少年ボブ
*
何だかんだとやっているうちに、早いもので5月もいつの間にか終わろうとしていた。
この呪いにかかって、もう二ヶ月が過ぎようとしているにも関わらず"3人目"は見つからない。
少しずつ蒸し暑くなってきたせいで、すこし歩くと暑くなった。
暑いのが苦手で、しばらくあんな生活をしていた俺にはこんなふうに町をうろうろするのは辛かった。
意味もなく街を闊歩するのも飽き、最近ほとんどリリと琴葉にまかせっきりで俺は後ろから後を追うだけだった。
そんな俺の態度をみかねてか、リリがふいにこっちに振り向く。
「あんた、やる気あるの?呪いは協力しないと解けないのよ!?」
暑そうな俺とは間逆に、涼しげに銀髪を揺らしながらリリはそう、怒鳴った。
俺は頭をかきながらそれに応対する。
「あるよ。一応ちゃんとついてきてるだろ。」
そう答えると、リリはますます不満げに唸る。
「これだから引きこもりは!ちょっとくらいの運動で何うだってるのよ」
俺が反論しようと口を開きかけるが、リリは返事を聞く前にきびすを返していた。
「チッ」
こいつの気が強い性格には時々いらいらする。
いつもは琴葉がとめに入ってくるのだが、その琴葉もここのところ静かで、何か物思いにふけっているようだった。
そのせいで俺はいつもリリに怒鳴られるはめになって散々だ。
そんなふうに文句を頭にいくつも並べながら歩いていると、後ろから突然誰かが俺に激突してきた。
「うわ!?」
俺はバランスを崩してよろめき、そんな声を出すがそいつはそれを無視して、リリのもとへまっすぐ向かっていく。
俺がぎろりと睨む事にも気がつかずにそいつは興奮したようにリリを指差して叫んだ。
「探したぜ!銀髪少女!」
フードをふかぶかとかぶった、少し小柄なそいつは飛び跳ねながらリリの元へ寄り、ぎゅうと手をにぎった。
リリは目をまんまるくしてそいつを見つめていた。けれどすぐにリリは我に返って気味悪がるように叫ぶ。
「なっ・・・!?あんた、何よいきなり!?」
リリはさっとにぎりしめられた手をはらうと、俺の後ろに避難してきた。
さっきまで俺に向かって怒鳴っていたくせに、都合良く利用して俺を盾にでもしているつもりらしい。
フードのそいつはぽかんとしているようだった。
深くまでフードをかぶっていて、顔は見えないが口だけがまぬけにぽかんとしている。
しばらくそうしてじっとしていたかと思うとそいつはいきなりしょぼんと肩を落とし、呟くようにうなるように、変な声で呟きながら首を傾げた。
「お、俺のこと覚えてねぇのか・・・?嘘だろ・・・・」
俺はくるりと振り向いてリリを見る。
リリは気まずそうに遠くを見る。銀髪がむなしくきらりと輝いた。
リリは記憶にならないらしい。
俺は琴葉に助けをもとめようと琴葉のほうを向く。が。
琴葉もまた、ぼーっとしていてぜんぜん話すら聞いていないようだった。
くそ・・・何なんだ、こいつらは。
俺はいらいらしながらもう一度リリを見たが、今度は知らぬフリをした表情から一転、その瞳は「なんとかしなさいよ!」と語っている。
・・・というのも、そいつが異様なまでに落ち込んでいる様子だったからだ。
結局、俺はそいつに声をかけるはめになった。
「お前、リリと知り合いなのか?」
差し当たりない質問をすると、そいつはバッと顔をあげた。
そして激しくこくこく頷く。
フードから顔がのぞき、茶色の髪がちらりとのぞいた。口調からして男と思っていたがどうやら女らしい。
「知り合いだ、知り合い!つーか助けてもらったんだ!!ずっとお礼を言いたかったんだよ!!あとききたいこともあってさ!!」
そいつはさっきまで低い声でぼそぼそ喋っていたくせに、急に可愛らしい女のような声で言う。でもその口調と振る舞いは男のもの。
空はあきれたようにため息をつきながら、リリを振り返る。
「ああ言ってるぞ。思い出せよ・・・」
空に迷惑そうに睨まれると、リリは顎をひいてぐっと睨みつけてきたが、今回ばかりは自分が悪いと自覚しているらしく反論はしてこない。
しばらくうんうん唸るが、やはり思い出せないらしい。
目の前のそいつはどうしても思い出して欲しいらしく、再びリリのほうへずいずいと寄ってきて言う。
「ほら、路地裏で不良から助けてくれただろ・・・!思い出してくれよー!」
そいつがその言葉を言った瞬間、リリがぴんと顔をあげた。
「あ、あぁ!あの時のボブね!思い出したわ!」
リリは突然にゅっと俺の後ろから出てきて、そう言った。
どうやらちゃんと、思い出したらしい。
そいつはリリのその言葉をきいて、ほっとしたような歓喜の表情を浮べて笑った。
「ああ、そうそう!よかったぜ!!・・・ぼぶ?」
そいつは嬉しそうな声をあげたあと、少し首を傾げた。
リリは少し申し訳なさそうに、でも悪びれたようすを感じさせないふうに
腰に手をあてて、銀髪をゆらす。
「あんたのあだ名よ。今決めたわ。茶色のボブカットの女の子。髪型がボブ。だからボブよ。」
ボブと呼ばれたそいつはまたもぽかんとし、すぐにはっとした。
そしてフードを目深にかぶりなおすと、叫んだ。
「俺は女じゃねぇ!!男だ!!!それに俺には勅使河原翔っていう男らしい名前が・・・・!」
ボブは咆えるようにそういうと、さっと少しこちらと距離をとった。
リリは不思議そうに首をかしげ、まゆをひそめる。
「何いってんのよ。あんた、女じゃない。」
それにはまったく俺も同感だった。
リリはただじっと何も言わずにこちらを睨んでくるボブに向かって前に向かう。
直後赤いスカートがくるりと翻ったかと思うと、途端にフードがぬげて、リリはボブの傍に立っていた。ボブの茶色い髪がはらりとこぼれる。
あまりに一瞬のことで、全員が何もわからなかった。
今更だけれど、リリの身体機能は異常に高くてその動きが時には俺達には視認できないほどのものだ。
ボブも同じらしく、何が起こったのかぽかんとしているが---・・・やはりそこに居たのは、完全に女の子だった。
「なっ・・・・う、うわっ!?」
ボブはすぐさまフードをかぶりなおしてリリと距離をとる。
並外れたその能力に驚かれても、リリもそれは自覚しているらしく何の反応もみせなかった。慣れているらしい。
だから、俺も気にしないことにして再びボブをみた。
ボブはうまくフードを被りなおせておらず、顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいた。
それを見てリリはため息をつくと肩の髪をさっと払いながら、ボブに声をかける。
「まぁいいわ。で、私に何の用だったの?」
そう、リリがきくとボブははっとして瞳をゆらした。
その瞳はまるで最後のチャンスを見ているかのような、思いつめたものだ。
ボブは距離をとっていた場所からゆっくりとこっちに戻ってくると少し控えめな、興奮を抑えた声でいった。
「神上リリ・・・・だっけ、お前。お前があれから毎日夢にでてくるんだよ。よくわからねぇんだけど。」
そこまで言って少し言葉をきる。
「その、お前って何か並外れてるだろ?だから今の俺の悩みも解決してくれるんじゃねぇかな・・・と思って。」
ボブがそこまでいいおわると、リリがこっちを見上げた。茶色の瞳はまさか、というふうに揺れている。俺もそのまさかかもしれないと思った。
「夢」にリリが出てくる―・・・・それは、きっと。
俺は少し、前に出た。
ボブは警戒したように少しフードをひっぱり、俺を睨む。
めんどくさいな、という感情とともに俺はため息をつきたくなるのをこらえてもう少し近づく。
そのたびにボブはびくんと背を震わせじろじろとこちらを怯えたように見上げてくる。
こんなこと、なんで俺がしなくちゃいけないんだ?
空はいらいらとしてそんな言葉を声に出してしまいそうになるが、これも呪いをとくためだと思い、なんとかとどめた。
「な、なんだよ」
不機嫌な俺の雰囲気に耐えかねてか、ボブが先に言う。
「その夢に、自分は?自分は出てくるか?」
俺がそうきくとボブは目を見開いた。やっぱりそうだ。俺はそれを確信した。
ボブは、おそらく呪いをうけた4人のうちの1人だ。
「ビンゴみたいね。空。」
リリも横に歩み出てくるとそう言った。茶色の瞳を光らせ、リリはにやりと笑う。俺もこくりと頷いてみせた。
「ビンゴって、な、なんだよ・・・?何もわかんねぇんだけど、俺」
ボブは俺たちが何を話しているのかわからないらしく、うろたえた声をだす。
おろおろと涙目になる様子は本当に女の子で、さっきのボブの言葉の真意はわからない。
が、これが呪いの当事者となると話は別だ。
確かに夢の世界に居た後二人のうち一人はボブと同い年くらいの、似たような少年だったのだ。
何にせよ呪いの経緯について聞かなければなにもわからない。
そう思った空はボブの言葉を無視して空はへたり込むボブの腕をぐいっと引っ張り、立ち上がらせながら言った。
「まぁ、いいから。とりあえず俺たちについてきてくれるか?すぐ説明してやるからさ」
そう言うとボブは暫しきょとんとしていたが、すぐに真剣な表情になってこくんと頷く。
俺は、自宅に向かって歩き出した。
呪いの当事者が見つかったという、喜びとともにやはり疲れが落ちてくる。
暑い。くらくらする。
何も考えずに歩こうとしていたのだが、後ろからボブを引っ張るリリの声と、引っ張られるボブの声を聞きながら違和感を感じた。
「・・・・?」
ふと気になって、俺は振り向く。
振り向くと、琴葉がいなかった。ずっと静かだから誰も気がつかなかったらしい。
「なによ?」
俺がぽかんとたちどまっているとリリは迷惑そうな声をあげた。
俺が返事をしないできょろきょろしているのをみて、リリも同じようにきょろきょろとする。そして驚いた声をあげた。
「琴葉がいないわね・・・・?どこに行ったの?」
「知らない。今振り返ったらいなかった。」
俺はきょろきょろするのをやめて、そう答えた。
「先に帰ったんじゃないか?」
さほど気にせず俺が答えるとリリは納得しなさそうに首をひねった。
「そうかしら・・・・」
リリが後ろで、どうにも納得できないという風にそう呟いていた。
そう答えながらも、空も同じように納得は出来なかった。家に戻っても、琴葉はたぶんいない。そんな感じがしていた。
*
「いないな」
空は家につくなり、そう呟く羽目になった。
家にもどってみても、やはり琴葉の姿はなかったからだ。
「やっぱりいないじゃない。どこに行ったのかしら・・・」
リリは少し心配そうな声をあげた。するとリリの横からボブが不思議そうに俺に言ってきた。
「その子なら、さっきふらふら一人で歩いて行ったぜ?ここじゃなくて、自分の家に帰ったんじゃねぇの?なんか調子悪そうだったし・・・」
俺は、首をひねる。
なんでせっかく呪いのうちの一人が見つかったのに帰る理由があるんだ?
リリも同じくそう思ったらしく、ソファに腰掛けながら言う。
「せっかく呪いのうちの一人が見つかったのに。それに、説明は琴葉が一番上手だから居ないと困るのだけど・・・・」
それから、すぐハッとしたように言う。
「ねぇ、空。今朝から・・・いや、この前から琴葉、様子がおかしかったような気がするんだけれど。きのせい?」
リリが深刻そうに言ってくるその言葉に、俺もはっとなる。
けれどそれを悟られないように、俺は俯いたまま考えるふりをしてからぼそりと返事をした。
「いや。気のせいじゃないと思う。」
俺はそう、返事をした。
リリはやっぱり、と呟き、首をかしげた。
俺はリリが何か考えている様子なので、何か思いつくのかと見ていたが、その横でボブがそわそわしているのを見てリリの前のいすに腰掛けていった。
「とりあえずボブに説明してあげないか?」
リリは少し文句ありげに俺を睨んだが、横でそわそわするボブに気がついてすぐに頷いた。
「それもそうね。」
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「簡単に説明すると俺達が蝕まれているのは、嘘を逆転する呪いだ。」
空が言うと、ボブがぎょっとしたように目を見開いた。
いきなり呪いだなんて言われて素直には信じられないだろう。
けれど、俺達は実際に呪いという言葉がありえないのと同じくらいにありえない状況に陥っているのだ。
「エイプリルフールにお前、何か嘘をついただろ?呪いの詳しい事を説明する前に、なんとなく、もうわかったけどどんな呪いにどんなふうにかかったか教えてくれるか?」