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リレー小説

作者: 柿原 凛

 1853年。黒船四隻を率いてペリーが日本にやってきた時、黒船には日本語が話せる者は一人もいなかったそうです。しかも、日本側にも英語を話せる人間がいなかった。そのため通訳を間に二人おいて、オランダ語で話し合ったそうです。

 いつの時代も、言葉は人と人とをつなぐ重要なツールとして使われて来ました。ところが、最近は外国語教育に力を入れている反面、自国の言葉で上手く伝えることができない人が増えてきました。パソコンでメールを打つのは上手なのに、いざ口を使おうとすると上手くいかない。ここにいる女の子もその一人です。

 おや? パソコンの前で、彼女は何をしているのでしょうか。



「リレー小説?」

 明らかに業者からのものとわかる、見覚えのないアドレスからのメールに思わず声を出してしまう。なんでも最近、このリレー小説というのが流行っているらしい。小説なんて書く才能はまるでないし、そもそも正しい日本語さえ怪しいのに。そもそもリレー小説など書いてどうするのだろうか。お互いに感想を残しあって楽しいものだろうか。強制された関係にうんざりするのではないだろうか。

 携帯電話の履歴をたどって、友達の友達と簡単に繋がる仕組みから無作為に人を選んでそれを締め切りまでに一話ずつ書くというものらしい。便利な世の中になったものだと感心する反面、だから昨日あんなメールが来ていたのだと気付く。プライバシーのことなど考えていないのだろうかと呆れてしまう。

 こういうのは無視に限る。俺はゆっくりとそのメールを閉じた。


「ねぇねぇ、リレー小説まだ書かないの?」

「この前更新してたよあの人!」

「え、うそ! 早く読まなきゃ!」

 教室の中は最近いつもこんな感じで騒がしい。どいつもこいつもリレー小説って。そんなに面白いものか。呆れて頬杖をついていると、仲良しの沙織がもじもじと寄ってきた。

「よっ」

「うん」

 なんだこのぎこちない会話。今日はなんだか様子がおかしい。

「ねぇ、拓哉はリレー小説、やらないの?」

 またこれか。

「やらん。めんどくさい」

「そっか……」

 ゆっくりとそばから離れる沙織。沙織も小説なんて読む方じゃなかったのに、いったいどうしたのだろう。

 

 流行というやつは怖い。一旦気にしてしまえばもう後には引けない。気づくと俺はリレー小説のことが頭から離れなくなっていた。それに、沙織のどこか寂しげな表情が重なって可哀想に思えてきた。まぁ別にする理由もなければしない理由もないんだし、一回だけでもやってみようか。

 帰ってすぐに昨日のメールを開き、そこに載っているURLからサイトに入ってみた。

 相方の詳細データ等が見られるのだが、あいにく何も書かれていないのでどんな人が相方なのかさえわからない。そのかわり登場人物の設定、舞台、ストーリーなどおおまかな部分は相方が既に決めていた。恋愛もので、学校内で出会って最後に告白。なるほど読んだことの有りそうな物語だ。

 相方がもう既に第一話を書いていたので早速読んでみる。


『主人公は女。同じクラスのある男の子と仲が良く、いつも一緒に行動している。それゆえになかなか恋愛感情に気付いてもらえず、進展しない。なんとか進展させたい主人公はある日、その男の子の机の中に匿名の交換日記を忍ばせておく』


 なるほど、俺はこの続きを書けばいいわけか。これなら簡単に書けそうだと思い、第二話を書いてみた。だがなかなか筆が進まない。日本語で書けばいいから書けると思っていたのに、それは浅はかだった。何時間もかけて書いたはじめての小説は、図書館に並ぶような出来ではなかったものの、なんとか形にはなったと思う。

 

『男の子は怪しげにそれを手にとって、すぐに日記をつけはじめた。雑な文字でしかもひと言だけ、つかれたと。そしてすぐに帰宅。その後、主人公が教室の中に入ってきてその日記を回収。家に帰って自分の日記を書き、ついでにさりげなく相手の好みなどを聞き出す。次の日の朝、主人公は朝早く起きて学校に行き、まだ誰もいない教室で深呼吸をひとつし、男の子の机にそれを入れた』


 初めてにしてはなかなかの出来なのではないだろうか。こうしてみると自分で世界を作るというのはなかなか面白いのかもしれないと感じ始めた。早速投稿。どんな続きが来るのか楽しみだ。


 それからというものの、授業中でも食事中でも構わずお互いに続きを執筆するようになった。とにかく相方がどんな物語にするのか予想もつかなくて面白い。文字数制限はあるものの簡単なメッセージ機能もあるので相手と普通に話し合って次の展開を相談することも出来る。どんどんハマっていく中、徐々に感想の方も増えてきた。どこの誰だか分からない読者の感想は直接やる気に繋がるから嬉しい。

 物語の方も徐々に進展していった。


『二人の交換日記が続く中、徐々にお互い相手に対して興味を持ち出し、ついに会うことになった。主人公は決めていた。その時に告白しようと。だがそこに、イタズラという魔の手が襲い掛かる。交換日記がどこかに隠されて見られ無くなってしまったとともに、学校中に噂が広がりだす。ショックで学校にいけなくなる主人公』


 物語の終盤が見えてきてちょっと寂しくなり始めた頃、沙織があまり学校に姿を現さなくなってきた。なんでもリレー小説をしていたのがバレて噂が流れたらしい。やはりショックで学校に来られなくなったのだろうか。だとしたら可哀想だ。

 それからリレー小説の更新は止まった。最終的に一ヶ月更新がないと自動的に小説は消されてしまう。せっかくここまで頑張ったのも水の泡だ。そんなことになったら嫌だと思い、俺は何度も相方にメッセージを飛ばした。だが、一通も帰ってこない。感想欄にも徐々に更新を期待する声が多くなっていく。それどころか、感想欄には適当なものや悪意のある誹謗中傷が送られてくるようになった。

 相方とも一向に連絡が取れないし、イライラは募るばかり。嫌気が差して、俺はもうリレー小説を諦めることにした。悔しいし面白くないし、こんなことしなければ良かった。時間の無駄だった。そう思うしかなかった。あと一週間で自動削除の時が来てしまう。だが、それも今となってはどうでも良かった。


 面白くないことは重なるものなのだろうか。自動削除まで残り四日となった今日も、更新はなかった。ひとつため息をついて学校へと向かうが、沙織も学校にいない。今日は俺が日直ということで、配布物などを沙織の元へと持って行く事になった。確かにひと月も体調不良となると心配せざるを得ない。学校帰り、お見舞いに十円の飴を数個買って沙織の家に向かった。

 玄関先で配布物と飴だけ渡そうと思ったが、家の中に入るように促されてしまったので仕方なく沙織の部屋へと向かった。沙織の顔色はそんなに悪くなかったどころか、普通だった。もっと顔面蒼白なのを想像していたからか少し赤らめていると思うほどだ。

「あ、あのさ、今日は、ありがと。飴も」

「あ、うん、別に」

 この妙な緊張感は何だろう。いつも馬鹿やってた時には見せないような表情や仕草。沙織はこんなに女の子だったのかと改めて気付いた。

「私のリレー小説、続き更新したんだ。読んでみてくれない?」

「あ、うん」

 こっちのリレー小説はきちんと続いているのか。どっかの誰かさんとは違ってきちんとしている。

 だが内容を読んでみて、俺は驚愕した。


『日直となって男の子が家にやってくる。配布物を主人公に渡す男の子。その時、初めて主人公は思いを口にする』


 なんだこれ、まるで俺じゃないか。しかもこの小説、題名が俺の書いているものと一緒。ということはまさか……。

 それはこんなに書きやすいはずだ。違和感なく自分の体験をそのまま文字に起こせばいいだけの話。初心者の俺がここまで書けたのは、ゼロからの世界ではなく初めから経験していた世界だったからだったのだ。これは沙織が仕組んだ恋という落とし穴。それにはまってしまった俺。

「こんな方法でごめんね。よかったらさ、続き……書いてくれない?」

「お、おう」

 恥かしさを抑えながら書いた最後の短文を送信。沙織がその内容を目で確認した直後だった。

 

『男の子は飴を渡しながら最後にこう言った』


「俺も好きだった」

 自動削除まで、あと六時間に迫っていた夕方、無事に物語は完結した。初めての物語は終わりではなく、始まりを告げていた。


 と、思ったのだが。

「お、そう来たか」

「えっ?」

 あれ? もしかして思っていた結末と違う?

 まさか。これは普通こういう流れだろう。他にどんな結末があるのだろう。考えたけども見つからない。

「これ交換日記じゃなくて、リレー小説だよ?」

 そう言って沙織はさっきの小説ページを開いた。

「リレー、だからね」

 作者欄には俺と沙織の名前の他にもうひとり。知らない人の名前が書いてあった。そして更新の通知。まさか。


『ドアの後ろから聞こえてくる声。「俺だって好きだ!」』

 

 すぐ後ろにあるドアが勢い良く開いた。

 え、もしかして。

「ちょっと待ったー!」


 物語は第二章を迎えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] リレー小説のルールが分からんワシにはオチが難しい。 相方と二人でやる設定じゃないんだ。 じゃ、沙織が止めてるのにだれかが割り込むことも出来たのかな? 沙織→主人公→(長い放置)沙織→主人公…
[一言] 続きが気になります。何回も、読みたくなりました。
2015/08/10 22:12 アイス大好き
[一言] 凛さん、いつもどうもです^^ 企画ご一緒できて楽しかったです。 このオチ! さすがのクオリティですね。 沙織による「お、そう来たか」から始まる怒濤の終盤はショートショートの魅力が最大限に詰…
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