呪いと訪問者②
千里は遠い目をしたあと、すぐにこちらに目を戻した。
そして、はらりと頭からすっぽりとかぶっていたローブを脱ぎ捨てる。銀褐色の、浮世離れした髪は、驚く程に整ったその顔と、薄青みを帯びた人離れした瞳とともにさらにそれを引き立てた。
思わず、その場にいた全員が千里を見てじっと黙り込む。
見られていることに気がついた千里は困ったように伏し目がちになり、苦笑した。
長く美しい、髪と同じ銀色のまつげが不思議ないろの瞳をおおった。
「私の顔になにかついているだろうか」
しばらくして、千里は居心地悪そうにそう口を開く。
それに、全員が慌てて目をそらしたのだが、リリだけが無遠慮に千里を見つめたまま首をかしげた。
「あなた、随分と風変わりよね。まあ、私に言われたくはないだろうけど」
すると、千里はまた少し苦笑して銀褐色の髪を撫でた。
「ああ、そうだな。昔はこうじゃなかったんだけど。いつからこんなふうになってしまったのか私にもわからないよ。君の髪は私のとは違う、純粋できれいな銀色だ」
千里はそう言うと柔らかくリリに微笑みかける。
リリは慌てたように自分の二つに束ねた銀色のツインテールをばっと手繰り寄せ、面食らったように首を振った。それから、少し困ったような顔をする。
「な、なによいきなり!・・・そんなこと言われたのはあの人以来よ。馬鹿なこと言わないでよね・・・」
リリが言うと、千里は少し深刻そうな顔をした。
「そう、それは、君の大切な人か。まずは君たちがどのような呪いを受け、なぜこうなったか私に詳しく話してもらえるだろうか。」
横でボブが嫌そうにたじろぐ。けれど、ほかの全員は真剣な顔で頷いた。
-
全員が話を終えると、千里は難しい顔をした。そして、ぽつりと呟く。
「呪いの話はおおよそ理解させてもらった。引っかかるのは、その青影という影壊しの一族だな」
そう言いながら、ちらりと千里が琴葉を盗み見たのを俺は見逃さなかった。
当の本人の琴葉はそれに気が付くこともなく、みんなの呪いについての話をきいて、改めてその現状を痛感したのか、暗い顔をしていた。
「青影は昔からいたんじゃないのか?」
俺が聞くと、千里はゆっくりと首を振った。
「いいや。どうだろう。少なくとも私が呪いを受けた頃は。私もこの長い時を生きて、呪いのこと、その一族のことをよく調べたし、知った。その一族が現れたのは少なくとも私が呪いをうけたより、500年ほどあとのことだ」
500年。その長さにぞっとする。こいつは、それほどに長く生きているのだ。そして、それは俺にとって無関係な話じゃない。
「私はこの呪いにとって異端児なんだ。いや、不完全品というべきかな。この際だから言っておこう。
私はこの呪いを受けた、一人目。この呪いが生まれたのは私のせいだともいえる。過去に私が抱いたある思いが、嘘が、呪いを生み出した。私は、その責任を取るためこうして長い時を生きて、君たちのように呪いを受けた人を救うために生きてる」
千里は暗い表情で顔をあげなかった。
つまり、千里は1000年どころか、もう何千年も生き続けているということであり、呪いはもう幾度にも渡ってこの世界に降り注いでいるということだ。
呪いの根源を目の前にして、全員が黙り込むが、千里のことを責め立てるやつはいなかった。
この呪いをとくために、呪いを受けたものを救うために、こいつは何千年と孤独に生き続けているのだから、そんなことができるはずもなかった。
「・・・いまは、そんな話がききたいんじゃないわ」
リリが、絞り出すような声で言う。
千里が息を小さく吐き出し、そうだな、と呟いた。
「・・・・青影一族は、二回目の呪いが、その時代の四人に降りかかった時に現れた。私はもちろん、そのことを知らずに無知だった。私は呪いをうけたその四人を助けることができなかった」
「助けることができなかった・・・・って、それは、どういう」
俺がそう言いかけると、千里は一度呼吸をおいて、目を閉じた。
「奴らは影を壊す。何のためにそうしているかはわからない。でも、影を壊されないこと、それが呪いを解く上で・・・今から私が説明する呪いを解く方法を実行する上で、一番重要なことだ。
”一人でも影を壊されて、いなくなったら呪いは一生解けない”からだ。だれか一人でも、影を壊されたとしたら私は・・・いや、もう誰も、君たちを・・・・救えない」
一瞬、部屋の空気がしんと静まり返った。
皆、あの要の時の一件を思い出しているのだろう。俺たちが琴葉の本から得た情報は確かで、あのとき一人でも完全に影を壊されていたとすれば、全てが終わりだったのだ。
「・・・詳しく話してもらえますか?」
沈黙を破り、要がそう訊ねる。
千里は重苦しくこくりと頷いて、立ち上がった。
「呪いを解く方法は至って簡単なんだ。呪いを解くには、君たちも知っているように、呪いを受けた者・・・・呪いを受けた四人が全員集まっているということが絶対条件。それでいて、視認できる範囲に集まり、自分の嘘を心の底から認め、受け入れること。それだけだ。」
それを聞いた瞬間、リリはがたんと音を立てて立ち上がり、ぐるりと俺たちを見回して、動揺したような顔をした。
「それって、おかしいじゃない?四人はもうこうして揃ってるし呪いをと解きたいってみんなそう思ってるわ!でも私の目は戻らない、戻ってない・・・・呪いは解けてないじゃない!」
リリがそう叫んだ言葉に対して、俺は顔をあげられなかった。
俺は、自分の中で、未だ答えを見いだせていなかったからだ。夢の中の影に、自分を殺せとナイフを投げられても死ぬことが結局怖いのにも関わらず、いざ、ではこの世から消えたいと、そう願ったあれが嘘だったのかと問われると嘘だっと認めることもできないのだ。
俺の、せいだろうか。
嫌な汗が首筋をつたうが、それを言葉にすることはできない。
しかし、俺が何か言う前に千里が落ち着いた声で、静かにリリを見つめていった。はらりと銀褐色の髪が落ちて、薄青みを帯びた瞳を隠す。
「私の話を聞いていたか?”呪いを解きたいと思っている”んじゃなくて、”嘘を認めて受け入れろ”と言ったんだ」
リリはぐっと体をこわばらせて、茶色の瞳を野良猫のように鋭く光らせて千里を睨む。
その横でボブがおろおろと千里とリリを交互に見た後、結局なにも言わずににらみ合う二人に困ったようにおそるおそる横から口を挟んだ。
「あの・・・俺は、認めてるし、受け入れてるよ・・・・そしたら、俺のカゲはすごく、なんだろう、友達みたいに友好的になったんだ。初めは、こう、なんだろ・・・すげぇ意地悪だったんだけど」
ボブがおずおずとそう言うと、リリも俺も、要もはっとしたように顔をあげた。
俺は、あの青影に影を壊されかけた一件のとき、夢の中の広場にはじめて全員が集合した時のことを思い出していた。
あのとき、他の全員の”カゲ”へらへらと余裕ぶって笑っていて、俺たち本体の後ろで動こうともしなかった。
だが、ボブの”カゲ”は本体と同じように情けなさそうな顔をしながらボブの横に並んで構えていたのだ。
・・・俺たちの”カゲ”はというと、とうとう青影に壊されるまで動こうともしなかったのだ。とてもじゃないが、友好的だとは言えない。
それは今思うと不自然なことで、ボブの”カゲ”だけがボブとひとつになったように行動を共にしていたのも俺たちのものとは違いすぎた。
「それが、カゲを・・・自分から溢れだした、嘘を認めたということ。もうわかるだろう。この場で嘘を認めカゲを受け入れているのはその子だけだ。
君たちは、心の底ではまだためらい、嘘を受け入れきれてないんだ。わかるか?」
千里は冷ややかな声でそう言って、リリ、要、俺を一瞥した。
「君たちが嘘を心の底から認めない限り、カゲの壊される確率はもちろんあがるだろう。嘘は君たちに非協力的だから逃げも隠れもしてくれない。青影の思うがままだろう」
千里は、順に要、リリ、俺に向けて言葉を吐き出した。その目は先程までの優しいいろを消して、冷徹な表情を浮かべていた。
「君は恋人に嘘までついておいて、苦しめておいてまだ嘘を認めきれないのか?君もだ、その目は君にとってなんなんだ?決意したんじゃないのか?」
「違う!!!私は!!!私は、目を、私の大切な、あの人のほめてくれた目を・・・・っ」
そこまで千里が言ったところでリリは銀色の髪を逆立てるように跳ねさせてわなわなと震えた。
そして、頭を抱えて獣のように唸ると千里に向かってそう言葉を吐き捨てた。
それでも千里が冷ややかな目でリリを見返すと、リリはもう一度千里を恐ろしい目で睨みつけて、逃げるように部屋に向かって走り出し、バタンと扉を乱暴に閉めて出てこなくなった。
同様に要も俯き、読めない表情を顔に浮かべ、小さな声で「僕も一度部屋に戻らせていただきます」と言い、俺の部屋を後にした。
おろおろと肩身の狭そうにしていたボブも、リリの後を追って部屋へと戻っていく。
残された俺と琴葉と、千里は誰も言葉を発さず、しんと、リビングは静まり返る。
千里はじっと俺と琴葉を見つめて琴葉のほうに目を向けた時に少しだけ表情を緩めて申し訳なさそうな顔をした。
横をちらりと盗み見ると、琴葉はふわふわとしたくせっ毛が震えて見えるくらいに、肩を震わせてぎゅっと拳を握り締めていた。
その目には、薄くぼんやりと涙が浮かんでいる。
「すまなかった。そこまで言わなくてもいいじゃないかと、君は言いたいんだろう。でも、それじゃ決意は固まらないしいつまでも呪いは解けない」
千里がうつむきがちにそう言うと、琴葉は「でも、」と声を震わせた。
「でも、・・・あそこまできつい言い方、しなくてもいいじゃないですか・・・」
千里は何も言わず、じっと琴葉を見つめる。
それからローブの帽子をかぶりなおすと玄関に向かって歩きだした。
ドアノブに手をかけたところでもう一度千里は振り返ると、囁くように俺と琴葉に、真剣な表情でいう。
「空、君には私のようになってほしくない。君も嘘を認めるには十分な環境が整っているだろう。それと、琴葉、君は自分が何者なのか、今一度考えてみるといいだろう」
そう言うと千里は今度はもう、振り向くことなく部屋を後にした。




