呪いと訪問者
「外にへんな奴がいる・・・!!!」
ボブがそう言い放つと、全員がぽかんとしてボブのほうを見つめた。
唐突に変な奴が居ると言われ混乱するのは当然で、しばらくはボブの言葉を聞いた後誰も動こうとはしなかった。
その後しばらくしてようやく始めに動き始めたのは、先陣を切ってリビングを出て行った要で、要はそろりそろりとボブの横に移動した。
ボブの横に要が移動してくると、怯えた猫のように背を丸くしたボブが後ろに下がる。
その、ボブが下がったスペースに要は移動し、ひょいと覗き穴を覗く。
「・・・・。」
覗き穴を覗いた要は無言で顔をあげ、ちらりとボブを見る。
ボブは要を見上げてこくりと頷き、それに要も頷き返す。
「・・・誰が居たんだよ」
俺が苛立ったような声で言うと、要が無言ですっと覗き穴を指差した。
とりあえず見てみろ、ということらしい。俺はため息をつくと仕方なくドアのほうに寄り、小さな覗き穴をそっと覗きこんだ。
覗き穴の向こうに見えたその姿に、俺も思わず要やボブに頷きかけたくなった。
その人物は確かに何か”変な奴”だった。時代遅れと言えばいいのだろうか、それとも何かー・・・とにかくそいつは変わった、どうにも変な奴だった。
二次元から出てきたかのようなローブのようなものを頭からすっぽり目深に羽織り、こちらをじっと見つめる瞳は色素の薄い青みを帯びた黒い不思議な色をしている。
特別外国人のような顔つきをしているわけでもないのだが、どこか浮世離れした見た目に違和感を覚えた。まるでこの時代の人間ではないかのような、そんな-・・・。
「驚かせてすまない。話がある、開けてはもらえないだろうか。」
ぼうっとその人物を見つめていると、扉の向こうでその人物が声を発した。男性とも女性とも取れるような凛とした低い声だ。
その声に驚いて俺が飛び退くと、相手は申し訳なさそうに首をすくませた。
「・・・さらに驚かせてしまったようだな。本当にすまない。」
相手がそう言い、一歩下がる気配がした。俺も同じようにもう一歩下がり、くるりと振り向く。
後ろで待機していた全員が不審そうに扉と空をちらちらと交互に見つめる。青影の一件のこともあり、見知らぬ人物や怪しい人物には全員かなりの警戒心を抱いているのだ。
「女性、でしょうか?それとも・・・?」
先に小さく潜めた声で言ったのは要だ。
要の問いに、リリがぎろりと睨みつけるように振り返って言う。
「今はそんなことどうだっていいわよ。男だろうが女だろうが青影に関係してる奴だったら変な力を持ってるわ。こっちで太刀打ちできない。」
リリの言葉に「それもそうですね」と一言、要は苦笑いして黙り込む。
俺もリリの言葉に賛成で、この間みたいに全員窮地に立たされるような状況だけは避けたかった。
あの一件で琴葉が俺たちの傷を治してくれていなければ今頃俺たちは全員死んでいただろう。
完全なる、油断と準備不足。
琴葉の力のことも、みんな何も言わないし、琴葉の頭の整理もついていないだろうということから触れられずにいる。
また、同じように力を使って俺たちを治せるかどうかもわからないのだ。そうなると、自分の身を守れるのは自分自身だけで、また準備不足や警戒不足でやられたとして次はない。
そんなことを考えながら、全員が黙り込んでいると、おそるおそるといったふうに琴葉が声を発した。
「あの・・・・なんの根拠があって、って思うかもしれないけど、悪い人じゃないと思うの、その人。本当に、なんとなくで、勘なんだけど。話だけでもきいてみない?」
琴葉の言葉に、俺を含めた全員が琴葉をじっと見つめて黙り込んだ。
琴葉があの影を治した一件以来この呪いに纏わるなにかと関係があるのかもしれないと思い出している今、琴葉の言葉には妙に説得力があった。
琴葉には、俺たちにはわからない何かを感じ取っているのではないか、という、それこそ根拠のない-・・・・勘。
「琴葉がそう思うなら、いいんじゃないかしら。あたしは別に反対しないわよ」
黙り込む一同から先陣を切ってリリが発言する。
不安げなボブも、いつもどおりの笑顔を浮かべた要も、俺もリリの言葉に賛成だった。
全員が頷くと、琴葉はごくりと唾を飲み込んだ。
琴葉はそうっとドアの前に近づくと、ドアノブをゆっくりと捻る。
何かあった時のために、俺はぐっと琴葉の後ろで身構えた。
ドアが開くと、覗き穴から見えた一部よりも全体が見え、その人物の現実離れしたイメージがさらに強まった。
少しぼろっぽいローブに身を包んだその人物は、凛とした目でこちらを見つめてる。
「あのう、お話、とは」
琴葉が、その凛とした瞳に多少たじろぎながら、言う。
すると、そいつは少しきょろきょろとあたりを見渡してから、いくぶん声のトーンを落としてそれに応えた。
「ここでは奴らに話を聞かれるかもしれない。・・・中で話ができないだろうか」
その発言に、琴葉が返事をする前に間髪入れずに俺が応えた。
「いきなりお前みたいな怪しい奴、家に入れられると思ってるのか」
俺の刺々しい口調に慌てたように琴葉が振り返るが、俺は琴葉を見ることなくそいつを睨みつける。
そいつはそれでも、目を逸らさずに少し首をかしげたあと耳打ちするように俺に顔を寄せた。
「私の名はセンリ、という。呪いの話・・・と言えば信頼してもらえるか?」
その言葉に、俺ははっとして目を見開いた。
・・・・こいつも、この呪いに関係がある人物なのか。それも青影の連中とは、関係なく。
*
「改めまして、自己紹介しよう。私の名はセンリ。君たちより以前にこの”エイプリルフールの呪い”を受けた者だ」
一見、不思議でもなんでもなくむしろ過去に自分たちと同じ境遇にあった奴だと思うことのできる言葉。
しかし、俺たちはすぐにこの言葉がおかしいことに気が付く。だって、この呪いは。
「千年に一度・・・・この呪いは、千年に一度ランダムに選ばれた四人に起こるもの、だろ・・・?」
この言葉の違和感は、呪いの規則性を知ったうえできくことにより生まれるものだ。
つまり、この呪いの規則に従ってこの話を受け入れるとすると、センリと名乗ったこの人物は千歳を超えている、ということになる。
人間だとして、まずありえない。
俺たちがぽかんとしていると、センリは困ったように首をかしげ、ゆるく口元を歪めた。
「そう、だな。でも君たち・・・とりわけそこの少年にはひとつだけ私が未だここで生き続けている理由がひとつ、思い当たるはずだ」
そこの少年ー・・・つまり、空を指さしながら、センリが言う。
その瞬間、背筋がぞくりとした。そうだ、ひとつだけある。その理由が。それを、可能にすることができる理由が。
「まさか、お前呪いが」
俺の言葉に、センリは静かに頷いた。
「ああ。そうだ。私は不死身。死ねない身体を持つもの。私が受けたこれは君と同じ類の呪いだよ。そして私は一年以内という決められた期限の中で、呪いを解くことができなかった」
しんと部屋が静まり返る。
誰も、言葉を発することができない。改めて感じたこの呪いへの恐怖と、その成れの果てを前にした絶望感。これが、現実自分たちの未来かも知れないのだ。
俺たちの空気を感じ取ったセンリは申し訳なさそうにまた口を歪めた。
「すまない。でも君たちに絶望を持ってきたわけじゃないんだ私は。私が呪いを解けなかったのは当時私が無知だったことが原因だ。でも、今はそうじゃない」
センリの言葉にリリと要、ボブが飛びつかんばかりの速さで顔をあげる。
こいつらはともに大切なものを失っているのだから、俺よりも呪いに対する思いは強い。
「じゃあ呪いの解き方を知ってるのね!?」
リリがソファから勢いよく立ち上がり、センリに詰め寄る。
センリはちらりとこの場にいる全員と目線を合わせてから、最後にもう一度目の前のリリに視線をもってきた。
「知っている。そのために、私はここに来た。悠久の時を生きる私にできるたったひとつのことだからな」
センリはそう言いながら、少し悲しげに遠い目をした。
近頃更新をストップしていて誠に申し訳ございません。
スローペースになるとは思いますがしっかり完結まで書くつもりです。しばしおつきあいくださいませ!




