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嘘と影壊し


 空がそう尋ねると、ボブはすこしうつむいた。けれどすぐに顔をあげて、口を開く。


「俺は、もうわかってるだろうけど、本当に男だ・・・。で、その呪い?のせいで4月2日の朝起きたら、女になってた。」


横でリリがくすっと笑った。


「あんたは何でどういう境遇で女になったわけ?本当は女の子になりたかったの?」


 リリの笑う理由が俺にもわかった。この呪いは嘘が逆転するものだ。

すなわち、ボブは本当は女の子になりたかったのに女になんかなりたくないと嘘をついたというわけで。


 けれどもちろん、それはなんだかおかしくてこんなに女になったことを嫌がるボブがそんな嘘をついたとは思えないからだ。

案の定ボブは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ち、ちげぇよ!!!女になりたかったわけじゃねぇ!!」


 ボブは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

それから恥ずかしそうにうつむくと、小さな声で言った。


「文化祭の出し物でさ、俺のクラスは女装喫茶をやることになってさ・・・お前も女の子になってみたいんだろ?って言われて・・・」


 そこでボブはさらに恥ずかしそうに、一度ぬいでいたフードを再びかぶって顔を隠した。それからさらに小さな声で言う。


「やってみたかった、けど・・・女なんて嫌いだっていつも言ってる俺が、

そんなこといえなくて・・・その・・・女になんかなりたくねぇ、って・・嘘を・・・」


そこまでボブが言ったところで、リリは腹をかかえて笑い出した。


「あはははっ!!ひゃはははは!!、ふふふひぃ・・・ぃぃい・・・・馬鹿じゃないのあんた!くふふっ、あはっ」


 リリの爆笑っぷりは凄まじく、笑い転げながらリリはソファから転落してもなお、笑う。

さすがにちょっと笑いすぎだろ・・・

と、俺はそう思ったが、リリの笑う気持ちもよくわかったので恥ずかしそうにぷるぷる震えるボブを見ながら黙認した。


「笑うんじゃねぇぇぇ!!!!」


 リリは笑い続け、空は目を逸らして黙りこくるこの空気に耐え切れなかったボブが叫びだすのは、すぐだった。

ボブは涙目になりながらそう叫ぶが、しばらくリリは笑いやまない。

こいつはつくづく性格が悪いのだと、再確認した。


 ようやくリリが笑うのをやめたころにはボブはすっかりいじけて死んだような顔をしていた。

俺はトントンとなぐさめるようにボブの肩をたたいたが、さほど効果はなかったらしい。


「気にするな。ちゃんと戻れる。そのために説明を続けたいんだが?」


 けれど俺が呪いについて教えようとすると、再びさっきより元気はないがすこしまじめな顔をした。

リリもごめんね、とまだ少し目に涙をためながらいい、ソファにきちんと腰掛けなおしたのだった。

 もちろんごめんねと言うその顔にはにやにやとした笑みが貼り付けられていた。


---

「-というわけだ。」


 俺たちは、およそ30分くらいで呪いの説明と、夢のこと、影のことを説明した。

ボブは途中信じられなさそうにしていたが、やはり信じるしかないと理解したようだった。

俺もはじめはそうだったが、信じられなくても、これしか頼れるものがないのだから信じるしかないのだ。


「それで、あと1人みつければいいわけなんだな?影を、壊されてしまう前に。」


 ボブがそう言い、俺たちは頷く。

そう、はやくあともう一人を見つけなければならないのだ。けれど今回のことで面倒なことがわかった。

 夢にでてきたカゲの人物が残りの一人に関係しているのは、間違いない。

だが、今回のように性別がかわっていたりすると、わからなくなる。

今回のボブも、見た目ではまったくわからなくて、出会えたのは本当に"偶然"だったのだ。


 俺が見た夢の中にでてきたカゲの人物は、女性。美人で、俺たちよりも年上な感じだ。

あれが呪いをうけた本人の姿なのか、それとも別の姿なのか。

それすらもわからなくなった今、もう本当に"偶然"に頼らなければいけない。

リリにそれを告げると、深刻そうにリリも頷いた。


「そうね。でもきっと大丈夫よ。すぐ見つかるわ。ボブもこうして見つかったのだし、琴葉もそう言ってたでしょ?」


リリはそういったあと、思い出したようにはっとする。


「どうしたんだ?」


 俺が聞くと、リリはリビングのすみっこからあまり使われず、ほこりのつもった電話の子機を持ってきた。


「説明も終わったんだから、琴葉を探しにいかなくちゃ。琴葉の家に電話して見ましょ。いきなりいなくなったし心配よ。」


 俺はそれを受け取り、首を傾げる。別に、心配することはないと思う。

ただ家に帰っただけなのだとしたら何が心配なのだろうか。

俺はそう思ったのだが、リリがそれを許すはずもなく。仕方なく俺はボタンを押す羽目になった。


トルルル、トルルル、トルルル・・・


 三回呼び出し音がなったあと、ガチャリと相手が電話に出た。

やっぱり何もないじゃないかと空はリリに文句を言いかけたが、少し様子がおかしいことに気がついてそれを思いとどまる。

普通ならばもしもし、という声がきこえてくるはずだがそこから声はきこえないのだ。


「琴葉?」


俺はしかたなく声をかける。

リリも俺の横にぴったりと座り、受話器に耳をあてている。


けれど、返事はない。


・・・何か、あったのか?


 さすがの俺も少し不審に思い、首を傾げてリリを横目で見た。リリも茶色い瞳を疑わしく揺らす。


「おい、琴葉?どうした・・・」


 もう一度そう問いかけると、小さな声で何かが聞こえた。何を言ったのかわからず、聞き返そうとした。

けれど、その言葉を口にする前に今度ははっきりと、もう一度声がきこえた。


「嫌だよ、私・・・。」


ぽつり。そんな言葉だけが受話器から聞こえる。


「なに言って・・・?」


俺が問い返したときには、すでに電話は一方的にぶつりと切れていた。


「おい、琴葉!?」


 俺は切れた受話器に向かって怒鳴るが、もちろん返事はない。

さっきまで部屋をうろうろしていたボブもリリの横にすわると不思議そうに俺と受話器を交互に見た。


「あの子どうしたんだよ??やっぱ体調わりーのか?」


 間抜けなボブの発言は無視して、空はため息をついた。

いったい何がどうしたというのか。

リリはいろいろ質問攻めにしてくるボブを適当にあしらいながら玄関へ向かう。


「琴葉の家に行くわよ!ほら、グズグズしてんじゃないわよ」


リリはそう言い放つと、もう夕方になりかかった外へとさっさと出て行った。

放っておかれたボブは俺のほうをみてぽかんとする。


「いかねぇのか・・・?リリ、行っちまうぜ」


 俺は返事をせず、立ち上がった。

気分を満たすのはほとんどは苛立ちだが、驚くことに少し琴葉を心配している自分が居た。




              *



「おい、琴葉!」


 5時ごろ、琴葉の家についた俺たちはチャイムを鳴らした。

あれから何度か着たことがある上に近いので、道は覚えていた。

電話からすぐに来たのだが琴葉はいっこうに出てこず、俺たちがどんなに叫んでも出てこようとしない。


もしかして影を壊す奴らに何かされたんじゃ・・・?


そんな考えが、頭をよぎる。


「おかしいわね。さっきの感じからしても様子が変よ・・・」


 リリも不安に思い出したらしく、横でそう呟く。

妙な焦燥感に捕らわれドアを蹴破ろうか―・・・そんな考えに至った。その時だった。


カチャリ。


鍵の外れる無機質で小さな音が響いてドアがゆっくりと開いた。


「開いたわ!」


 リリはそう叫ぶなり、ドアを勢いよく開いた。

リリも俺と同じことを考えていたらしく、ひどくほっとしているのがわかる。

扉をひらくとそこには恐れていたことはおこっていなかった。


 けれど。ただ、薄暗い部屋で体を小さくおりたたみ、俯いている琴葉が居ただけだった。

とりあえずほっとするのと同時に今度は疑問が浮かぶ。


「電話、どういう意味だ?」


 だから俺は、率直にそう尋ねた。

琴葉は、ゆっくり顔をあげてこちらを見た。


 琴葉の部屋のリビングは壁一面が広い窓になっており、その窓からさしこむ夕暮れの色にそまった琴葉の目はすこし虚ろで、何かを憂いていたかのようなものだ。

琴葉は、ゆっくりと口を開いた。


「私、もう呪いに協力したくない。」


 吐かれたのは、そんな言葉。一瞬、しんと全員が静まり返る。

その沈黙を破り、次に言葉を吐いたのは俺だ。


「何、言ってるんだいきなり・・・?」


すると琴葉は、今度はきっと俺を軽くにらむように見つめ、鋭く言い放った。


「だって呪いをといたら、空は死ぬつもりでしょ!?私、誰かが死ぬってわかってて呪いをときたくなんてない!!」


 その言葉に俺はつい頭に血が上るのを感じる。

なんでこいつは、こんなにも。声が、わなわなとふるえた。


「そんなことで・・・」


 俺がそう言うと、琴葉はぴくっと反応して、今度は思い切り俺を睨みつけながら立ち上がり、叫んだ。


「やめてよ!!そんなことなんかじゃない!!死ぬってどういうことかわかってるの!?何で死にたいなんていうの!?」


 その言葉に、俺は今度こそ怒りをおさえられなくなる。

こいつは出会って少しくらいで、何も知らずに、俺の苦しみなんて、過去なんてなにもしらずに―・・・


俺が、どんなに、苦しんだかなんて、嘆いたかなんて知らずに!


「お前には関係ないだろ!!死ぬな死ぬなって……俺のこと何も知らないくせにうるさいんだよお前!!!」


気がつくとそう、力任せに叫んでいた。


「-っ・・・」


 重苦しい空気がながれる。

それに気がついた俺がしまったと口を押さえて顔をあげたときにはもう遅かった。

そこには虚ろな目で、固まったままぼろぼろと涙を流す琴葉の顔があった。

涙を流す琴葉は。俺と目があうとバッと目をそらし、闇が迫る外へと走り出ていく。


「あんたね・・・!!」


 後ろからグイッとリリに後ろから引っ張られ、俺はバランスを崩す。

ほうけたようにリリと目をあわせると、その瞳は怒りに揺れていた。


 そしてリリは俺を軽く突き、琴葉のあとを追って外に出て行った。

バタンとドアが乱暴に閉められる音と、走り去っていく足音がきこえた。


「---・・・・」


何も言えず、しりもちをつく空を、ボブはちらりと横目で見ながらその横にしゃがみこむ。


「だ、大丈夫か・・・?」


 見た目は女だが、中身は男のためか一応俺を気遣ってくれたらしい。

だが、俺はそれをきいていなかった。ただ、琴葉の目が、頭にやきついていた。




              *




 しばらく、俺はその場でそうしてほうけていいた。

どれくらいそうしていたかは、わからない。


 自分がショックをうけているのか、怒っているのか。この感情が何なのかはよくわからないが、頭がくらくらして、感覚がない。目の前もぼんやりとしてなぜか息苦しかった。


 琴葉のあの表情はなんだった?

俺の言葉にショックをうけたのはもちろんのこと、それとは少し違う、何か別のものをうつしたような目をしていた。

琴葉の言葉をきいたとき、あんなに頭に血が上ったのに、あの表情をみた瞬間には一瞬にして頭は冷えていた。


なぜか、とんでもないことをしたような気すらした。


 そうしてさらに俺はそこに座ったまま同じようなことを何回も考えつづけていて、自然と朝までこうしているんではないかと、そう思った。


けれど。それは、再びあけられた扉の音でやぶられた。


「大変よ!!!琴葉が、大変なの!!」


それはあまりにも慌てたリリの叫び声だった。


 夢から覚めたように、俺ははっとした。

いつの間にか寝ていたらしいボブも、俺の横で飛び起きる。

リリは叫ぶなり、すぐに空たちが付いてきているかも確認せずに走り出した。

 空は、急いでリリの後を追った。そのあとを慌てたようにボブも追ってくる。

ずっとぼうっとしていたせいだろうか・・・くらくらして、めまいがした。


 すっかり暗くなった町を銀色の髪を追いながら走る。

闇が落ちきった道の中で、リリの銀色の髪だけがゆらゆら鈍く揺れた。


 おそろしく速く走っていくリリに息をきらせながら付いていくと、リリは近くの路地裏に入った。


 路地裏のおおい町だな、とそんなことを考えながら勢いよく角を曲がるとドンッと立ち止まったリリにぶつかる。

俺はそんなことも気にせず肺にむりやり息をすいこんで呼吸をととのえようと息を吸い込む。


首筋を汗が大量につたっていた。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。


「……!!」


 路地裏は暗くて、よく周りが見えなかったのだが、ようやく路地裏の暗さに目がなれた頃、そこに広がる光景に俺は目を見開いた。


「琴葉!!!!」


 俺は叫んだが、琴葉に反応はない。

琴葉はぐったりとした様子で、銃をつきつけられ、見知らぬ男に捕まっていた。



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