13 覚悟
書籍第四巻の刊行決定!
ミラ・サイファー。
リフェリス王国騎士団に所属する“天雷”の勇者。
かつて“雷霆”の二つ名で讃えられた勇者の力を色濃く受け継いでおり、オリジナルに近い雷の権能は、雷霆の再来と囁かれるほど強力なものだ。
対して、アルア・セレスタ。
国王アルドウィン・リフェリの娘であり、王家に流れる“霊樹”の勇者の力に目覚めた“花冠”の勇者。
彼女の評価は、ミラと比べればあまりにも非力である。
勇者として覚醒してはいるが、それは霊樹の勇者とは似つかないほど弱く、薄くなっていく血を現したようなものでしかなかった。
単純な力量であれば、戦闘の才能も高いミラが優位にみえる。
しかし、属性の相性ではアルアに軍配が上がる。
雷の力は木の力に対して大幅に威力が減衰してしまうからだ。
そして、アルアがミラに勝つ可能性を生む不確定要素が一つある。
それは、列島国カムヒの秘術を悪用して造られた謎の武器の存在。
それは、エステルドバロニアも知らないものであった。
「っしぃ!」
固有ウェポンスキル《千里烈光》
「舞って!」
固有ウェポンスキル《クリムゾンカローラ》
弾丸のように放たれた雷光が、十字槍から生み出された花びらの嵐に衝突する。
雷は花びらに行く手を阻まれて、周囲に分散して威力を奪われた。
梔子姫に浅くながらも傷をつけた攻撃と同等の威力をもつ攻撃だったが、それよりも弱いアルアには届かない。
固有ウェポンスキル《ローゼンシュトローム》
今度はアルアが攻める。
紅い嵐は意思を持ったように大きくうねりながら、一枚一枚が小さな刃となってミラに殺到する。
雷の剣を振るって迎撃するミラだが、電撃で燃え尽きない謎の強度を持つ花びらは、波のように剣をくぐり抜けて彼女の体を裂いていく。
浅く肌を切りつける微弱な痛みは苛立ちとなり、ミラは強く床を踏んで後方に大きく飛び退いた。
花びらを呼び戻して、アルアは余裕たっぷりに槍を構える。
「いかがですか? 私の薔薇は」
「……ふん、毒か」
剣を握る手に僅かな虚脱感。裂けた皮膚の痺れ。微かな目眩。
即効性のあるものではなさそうだし、かする程度では効果も薄いようだが、数で襲われれば蓄積する頻度も高くなる。
余計な傷は負いたくないが、無傷で突破するのはミラには不可能だ。
範囲攻撃に見えて、その実は状態異常に特化した単体攻撃なのだとミラは推測した。
昔のアルアであったなら、せいぜいが花で防ぐくらいが関の山だったが、どうやらあの忌まわしい武器は思っていた以上に使用者を強化するらしい。
「それが人世救済を謳うアルマ聖教のやることかね」
十字槍に向けられたミラの言葉に、アルアはぐっと喉を鳴らして押し黙る。
これがいかなる外法によって造られているかを知っている素振りであった。
ミラは雷剣を鞘に納めるような動きで消すと、腰に帯びていた実剣を素早く抜き放つ動作でアルア目掛けて投擲する。
咄嗟の判断が遅れるアルアだが、舞う花びらは彼女の意思より早く吹き上がって自動で防御を行うも、物理的な強度では鉄に劣る花びらは、幾十も割れて剣の軌道を上に逸らすに留まった。
キン、と鋭い金属音をたてて剣が天井に突き刺さる。
「タネが分かればなんてことはない。が、それでは私の気が済まないし、カロンに見せるには不甲斐ない」
再び両手を腰に手を添えて、蒼光迸る雷剣を二振り抜く。
まだ目覚めたばかりの力だが、それでも自在に扱い、自由に戦えることを証明する必要がある。
ミラ・サイファーが王国の剣であるがゆえに、カロンの友であるがゆえに、そんな言い訳を成立させるために、価値を示さねばならないのだ。
「っ……容赦は致しませんよ」
「まだ容赦できると思っていたのか? 慢心が過ぎるなぁ!?」
吼えると同時に投げられた剣を薔薇の花びらが防ぐも、雷剣はただの雷へと変わり、青白い閃光がアルアの視界を覆った。
「くっ!」
アルアが反射的に目を瞑り、手で顔を覆った瞬間にミラは壁を蹴ってアルアの背後に回り込む。
着地した位置に剣を一つ突き刺して、流れるようにアルアに飛びかかるミラは、自動で追撃してくる花びらを翻弄するようにしながら距離を詰めていく。
軌道に光の帯を残して自在に疾走するミラの背を深紅の嵐が追いかけるが、包むように動く風よりも速く走る稲妻を捉えるには遅すぎた。
アルアは、頭に上った血を落ち着けて、すぐに面で制圧する戦法に切り替える。
切れば毒が回る。蓄積すれば自由が奪える。一撃の威力に価値はなく、ただ手当り次第に傷つけられればいいのだから。
「ガーベラクロイツ!」
「物に頼ってないで、自分でやったらどうだぁ!?」
「その減らず口ごと切り刻んであげます!」
煽り立てながら、群れる花びらを払って進むミラ。
嵐から逃げられていても、周囲を常に漂うものまでは避けきれないため、素肌には徐々に浅い傷が増え、巡りだした毒で血管が赤紫に変色し始めていた。
じわじわと動きが鈍るのをスキルで強引に捻じ伏せて、ミラは周囲に剣を突き刺しながらアルアに何度も特攻をかける。
時間をかけるほどミラが不利になっていく。
しかし今のままでは分厚い花びらの結界を抜くことは不可能だ。
それをミラも、アルアも感じている。
だから、まだアルアの精神には余裕があった。
「っ」
壁を蹴った瞬間、ミラの体勢が不自然に傾いて床へと落下した。
スキルでは誤魔化せないほど毒が回ってきたようで、みっともなく転がってから立ち上がった。
その周囲を、薔薇で作られた剣が取り囲んだ。
「終いのようですね、ミラ・サイファー。“雷霆”と言えど、相性を覆すには至らないようです。最後に言い残すことはありますか? スコラ・アイアンベイルに移る前に聞いておいてあげましょう」
アルアはその場から動かず、十字架型の槍を掲げたまま油断なくミラを見つめている。
思い通りの展開になったが、殺すまで油断はしないという意思表示のようだ。
窮鼠の一撃も許さないアルアの臆病とも取れる姿勢に、ミラは小さく笑う。
「なら、もっと余裕たっぷりに立ったらどうだ?」
「その首が落ちたら存分に」
「そうか。じゃあ試してみよう。私を殺すのが先か、お前が死ぬのが先かをな」
「え?」
ミラがパチンと指を鳴らした瞬間、乱雑に突き刺さっていた雷剣たちが共鳴するように激しく振動し始めた。
すぐに槍を振り下ろして薔薇の剣を突き刺そうとしたアルアだったが、突然体の内部が沸騰するのを感じて槍を落とした。
「いやぁぁぁあああ゛あ゛あ゛!!」
感じたことのない、体液がボコボコと煮立って内臓を揺らし、言葉に表せない灼熱の激痛は精神までも焼いていく。
固有ウェポンスキル《マイクロウェーブイグニッション》
体の芯がメルトダウンしそうなほどの強力な電磁波は、僅か十秒にも満たない時間でアルアを死の寸前にまで追いやった。
「不可視で不可避の攻撃から守れるほど万能じゃなかったようだな」
全身から煙を出して膝から崩れたアルアを見下ろしながら、ミラは勝ち誇ったように笑う。
自分がわりと満身創痍なことを棚上げしている姿を後ろで見ていたスコラが呆れ声をこぼす。
「辛勝ではありませんか。それにまだ力の使い方がなってませんし……これなら私がさっさと片付けたほうが見栄えが良かったのでは?」
「手柄を独り占めされるのは嫌いなのさ。以前よりも遥かに強くなったところは見せられただろう」
「……曲がりなりにも自国の元姫君ですよね?」
「それが?」
「……かなりキテると思っていましたが、まさか陛下に入れ込み過ぎて思考回路に執着詰まらせていらっしゃるとは」
「自国に敵対してる貴様が何言ってるんだ」
「明確に反抗しているだけ、暗躍して正義を騙るよりマシですわ」
睨み合う二人だったが、すぐに状況を思い出して視線を切る。
この場には二人の他に、腰抜けの男どもと瀕死の女がいるのだから。
もうイルムたちはまともに身動きが取れないだろう。ミラの攻撃の余波を受けて血が沸騰したようで、声もなく蹲って悶えていた。
こうも騒ぎを起こそうと躍起になっていたのに、結果がこれでは実にみっともない結末と言える。
「これで全員か?」
「あと一組残っていると聞いていますが、そちらはエステルドバロニアで処理するのでしょう」
「逃がすつもりか? 言伝を用意するまでもなく、向こうから仕掛けてきたんだから遠慮なく殺しに行けばいいと思うがな」
戦争にマナーもルールもないが、それでもそれらしい形式は存在する。
それは双方のためではなく、周辺国に向けた茶番ではあるが。
アーレンハイトはそれらを全て破っている。
カランドラの使者を騙り、王城内での暴走と、いくら受容しかねる魔物の国相手だとしても度が過ぎていた。
ミラとアルアの知るアーレンハイトとは掛け離れた手口に何者かの思惑を感じるが、それとこれとは話が別だし、擁護する理由もない。
ただ、
「アーレンハイトは、形振り構わないくらい本気ってことか」
◆
すでに処遇が決定している者を除き、イルムたち工作部隊とアルア・セレスタは玉座の間に並べられていた。
手足を拘束された状態で床に転がされている彼らは、人間にも使えることが証明された回復薬によって体は修復されているが、失った魔力や精神の負担は戻されていないため、殺害対象である魔物の王を前にしながら身動ぎ一つしない。
取り囲む団長たちの威圧もあるだろうが、性も根も尽きた彼らにはもう何もできないだろう。
「スコラ・アイアンベイル。ミラ・サイファー。ご苦労だったな」
「陛下への忠義を示したまでですわ」
「王国の背信はないと思ってもらえればいい」
(高火力範囲攻撃ぶっぱとレンチンかぁ……敵には回したくないな)
どちらもレベルがエステルドバロニアの主力に及ばないことと、今は協力的だからいいが、もし相応の強さになって敵対したらかなり厄介になりそうだ。
対抗策はいくらでもあるが、出来ることなら飼い殺しにしてしまいたいと思う。
「して、カロン様。これらはどうなさいましょうか。私の方で預かってもいいのですがね」
「首を送るほうが効果的ではないか? そんなに実験体ばかり集めてどうする」
「分かっておらんねルシュカ。我らは善良な魔物なのだから、こういうときでもなければ集められんだろう? それに、最初のはもう老体だから使い物にならなくなってきたしね」
「今調べる必要のあることってあるっけ?」
「もちろんだとも。今力を入れているのは、宝物庫の中にカロン様が護身のために身につけられるものがあるかどうかだよ」
「へぇ。ちなみにあったの?」
「うむ。まあ期待していてくれたまえ。なかなかのものになる予定だよ」
「カロン様が更に偉大になられるのか……うひっ」
ルシュカとアルバート、守善で盛り上がっている間、エレミヤとグラドラは興味深そうにアルアが使用していた十字槍を眺めている。
「なんか、変な感じだねー。地下伽藍に似た感じがするような、でも天空連環のアレとかにも近いようなー」
「実際そういう代物なんだろ。星の鉄から作って、そこに反魂の術を使ってんだからよ」
「星……」
しげしげと眺めていたエレミヤが悪い顔をしながらグラドラの手から槍を取ると、忍び足でゆっくりとアルバートの背中に接近していく。
そして大きく振り上げると、
「おじいちゃーん! へい、パス!!」
一応は貴重な証拠品を、あろうことか放り投げるエレミヤ。
突然声をかけられて振り返り、余裕たっぷりに手を掲げて受け取ろうとするアルバート。
ふわりと落ちてくるモノが何か気付いて慌てるルシュカ。
キャッチした瞬間、手の皮膚が焼けたアルバートが槍を手放す瞬間を見る守善。
支えを失った槍の刃がゆっくりと落ちていき、驚いているアルバートの額に深々と刺さる光景を嬉々として見つめる五郎兵衛。
一瞬で体力が大きく削られた上に、毒の追加効果もばっちり食らって崩れ落ちる【真祖】の姿に馬鹿笑いするエレミヤ。
「ああ……隕鉄だからか……」
かなりの衝撃的な光景に唖然としたカロンだったが、アルバートの体質を思えば当然かと納得する。
無敵のような真祖だが、とにかく宇宙関連の物質や魔術に一切の防御もパラメータによる減衰も出来ないので、こうも簡単に負傷してしまうと久しぶりに思い出した。
どうやらエレミヤは覚えていたらしく、普段の胡散臭さに対する仕返しのつもりだったらしい。
それにしては酷い事件になったが。
「おいおい、死ぬぞあれ」
「バカウケではないか。もっとやれでござる」
「誰か……抜いてくれんかね? 魔術耐性も無効化されて……というか、刺さってる刃が焼けるように熱いのであるが」
「うひゃひゃひゃひゃひゃっ! は、はぁーっはっはっはっは! あはぁ! おじいちゃんめっちゃ面白くなったんですけどー!」
「はいはいはい! カロン様がお目溢ししてくれていると言っても、そろそろ本題に戻るぞ!」
乱暴にアルバートに刺さった十字槍を引き抜いたルシュカが、聞き分けのない子供をまとめるように手を叩いた。
正直、目くじらを立てなきゃいけないほど切迫した状況でもないので放っておいてもよかったが、一応は重犯罪者の処遇を決めるための場である。
咳払いをして姿勢を正してから、カロンは予定していたことを口にした。
「アルア・セレスタはアーレンハイトに送り返す」
「陛下? 温情は必要ないと」
「監視の魔術を何重にも付与、隠蔽した状態でだ。五感全ての情報を奪える状態にしてアーレンハイト内部に入れる」
「……意趣返しですか」
「向こうもエステルドバロニアの情報を得たのだから、こちらも同じようなことをしても構わんだろう? その為に兵を犠牲にする気もない」
「いい研究材料になりそうですがね。おっと、血が」
「我らの知る勇者、英雄と乖離した存在ではないことは現状把握しているのだ。三下を調べたところでさしたる成果も上がらん」
「では、この男どもは?」
「それは好きにしろ。どうせ捨て駒だ」
決してアルアを見逃すわけではない。
これだけのことをして失敗に終わった者がどのような末路を辿るかは考えなくても分かることだ。
ミラの顔を立てて、一応はリフェリス王国からの客人として五体満足で帰すが、アーレンハイトにどの面を下げて戻るのか見物である。
責任をリフェリス王国に求めたとしても、まともな対応をするとは思えないし、吹けば飛ぶ藁の王国に手を割くのも馬鹿らしい。
「目的だった緊急時の対応の確認だが……この程度が相手では遊ぶ余裕が出てしまって良くなかったな。改めて、コードホルダー辺りを襲撃者役にして行うべきか」
「確かに、軍事塔から派兵するまでもなく終わりましたからね。緊張感に欠けたのはあるかと思います。その件は私に引き継がせていただければ」
「頼んだ」
「王様ー。残ってる人間ってどうしてるのー?」
自分も少し活躍したいと思ってエレミヤが尋ねると、カロンは興味関心を持つことなくコンソールウィンドウ越しに淡々と答える。
「地下だ」
「あー」
「先ほど【サタナエル】から連絡があった。今度は味のする食材を寄越せ、だそうだ」
立ち入ることのない地下伽藍だが、そこにいる存在を知っていればエレミヤのように遠い目をしても不思議ではない。
グラドラと五郎兵衛も、一番不運なルートを選んだ人間に同情してしまった。
「これで、我々の次なる目標が定められたな」
どこか楽しそうなカロンの声に、魔物たちも獰猛な笑みで応える。
隊列を整えて跪き、言葉を待つ団長たちを見ながら、カロンは立ち上がって鋭く宣言した。
「アーレンハイト聖王国との戦に備えよ。これまで我らの牙は人間に加減してきたが、此度はそんな気遣いの必要はない。存分に食い散らかし、いかに愚かであったかを魂にまで刻め」
深く頭を垂れる彼らから満ち溢れる闘争への渇望を肌で感じながら、カロンは大きく頷いて遠くを見つめた。
「あとは、あいつか」
それで、エステルドバロニア内での厄介事は片付くことになる。
ようやく次に進める。新しい行動ができる。
(戦争になる)
この世界に来たばかりの頃とは違う。
殺す覚悟ではない。
守る覚悟ができた。
故に、暗い紫黒の双眸には強い殺意が燃えていた。
「……」
隣に立つ副官の、気遣わしげな眼差しを知らぬまま。
このラノ2022の対象作品となっております。
9月23日〆切となっていますので、良ければ投票お願いいたします。