旧友と家《ボブSide・番外編》
それに対して、一番初めに反応したのはボブだった。
「ちょっ・・・お出かけはいいとしてなんで俺の家や学校に行くんだよ!?」
俺の反応にはっと気がついた空も横から不満げな低い声で言う。
「俺は必要最低限出かけたくない」
俺はうんうんと頷くが、それを見てリリは心底ばかにしたような深いため息をついた。
それからちらっと琴葉を見るが、琴葉は何も反論がないらしいことを確認するともう一度こちらを見てため息をついた。
「空は引き篭もりすぎ。暑苦しくて鬱陶しいわ。」
リリが吐き捨てるように言うと頭にきたらしく空がむっとリリを睨み返す。
それでもリリはどこ吹く風で、今度はこちらに向き直って真剣な顔をした。
「ボブ、あんた家の人が心配してないとでも思ってるの?どうせ適当な言い訳で家を出てきたんでしょうけど、限界よ。
置手紙でも残して無事ということくらいは伝えるべきだわ」
そう言われ、俺はウッとたじろぐ。
自分よりずいぶん年下の少女に諭されることになるまで考え付かないなんて、俺も相当ばかだ。
自分に起こった非現実的な出来事のせいですっかり頭から抜けていたが、もう6月なのだ。
あのぼうっとしている母でもいくらなんでも2ヶ月も息子が合宿とやらに行くわけがないことくらいわかるだろう。
もしかしたら、心配して泣いているかもしれない。
そう思うと俺はとんでもないことをしでかしたような気がしてしゅんと落ち込んだ。
「そう・・・だな・・・」
俺が声のトーンを低くして言うと、リリは頷き、珍しく空が俺の肩に手を置いて言った。
「親がいるなら、心配させたらだめだ。出掛けるのは嫌いだがそれくらいは付き合ってやる」
俺は、驚いて空を見る。空は遠くを見つめるような目をしていて。
・・・空は過去に一体、何があったのだろうかと考えさせられた。
もちろん別に、ただ親思いなだけで過去とは関係ないのかもしれないのだが。
「・・・ところで俺の学校に行くのは何で?」
俺は気持ちを切り替えてそう聞く。
するとリリは待ってましたとばかりににやぁと嫌な笑みを浮べて茶色の瞳を揺らした。
さっきの真剣な表情はすっかり消えて、その茶色い瞳には意地悪な色しか浮かんでいない。
「文化祭があるんでしょ?それに行くのよ!たまには息抜きも必要だわ!それに理由は簡単よ。ボブのやるはずだった女装喫茶・・・・面白そうだからに決まってるわよ!!」
リリのその声音と笑顔は、完全にいつもの俺をからかうときのものに戻っていて、俺はがっくりとうなだれた。
最悪だ・・・。
---
結局、あのあと俺はすぐに置手紙を書く作業に入った。
手紙の内容としては、簡素なものだが。
”かあさんへ
いきなり居なくなった上に連絡が遅れて申し訳ないです。
まずひとつ、俺は無事で、元気です。
ただある理由から家にしばらくもどれません。
別に誘拐されて酷い目に合わされている!っていうこともないです。
同じ境遇の仲間も、一緒なので大丈夫です。
俺はしばらく戻れないけど、心配しないで。
必ず戻ってくるのでそれまで・・・。”
内容は、ざっとこんなものだった。
呪いにかかって・・・なんてまさかそんなことを書くことも出来ないためこんなあやふやになってしまったのだがこれは仕方のないことだ。
呪いに掛かりました、だなんて非現実的なことを言っても誰も信じない。
俺だってこの身にそれが降りかかるまでそんなもの信じていなかったのだから。
*
「うっ・・・もういいだろ・・・」
そんな声をあげるのは、俺と空だ。
時刻はたっぷり昼を過ぎていて、俺達は大量の荷物を抱えていた。
何が起こっているかと言うと、リリと琴葉の買い物につき合わされていたということだ。
ようやく満足したらしいリリは笑顔で言う。
「そうね。満足したわ。あっ、ボブの服もあるわよ」
俺はそれをきいて思わず手から荷物を滑らせた。
どうせ、また女物のふりふりしたワンピースなんかだろうと思うと恐怖に打ち震える。
絶対に着るものかと心中叫びながら、俺はちらりと空の右手の紙袋を盗み見た。
そこにはこっそり買った、代えのパーカーとズボンが入っている。
買っておいてよかった、と俺は心底それに感謝したのだった。
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そのあと荷物を一度置いてから、俺達は出直した。
目的は、俺の家。自分の家だというのに妙に緊張していた。
「な、なあ・・・・ポストに入れていくだけじゃ、だめかな・・・」
家に近づくにつれて不安になり、俺が情けなくそんなことを言うとリリがぱしっと俺のことを殴った。
「だめよ。おかあさんがあなただって判らなくても会うべきよ。」
俺は、妙に説得力のあるリリの言葉に、仕方なくこくんと頷く。
そして、震える手でインターホンを押した。
ピーン、ポーン・・・と機械的な音が二、三度響いて、しばらくすると駆けて来るパタパタというスリッパの音が聞こえてきた。
そして、ガチャリと扉が開かれる。
「翔・・・?」
出てきたのは、かあさんだった。名前を呼ばれて、俺は一瞬どきっとした。
けれどかあさんはうわ言のように俺の名前を言ってすぐ、慌てたように首を振った。
「やだ、私ったら・・・なんだかあなたが、少し翔に似ていたものだから。ごめんなさいね。」
そんなふうに、少し寂しそうに言った。俺はその姿を見て、ぐっと手を握り締める。
かあさんは、俺のことをこんなにも心配している。
今まで音沙汰なくしていた自分が急に恥ずかしくなって、諭してくれたリリに心の中でそっと感謝した。
-かあさんのためにも、俺は絶対呪いを解かないと。
強く決意するのとともに俺はずいっとさっき書いた置手紙をかあさんに差し出した。
かあさんは、不思議そうにそれを受け取る。
「俺・・・っじゃなかった、私たち、翔君の友達なんです。その手紙は翔君から預かってきたもので」
俺が言うと、かあさんは驚いたようにそれをまじまじと見つめ、封を切るなりほっとした顔をした。
「翔の字だわ・・・よかった、翔は無事なのね・・・。」
俺は、ぐっと唇をかみ締めた。
ああ・・・ここに居たら、泣いてしまいそうだ。俺は男として人前で泣くわけにはいかないと踵を返す。
すると、後ろから声をかけられた。
「翔のお友達のお嬢さん、ありがとうね。」
「っ」
俺はただ、無理やりにつくった笑顔で会釈してその場を去った。
*
「大丈夫?」
俺の家からの帰り道、とぼとぼ歩く俺にそう声をかけてくれたのは琴葉だ。
いつもすぐにからかって来るリリでさえ、大人しく夕暮れの道を無言で歩いていた。
「おう・・・」
俺は、なんとか返事を返した。
けれど、本当のところは結構こたえた、というのが感想だった。
母さんの心配している顔をみると、たまらなく苦しくなって、なぜ俺はこんなことをしているのだろうと思った。
琴葉はひどく寂しそうな顔をしてこちらを見たけれど、そのあとふっと薄く笑顔を浮べてそっと言った。
「大丈夫だよ。あなたは死んでない・・・生きてるんだから」
俺は少し振り返って琴葉を見る。
琴葉の瞳は遠くを見つめていて、黒い瞳は夕焼けに赤く染まっている。
琴葉もリリも、空も人一倍なぜか死に関して敏感なやつらだと思った。
「そう、だな」
俺が返事を返すとにこっと琴葉は微笑んだ。それと同時に空も振り返り、言う。
「今は呪いを解くことについてだけ考えろ。頼むぞ、琴葉も」
後半は、琴葉に向けて。
けれどさっきまでこちらを見て微笑んでいた琴葉は話を空に振られるなりふいとそっぽを向いた。
とても、露骨に。
「・・・・お前朝から何なんだよ」
それにさすがに気がついた空が、不満げに尋ねる。
すると琴葉はわざとらしく頬を膨らませて空を睨む。
「別に、なんでもないよ」
バカな俺でもわかる、何でもなくないということ。
空がちらっと助けを求めるようにリリを見た。
するとリリはまた、何度目かわからないため息をついた。こいつはため息をつくのが好きなのだろうかと思うほどにため息をつく回数が多い。
大半は、人をバカにしているだけだが。
「あんたって本当女心わかってないわね」
それだけ言うと、リリは琴葉に寄ってひそひそと何か耳打ちした。
それを見て空は後退し、俺の近くに来て同じように耳打ちする。
「お前、わかったか?」
空の心底怪訝そうな顔を見ながら、俺は首を振る。
「ううん、全然わからないぜ」
だよな、と空が俺の言葉に納得しているとリリから何か言われた琴葉はうんうんと頷いていたが、突如くるりと空を振り返って言った。
「私だってお出かけするためにおめかししたのに。まあいいけど!今日は許してあげる」
後半は、リリに言うよう諭されたのだろう。
空は驚いたように目を見開いて、それからがしがし頭をかいた。
「・・・・めんどくさいな」
そう、呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
あほな俺は結局どういうことなのかわからないけれど、空はわかったらしい。
不機嫌オーラ全開の空に尋ねることもできずに、俺はまた歩き出した。
・・・とそんな他愛もないことをしていると、不意に俺は後ろからとんと誰かに肩に手を乗せられた。
俺は驚いて、慌てて振り向く。けれど振り向いてさらに俺は驚く羽目になった。
「優!大和!」
振り向いた先に居たのは、”男の翔”として学校に通っていた俺の同級生だった。
俺が叫ぶと、優と大和は驚いたように目をまんまるくしてから不思議そうに首を傾げた。
どうやら俺が翔とは別人だと気がついたらしい。
「あっれー?絶対翔だと思ったのに!ごめんねー間違えちゃった!」
そう、ふざけたような口調で言うのは大和だ。
大和はド派手な金髪をツンツン立たせ、装飾品の多い身体をゆすって笑う。
俺はしばらくそれをぽかんと見つめていたが、大和の後ろに居た優がぐいっと大和を押しのけて俺のほうへ来たことで、俺ははっと我に返った。
優は不真面目だけど真面目な、変な奴。
授業だとか校則だとかは守らないが頭が良くて、落ち着いている。
髪も大和みたいにド派手ではなくて、ふんわりと明るめの落ち着いた茶髪だ。
「君、でもほんとに翔に似てるよね。俺達の名前も知ってたみたいだし・・・翔の親戚か何か?妹さんは居なかったと思うし。」
その質問に、俺はどきっとして目を逸らす。
・・・・つい、名前を呼んじまった。
鋭い優がそれに気がつかないはずもない。
俺が目を泳がせていると、瞬時に状況を理解したらしいリリがひらりと前に躍り出た。
日本では異質な髪色と出で立ちに、優と大和は視線を下げる。
チャンスとばかりに俺は後退して空の後ろに隠れた。
空は迷惑そうにため息をついていたが、俺はやはり気にしない。
「あれは翔の従姉妹よ。そして、あたしたちはあの子の友達。」
リリが言うと、優はもう一度だけちらっと俺を見てから、リリに頷きかけた。
「そうなんだ。じゃあ君達も翔のこと探してるの?急に居なくなって皆心配してるし。もうすぐ文化祭なのに・・・・」
ぽつりと、そういった声は優にしては珍しく寂しげで俺はぎゅっと手を握り締める。
そんな優をリリはじぃっと見つめてから、素早く首をめぐらせ、ちらっとこっちを見た。
シリアスな雰囲気をぶち壊すかのようにその目はいたずらっぽく光っている。
・・・・まさか。
俺の頭を嫌な考えが過ぎったのと同時に、リリは妙にあわれっぽく、小さな子供がそれこそ歳相応にねだるような声でそれを言っていた。
「文化祭・・・翔がいないと盛り上がらないわよね?それでよかったらなんだけど・・・。」
リリはわざとらしく言葉を濁し。そして、ついに恐れていた一言を発した。
「翔のかわりに、この子使ってみない?」
「なっ・・・!」
リリのとんでもない発言に俺は慌てたがリリはにまにまとこちらを振り返って”黙ってなさいよ”と合図する。
対する優たちは、一瞬頭に「?」を浮べてリリを見ていたが、すぐに大和がその顔を歓喜の表情に変えた。
「いいなそれ!!いいこと言うじゃんちびっ子ー!こんな可愛子ちゃんが俺らのカフェでメイドしてくれたら野郎のより絶対うけるぜ!」
こういうときの、大和のノリのよさは異常だ。
大和がそう言うなりリリは手のひらを合わせて嬉しそうに微笑み、言う。
「じゃあ私達も招待して!」
すっかり猫をかぶって子供らしいリリがそう言うと、大和がリリの頭をガシガシやりながら満足げに頷いた。
「もっちろん!じゃあそこの翔に似てる子・・・翔ちゃんでいっか。文化祭の日の朝迎えに来るからメイドさんやってくれ!」
俺はぶんぶんと首を振るが、空の後ろに隠れた事が仇となった。
向こうに俺の必死の拒否は見えなかったらしく、話はどんどんと進んでいく。
---・・・・結局、文化祭にこっそり行くというだけのはずが、俺は文化祭に参加する側になってしまった。




