乗った。

静かなエレベータの中で響く機械音が妙に大きく感じられ、その時間が長く感じられたが、そんな時間も過ぎて、エレベーターを降りて部屋の前にくると不安と期待でドキドキと胸が鳴るのを感じた。

少し、手が震える。


「会わなきゃ・・・」


 私はその手を押さえ、意を決してチャイムを鳴らそうと手をのばした。けれど。私は再びその手をびくりと止めることになる。


 中から、ガシャンと大きな音と何かが壊れる音がして、よく聞こえなかったけれど叫ぶ声が聞こえたからだ。

何かあったのだと琴葉は恐怖も忘れて急いで扉に手をかけた。

鍵はかかっていなくて、ギィッと不気味な音をたてて扉は簡単に開かれ、琴葉を導く。


 異様な雰囲気に琴葉は思わず叫んでいた。


「だめっ!やめて!早まらないで!」


 私はそう叫びながら部屋にあがりこみ、音のきこえたほうに走り出していた。

案の定部屋に入るとあのひとが居て、今まさに死のうとしていたのか包丁を首に突きつけていた。

 けれど突然の訪問者に、そのひとは動きを止め、目を見開いてこっちを見ていて。


 間に合ったのだと、琴葉はほっとしながらも大急ぎで彼の手から包丁をとりあげた。


 そうして、私と彼は出会った。





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