惑う影
「青影・・・!?」
俺が唸るように喉の奥で低く、そう言うとカゲがくつくつと愉快そうに笑い声を漏らした。
何も知らない俺達をバカにするように、俺と同じ色のカゲの瞳が輝く。
『あれ、知らないのかい?あいつらは君達と違って人の夢に入り込めるんだよ。人の夢に入り込んで、カゲを破壊する。それがあいつらの役目さ!』
カゲの言葉に俺は焦り、息を飲んだ。
もし要のカゲ-・・・正式には百合という女性がカゲになったものが青影にこのまま破壊されるか、要が殺されるようなことがあれば今後永遠に”四人”は揃わない。
それはつまり、俺達の呪いが一生解けないことを意味する。
その意味を理解した瞬間、頭から足先まですっと冷えるような感覚とともに、焦燥感がぶわりと身体に広がった。
「はやく、助けに・・・」
空が掠れた声で、なんとかそこまで言いかけると、カゲはこらえ切れなくなったというように俺の声を遮って、大声をあげて笑った。
『なに言ってるんだい?自分達でこの夢のルールを昨日話してたじゃないか!お互いがカゲと対峙している人の夢を夢に見ることは出来ても、君らは人の夢には入れない。
もちろん、過去を見ることのできるお前ですら、な!」
カゲはそれだけ言うとその姿をぐにゃぐにゃとくらませ、手を振った。
その直後反論する間もなく瞼が重くなり、頭へのずしんと強い衝撃とともに俺は夢の世界から追い出された。
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「っ-・・・!」
俺は夢から覚めると、耳にカゲの嫌な笑い声の余韻を残したまま、すぐに部屋を飛び出した。そして、廊下に向かって怒鳴る。
「起きろ!リリ、ボブ!」
怒鳴ったあと、二人が出てくるのを待たず、俺はまずリリの部屋の扉を殴るようにドンドンと叩いた。
「何事なの」
叩き始めてすぐ、リリがさっと部屋から飛び出してきた。
暗い廊下で獣のように光るリリの茶色の瞳はただ事でない何かが起きた事を、もう理解していた。
俺は不安げにこちらを見つめるリリに向かって、早口にその夢の内容・・・要が青影に襲われていることを話した。
話すと同時にリリの色白い肌から血の気がさっと引いていく。これは呪いの当事者からすると、とんでもないことなのだ。
さっきの俺と同じ心情に飲み込まれたであろうリリは、失っていないほうの茶色の瞳を揺らした。
予想していた事態だが、実際に起こるといいようもない不安が襲う。
”影を破壊するもの”を知ったその日から、これはいつ起こってもおかしくない事態であったと言えるのだが、だ。
むしろ今まで俺達が青影に襲われなかったのは、こうして俺達が固まり、通じ合っていたからだろう。
青影は俺達が要を発見したことで同じように要のことを発見し、俺達と通じ合っていないところを狙ってきた。
ここを狙われるとまずいのは俺達で、要を助けにいく術はない。
どのようにして青影が俺達”呪いの当事者”を発見しているのかはわからないが、俺達が要を見つけた昨日の今日で行動を起こすということは、俺達の動きに関係があるのかもしれない。
だとしたら、俺達の今日のうかつな動きは失敗だった。
青影に大きなチャンスを、与えたようなもの。
「・・・後悔してる場合じゃないわよ」
空の暗い表情に気づき、リリが吐き捨てるように言う。
俺がはっとして俯いた顔をあげたときには、暗闇の中にぼんやりと銀色の髪を発光させながらリリは身を翻していた。
「空は琴葉をつれて、あのマンションに行って!私はボブを引きずって先に行ってるわ。諦めちゃだめよ・・・!私は絶対、嘘を取り戻すわ」
リリはそう言うとさっとボブのいる部屋へ消えた。
・・・俺だって、このまま不死でいるつもりなんて、もちろんない。
俺は真夜中の生温い空気が満ちた外へ飛び出した。
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「ん・・・」
寝苦しい暑さに目を覚ますと、家のインターフォンがうるさく鳴り響いていることに気がついた。
しばらく何も考えずにその音をきいてぼぅっとしていたけれど、眠気が覚めると同時に琴葉ははっと身を強張らせた。
こんな夜中に、誰だろう。
私はおそるおそる玄関へと歩み寄る。
暑さとはまた別の、嫌な汗が首筋を伝っていくのと、心臓が嫌にはねるのを感じた。
「・・・!」
琴葉が玄関まで来た頃には、インターフォンは途切れ、変わりに家の扉がダンダンと殴るように叩かれていた。
激しく打ち付けるような音は、何かただ事でない事態でも起きたとばかりに休みなく続く。けれど、一瞬、その音が止んだ。
「琴葉!おい、琴葉!!」
その音が止んだと同時に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「な、なんだ空か・・・」
そんな一言とともに、私はほっと息を吐き出した。
けれど、すぐにまた身を強張らせる事になる。
こんな夜中に、何の用だろう。そんな不安とともに扉を開けると、額に汗で前髪をはりつかせた空とばちりと目が合った。
空はここまで走ってきたらしく、肩を大きく前後させている。
「そ、空?どうしたの、何かあったの?」
私が訊くと、空は呼吸を整えるように深呼吸して、それからすぐに今起こっていることのすべてを話してくれた。
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私と空は暗闇の中、息を切らしながら要のマンションを目指した。
走りながら空に、空が夢で見たという青年-・・・要の名前と過去、そして嘘の内容らしいものをきいた。
要の場合は、嘘が本人ではなく他人に降りかかってしまったのだから、こうして探すのに苦労した事も頷ける。
もしボブがたまたま文化祭のときに要を見つけ、何か違和感を感じていなければこうして見つけるのもまだ先になってしまっていたのかもしれない。
一通り空から話をきいたあと、私たちは黙って走った。
別に息が苦しくて話せないから、というわけではないけど、私は黙り込んでいた。
・・・最も空は本当に苦しそうで話す余裕がないみたいだったけれど。
この四人目が揃う、すると呪いを解くために一番必要であるだろう”キー”が揃う。
あのおばあちゃんの本には”呪いの当事者四人を集める事”と書いてあったのだから。
四人集めれば呪いがふわっと解けて全て元通りになるのか、それともまだ何か条件があるのかはわからない。
おばあちゃんの本だってどこからか持ってきた一部のようだし、全てが書いてあるわけじゃない。
けれど、絶対にわかるのはこの四人が揃う事が”重要な何か”であるということ。
-・・・複雑な、心境だった。
だって私は、まだ空に大きな心境の変化をもたらせていない。
空はきっとまだ、死にたいと思っているだろう。
私の前を必死に走っていくこの人は確かに今生きているのに、この呪いが解ければ死んでしまうかもしれないのだ。
このまま呪いを解くことに協力していいのだろうか。
「・・・着いたぞ」
と、一人で葛藤しているところに擦れた空の声が割り込んできて、私ははっと我に返った。
暗闇の中にそびえたつ巨大なマンションの前で琴葉と空はそれを見上げる。
そして、空が一歩踏み出そうとしたところでここまできてしまったのだという焦りに、視線を上に向けたままの私の口からぽろりとその言葉は吐いて出た。
「ねえ、空・・・まだ、空は死にたい?」
ぴたり、と凍りついたように空が動きを止める。
振り返ったその表情は暗闇と長い前髪でよく見えない。空は、何も答えない。しばらく静まり返った暗闇のマンションの前で、琴葉と空は対峙した。
「・・・そんなこと、今は話してる場合じゃない」
1時間くらいそうしていたんじゃないかと言うくらいの、見えない表情とともにおりた長い重い沈黙のあと、空がようやくといったふうに低い声で答えた。
「・・・ごめん」
私は俯いて、ぎゅっとこぶしを握り締めて謝る。
今の間は、はぐらかし方はもしかして空が少しは考え直してくれたと考えてもいいのだろうか。
「別に。上、リリが先に行ってるから行くぞ」
空は無愛想にそう言うとマンションの上を指差した。
私は空の言葉に頷き、頭を切り替えようと頭をふるふると振って、深呼吸した。
すっきりした頭に、ここで一つ疑問が生まれる。
「ちょ、ちょっと待って。リリちゃんどうやって中に入ったの・・・!?昼間はセキュリティで入れなかったんじゃ・・・」
そう言うと、空は鼻を鳴らしてマンションの一室の”窓ガラス”を指差した。
-・・・その窓ガラスはものの見事に割れていた。
「・・・・!?」
私は、ぽかんと口を開ける。
そしてため息をついている空と窓ガラスを交互に見た。
階数は、四階くらいで、よく見ればその窓ガラスからゆらゆらと網のようなものがぶら下がっている。
「リリの身体能力のすごさはお前も知ってるだろ。そんなことより早く行かないと手遅れになる」
空はそれだけ言うと、走り出し、下まで垂らされた網のところまで行くとぐんぐん上へと上っていった。私も慌てて、それにならう。
-空のことを考えるのは、とりあえず後にしなくっちゃ。だってこれはリリちゃんやボブちゃんにも関係のあることなんだから。
-・・・それに、私が何と言おうと最後は空が、決める事だから。
*
「遅いわよ!!」
部屋に入るなり、怒号が響く。
部屋の中は割れた窓が外から目立たないように電気はつけられていなくて真っ暗だが、ある程度夜道を走ってきて慣れた目のおかげですぐに状況は見て取れた。
部屋の中心-ソファの上で寝ている要と、そのソファの背に座っているのは。
「青影・・・!」
自然と敵意のこもった声が、俺の喉から唸るように出る。
青影は眠っているようで、ぴくりとも俺達の言葉に反応はせずに静かに息をしているだけだ。
それをじっと睨みつけていると、相当焦っているらしいリリが、再びこちらを睨んだ。
「早くこっちに来て!こいつ、かなりやばいわよ」
まさかもうやられてしまったのか?
嫌な焦りに冷や汗が伝うのを感じながら、おろおろして動き回るボブを押しのけ、要の傍に行くとすぐにその意味がわかった。
「・・・・!」
横たわる要は一見ただ「疲れてソファで眠っている」だけのように見える。
けれどよく目を凝らすと暗闇の中でもわかるくらい、外傷を負っていた。
横腹のシャツには血が滲み、腕と頬も同じように怪我を負っているらしく傷口が血に光っている。
おそらく夢の中で青影に与えられた傷が、夢の外の世界-・・・ここに寝ている要の身体に反映されているのだろう。
もしくは、無理やり夢に干渉されるときに何かされたのかもしれない。
と、見つめているとすぐにどちらが原因かはすぐにわかった。
音もなく、スパッと空たちが見つめる前で”さっきまでなかった傷”が要の首筋に出現した。
俺とリリと、ボブがぴたりと動きを止めて凍りつく。
このままいけば要はおそらく、夢の中で青影に殺されるということが嫌でも理解できた。
”影壊し”が目的の青影だが、おそらく恋人の”カゲ”を壊されまいと要がかばうなりなんなり、とにかく邪魔をしているのだろう。
邪魔ならば、要を殺してからカゲを壊そうという考えに至るのもまた予想するのは簡単だ。
「ねえ、何が起こってるの・・・・」
深刻な沈黙に、琴葉がぽつりと言う。そこで俺たちは、ぎくりとする。
琴葉に細かに首を突っ込まれると困ると思い、”カゲ”については詳しく話していなかったのだ。
-もちろん、夢の中で怪我を負わされたり、殺されたりすると死んでしまうという事も。
そして夢の中の俺達・・・”カゲ”が俺達がついた嘘そのものだということも。
リリとボブも、ちらちらとこちらを見る。
リリに関してはもう、焦りから睨むといった表現が正しいくらいの険しい視線だが。
「・・・仕方ない」
ここまで来ると、もう隠し切れないし隠す意味がない。何よりこの一刻の猶予も許されない今、揉めている時間などなかった。
俺はため息をついて手短に、すべてを話した。
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「・・・じゃ、あ・・・今・・・。」
全てを話すと、琴葉はゆらゆらと瞳を揺らした。
そして一瞬何かを後悔するような表情をしたあと俯いた。
琴葉に話すとこういう反応をすることはすぐに想像できた、だから俺たちは話さなかった。
俯く琴葉に背を向けてリリに向き直ると、リリは要の傍のソファに背を預け、目を閉じるところだった。
リリは目を閉じて、ぽつりと言う。
「・・・私は夢に入って、”広場”に行くわ。こいつがそこに気がついてもしかしたら来るかもしれない。もし来たら夢の中で頬に傷をつけるわ。私の身体に反映されるでしょ、すぐに気づけるわよね」
「・・・わかった」
リリの言葉に、絶望的な色が混ざっているのを感じながら、俺は頷く。
・・・頷きながら、俺も絶望して居た。
要が”広場”に来る訳がない。そこを認識しているならばあそこには俺達のカゲも居るのだから、俺達に見覚えもあることだろう。
そうして見覚えがあれば昨日の俺達を見てすぐに気がついて、絶対に呪いのことを信じているはずなのだから。
何もかもが、絶望的な状況だった。
第17部”失う嘘と影”に挿絵を追加しました。以前のページですが見ていただけると幸いです!




