3 聖王国
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ルサリア大陸の北部、ロイス海岸一帯をエステルドバロニア第八団が占拠してから六日が経過しても、アーレンハイトから軍が差し向けられることはなかった。
着々と進められる海岸線の要塞化は誰に邪魔をされることなく、エステルドバロニアが誇る前線部隊を全て収容できるだけの施設が完成し、半魚人たちは仲間の到着を待つだけの時間が続いた。
そして七日目。
ついに本隊がルサリア大陸の砂を踏むことになった。
ぞろぞろと隊列を乱さずに行進する異形の軍勢が、大陸を繋ぐ巨大な海竜の背を渡る光景は圧巻であり凶悪なものだ。
獣人や亜人のみならず、魔獣や巨人、形容しがたい怪物までもが、翻る軍旗を追うように規則正しく歩いている。
地獄の釜から湧いてきたと表現しても過言ではないだろう。
恵まれた秋の晴天が満ちる空の下、一足先に到着したのはグラドラの部隊だった。
屈強な人狼を従えてレヴィアタンの背を降りたグラドラは、到着を歓迎する半魚人たちの中に旧知の仲を見つけて大股で近付くと、珍しく気軽に手を上げてみせる。
「よお、鮫。十年ぶりじゃねえか」
「ボケ。十四年ぶりだ。つか、オレたち暫く地下伽藍にいたんだぜ? 少しは会いに来ようとか思わねえのかよ」
「そういやそうだったな」
声をかけられたエドワードも同じように手を上げてハイタッチを交わす。
鮫と狼では接点のなさそうな二人だが、似たような性格だったおかげか、意外と気心の知れた間柄であった。
「報告は聞いてるぜ。楽な仕事だったってな」
二人はそれぞれ部下を従えて、立派になった防衛設備を眺めながら近況を話し始めた。
「楽すぎて欠伸が止まんねえよ。ただな、海暮らしのオレたちじゃ陸の方を調べるってのができてねえけどよ、近くに偵察も現れねえってのは異常だぜ」
「なるほどな。それで俺らが来るまで待機ってことか」
「まあなぁ。てめえらならそこそこ調べてこれんだろ?」
「どこまで踏み込むかって問題だけどな。周囲の地形は?」
「東はカランドラまでの途中に砦がいくつかあるだけ。南西から西には山がいくつかある。アーレンハイトはその先だ。探索系の魔術が結界のせいで機能しねえから、あくまで目視の情報だがな」
「そうか。こっちも神都とかで調べさせたが、大雑把な大陸図だけしかなかった」
「原始的な世界だぜ」
「カロン様が居なけりゃ俺たちも大して変わんねえだろ」
「シッシッシッ! ちげえねぇや!」
エドワードは顎を上げて高らかに笑いながら、グラドラの肩をバシバシと叩く。
グラドラはそれを満更でもなさそうに笑って受け入れた。
他の団長や軍と交流する機会は有事でもなければ得られない。
懐かしいやり取りに、自然と部下たちも気を緩めた。
「おい、何男同士で抱き合ってるんだ気色悪い。五郎兵衛みたいだからやめろ馬鹿ども」
しかし、気を許さない相手が現れると話は途端に変わる。
ビリビリと戦いの空気を纏って現れた軍服姿の女の声に、エドワードの顔が曇る。
「よお、フカヒレマン」
うんざりした顔のエドワードだったが、ルシュカの不機嫌な顔をちらりと窺ってすぐに顔を逸らした。
「ちょ、ルシュカの姐さんキタコレ」
「やっべ。盛り上がりングなんすけど」
「姐さんチーッス!」
「うぃーっす!」
「うぇーい! バロニアの火薬庫ごあんなーい!」
「やかましい! 黙って働かんと神経抜いて捌くぞ!」
「やーい怒られてやんの!」
「めっちゃキレんじゃん。さすが姐さんやで」
「草越えて珊瑚」
「そうはならんやろ」
案の定、珍しい軍の登場に盛り上がった半魚人たちが騒がしく話しかければ、グラドラよりも短いと噂のルシュカの導火線に速攻火が点いた。
ご立腹なルシュカの目が責任を問うようにエドワードに向くが、それができたらとっくにそうしていると縦に割れた鮫の目が逃げるように白い膜で包まれた。
「ノスフェリタリアスはどうした!?」
「だんちょーなら今頃ベッドでスリーピンしてんじゃね?」
「なんかー、俺らのノリに付いてこれないっつっててー」
「ねー。バチクソに避けられててマジウケるんですけどー」
「俺らといたら団長テンション下がりけりー!」
「……だろうな」
両手の人差し指を立てて「ポンポーン!」と騒いでいる頭の悪そうな半魚人たちを見ながら絞り出されたルシュカの言葉は、同情だけが込められていた。
海岸に降りた者から順に作戦の準備を進めていくのを見てすぐに気持ちを落ち着けたルシュカは、騒がしい彼らを無視することに決めてエドワードに向き直った。
「魔術部隊が到着したら、すぐに結界を破壊する」
「なんだ、進軍させねえのかよ」
「所詮は覗き防止の結界だが、此度は慎重に進めていく。まずはカロン様の御力でこの大陸を把握していただくのが最優先だ」
ルシュカの目には、この大陸を包む結界がパイ生地のように重なっているのが見える。
現在地からは一番外側のものにしか干渉できないため、敵本拠地に向かう都度結界を解除していく必要があると判断していた。
「ばぁっと奥まで突っ込んで無理やり壊しちまえばいい話だと思うけどなぁ」
「いいか、鮫。我々が今回すべきことは交渉でも示威でもない。我々に唾を吐いた愚か者どもを根絶やしにしに来たのだ。知性の欠片もない突撃で三々五々に逃げられてみろ。みっともない残党狩りが始まるぞ」
「最後の最後まで戦ってもらわねえと、最後の最後まで殺せねえってな話だ」
グラドラの補足を聞いて、そういうもんかとエドワードは感心したように納得を示す。
海戦は主戦場になることはあっても最終局面にはなり難い。
結末は敵の首都で紡がれるものと認識しているエドワードは、その辺りの駆け引きとは無縁であった。
「んで、こっからオレたちはどうすりゃいいんだよ」
「我々が渡り終われば、レヴィアタンを帰して国からの物資輸送とレスティア大陸周辺海域の警備に専念してもらう」
「空の警戒は?」
「それは残してきた軍で対応する。万事抜かりはない」
あと一時間もすれば渡り終わるだろうとルシュカが補足すると、エドワードは大きく伸びをして満足そうに笑った。
まるで休暇を楽しんだかのように、久しぶりの陸での仕事を堪能した鮫は部下を呼びつけて撤収用意の指示をする。
「んなら、そろそろお役御免だな。短い時間だったが楽しめたぜ。国王様によろしく言っといてくれや」
「タリアにもよろしく伝えておいてくれ」
「あいよー。なんかあったらすぐ行くぜぇ。海が荒らされた時ぁ別だけどな。あばよ犬ー」
ひと仕事与えられた満足感を胸に、エドワードは半魚人たちを従えて海の底へと帰っていった。
深く語ることはなかったが、王に仕えることが至上である者たちにとってどれだけ嬉しいことか、同じ軍人だからこそ理解できる。
鼻の下を擦って、エドワードたちの心情に和んだルシュカは、いそいそと短い足で近づいてきた大工姿のドワーフに気付いて表情を引き締めた。
「来やしたぜ」
「よく来た。手始めにこの海岸線の施設を増設しろ。その後は進軍に合わせて中継の拠点を建ててもらう」
「了解。まさか儂らが工作部隊として引っぱり出されるとは……」
「不服か?」
そう問われると、ドワーフは髭を撫でながら豪快に笑った。
「まさか! カロン様の指揮下で動ける栄誉にあいつらも燃えてますぜ!」
「では、その意気を建築で見せてくれ」
「お優しい言葉をいただけるとは、こりゃ明日はスライムでも降るんじゃねえですかい?」
「ぶはっ! ルシュカぁ。お前、くくっ……普段部下に何話してんだよ」
吹き出したグラドラに冷たい眼光を放つルシュカだが、団長格がそれで恐れるわけがなく、拳銃をちらつかせて口を噤ませた。
ドワーフは楽しそうに喉を鳴らすと、後ろから自分の部下がやってきたのに気付いてルシュカに頭を下げる。
「じゃ、団長」
「ああ」
ドワーフは、グラドラにも頭を下げてから、部下のもとへと向かっていった。
「あれ。棟梁、話はいいんスか?」
「いいから行くぞ。暫く休めねえと思えよ」
そんな会話が遠ざかるのと入れ替わるようにやってきたのは、フィルミリアと五郎兵衛だった。
「来たでござるよー」
「来ましたよ!」
「よーし、結界割ってこい」
「ええ!? 何もしてないのに拳銃向けられてるんですが!?」
「さっさと行け。貴様もついでにだ」
「藪蛇でござったか……」
来たばかりで追い払われた二人は逃げるように自分の軍団へと走り去り、しかし仕事はきっちりこなそうとすぐに行動が開始された。
フィルミリアが率いてきた悪魔や淫魔は、怯えながら帰ってきたフィルミリアの指示に従って直ちに魔術を発動させ、アーレンハイトを覆う結界の表層一枚にアクセスしていく。
「ふむ……全部で七枚ってところだな。まずは一つ」
「強度はどんな感じだ?」
「このくらいなら十分そこらで壊せるだろうが、さすがに首都のものは一日がかりになると予想している。聖王とまで名乗っているのだから、退魔術式を付与して侵入を許さないように細工してるだろ、普通」
「ふぅん。じゃ、割れたら進軍するってことでいいんだな?」
「ああ。ただ、貴様と五郎兵衛には西に行ってもらう」
「はあ?」
ルシュカの説明では、敵の部隊はカランドラ方面にも派遣されていると考えられるので、そちらの討伐に人員を送りたいという。
この戦争の勝利は敵拠点の占拠ではなく、敵の殲滅だ。
中途半端になることは今後のためにも避けなければならない。
特に、他国に亡命される事態だけはなんとしても。
「そういうわけだ。見つけ次第即殺せ」
最前線で暴れ回れないことや、空振りに終わる可能性への不満はあるが、グラドラは欲求に蓋をしてコクリと頷いた。
アーレンハイトの空に亀裂が走る。
「死ぬなよ」
「死ぬかよ」
侵食するように赤い魔力が亀裂に染みこんでいき、無理やりこじ開けるように膨張していく。
一枚目の結界はその圧力に耐え切れず、ガラスのように粉々になって砕け散った。
光の粒が海岸線に降り注ぐ光景に騒ぐ兵たちの声を聞きながら、ルシュカは去っていくグラドラに背を向けたまま、山の向こうを見据えていた。
◆
アーレンハイトは、初代聖王ヴェルム・カールネンによって建国された最も古い国とされている。
アルマ聖教の総本山であり、破魔救世の法を説くことは昔と変わらず、首都も今のエッツァと変わっていない。
しかし昔は、今と違って大陸一帯を支配下に置く一大国家だった。
人魔大戦よりも遥か昔に起きた獣人解放運動の際に四代目聖王が戦地にて没し、続けざまに起こったカランドラ侵攻によって多くの土地を失い、一時滅亡の機にまで陥ったのだ。
それを救ったのが、銀の聖女フアナである。
聖女は己を竜に変えて浄化の炎でアーレンハイトを守り、カランドラを渓谷へと追いやった。
魔物は悪とするアルマ聖教だが、その逸話がこの国で唯一竜を信仰し、聖女を国のトップに据えるように変革したのである。
首都に聳えるエッツァ城には、その証拠に白い竜のモニュメントが巻きつけられているのだ。
荘厳な城には相応しい静寂が常ならば流れているが、今日は慌ただしく騎士団の隊舎を走る騎士の音が響いていた。
騎士は鎧を激しく鳴らしながら目的の部屋の前に辿り着くと、そのまま許可を得ることなく勢い良く入室し、挨拶をすることなく口を開いた。
「第一障壁消失! 敵軍侵攻開始と同時に、アルタユ渓谷にも派兵したとのことです!」
その報を聴いて、正面の机でペンを走らせていた長髪の男は静かに頷く。
「ご苦労。戻って構わない」
火急の知らせだったはずだが、艷やかな青髪の男は泰然自若とした様子のまま焦りを見せない。
騎士は二の句を継げず、どうしていいか分からず、自身の焦燥を消化できぬまま指示通り部屋を出た。
男はそのまま書類を整理していき、落ち着いたところでようやく腰を上げる。
「とうとう来てしまったか」
深い青の司祭服の上から鎧を身につけた長身の男。
晴嵐騎士団を従える勇者、オーバン・クリフォードは、前髪をかき上げながら小さく溜め息を零した。
「どうしたものか」
冷たい表情から動かないので困ったようには見えないが、内心はかなり困っていた。
現在、このアーレンハイトに存在する七つの騎士団のうち、六つが首都に滞在している。
事前に魔王の軍勢が攻めてくると知っていながら、動いているのは一つだけ。それも少人数での活動であるため、実質魔物への備えは無いに等しかった。
決して危機感を持っていないわけではない。騎士たちに限らず、オーバンも同じ程度には心をざわつかせている。
それでも動けないのは、聖女からの命令が下りていないからである。
アーレンハイトの防衛は全てこの首都エッツァにある戦力が全てであり、地方都市や貴族領でも独自の兵は持たされていない。
故に軍が動くには、定期的なものを除けば、国のトップである聖女の許可が必要だった。
その肝心の聖女が、未だに軍を動かす許可を出していないのだ。
命令に反して、というのも何度か考えたが、勇者の序列にして二位を冠する身で好き勝手に動いては周りに示しがつかない。
序列一位の銀騎士が誰よりも好きに動いてしまうのだから、せめて自分は律さなければならないとオーバンは考えている。
しかし、それも限界に近い。
実害が生まれ、大陸に侵入までされているのに、それでも待てというのは流石に兵たちも我慢はできないだろう。
放置すれば被害はいたずらに増えるだけだ。
そろそろまた進言しなければと考えていたところに、ノックもなく扉が開けられた。
「邪魔するぜ」
「……これは、金魂卿。どうかなさいましたか?」
派手な黄金の法衣と鎧に身を包んだ軽薄そうな男は、何も言わずにずかずかと入って、乱暴にソファに腰を下ろした。
いいソファであったが、鎧の重量で二度と使い物にならなくなっただろう。
オーバンはこっそりと哀悼を示しつつ、冷たい表情でじっと金色の男、“金魂”ザイル・カートンを見つめる。
男なら畏怖に震え、女なら情欲に震える眼差しを相手に、ザイルはキョロキョロと部屋を見回してからつまらなそうに呟く。
「なんだ。女でも連れ込んでたら面白ぇのに」
「……心に決めた相手がおりますので」
「アイネスはヴァーミリアの国境警備中だろ? 若さと暇を持て余してはっちゃけてると思ったのに、つまんねぇの」
「なんの御用ですか?」
「怒るなよ。ちょっと和ませてやろうとしただけじゃねえか」
派手な見た目に相応しいほど、金にも女にも派手な生活をするザイルだが、かつては序列一位の座についていた優秀な騎士であり、オーバンの師にあたる勇者だ。
ただ、そんな彼のことを好意的に見ているかは別の話であり、この軽口にオーバンが剣を抜かないのがせめてもの恩返しであった。
直立で睨むオーバンに耐えかねたのか、ザイルは「わかったわかった 」と面倒臭げに手を振りながら、空いている手を懐に差し込んで封筒を取り出した。
高価な紙を折って作られたそれには聖王国のシンボルである竜の蜜蝋が押されている。
「猊下からだ」
ならさっさと出せと目で訴えながら、オーバンは黙って受け取って封を切り、中を確認する。
その紙は聖女エレナ・ルシオーネからの正式な指令書であり、中に書かれていたのは求めていたものであった。
「金魂卿、動きますよ」
ザイルはガシャガシャと鎧を鳴らして足を組み、だらしなく背もたれに寄りかかって、ようやくかといった風に疲れを見せた。
彼もずっと待たされていたことに苛立ちを感じていた人間だ。アーレンハイトの土を汚されていることに怒り、それなのに動かない聖女に対しても不信を抱いていた。
「だと思った。まったく、聖女様は随分と腰が重たかったな。そういうお告げでもあったのか?」
「私には判りかねますが、何かお考えがあったのでしょう」
「世間知らずの聖女様に、そんな考えがあるもんかね」
不敬だと言うのは簡単だったが、オーバンは言葉を飲み込んだ。
エレナ・ルシオーネに限らず、聖女は聖女として生きる道しか知らない生き物だ。
そのように教育されてきて、そのように生きている女から選ばれた存在だ。
だから聖女は祈りと謀りしか知らないと昔から囁かれている。
「猊下は常に国の平和を望んでおられます」
「それは否定しねえ。けど、聖女の言葉をなんでも良い方に捉えるのはやめておけよ? じゃねえとアルア・セレスタみたいになるぜ?」
「……彼女は失踪したのです。誰もその行き先を知りません」
「アホ。どう考えたってあの人に使い潰されてんだろ。どんだけ調べても見つからねえんだぞ。どうやったかは知らねえが、確実に消されてる。工作部隊とかが動いた形跡だってある。セレスタ家は無関心だけど、さすがにきな臭すぎる」
王国に帰省したことまでは把握していた、外から嫁いできた王族の勇者が行方不明になったのに、アーレンハイトでは大した騒ぎになっていない。
国交に影響を及ぼしかねないはずだが、誰も彼もが「問題ないだろう」とエレナと同じことしか口にしない。
ザイルがどれだけ言ったところで、聖女の絶大な影響力に勝ることはない。
聖女が国家の運営に携わることはないが、国家は聖女が居なければ成り立たないのがアーレンハイトだ。
長き長き時を経ても続く歪な悪習が、内紛を齎さない理由なのだろう。
「憂慮しておきます」
「はいはい、そーですか。俺の意見は少数派ですか」
部屋を出る用意をするオーバンの後ろで、ザイルは肩を落とした。
外へ出れば、忙しなく働く騎士たちが二人の姿を見て足を止めると、羨望の眼差しで敬礼を行う。
若き序列二位の美しい“晴嵐”の騎士の人気は、団内でもトップに位置している。
敬虔なアルマ信仰者であり、聖女の信頼厚く、実力もあり、美しい婚約者もいる。
誰から見ても順風満帆な道を歩んでおり、誰もがアーレンハイトを代表する騎士として名を挙げるだろう。
そんな輝かしい美男の背を見ていたザイルは、自分の愛弟子の成長に苦笑しか出ない。
かつては序列一位として騎士団の頂点にも立ったザイルだが、オーバンは全盛期の自分をも超える逸材となった。
銀騎士グロキシニアが居なければ、今頃はオーバンが序列一位だっただろうにと、どうしても惜しく思った。
「あの気味悪い女も出るのかね」
「グロキシニアのことをそう悪しざまに言うのはよろしくないですよ。同じ騎士団の仲間です」
「お前はいつも泰然としてるな。実力も分からない奴が一位なことになんとも思わないのか?」
「彼女の力は確かなものです。剣の腕では私に分がありますが、 勇者の力をつかわれたら手も足も出ません」
「……やり合ったことあるのか!?」
「はい。私が二位の座を戴く際に、一度だけ」
初耳の情報に驚いたが、オーバン自身がそこまで評価するなら実力は本物なのだろう。
だとしても、ザイルは得体の知れない“聖銀”の騎士がどうしても好きになれない。
聖女に否定的な自分だから、聖女が溺愛する出自不明の女が怪しく見えているのかもしれないが、それを抜きにしても受け入れがたい。
愛弟子のかがやきを曇らされていると思うが故だろうか。
「金魂卿」
呼ばれて、ザイルは目的地に着いたことにようやく気が付いた。
竜の聖女の彫刻。
オーバンたちを招き入れるように開いた扉の向こうには、巨大な銀の竜が天高く昇ろうとする精巧な彫刻の下で、聖母のように微笑むエレナ・ルシオーネと、先に来ていた三人の騎士が、オーバンとザイルを待っていた。
「遅ればせながら。オーバン・クリフォード、参上しました」
「ザイル・カートン、ただいま到着しました」
遅れてきた二人に非難の目が注がれるが、エレナは変わらずに優しく微笑んだまま、ゆっくりとした動きで歓迎を示す。
「よく来ました、私の騎士たち。さあ、私たちの手で救世を始めましょう」
全ての人を包容する暖かさのある聖女は、たおやかに魔の殺戮を謳う。
陰り一つもないその眩しさは、影すら掻き消す輝きに満ちていた。
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