文化祭1《ボブSide》
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「だぁーーーーーーっ!俺は行かねえ!!絶対メイド服なんて着ねえ!!!」
朝っぱらから、俺は叫んでいた。
リリが大和たちとのとんでもない約束を結んでから数日が立ち、今日はその文化祭当日で、二人が迎えに来るまであと数分の朝だった。
お出かけスタイルに着替えたリリと琴葉はもう空の家に集合しており、空はめんどうそうにまだベッドであくびをしている。
そんな中俺が叫び声をあげていたのはやはり抵抗感からだ。
けれどその叫びを一蹴して、リリが呆れた顔をして冷たく事実を言い放つ。
「どうせあんた女装してメイドするつもりだったんでしょ?もう女なんだからいいじゃない。さっさと行きなさいよ、あっ。ほらチャイムがなったわ」
「なっ・・・それは事故で・・・・ってうわっ!?」
リリに事実核心を突かれ、にわかにダメージを受けているうちに、ピンポーン、とチャイムが鳴り響いた。
急いでそれに答える琴葉に俺はいよいよ焦って部屋の奥に引っ込もうと体勢を変えた。
このままでは俺は本当にメイドに・・・・!
けれど俺が部屋の奥に避難しきる前に、リリががしっと俺のことを掴む。
身動きがとれなくなった俺は、ひいと小さく悲鳴をあげて青ざめた。
「嫌だ!俺は行かねえ!!!やめろー!!うわああ!!」
俺はさらに、うるさく喚きたてたが、いとも容易く俺の身体はずるずるとリリに玄関まで引きずられていく。
叫んでもリリが離そうとしないのはわかっていたが、それでも俺は叫ぶのをやめない。
「ちょっとあんたうるさいわよ!!早く行きなさいよほら、もう!」
するとイラついたリリがとうとう怒鳴り、また俺が喚き叫ぶ。
あまりにもうるさすぎる現状に琴葉はぽかんとしている。外ではきっと大和たちがぽかんとしていることだろう。
案の定リリが無理やりドアを開けると、やはりぽかんとしている二人が居て、ますます焦りを感じた俺はドアにしがみつく。
「あの・・・・嫌なら無理に来なくても」
優がそう、気を使って言うが、それに俺が頷く前にリリが首を振る。
「気にしないで!この子人見知りなの。慣れたらいやいや言わなくなるわ」
リリが言うと、優と大和は「ああ」と頷く。
-納得してんじゃねぇよ!
「やめろリリ!あほ!リリのあほ!うまく丸めてんじゃねえ!!空助けて!」
結局そうして助けを求める相手がいなくなった俺は、空の名前を呼ぶ。
空はまだ部屋のベッドで寝ていたはず。今の声は、届いただろうか。
期待をこめて部屋の奥を見つめていると、ねぐせだらけの茶色い髪をガシガシとかきながら、空がのそのそと部屋から出てきた。
もう大丈夫だ・・・!
俺はほっと安堵して空を見つめる。が。すぐに異変に気がついた。
空のこちらを見つめる目は怒りに満ち、俺をじっと睨んでいた。
「そ、そら・・・?」
怖気づくくらいにめらめらと静かな怒りに燃えた空の茶色い瞳に、怯えながら俺が情けなく言うと、空はぶんっと足を振り上げて、俺の背を蹴った。
「!?」
ぽかんとしてドアをしがみつく手を緩めていたので、空の一撃で俺はころころと外に転がり出て優の足にぶつかった。
訳がわからず空を見つめると、空は大層お怒りの様子の低い声で言った。
「うるさい。朝から騒ぐな。早く行け」
それだけ言うと、空によってばたんと乱暴に扉は閉められた。
・・・どうやら寝起きに騒いで、空を怒らせてしまったらしかった。
「・・・・。」
「・・・大丈夫?」
ぽかんとする俺に、しばらく同じようにぽかんとしていたうちの優が先に我に返り、手を差し伸べてくれた。
俺ははっと遅れて我に返って優を見上げてから、その手をとらずにあわてて立ち上がる。
「だ、大丈夫」
別に本当に人見知りというわけではないのだが、女としてこいつらとどう接したらいいのかよくわからずに俺はどもりながらそう答える。
すると、そこから本当に人見知りだと判断したらしい優はすっと手をひき、すたすたと歩き出した。
こいつのこういうクールな態度に俺はほっとした。
優は本当にクールな一見冷たい奴だが、本当は一番気遣いが上手なヤツだ。ここがモテる理由らしい。
それに甘えてさっさと優のあとについていこうとしたー・・・が。その安堵は次の瞬間ぶち壊される事になった。
「あいつこえーな!!翔ちゃんの友達!?女の子蹴るとかありえねーわ・・・・こえーわ!大丈夫かよ!」
俺がげっとする間もなく我に返った大和が俺の手をぶんぶんと振り回し、悲壮感たっぷりにそう言ったあと、すぐに表情を変えて、次は上機嫌に叫びだす。
「いやーでも翔ちゃん来てくれることになってよかったー!ね、早く行こ!学校のことと文化祭のこと話しちゃうよ!」
女子と向き合ったときの大和ほどうざいのが他にいないことをおれは知っている。
結局俺はされるがままに大和にべらべらと話しかけれ、ぐいぐいと引っ張られながら優のあとに続くことになった。
懐かしい通学路の風景に浸る間もなく、大和のおしゃべりは永遠に続き、あっという間に学校の校門に着いてしまった。
住宅地にそびえたつうちの学校の校門には色とりどりの飾り付けをされたアーチができており、学校の中は文化祭の準備と活気で沸いているのがわかる。
そんな風景にふと、寂しさを覚えて俺は立ち止まった。
俺もここでこうして、準備に沸いているはずだったんだと思うと寂しさがこみ上げてきたのだ。
同じようにぴたりと足をいつの間にか止めていた大和が、俺の気持ちを読んだのかのように、呟く。
「翔・・・どこ行っちゃったんだよアイツ・・・・」
大和も優も、母さんも心配してくれている。
ますます強まるのは、早くここに戻って着たいという気持ちだった。
俺がそんな寂しげな目で大和を見つめていると、大和がそれに気がついてあわてて笑顔をつくろった。
「わあ!ご、ごめん!今する話じゃなかったよね~!ほらいこーぜ!可愛い子ちゃんが来てくれたから盛り上がるぜ~~!あっ優てめぇ先行ってんんじゃねーぞ!」
すぐに笑顔を取り戻した大和はばたばたと優のあとを追っていく。
俺は、今ここに”居る”けれど”居ない”んだということを痛いほどに痛感させられた。
「まあ、考えても仕方ないか」
結局俺は無理にその寂しさを振り払い、行ってしまった大和と優のあとを追うために足を踏み出した。
自分の学校だから、放っていかれたからといって道がわからないなんてことはないとはいえ、放っていくあたりあいつらは適当だなと苦笑しながら。
けれど一歩踏み出して、俺はまた少し立ち止まる事になった。
学校の傍にそびえたつ、まだ新設の大きなマンション。
大きな窓が立ち並ぶうちの一室に、俺の視線が吸い寄せられるように持っていかれたからだ。
マンションの一室の窓に、途方もなく絶望に満ちた目をした青年が居た。
藍色に近い黒髪に、整った育ちのよさそうな顔からは考えられもしないほどにその目は荒みきっていた。
荒みきってなお、何かを探すように青年の藍色の瞳は揺れている。
「・・・?」
俺はしばらく驚いてその青年を見つめていたのだが、結局青年はそのままため息をついて奥にひっこんでしまった。
何だったのだろうか、と思いながらも俺もそれ以上は特に気にせず、あわてて大和たちのあとを追うことに集中した。
*
「だめだ・・・・恥ずかしすぎる・・・しぬ・・・・」
手渡されたメイド服を、なんとか身に着けて俺は更衣室で呻いていた。
スカートは思ったよりも短く、可愛らしいフリルにあしらわれたデザインなんかもとてもじゃないけれど男が着るものではない。
まあもっとも、今俺は女なわけだが。
「もういいー?着替えた?あけるよ?」
俺がそんなこんなで苦悩しているところに、元クラスメイトの女子の声が響いた。
俺はあわてて上ずった声で返事をして待てと言おうとしたのだが、言い切る前に扉は開けられてしまう。
扉の外にはそのクラスメイトの女子と、大和が居た。
「うわー!似合うね!」
歓喜の声をあげたのは、大和。
大和は俺のメイド服の格好を隅から墨まで見回して、それから俺の手をひいてぐいぐい引っ張った。
「ほら、早く行こう!はじまっちゃうぜ~文化祭!」
俺はされるがままに恥ずかしさから何も言えずにぐいぐい大和に教室まで引っ張られていった。
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教室にはすでに着替えを済ませた生徒何人かがメイド服や執事服に身を包んでいた。
さっきまで俺をぐいぐいと引っ張っていた大和も着替えに行ってしまい、俺は本当に人見知りの生徒かのようにぽつんと教室に立ちすくんでいる。
さて逃げ出すなら今か・・・
俺がそんなことを思案し始めた直後、誰かにぽんと肩に手を置かれた。
「ひゃあ!」
そうして驚いた俺の喉からそんな可愛らしい悲鳴が上がる。
「ごめん、驚かせた?」
振り向いた先に居たのは優で、優は執事服に身を包んでいた。
そこで、俺はおかしなことに気がついた。確か、俺と一緒に優と大和も女装すると言っていた筈・・・。
「あの・・・お前はメイド服で女装しないの?」
俺がおそるおそる聞くと、優は「あー」とつぶやくように唸ってから、こちらを向いて頷いた。
「しないよ、俺は。翔にやらせようと思ってたんだけど翔居ないし。あ、ほら大和来たよ。大和も執事」
俺は今の優の言葉にあんぐりしながらもばっと大和のほうを振り向いた。
優の言うとおり、大和が身に着けているのは黒いぴしっとカッコ良い執事服で、俺はわなわなと震えた。
・・・話が違うううう!
「なんでお前も執事服なの!俺のこと騙そうとしてたんだな!?くっそ・・・・!!」
思わず口をついてでた言葉に、今度は大和と優が驚いたように目を丸くした。
俺ははっと自分が言ってしまったことに気がつき、あわてて口を押さえる。
「・・・・・」
俺が黙りこくっていると、優が驚きの表情から表情を変え、俺をまじまじと眺め始めた。
色素の薄い茶色い瞳がじいっと俺を見つめる。
「あ、あの。さっきのは翔からきいたことで・・・その・・・」
それからしばらく優が俺を見つめたまま動かないので、俺はそう口ごもりながら声をかける。
すると優は心底不思議そうに言った。
「ああ、うん。それはいいんだけど。そんなことより君ほんと翔に似てるよね。喋り方といい、表情といい・・・不思議だね。」
俺はぎくっとしながらも「いや、そんなことは」と口ごもる。
優はまだ何か言いたそうだったが、後ろから文化祭が開始されるらしい掛け声が聞こえてきて、それは中断された。
「まあいいか。さ、準備しよう」
優は諦めたよう言い、俺と大和に準備を促した。こうして文化祭がはじまった。
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「可愛いじゃない!似合うわよ!」
文化祭開催早々、店に一番乗りに入ってきたのはリリだった。
リリは銀髪の髪と赤いリボンを楽しげに揺らし、影分身でも始めるかの如く高速で俺の周りを回り、そう言ってにやにやした。
俺はメイド服の裾をわなわな震えながら押さえ、俯いていた。
けれど俯いていた俺の視線にうつる足が、ひとつ少なかった。空が、いない。
「うっせぇ・・・・。あ、あれ?空は」
俺は力なくそう文句をいい、空が居ないことに気がついてリリに話題を逸らす意味もこめつつ言った。
するとリリは「ああ」と小さく唸ってからそれに乗っかった。
「空ね。行かないとか言うから引きずってきたんだけど途中でトイレに行くとか行ったっきり帰ってこないわ。たぶん帰ってはないと思うけど」
そのリリの言葉に俺はほっとため息をつく。
恥を見られるのは一人でも少ないほうがいいに決まっているからだ。
このまま被害がリリと琴葉だけに済むことにこしたことはないな、とほっとしたのもつかの間、リリが客らしく席について言う。
「さ!文化祭楽しむわよ!あれ?ここのメイドは帰ってきたご主人様におかえりなさいも言わないのかしら?」
俺の考えも知らずに、リリはそんなうきうきとした声をあげる。
それを合図にはやくはやくと大和やクラスメイト達が、俺をせかす。
俺はわなわな震えながらも、とうとう吹っ切れた。
「クソ・・・・!おかえりなさいませご主人さまぁぁあああ!!!!」
一人目の客であるリリと琴葉に対しそんな言葉を発するのを開始の合図に、結局そんなこんなで怒涛の一日が始まった。
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「休憩どうぞー!交代だよ!」
一時間ほど恥にのた打ち回りながらメイド仕事を終えた後、ようやく休憩のお達しが降りた。
俺はほうっとため息をつきながらメイド服を脱ごうとした。
すると、それをあわてたように大和が制する。
「あーだめだめ!また一時間休憩したら働いてもらわないといけないんだから!」
「え・・・」
俺はその言葉に絶望しきった目をする。
けれどそんなことを露とも知らず、俺にそれだけ言い残して去って行った大和の背を見送りながら、俺はただため息をつくことしかできなかった。
大和が見えなくなると、俺はメイド服のままふらふらと他のクラスの出し物の傍を飲み物だけを買って通り過ぎていった。
途中大量の食べ物やら何やらを抱えて文化祭を大満喫しているようすのリリと琴葉を見かけたが、俺は見つかる前にそそくさと別の場所に移動した。
向かった先は、中庭だ。
中庭では休憩所が設置されており、案外がらんとした様子だった。
みんな、休憩している時間が惜しいのかもしれない。
そんなふうで、空いている中庭だが、そこに見知った姿がたたずんでいる事に俺は気がついた。
「空・・・・」
中庭でぽつんとたたずんでいるのは、空だった。




