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エステルドバロニア  作者: 百黒
6章 聖の国と獣の国
93/93

8 逆転




 エステルドバロニア。

 人間の王カロンが統べる魔物たちの白き楽園。

 幾千の戦場を越えて世界の頂点に君臨した。

 常に勝利を重ねてきた偉大なる王国。

 その兵に、この世界に来てから初の死者が出た。

 魔力による強化もできず、精強な魔獣はただの大きな獣のようにか弱くなり、人間の手によって殺された。

 荒ぶる大地の波に呑まれ、鋭く閃く剣に斬り裂かれ、魔術や弓矢に貫かれ、次第に屍の数は増えていった。

 それを、守善は麓にて見守る。

 我先にと散っていく可愛い部下の死に様を黙って見送る。

 常勝?

 馬鹿らしい。

 人間に遅れを取るなど、守善にとっては認められないものだ。

 魔物こそが生物の頂点であるべきという“傲慢”さが、このように一方的に殺されていくことは許し難かった。

 それでも、守善はその場を動かずにただ眺める。

 命令だからではない。強制されているからではない。

 まだその時ではないからだ。

 勝利を叫んで勢いづく人間を見上げながら、巨大な拳を固く握り締めて、しかしのんびりとその時を待つ。

 常勝?

 

「馬鹿らしい――最後には全員ぶち殺すから勝ちだし、最後に全員ぶち殺せるから強いんだよ」


 誰がどう死のうと関係ない。

 最後に勝つ。

 そのためになら、いくらでも死んでいける。

 エステルドバロニアの戦における本質は、一将功なりて万骨枯る、だ 。

 この戦争の最後に君臨すると決まっているから、魔物たちは喜び勇んで死出の花道を往けるのだ。

 そのために、どれだけの命を消費しても構わない。

 そのために、どれだけ死んでも構わない。


「エレミヤとフィルミリアは?」

「グルルルル……」

「分かった。ルシュカも整ったみたいだし……なら――本番といこう」

 

 人間どもに教えてやろう――怪物の戦を。

 湧き上がる怒りを抑え込んだ怪物の笑みが、少年の姿をした守善の顔に浮かんだ。

 


 ◆


 

 アーレンハイトが、魔物たちを駆逐していくことに快感を覚えていられたのは、猛攻が三日に渡る前までだった。

 魔獣は殺せるのだと分かってからは、魔力のない魔物など見掛け倒しの的に思っていたし、二日目もその気炎は静まることなく、次第に積み重なる魔物の死骸が確実に勝利へと近づいている実感があった。

 だが、その感情が崩れ始めたのは二日目の深夜になってのことだ。

 魔獣の群れは馬鹿正直に峡谷の道へと突進を繰り返している。

 それは昼夜問わず、半刻も間を置かずに行われるのだ。

 自暴自棄になっているのかと最初は考えられていたが、どれだけ時間が経とうとも魔獣の数は減る様子がないし、昼夜問わず同じだけの物量で押し寄せてくるのだ。

 たとえ勇者という規格外でも、普通の人間と同じように睡眠や食事は必要となる。

 この作戦の要は勇者だ。

 ラドクリフが巨大な土の津波で大多数を押し流し、上手く抜けてきた魔物を仕留めたりとラドクリフの穴をアルガンが埋めて、騎士たちも有効な攻撃を行えるようにザイルが強化を施す。

 どれか一つでも欠ければ戦局は一気に不利へと傾いてしまうため、勇者たちはしっかりとした休息を取ることも出来ずに三日目を迎えていた。


「やられたな……」

 

 アルガンは朝日を浴びながら、気力のない声で隣のザイルに零した。


「ああ……」


 ザイルも目の下に大きな隈ができた顔で、疲弊しきった声を出す。


「平地で戦うべきと思っていたが、それでもこの攻め方は想定してなかった。まさか単純な数で押してくるとは……」


 アルガンが当初予定していた平地での総力戦は、勇者を全て投入してその一戦で敵の戦力を大きく削ぐものだ。

 しかし、これだけ強力な魔獣を絶えず送り込んでくるのはアルガンも予想だにしなかった。

 失敗したから下がる能がないと笑っていた者もいたが、二日も徹夜させられて口も開かなくなった。

 疲労と睡眠不足は確実に騎士たちを蝕んでおり、それはザイルの金魂の力を持ってしてもどうにかできないものだ。


「魔物とは、こうも愚かしく突き進むしかできんものかね」

「そうだったら楽だけど、そうじゃないからこうなってんだろ?」


 ただの物量作戦じゃないから、この苦境に立たされている。

 最初の進撃を阻み、死傷者を多く出せば機を見て下がると考えていたが、その頑丈な体を最大限に活かした波状攻撃を止めるのはかなり堪えた。

 一体でも通せば聖旗軍は甚大な被害を被るのは目に見えている。

 ラドクリフとアルガンがいるからこの状況に持ち込めているだけで、この二人が倒れてしまえば形勢はエステルドバロニアへと一気に傾くだろう。

 最初の一撃で壊滅、ないし撤退を判断させるだけの損害を与えられていたなら話は違ったのかもしれないが、大きな打撃を与えることはできても戦意を削ぐほどの結果じゃなかったのが問題だったのかもしれない。

 いや、仮にどのような結果であっても魔物たちは決して攻めを緩めたりはしなかったかもしれない。

 手足を失っても這い蹲って坂を登ろうとする獣が居たくらいだ。その可能性は十分にあり得る。


「だとしても、所詮仮定でしかない」

「だな。とにかくここに張り付けにされてるのは俺たちも同じだ。連中が他のルートを構築し始めたら手を回せねえぞ」

「“聖銀”がこちらに向かうとは聞いているが、いつ来るのやら。オーバンとアイネスが戻ってきた様子は?」

「連絡がとれない。まだ端に居るのか、エッツァに戻ってるのか。どっちにしろ、この地形のままじゃまともに戦えんだろうが」


 とは言え、平地で同じような物量作戦を行われれば止めることも難しかった可能性はある。

 ザイルの強化が行き届いても魔物と一体一すら出来ない騎士たちではたちまち飲み込まれてしまうだろう。


「報告! 聖旗軍の増援が到着しました!」


 部下からの報告を受けて、ザイルの顔に僅かな安堵が浮かんだ。

 部下の後ろから現れた無骨な甲冑姿の大男が姿を現す。


「失礼します」

 

 冑を脱いだ男は、傷痕だらけの無骨な顔に頼り甲斐のある笑みを浮かべていた。

 

「おお、ロッテン大隊長」

「話はすでに聞き及んでおります。騎士団長の方々は難しいですが、他の騎士や兵士たちとは我々が交代しましょう」


 ロッテンが深々と頭を下げる。

 アルガンとザイルは少しばかり苦い笑みを浮かべたが、兵だけでも休息を取れるのはありがたい。


「仕方あるまいな」

「俺もこのまま徹夜続行か」

「猊下から神の雫をお預かりしていますが、勇者の皆様の代わりを務められるほどの数ではありません。ですが今以上の成果は挙げられるでしょう。それで引き下がってくれれば、場所を移して改めて決戦を仕掛けるのが宜しいかと。難しければ……打って出ることも考慮せねばなりますまい」


 ロッテンの言葉に二人は苦い顔をした。 

 これでは聖王国側も消耗が激しい遅滞戦闘でしかない。

 優位を取るからには、優位な状況に立てなければならないのに、断続的な侵攻を抑えても消耗が激しいようでは魔物を駆逐するなど不可能だ。

 天使であれば、魔物に対して効果的な聖なる力を存分に振るうことが可能であり、ただ魔法で強化した弓で射るより遥かに強力だろう。

 作戦の大幅な変更は痛手だったが、ここに戦力をある程度集中できれば可能性は見えてくる。

 ただ、それにラドクリフが協力的ではないのが問題だった。

 あれは強大な力をもった子供だ。

 母の愛情を追い求めて、誰もが褒めそやす振る舞いが正しいことだと覚えてしまった制御の効かない兵器だ。

 これ以上作戦に差し支えるようであれば粛清するのも考慮せねばならないほどの。


「今、ラドを失うわけにはいかない。だろ?」


 釘を差すようにザイルがアルガンへと旗の穂先を向ける。


「……分かっておる。あれほど対軍に向いた攻撃と地形の優位を作る権能は手放せん」


 ザイルは一先ずでもアルガンの独断を先んじて制したことにほっと一息ついた。

 だが、状況はその刹那の安息をゆるしてはくれなかった。

 

「敵に動きあり! 先程よりも多い数で攻め上がるようです!」

「早速、出番のようですか」

「ザイル、我々も出るぞ。ここで決める」

「あいよー」


 アルガンとザイルが立ち上がり、坂の方へと向かう。

 そこには既に呼び出された“ク・ダン・クル・ガラーダ”が数十体が、美しい白光を纏って空に浮かぶ姿があった。

 大いなる男神の尖兵が揃った光景は壮観で、この国が神に愛されていることを誰もが感じ取った。

 激しい地響きが次第に近付いてくる。

 先に坂へと着いていたラドクリフが、目の下に深い隈のある疲弊した顔で、鋭く下を睨みつける。


 「ここで決める」


 それに呼応するように、横へと駆けつけたザイルが高く旗を掲げて力強く地面に突き立てた。

 

「ここで決めるぞ!」


 ザイルが叫び、黄金の加護がアーレンハイトの者たち全てに付与される。

 この一戦がアーレンハイトの今後に大きく関わるという確信めいた予感を抱きながら、迫り来る巨大な獣たちに向けて、一斉に魔法が放たれるのだった。

 魔獣たちはこれまでで一番数が多く、勢いも凄まじいが、どの個体も負傷が目立つ者ばかりだ。

 死に体を無理矢理にでも戦陣に加えなければならないとなれば、いよいよエステルドバロニア側の戦力も限界が近いと推測される。


「殺せ! 殺せぇ!」


 叫ぶのは誰か分からない。

 ただ、その声はあちこちから湧き上がっていた。

 殺せば殺すほどに力が湧き上がる。

 急速に成長しているような感覚は兵士たちに強い高揚感を与えていた。

 ちらつく勝利の二文字に誰もが必死に魔法や射撃を繰り出す。

 それでも足りなければラドクリフの“波濤”が全てを押し流し、アルガンの“斬裂”が容赦なく斬り殺した。

 魔獣たちは諦めることなく吶喊を繰り返す。

 仲間の死骸を踏み潰しながら、血反吐を道に撒き散らしながらただ一点、丘の頂上へと愚直に突き進む。

 無様な雄叫びは敗者の断末魔に聞こえてくる。

 朝日が中天へと登るよりも早く決着する予感がする。

 あと少し、あと少しと言い聞かせる。

 目に見えて数を減っていく魔獣に、決着は目前だと誰もがアルガンやザイルでさえ思っていた。


 だが。


 猛烈な光を放つ幾つもの流星が、アーレンハイトの空に一瞬で銀の帯を引いた。

 誰かが「あれはなんだ?」と口にした時には、けたたましい轟音が遥か彼方にて鳴り響く。

 人間たちは何が起きたのか誰も分からなかったが、何かは起きたのだと悟った。

 光は本国の方へと向かい、国を守る強固な防壁に触れると太陽のような閃光を放って掻き消える。

 光の直線上だった山や野では激しい噴煙が立ち上った。

 それらが、一秒にも満たない時間の中で起きたことだった。


「っ! 状況を確認しろ! 魔獣から目を離すな!」


 咄嗟にザイルが叫んで兵士たちに目の前のことを思い出させる。

 気にはなるが、今ここで勝つことが何よりも重要なのだ。

 聖旗軍の兵士も、騎士団の騎士も、意識をすぐに坂を登る魔獣へと向ける。


「……はぁ!?」


 地響きが止まらない。

 数え切れない魔獣たちが丘を登り、足元の土を激しく踏み鳴らしている。

 先ほどまで減少していたはずの数が、今や倍増しているかのようだ。

 ザイルはその光景に困惑し、眉をひそめた。


「どうなってるんだ……なぜ、これほどまでの数が……」


 彼は丘の下を鋭く睨みつけながら、旗を強く握りしめる。


「全軍、後退するな! 陣形を崩すな!」


 ザイルの声が戦場に響き渡る。

 しかし、その言葉が届くのは一部の者に過ぎなかった。

 恐怖に呑まれた兵士たちは、彼の命令を無視し、各自で生き延びることだけを考えて動き始めていた。


「くそっ……」


 ザイルは舌打ちし、急いで他の指揮官たちと目配せを交わす。

 だが、次の瞬間、戦場の反対側から新たな混乱が生じた。

 それは、断崖絶壁となっているはずの右翼の方からだった。

 断崖絶壁を越えて現れたのは、焼けるような殺気を放つ獣人の部隊だ。

 鮮血とともに首や手足が派手に空を舞う兵士たちの合間から見えて、ザイルの全身が一気に粟立つ。

 先頭に立つ猫のような獣人は、血に濡れたナイフを真っ直ぐ目の合ったザイルに向けている。

 次はお前だと言うように。


「あの方向からは無理なはずじゃ……!」


 ザイルの頭の中で瞬時にいくつもの思考が巡る。

 この戦略を予想していなかった自分の、自分たちの判断ミスに苛立ちを感じた。

 魔物に、あれを破壊する手段がないと勝手に思い込んでいた。


「っ、落ち着け! 敵を見失うな! 各自、隊列を保て!」


 ザイルが何度も必死に叫んで指示を出すが、戦場の混乱は増すばかりだった。

 轢殺する魔獣の群れと、混乱を広げるように派手に暴れまわる獣人の部隊。

 どちらにも対応するには統率を取るための頭の数があまりにも足りなすぎる。

 いや、そうして統率を取ろうとして叫ぶ者を優先して殺し回っているように見えた。

 これまでの原始的な手口とは違う狡猾な動きに、どこまでも相手を見縊っていたと後悔する。


「全員、こちらに集結しろ! 奇襲に対応するんだ!」


 これが最後だと、彼は旗を高く掲げて合図を送り、自分が狙われるのも顧みず兵士たちの導となって引き寄せる。

 恐怖に染まった兵士たちの間を駆け抜け、傷ついた者を支えながら、戦況を立て直すために奮闘する。

 彼の周囲には、徐々にだが兵士たちが再び盾を構え直し、迎え撃つ準備を整えていた。


 「後退するな! ここで踏み止まれ!」


 ザイルの声は届くが、兵士たちの動きはぎこちない。

 彼らの視線は、目の前に迫る魔物から離れず、その巨大な影が視界に入るたびに背筋が凍りついていた。


「奴らを止めろ! 弓兵、矢を放て!」


 弓兵たちは慌てて矢を構えるが、手が震え、うまく狙いを定められない。

 それでも、彼らは矢を放った。

 空を切って飛ぶ矢が、魔獣たちの硬い皮膚に突き刺さるも、しかしその効果は薄く、魔獣たちは怯むことなく前進を続ける。


「こんなの……止められない!」


 一人の兵士が恐怖に駆られて叫んだ。その声が周囲に伝染し、他の兵士たちも顔を歪める。

 次々と仲間が倒れていく様子を見て、彼らは自分も次はやられるのではないかという恐怖に苛まれていた。


「諦めるな!」


 ザイルの声が再び響く。しかし、その声もどこか虚ろに聞こえた。

 兵士たちは次々と魔獣に蹂躙され、血と土が入り混じった戦場で倒れていく。

 必死に盾を構え、槍を突き出すが、魔獣の強力な一撃で弾き飛ばされる。

 それでも兵士たちは歯を食いしばり、死にたくないと奮闘する。

 恐怖に抗いながら魔獣に立ち向かうその姿は必死だが、絶望的でもあった。


(くそくそくそっ……どうしてこんなことになっている! あの兵器が止まるなんてありえないんだ。それこそ……――)


 そこまで考えて、一つの結論に辿り着く。

 あの空を駆けた流星の正体と、この状況。

 考えられるのは他にない。


「やってくれたな化け物ども……破壊したのかよ、あれを!」


 どんな手段を使ったのかは分からない。

 だが、魔物たちは、たしかに本来の力を取り戻している。

 太陽を遮るように、丘よりも遥かに巨大な四足の巨獣を見上げながら、ザイルはただ叫んで抗うくらいしかできなかった。


「エステルドバロニアァァァアア!!」




「くひっ」



 ◆



アーレンハイトの各地へと消え去った流星を見送って、沿岸部に築いた拠点でルシュカは腹を抱えて笑いを必死に堪えていた。


「くくっ……くひひっ……そうだよなぁ、止める手段なんかあるわけないよなぁ? あの結界は魔物を阻むものでしかないし、あの兵器は魔物の力を封じるしかないんだからなぁ……うひっ。まさか魔物が、膨大な火薬と莫大な魔力を注ぎ込んだ鋼鉄の砲弾を超長距離から撃てる兵器を運用してくるなんて、予想なんかしてないもんなぁ?」


 読みが当たったことが余程嬉しいようで、抑えきれない笑い声を漏らしながらルシュカは両手を広げて空を仰ぎ、部下たちの歓声を聞きながら澄んだ空気を目一杯吸い込んだ。


「はー……さいっこうの気分だ……」


  見上げた空を遮るように聳える赤熱した黒鉄の砲門は、盛大な咆哮の余韻が陽炎となって漂っていた。

 高い壁で覆い隠した拠点の中、列車砲のような巨大な鉄塊が六基。

 本国から海路を使って輸送されたこの“アシェド”はエステルドバロニアにも僅か三十四基しかない貴重な巨大兵器である。

 アポカリスフェにて後期に実装されたエンドコンテンツを進めることで制作できる特殊なものであり、その破壊力はゲームの世界観を完全に破壊するものながら、制作難易度の高さと特殊な運用方法が必要なため、まともに作れたプレイヤーはカロン以外に居らず、同様にこの兵器のための部隊を用意できたのもカロン以外にいなかった。

 こんなもののために面倒なスキルツリーを開放して特別な人員を育成するくらいなら、純粋な戦力として無難に育成したほうがマシだ。が、時間も実力もあったカロンはその重たい要求を突破した。

 それが、普段は工作兵として雑務に励む昼行灯たちの正体。

 それが、ルシュカ率いる第十六団なのだ。

 巨大な砲弾を運ぶ巨人や、火薬を装填するドリアード、弾道計算をするゴブリンに、稼働の動力を生む精霊。

 様々な魔物の中から適した者を選んで、このアシェドを動かすために戦闘スキルを殆ど捨てている彼らの仕事の速さは凄まじいもので、五分後には全ての砲塔に装填が完了していた。


「団長、次弾装填完了しやした」


 棟梁の言葉に、ルシュカは「うむ」と頷いた。

  

「では、指定のポイントに向けろ」

「予定通りで?」

「第二射を警戒はしても、奴らは装置を移動することは出来んだろう。侵攻が続いている中で、妨害兵器の効果を切らすなんて、仲間を見捨てるのと同義だからな」

「ま、だからこそ我々は場所を特定できたわけですがね」


 見えない景色の何処かにあるアーレンハイトの切り札。

 その位置を特定するのにはかなりの時間を有した。

 国を守るように配備されたスキル封印の兵器の射程はかなりの距離で、恐らくはあの結界を三枚ほど跨いで効果を発揮できるため、まともに近づくことが出来ない。

 だからルシュカは、工作兵を使って他の侵攻ルートを探るふりをしながらスキル封印が適応される距離と範囲を綿密に調べて兵器の位置を逆算したのだ。

 結界の効力が魔物にのみ作用していることも調べはついており、ルシュカは結界に阻まれる前に魔力と火薬で超加速された弾丸で破壊することを決めた。

 その為に守善の軍にはかなり無理を強いることになったが、この結果であれば文句はないだろう。


「ついでにあの目障りな結界も壊せればよかったが……まぁそれは地道にやるしかない。まずは壊し尽くす。総員、魔力充填を始めろ!」

「総員、魔力充填開始!」


 復唱した棟梁の声に短く返事をした兵たちが、アシェドの麓にある装置に大量の魔力を流し込んでいく。

 その時間、凡そ十分。

 轟々と音を立てながら六の巨大な砲身は次の目標にその口を向けた。

 砲口の奥で圧縮された魔力が漏れ出し、その時を待つ。


「放てぇ!!」


 巨大な砲身が火を噴いた瞬間、ルシュカの全身に衝撃とともに電流が走るような快感が駆け抜ける。

 耳をつんざく爆音が空気を裂き、ルシュカは思わず目を細めたが、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 黒い鉄塊が火薬と魔力の相乗効果で音速を超えて遥か彼方の敵陣へと流星のような帯を残して向かっていく。

 魔力による加速は結界に触れた時点で消滅してしまうが、砲弾は結界に阻まれることなく通過し、向こうで凄まじい破壊音を起こした。

 視認こそできないが、戦闘機並みの質量を持つ砲弾が着弾したのだから、兵器に直撃せずとも一帯を消し飛ばすくらいはしているはずだ。


「次弾装填! 我らの精鋭っぷりをカロン様見ていただく好機だぞ! きりきり動け!」

「アイマム! 急げ急げ急げぇ!」

「姐さん! なんなら戦場にぶち込んで手柄立てるってのはどうですかい!」

「それは名案だな! 今なら牛と猫とスケベ女をまとめて殺せそうだ! どうだ、お前の責任のもとで誤射してもいいぞ!」

「やっぱやめるっす!」


 ルシュカは元来火力主義である。

 個体保有スキルのトリッキーさやカロンの副官という立場からそれを吐き出す機会は少ないが、こうしてありったけをぶつけるのは背筋が痺れるほどの快楽に襲われる。


「撃てぇ!」


 再び強烈な爆音と共に音を置き去りにして閃光が駆けていく。

 衝撃波に激しく揺れる大地を感じながら、ルシュカは高らかに笑った。

 砲撃を繰り出すたびに、自分がこの戦場を支配する最も全能に近い存在になったかのようにさえ感じていた。

 このまま一方的に攻撃して更地にできるなら最高に気分がいい。

 だが、チートじみた力には相応の代償が必要だということを、久し振りの高揚感に珍しく失念していた。


「次弾――」

 

 ルシュカはちらりと振り返って部下たちを見る。

 魔術に長けた燃料役の魔物たちが肩で息をしながら青い顔をしているのが見えた。

 カロンも運用できる軍を用意できはしたが、カロンでさえこのアシェドを常時稼動させることは叶わなかった。

 理由は、今にも倒れそうな魔物の様子から察せられるだろう。

 

「団長」


 近くにいた人形の桂木【エルダートレント】が、これ以上は無理だと視線で訴える。

 今の戦力で六門を三度斉射できただけで、本来なら上出来だった。

 彼女の胸の中で冷たい現実がじわじわと忍び寄る。

 もっと砲撃を繰り出したいという欲望が渦巻くが、それが叶わないことに、無力感が押し寄せてきた。

 拳が、無意識に震えた。


「――すーっ……はー……」


 それでも、ルシュカはすぐに感情を抑え込んだ。

 冷静さを取り戻し、すぐに次の手を考える。

 砲撃ができなくなったからといって、ここで無力になるわけではない。

 戦場にはまだ、彼女の役割が残っている。

 

「命中確認……できず。まあ、守善たちの様子を見れば命中は間違いないだろう」


 ルシュカは背後にいる部下たちに視線を向けた。

 彼らも疲れ切っていたが、まだ倒れて動けなる無様を晒す者はおらず、応えるように力強い目をしている。

 彼女はそのことに満足感を覚え、すぐに次の指示を出す。


「急ぎアシェドの解体に移り、半刻後までに拠点も撤去しろ」


 その命令に、棟梁は濁ったどんぐり目を見開いて驚く。


「半刻……? マジですかい? んの無茶苦茶な……なんだって急に」


 困惑するのをよそに、ルシュカは新しい玩具を見つけた子供のようにキラキラした目で、新しい犯罪を思いついた悪党のような笑みを浮かべる。


「獣の客人を接待せねばならんからな」



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― 新着の感想 ―
[一言] こういう主人公最弱軍団系の作品の中で、最も面白く完成度の高い作品ですね。 3周くらいしましたが、やっぱり良いですね。
[一言] ついに反撃に転じて来ましたな!
[良い点] お疲れ様です。 ルシュカさん流石ですな。 ルシュカさんの部隊の正体が、生産スキルや建築スキル持ち、土木スキル持ちで構成された近代機械化部隊だったとは! [一言] その内、列車砲やマウ…
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