思考錯誤の6月《ボブSide・番外編》
ここからしばらく少しボブSideの”番外編”になります。
俺の名前は、勅使河原 翔。
れっきとした男だ。
高校生になってからはちょっと悪くなりたくて、仲間と不良みたいなことをして、それでも楽しい毎日を送っていた。
俺は特に目立った特徴なんかもなくて、頭は弱くて、女は嫌いで彼女なんかもつくったことはなかったけれど、素晴らしく楽しい毎日を送っていた。
そして、これからはもっと楽しく・・・・残りの高校生活を、過ごすはずだったのに。
「ボブ?あんたそんなとこに突っ立って何してんのよ?」
後ろから響くキツイ声音の、凛とした声にそう呼ばれて俺は現実にぐっと引き戻されてはっとする。
そうして、じわじわと嫌と言うほどに今ある現状を思い出していた。
今の俺はボブ-・・・・ボブカットの、可愛らしい女の子・・・。
4月2日の朝起きると、俺は女になってしまっていたのだった。
とある、呪いのせいで。
*
「べ、べべべ別に何もしてないけど・・・・!」
俺はぐるんと振り向いてあわてて自分を見上げる銀色の髪の少女・・・リリに言う。
リリは呆れたように茶色っぽい瞳を細めてやれやれと頭を揺らした。
そうしてこれ以上ないくらいに呆れきった声で、言う。
「あんた、お風呂入るんじゃなかったの?こんなとこでいつまでも何をしてるの?早く入っちゃわないと琴葉が来るわよ」
その言葉に俺は、また男らしくもなくびくりと背筋を揺らした。
昨日あのあと琴葉の家を夜遅くに出て、俺たちは空の家に戻ってきた。
疲れ果てた俺たちはすぐに寝てしまったのだ。
朝起きると空は「昨日入ってなかったから」と、風呂に入ったらしく出てくるところで、それを見たリリも風呂を入り、今度は俺の番と言うところだった。
それで、俺は順番を回されてからはや30分、風呂場で固まったままだった。
そして歯を磨きにきたらしいリリににらみつけられて今に至る。
「は、入るけど・・・・」
俺が言うと、リリはぴんと何か思いついたようににやにやしはじめた。
嫌な予感がする。
「あんた、女になってからばたばたしてて今日はじめてちゃんと入るのよね?ってかあんた今思うと汚すぎよ。ずっとあたしたちに会うまで路地裏うろうろしてたんでしょ?」
あの日女になってから家に帰ることも出来ず、もちろん学校にもいけず路地裏やらネットカフェなんかをうろうろと放浪していた。
はっきり言って俺は、汚いだろう。
なんだか服を脱いで何やらするのがどうしてもできそうになくて、頭だけを洗うだのシャワーだけだのなんなので、ちゃんと入るのは今が始めての試みなのだ。
俺が黙っていると、リリはさらに笑みを濃くする。
「・・・まさか、恥ずかしいの?まあそうよね?女の子の身体・・・だものね?」
にやにやと面白いおもちゃを見つけたかのように輝くリリの茶色い瞳に、俺は自然と後ずさりする。
リリは「図星ね」と楽しそうにしながらそれにあわせてこちらにずいずいと進行してきた。
俺はぼっと顔を赤くして半ば叫ぶように言った。
「し、しかたねぇだろ!だ、だってその・・・・女の裸体とか・・・その・・・だぁぁ!!!むりだっつーの!!!」
俺が叫びながらばっとその場に頭を抱えてうずくまると、リリは面白そうにおなかを抱えて笑い始めた。
ああ・・・・・!もういやだ・・・・。
そうしてリリの笑い声に耐えながら俺がうずくまっていると、ようやく笑いが収まったらしいリリがまだ少し声を上ずらせながら言う。
「あんた・・・そんな調子でトイレとか着替えとかどうしてたわけ」
俺は俯いたまま顔をあげずに、言う。
「・・・目つむって」
そう小さな声で言うと再びリリが大声をあげて笑い出す。
それと同時にまた、俺の顔もカッと熱くなり、俺は再び自分の膝に顔を埋めた。
くっそ・・・!屈辱だ・・・!こいつマジで性格悪い・・・・!
俺はぷるぷる震えながら耐えようとしていたのだが、今度は一向に止まらないリリの笑い声に、とうとう風呂場を飛び出した。
飛び出した先のリビングではぼーっとテレビを見つめる空が居た。
バタバタと駆ける俺の足音で、空は俺に気がつくとこっちを横目で見た。
「・・・何してる」
完全に、呆れ切ったような声。
空はいつも暗い顔をして、荒んだような目をしてるけど唯一男で俺の味方だ。
俺はすがるように空にうったえた。
「リリが!!リリが俺をいじめる!!!」
俺が泣きそうになりながら言うと、空はため息をついてちょっと目を逸らした。
そしてすぐにこちらを向き直ると茶色っぽい瞳を細めて言う。
「・・・男ならいじめられてないで風呂くらい入れよ。お前におうぞ」
男なら・・・・!男なら!
後半、何か悪口のようなことを言われた気がするがそれはほとんど聞かずにその言葉を繰り返した。
そうだ・・・俺は男だ。
リリにいじめられてる場合じゃない。
「ありがとな空!やっぱ空だけだぜ俺の味方は!!」
俺が調子よく叫ぶ時には、空はそれを無視してテレビをまた見つめていたが、俺は気にせず風呂場に舞い戻った。
「なによ、もう立ち直ったの?」
洗面所に入るなり顔も洗い終え、身支度をすっかり整えたリリがつまらなさそうに言った。
俺はふふんと胸を張ってみせ、びしりとリリの目の前に指を突き出した。
リリはそれを迷惑そうにかわす。
「俺は男だ!空の言うとおりな!体が女になっただけだ、風呂くらい入るぜ」
俺がそう言うとリリは心底つまらなさそうにため息をつきながら俺の腕を払い、ひょいと洗面所から出て行ってしまった。
リリは変な奴だ。意地悪だしな。
俺は一度深呼吸をして、まずパーカーとズボンを脱いだ。
中に着ているパンツや下着なんかは俺のもの(つまり男物)だから問題はない。
問題は、ここからだった。
「くっ・・・」
シャツに手をかけ、上にまくる。
するとちらりと女のものである細くて柔らかそうなお腹が見えた。
「うっ、うわっ」
俺は誰も居ない洗面所で声をあげ、ばっと服を戻す。
男ならば潔く脱がないといけないのに俺は何をやってるんだ!?とそうは思いながらもうまくはいかない。
結果、その後何度かそれを繰り返した。
最終的に空に助けを求めたくなって、また一瞬ちらっとリビングのほうへ目を向けるが、俺は思い直す。
・・・俺は男だ!
俺はついに意を決して服も下着も一気に脱ぎ捨てた。
そしてそのまま風呂に向かって突進する勢いで入り、頭から久しぶりに全身にシャワーをかぶった。
ほんのりと温かいお湯に俺はため息をほうっとつく。安堵とともに妙な自信もわく。大丈夫。入れそうだ。
そして俺は相変わらず半分目を瞑りながら、男にはないはずの感触やらにおびえながら身体も頭もようやく洗い終えた。
「ふう・・・俺はやってやったぜ・・・」
最後に湯船に身を沈め、ようやく安堵の声をもらす。
普通に暮らしていればこうして湯船にも毎日入れるというのに、なんて久しぶりなんだろうか。
俺はそんなことを考えて少し憂鬱になる。
こんな生活いつまで続けなければいけないのだろうか・・・。
呪いのことだって説明は受けたが正直意味がわからない。
何だって、俺が?
そうして色々思いながら湯に浸かるうちに俺の耳に、チャイムの音がとどいた。
「おじゃましまーす」
これは、琴葉の声だ。どうやら俺がもたもたしているうちに琴葉が来てしまったようだ。
早く、風呂から出ないと・・・。
俺はもう少しだけ湯船にゆっくりとつかって休むと、また少し目を覆いながら湯船からあがって風呂の扉に向かった。
ガチャリ。
そんなふうに乱雑に扉をあけ、バスタオルに手を伸ばそうとしてー・・・。ハッと気がつく。
「・・・俺、入る前バスタオルなんか準備してない・・・」
何か様子がおかしい。俺はとりあえずバスタオルはありがたく頂戴して身体を拭き、それを身体に巻きながらきょろきょろした。
さっきまで静かだった洗濯機がごうんごうんと回っており。
「・・・・俺の服が、ない」
俺の汚れたぶかぶかのパーカーはどこにも見当たらず、それがあったはずの場所には可愛らしい女物の下着とワンピースという乙女すぎる代物が置かれていた。
誰だ・・・誰の仕業だ・・・・。
俺は下着をみないように後ろをむいてから焦り、思い巡らせる。
こんな嫌がらせをするのはリリしかいない・・・・!
リリのにやにやする顔が頭に浮かんできた。
思わず怒りが沸くが、今は犯人探しをしている場合じゃないのも事実。
俺は、どうしたらいいんだよ!?
思わず泣きそうになるが、このままリビングに出て行くわけにもいかない。
そんなふうに俺がおろおろしていると犯人(仮)のリリがなんの躊躇もなく風呂場に飛び込んで来た。
「きゃあああ!!!」
俺はそんな女みたいな悲鳴をあげながらしりもちをついた。
リリは茶色の瞳を驚いたように見開いてこっちを見つめていたのもつかの間、みるみるその瞳におかしそうな色を浮べていった。
「あっはっはっ!あんた最高ね!もう女の子じゃない!!」
リリは転げ周り、笑う、笑う、笑う。
俺は羞恥にぷるぷる震えながら何も言い返せない。けれどそこに救世主が現れる。
ひょいっとふわふわとしたクセ毛の黒髪を揺らしながら琴葉がこっちを覗き込んでいたのだ。
琴葉はそうっと入ってくるなりリリに注意を促す。
「リリちゃん・・・あんまり笑ったらかわいそうだよ。
あ、これね私がリリちゃんに頼まれて買ってきたの。ボブちゃんの服は今洗濯してるし・・・」
そこで琴葉はちらっと俺の身体に目をやって、言葉を少し切った。
「・・・それに、ボブちゃんスタイルいいみたいだし、その・・・
男物のパンツだけじゃ、胸とかちょっとはしたない、かなって・・・」
俺はいつの間にかはだけていたタオルでさっと胸を隠す。
胸のサイズは、わりと・・・。
結局俺は顔を赤くしながら大人しく「はい・・・・」と頷いたのだった。
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「うっ・・・うう・・・」
結局、他に着る服もない上に琴葉の好意を無碍にすることができなかった俺は可愛らしいフリルのついたワンピースやら下着やらを身に着けた。
色々横で琴葉が手伝ってくれたおかげでなんとか着替え終わった俺は、リビングに向かう。
そしてリビングに出るなり、待ってましたとばかりに歓喜の笑みをにやりと浮べたリリがこちらを振り向いた。
「ボブちゃん可愛いわよ!」
リリは笑いを押し殺してバカにしたように言う。
俺は反応すれば思いのつぼだとぐっとこらえてリリを睨むが、リリはソファからこちらに飛び降りてきた。
そして、面白そうにぐるぐると俺の周りをまわったあと、ひょいっとスカートのはしをつまむ。
「ちゃんと下も穿いた?」
そう言ってリリがもの凄い力でぐいぐいとスカートを引っ張りはじめるので俺はそれを必死に抑えながら怒鳴った。
「う、うるせえ!やめろ!」
もちろんそんな抵抗、リリには効かない。
リリはさらに手の力をぐぐっと強めていく。
か弱い女の子になってしまった俺と、生来力の強いリリとでは勝負は簡単につくことが目に見えた。
それでも俺は、まけるわけには行かない・・・男として!
「空っ!空助けてくれリリが俺を虐める!」
けれど、出てきたのはそんな情けなく助けを求める声。
どんなにがやがやとしても、騒いでも空はこちらを向かなかったがさすがに俺が呼ぶと迷惑そうにこちらを振り向いた。
呆れかえったような空の目に、一瞬たじろぐが空が振り向くと横から琴葉がリリを制した。
「だ、だめだよ!空がこっち見てるからそんなはしたない事しちゃ・・・!」
何か別のことを気にしているような感じがしないでもないが、琴葉がそう言ってくれたおかげでリリはつまらなさそうにぱっと手を離す。
「つまらないわね。見られても減るものじゃないのに」
俺と、なぜか琴葉もほぅっとため息をついた。
するとリリはちらっと空のほうを見て俺を指差した。
「ねえ、空。今日のボブどうよ?」
唐突な質問に空はさして驚くでもなくじっと俺を見て、一度迷惑そうにため息をついた。
それから立ち上がってずかずかとこちらに向かって、歩いてくる。
俺は慌てて後ずさりし、琴葉がそれを目で追う。
空は、俺の前に立つと俺を少し見下げてぽんと頭に手を置いた。
「!?」
俺が驚いて抵抗する間もなく空は低い声で、言った。
「可愛いんじゃないか。可愛いから静かにしてくれ」
空が、そう言った瞬間俺の顔はぼっと熱くなった。
「か、かかかか・・・かわいい!!!??」
俺が赤くなったのを見てリリが「やだ、きもい。あんた男でしょ・・・」なんて言っていたがあまり俺には聞こえていなかった。
横では琴葉がむっとして空を睨んでいるがそれも気にすることができない。
空が、空が・・・・・!?
混乱して俺がそうして呆けている間に空はそそくさと自室に避難しようとしていたのだがー・・・。
「今日は皆でお出かけするわよ。服を買いに行くのと、それとボブの家や学校にね。」
リリがそう言い、空を含む全員がぽかんと動きをとめるはめになった。




