始まりの4月
暗い部屋の中。
俺、瀬川空はただ座っていた。
毎日毎日ただぼうっと座っているだけの生活。
別に特別何か目的があって座っているわけではなかった。
俺は俗に言う引きこもりのようなもので、学校にも行っていないし外に好き好んで出かけるという事もしなかった。必要最低限しか外に出ることすらない。
だから何もせすただ部屋に座っていることが自分の日常であり、毎日だった。
”ある事件”が起きてからというもの俺は世の中に愛想を尽かし、人を拒絶していた。
そうした生活をしているうちにここにただ座っていることが一番だと理解したのだ。
そんな俺が、一人思い悩む事があった。
・・・死にたいのに、死ねないこと。生きている意味がわからないこと。
自分にすら愛想をつかして死にたいと思うことは日夜あるにも関わらず、死ぬ勇気すらないとなると本当にいよいよ自分が生きている意味がわからなかった。自分が、嫌いだった。
けれどそれ以上に異常な奴ら…溢れ帰る人間が皆大嫌いだった。
自分の欲のために人のものを奪う奴なんて奴は、余計に嫌いだ。
取り返しのないことをしたあと、いくら謝ってもらったところで、俺の”もの”は帰ってこないのだから。
そんなふうに今日もいつもと変わらず過ごし、そろそろ寝ようと時計を見た。
時刻は23:46、日付は4月1日を指している。
・・・ああ、エイプリルフールか。
嘘をついても許される日だったな。こんなイベントに参加しなくなったのはいつからだろうか。
でも、たまには参加してやろうじゃないか。どうせ嘘は嘘なのだ。
「この世から消えさせてくれ。」
空は皮肉めいた一言を誰もいない部屋で呟いた。
灯りもつけていない部屋の闇にのまれ、誰にきかれるもともなく消え去る自分自身の言葉に、空は嘲笑するように口元を歪めて乾いた笑い声を漏らす。
そう、俺には死ぬ勇気なんてない。これは嘘だ。
死にたい?馬鹿馬鹿しい。死ねるならとっくに死んでいるはずだ。
嘘であって、嘘ではない事。
考えても無駄な事だと、空はすぐにそんなことを考えるのををやめて目を閉じた。
そう、いつも通りすることもないから眠るんだ。
そしてまた朝が来て俺はいつも通り部屋で過ごしてまた眠って起きて、眠って…
そんなことを考えながら空はいつの間にか眠っていた。
*
次の日の朝、空は差し込む日の光で目を覚ました。
閉め忘れたカーテンからゆらゆらと光がもれている。
久しぶりに見たような気がするそれに嫌気がさして空は顔をそむけて光にそっぽ向いた。
またいつも通りやってきた朝から逃れるようにしばらく布団から出ずにまるくなっていたが、空腹を知らせるように腹がなり、空はしぶしぶ体を起こすことになった。
最近は体を起こすことすら面倒だ。このまま安らかに朝が来ずに死ねればどんなにいいか。
空はそんなことを考えながら冷蔵庫を開けてその中が完全にからっぽになっているとに気がついてため息をもらした。
食料は、必要だ。買う必要がある。こうしてだらだら生きていても腹は減る。
最も、何も食べずにいれば餓死する事ももれなく可能なわけだが俺に死ぬ勇気はない。
空は適当に服を着替えると寝癖があちこちではねている、茶色っぽい髪を撫で付けながら外に出た。
外はとても4月の、うららかとは最早言えない春の日差しが容赦なくふりそそいでいた。雲一つない空は青く、その青さに無性ににいらいらする。
早く家に戻りたいが、近くにコンビニやスーパーはないので駅から隣町にでなければいけないのでそれは叶わなかった。
空は重い体を引きずるように駅まで向かうと電車に乗った。
時刻はあまり早くないが電車はそこそこ混んでいて熱気でむわっとしているうえに座る場所はない。
思わず、舌打ちしそうになる。
世界にはあまりに気にくわないことに溢れていて目につくもの一つ一つに苛立ちを感じた。
そんな苛立ちも無視して、電車はがたんと音をたて動き出す。
春の景色がながれる窓をぼぅっとながめながら変に熱いせいで額から流れた汗をぬぐう。
いつもの何でもない日常。
電車はこのまま隣町に停車して、自分を吐き出す。
そして俺はいつものようにコンビニに向かって食べ物を買ってー…
-・・・そこまで考えたところで電車がガタリとありえない揺れ方をした。
ぐらぐらと車体が揺れ、轟音と火花があたりに飛び散る。
俺は耳を押さえながら必死に何が起こったのか確かめようと振り向くが、一向に状況はわからず車内が悲鳴に包まれ、何かが起こったのだとだけ理解する。
そして再び凄まじい轟音が響き、視界がぐるりと反転すると、空はバランスをうしなって体を横になぎ倒され、そのまま斜めになった車内を滑り落ちていった。
訳のわからないままにゴスン、という鈍い音ともに頭に強い衝撃を感じて、意識がふっと遠のく。
「何・・・が」
絶え絶えに息を吐き出しながら呟くが、辺りに誰も無事な人はいないようだ。
しばらく息を無理やり吸い込もうとしていたが、どんどん後頭部の痛みが増していき、空はとうとう意識を失った。
-・・・意識がとぶ寸前、変なものが見えた気がした。
*
焦げ臭い風が頬を撫でている。
空は痛みとその匂いで覚まし、ゆっくりと目を開くと辺りを見渡してみた。
まず、視界いっぱいのガラクタの山が目に入った。
一瞬それが何なのかわからず、呆然とする。
俺はここで何をしてるんだ…?ここは、どこだ?
確か、電車に乗って食料を買いに出かけたはずだ。それから・・・。
そこで空ははっと思い出す。
そうだ、電車が突然揺れて体がなぎ倒されてー…
空は普段働かせない頭で瞬く間にすべてを理解した。
その途端まわりの状況と自分の状況も理解し、体を動かそうとぐっと力を混めていた。
「ー…っうあ!」
だが、動かそうと力を混めた瞬間、足に激痛が走り空はすぐに力をぬいて呻いた。
今まで気がつかなくて、麻痺していたのかもしれない。
冷や汗がつたうのを無視して痛む右足を見ると、倒れた電車に足は押し潰され、血まみれになっていた。
その上それでは済まず、体のいたるところにガラスの破片が刺さりまったく体が動かせなくなっている。
空はくらくらする頭を再び力なく地面につけ、目だけであたりを見た。
さっきは気がつかなかったが倒れた電車のガラクタの山の中に死んでいるのか生きているのかわからないような人が山のように転がっており、爆発でもしたらしいと見える、燃えた何かが目についた。
熱い空気と、痛みからだんだん、また意識が薄れていく。
傷は痛むのに、なぜか手足だけがすっと冷たくなっていく感覚に、俺は理解した。
これで俺もついに死ねるということかー…
この期に及んで、死ぬのが少し怖かったがこれが良い機会かもしれない。
俺は冷たくなる自分の体温を感じながら薄れる意識にしたがって目を閉じた。
*
-痛い…焼けるように、痛い。
真っ暗な視界の中、ひんやりしたものを感じた。
これは死の感覚なのだろうか…?
さっきから頭の中で声が響いている。始めは何を言っているのかわからなかったそれは急にはっきりとして、俺に言葉をあびせてきた。
-嘘つきはいけないことだ。君は死ぬ勇気もないくせに…
-死にたいなんて嘘だろう?この世界にしがみ付きたいんだろう?
その言葉に、空は心を見透かされたのかと怯えた。
「違う…俺は本当に…」
俺の弱い言い訳を遮って声は続けた。
-嘘つきには罰をあたえないと
-千年に一度の楽しい楽しい罰を…
声は、妙に楽しそうだ。
罰って何だ…?お前は誰なんだ…?
空はだるくて思い意識の中考える。痛みはいつの間にか消えていた。
おかしいな、あんなに痛かったのに。
そして冷たい、死の感覚も離れていき、温かな体温が戻る。
俺がその異変に気がつくと同時に、声は笑い声をあげた。
「嘘つきな君は死ねない、そうずっとね」
どういうことだ、ときく間もなく俺の意識はそこで途切れた。