12 思想
エステルドバロニアに訪れたアーレンハイト聖王国の聖旗軍工作部隊。
彼らの目的はカロンの殺害と、魔物の駆除だ。
そのためにカランドラの使者と入れ替わって国に侵入し、謁見の場にて行動を開始した。
“神の雫”と呼ばれるアイテムと、それによって召喚される機械天使【ク・ダン・クル・ガラーダ】を使い、人間の世の平和を取り戻すために戦った。
だが、そもそもの疑問がある。
本気でエステルドバロニアを、この少数で制圧できると思って、この工作部隊は送られてきたのかだ。
まがりなりにも一つの国として機能しているエステルドバロニアを、有象無象の集いと断定して甘く見るのは作戦として杜撰が過ぎる。
確かにク・ダン・クル・ガラーダはこの世界の基準からすればかなり強い。街一つ滅ぼせるというのも大言壮語ではないだろう。
だとすると、そんな強大な天使を無限に召喚できるという強力なアイテムを、複数個持たせて遠征させれば奪われる危険性が当然伴うのに、アーレンハイトがそれを良しとしたのはなぜか。
もし、イルムたちに期待していないとするなら。
失っても問題ないアイテムを持たせて、エステルドバロニアの力を測ろうとしているなら、話の筋は通ると思えた。
「確かに、天使の力は中々のものですわね。街一つ分の無抵抗な人間を殺すには十分な力です」
ガコン、と鈍い射出音をたてて空になった黒銀の筒が落ちる。
数体の天使を巻き込んだ斬撃は勢いを落とさぬまま飛翔し、王城の壁に巨大な一文字の傷跡を刻んだ。
ウェポンスキル・銃剣《アストラルスカー》
【八式魔導断絶機】に再び筒を装填して大振りに振るえば、銃剣は彼女に応えるように斬撃を放出する。
本来の銃剣が備えている射撃機能を排除した代わりに、魔力を吸収し放出する機構を組み込まれたことで、接触した魔力をカートリッジに取り込むことで無効化し、ウェポンスキルの威力を数段引き上げて放出できる仕組みだ。
ロングソードと同じ長さでバスタードソードよりも重い剣を軽々と扱えるのは、“天禀”の名に恥じぬ膂力である。
それ以上に、鎧袖一触で天使が斬り捨てられる光景のほうが、遥かに最強の勇者に相応しい力だろう。
「その余裕、いつまで続くかな!?」
更に魔力を込めれば、神の雫は濁水のような魔力に反応して五体、七体、十体と一度に召喚する天使の数を増やしていく。
もはや通路にひしめき合う天使の群れがスコラ一人を狙うような状況だ。
荒れ狂う斧の嵐が周囲を巻き込みながら襲いかかる。
それでも、スコラはたおやかな笑みを浮かべたまま嵐の中に身を投じた。
刃の風がどれだけ殺到しても、小柄な淑女は舞踏会の主役のように華麗に舞い踊り、武闘会の主役のように一撃必殺の一閃を放つ。
天使の不協和音な合唱は増えるたびに減り、減るたびに増え、ドレス姿で踊るスコラを引き立てるだけにしかならず、一度も傷を負わせることができずにいた。
いくら無限に生み出せるといえど、いつまでも勇者一人に大量の天使をけしかけて成果がなければイルムたちにも焦りは生まれてくる。
神の雫を握る手の力は増し、注ぐ魔力の量も増える。
忌々しげにスコラを睨みつける彼らは、握りしめた石の光が淀んでいくことに気付きもしなかった。
ウェポンスキル・銃剣《スカーレットクロウ》
ウェポンスキル・銃剣《ティアバレット》
ウェポンスキル・銃剣《ベフライエン》
「天使といえど所詮は烏合の衆。力が強いだけの赤子が相手ではなかなか滾らないですわね」
三体をまとめて斬り捨ててから、飛び下がるようにして大斧の嵐から逃れるスコラは、耳障りな歌声に隠れて独りごちる。
彼女が虚勢をはって余裕なふりをしている、わけではない。
本当に余裕なのだ。
ク・ダン・クル・ガラーダは召喚時点でレベル52だが、レベルに応じたステータスを持っているだけで、成長に伴うスキル習得などが一つも行われていない。
それは大斧をただ振り回すだけの単調な攻撃にも表れている。
反応速度も遅い。判断の間違いが多い。防御の有無を選択できない。
もしこれがドグマ・ゼルディクトであったなら、有無を言わせぬ物量に飲まれて死んだだろう。
ヴァレイル・オーダーであったなら、魔法を詠唱する間を作れずズタズタにされていただろう。
イルムたちも、それを期待していただろう。
「んんふふふ! 天禀を甘く見過ぎですわ!」
天使に突き刺した銃剣の隕鉄を引きながら扇状に振るだけで、放たれた斬撃が襲うことしか考えていない天使たちの無防備な胴を両断した。
あんなのと同じに見られているなんて冒涜以外の何物でもない。
天然の勇者など所詮は代を重ねて劣化した出来損ないだ。対して自分は人造ではあれど偉大な騎士たちに劣らない。
私は本物の勇者だ。
他の誰よりも本物の勇者だ。
「だから……だからぁ!」
だから、姫の側に相応しい勇者は自分だけだ。
「この程度で! 躓くような女では! 認めてもらえませんから! だからもっと来てください! 私を聖炎で燃やし尽くすくらい! この五臓六腑を引き裂くくらい! こんなの、帝国の最前線にも及びませんわ!」
スコラの挑発は、ついにイルムの怒りを臨界に到達させた。
「スコラ・アイアンベイルゥゥゥ!!」
絶叫とともに石は強く輝き、ついに同時十四体の召喚を行なった。
スコラの視界を埋め尽くすク・ダン・クル・ガラーダは五十四体。
これまでに倒した数を含めると二百にも及ぶが、十四体増えたところでスコラにはなんの苦でもない。
ウェポンスキル・銃剣《エルドレーダー》
ウェポンスキル・銃剣《ドライブビボルダー》
近距離広範囲スキルが装填した魔力で強化されて放たれるたびに天使は断末魔の悲鳴を破砕音にかき消されて壊されていく。
目の前に広がる困難を越える姿に漂う煌めきは、紛うことなき勇者の姿だ。
瞳に灯り始めた黄金の輝きは、天使を殺すたびに増している。
まるでここからが本領発揮だとでも言いたげなその光に向かって、いい加減に死ねと願うイルムは尚も魔力を注ぎ込み、神の雫をひたすらに酷使しようとする。
「……なんだ?」
そこで、天使の召喚はぱたりと止んだ。
握る神の雫を見れば、それは初めて見たときの美しさを失い、まるでそこいらに転がる石ころのような鈍い灰色へと変化していた。
「ど、どういうことだ!」
それはイルムだけではなく、その部下たちも同様なようで、容赦なく天使を殺すスコラに立ち向かうためにと魔力を注いでも石は反応を示さない。
慌てふためくイルムたちを尻目に、スコラは優雅でのびのびとした殺戮を続けていき、いつしか残ったのは一体となっていた。
息を切らすことなく、横薙ぎに剣を振るってから踊るように剣を回したスコラは、膝をついたイルムたちに優しく笑いかけた。
「どうやら終わりのようですわね」
最後の天使が崩れ落ちるようにして、死骸の上に積もった。
床に散らばった部品の絨毯を踏みながらゆっくりと迫るスコラにイルムは神の雫を向けるが、輝きを失って暗く淀んだ石のように変貌した神の雫は、流し込まれた魔力に応えることはない。
たとえ死ぬとしても、最後まで信仰が側にあると感じていた彼らにとって、奇跡の喪失は想定外のものだ。
「馬鹿な……そんなはずは……」
召喚に使い過ぎたせいで魔力が枯渇寸前のイルムは、信じられないといったふうに神の雫を見る。
無尽蔵な魔力が内包されている至宝が枯れるなど、信じられなかった。
「無限の力が……天使を呼びつづけると、猊下は……」
「使い切ったのが、貴方たちが初めてというだけでは? もしくは、こうなるのを聖女様は見越していたとか。それとも贋作や失敗作を持たされました? なんにせよ、この結末はカロン陛下も、恐らくエレナ猊下も、予測済みですわ」
「なにを……」
「はぁ。格の違いを見定められない人間は、どうしてこうも同じようなリアクションなのか……。あのですね、貴方がたの作戦成功の如何に関わらず、敵地に貴重なアイテムを持ち出す許可を普通下すと思いますか?」
【八式魔導断絶機】の駆動部を、銃を点検するように可変させて手持ち無沙汰を紛らわせるスコラの言葉を、イルムの脳は処理できない。
「その信仰心で突っ走るところ、本当に聖王国らしいですわね。いえ、それは私も似たようなものですか……誰も彼もが神の遊びの延長線を生きている。今なお遊びは続いている。だからこそ、あの御方は……」
「くっ! 《ブライトアロー》!」
苦し紛れに放たれた光の矢は、断絶機によって軽々と弾かれる。
ク・ダン・クル・ガラーダの攻撃と比べれば砂粒のようなものだ。同等以上の攻撃でなければスコラに届くはずもない。
そして、そんな力は彼らに残されていない。
「大したアイテムもない。さして強くもない。おまけに何も知らないのでは、いよいよもって生かす価値が見当たらないですわね。諦めて首を差し出していただけます? それともザハナ様の加護でも求めてみますか? さすがの男神でも、ここまで使い道のない人間に手を差し伸べるとは思えませんが」
「ふ、っ……我らの正義を神は見ておられる。エレナ猊下は言った。我らは大いなる聖戦の尖兵として、この悪しき魔王の地を――」
「人の世界に取り戻す、なんて仰るつもりですか? この国のほうが、人間よりも遥かに穏やかな暮らしをしていますのに」
こんな話を続けても押し問答にしかならない。
命乞いをしない潔さは認めるが、無知蒙昧な台詞を並べ立てられるのは鬱陶しいものがある。
スコラにとって戦いこそが心の慰撫だ。
質の悪いものを量で誤魔化されて満足するような安い女ではない。命の限りを尽くしたメインディッシュでなければ、こんなデザートでは心も満たされない。
一軍を用意して勝てるかどうかという天使を殺し尽くしていながら、傷一つ付かずにいるのは常軌を逸している。
これが“天稟”。
この世界で最も強いとされる勇者の力は、神の眷属如きでは及ばぬほどに完成されていた。
「ただ、聖王国がどんな隠し玉を用意しているのか知れたことには感謝いたしますわね。ああ、自分の強さが嫌になってしまいます。せっかくお褒めいただける働きができたというのに、それがこんなにも簡単な内容では胸を張ることもできません。これなら勇者の一人くらい殺したかったですわ」
頬に手を添えて心底悲しそうに溜め息を零すスコラが剣を僅かに動かすだけで、工作部隊の隊員たちはビクビクと怯える。
主戦力を失ったイルムたちはまな板の上の鯉のように、体をくねらせて抵抗するしかできない。
あの筒を装填した状態で引き金を引けば、ふざけた威力の閃光が防御術式も容易く貫いて消し炭にするだろう。
それなのに、スコラはイルムたちに剣を振るうことをしなかった。
その剣の意識は廊下の向こう、イルムたちの後ろから近付くヒールの音に標的を定めていた。
ゆっくりと、幽鬼のように体を引き摺りながら、胸のロザリオを握りながら、女はスコラを目指してやってくる。
色とりどりの花が咲く白のドレス。金木犀色のシニョンを纏める菫と百合の花飾り。
泣きぼくろのある穏やかな顔には妄執が浮かんでおり、こうしている間も制御できない心の波に呪われているようだ。
スコラは、憐憫を込めて彼女を呼ぶ。
「随分とみっともなくなりましたわね。アルア・セレスタ」
「アルア……アルア・セレスタ! いいところに来た! 天稟が人間の敵となった! 奴を殺さねば世界は終わりになるぞ!」
二人の声が聞こえていないのか、アルアは俯いたままだ。
可憐な花を思わせる明るく穏やかな雰囲気は失われている。今の彼女は茨を広げた黒薔薇のようで、イルムには見えていないようだが、スコラには彼女が一歩踏み出すたびに小さな花びらが足元を漂っているのが見えた。
アルアはイルムたちを通り過ぎ、スコラの前で立ち止まる。
「スコラ・アイアンベイル。貴女は間違っている」
「……はあ」
「魔物は人とは交わらない。神々の時代から連綿と続く真理です。“天稟”の勇者が、それを分からないはずありませんよね?」
「私が人類のために戦ったことは一度もありませんので、そんな瑣末な問いを向けられても困りますわよ?」
「堕落したようですね。最強の勇者といえども、カロン陛下の呪いに侵されましたか」
「はあ……ちょっと、何を言っているのかよく分からないのですが」
「それは、勇者ではない。ただの咎人です。正当な力を継げなかった半端者ですが、偉大なる騎士の末裔として、“花冠”が引導を渡しましょう」
そう言って、アルアは首に下げていたロザリオの鎖を引き千切る。
「応えて、私の剣。【ガーベラクロイツ】!」
真紅の花弁が、アルアの足元から焔とともに舞い上がる。
彼女の瞳に紅い魔力が灯ると同時に、握られていたロザリオは巨大化し、錫杖のような十字槍へと姿を変えた。
隕鉄から造られた特殊な槍は、列島国カムヒの技術が用いられており、アルアの持つ力以上の魔力を放っていた。
勇者の魂を鋼に宿らせることで、選ばれた者が超人的な権能を扱えるようになるカムヒの秘伝。それを悪用した末に生まれた命の冒涜。
魔導鋼の十字から血のような紅が滴る。大気の魔力を濃縮して液体化させる権能の表れだが、まるで永劫の檻に囚われた苦痛の涙のようでもあった。
アルアを彩る花々は、色とりどりに鮮やかに、供花のように咲き乱れている。
それが、不吉なほどに紅いロザリオの槍を際立たせていた。
「魂魄鍛造術……なんでも、カムヒの精鋭は祖先の霊に魂の一部を借り受けて、それを武器に宿らせることができるそうですけど。聖王国の闇ですわね。死人に口なしですか?」
「……これは私の力。貴女にどう思われようと、非力な私が務めを果たすには必要なものよ」
アルアを飾っていた花が、全て深紅の薔薇へと変わる。
覚醒しても非力なアルアの能力を補うように、十字槍は強く明滅していた。
数少ない機械王国出身の勇者の中で、最も弱いとされているアルア・セレスタとは思えない気迫に食指が動きそうになるスコラだったが、構えを解いてアルアに背を向けた。
「逃げるのですか? 最強の勇者が聞いて呆れますね」
「勘違いなさらないでほしいですわ。この場は侵入者をただ殺すための場ではありません。これは恭順と実力を示すだけの催しなのですから」
青紫の髪を靡かせて笑うスコラの意味深長な言葉に眉を顰めるアルアだったが、新たな足音を聞いて理解した。
「つまり、そういうことだ。カロンは、我々勇者という存在を推し量るために一席設けてくれた、というわけだ。目新しい物があればそれだけ有益になれるぞ。だから、楽しく殺しあおうじゃないか」
青白い雷光を身に纏い、霧を抜けるように不可視の魔術から抜け出した女騎士は、掌に集めた雷を握り、剣を抜く動作をする。
激しい雷鳴を響かせながら、雷はロングソードを象っていく。
銀色の髪の合間から覗く氷の瞳は、刺すような殺意に満ちていた。
「アルア・セレスタ。王国騎士団の団長として、リフェリスに害を齎そうとする貴様を排除させてもらう」
「それはリフェリスの総意ではなく、貴女の独断でしょう? 魔物に与するというなら、貴女も堕落した人類の敵です。アーレンハイトの勇者として、リフェリス王家の末裔として、私は貴女も断罪します」
「覚醒する前から私は貴様に辛酸を舐めさせた記憶しかないぞ? 玩具をもらったくらいで随分と強気になれるものだ。いい歳なんだから、ごっこ遊びはそろそろ卒業したらどうだ?」
「ミラ。貴女の口の悪さは昔から反吐が出そうなほど嫌いでした。公爵の道具でしかないくせに他人には反抗的な貴女が、その運命を退けたことでますます傲慢に拍車がかかっている姿は見るに堪えません」
「アーレンハイトで随分揉まれたようだな。未亡人になってのけ者にされて鍛えられる間にいい性格になったか。そっちのほうが私は好きだぞ?」
アルアの怒りが薔薇の花びらとなって舞い上がる。
廊下を吹き抜ける深紅の花びらは、ミラの頬を掠めると小さな切り傷を作った。
睨み合う王国の勇者と、元王国の勇者。
それを壁に背を預けた姿勢で眺めながら、身動きの取れないイルムたちに睨みをきかせるスコラは、魔物の国で啀み合う人間たちに欲の業を見る。
「醜い世界を濃縮したような縮図ですわね。ああ恐ろしい」
他人事のように、わざとらしく口元を隠して呟くスコラが誰よりも欲望に忠実な生き方をしているのだが、それを突っ込める者はここにはいない。
◆
「醜いですな! 実に醜い! いやあ、最高に醜い争いですなぁ!」
上機嫌に笑うアルバートに険しい顔を向けるグラドラだったが、部屋の中央に浮かぶ球体の映像を見て、腕を組みながら尖った鼻を強く鳴らした。
「人様の国で身内争いってのは、ちょっとなぁ」
「ま、私たちも人のこと言えないときありますけどね!」
「場所を選ぶくらいの脳みそはあるだろ……ある、よな?」
「ルシュカひどーい。いくらなんでもそんな恥ずかしいことしないよー」
「エレミヤが言うと、あまり説得力ないよね」
「守善もひどい!」
イベントをただただ楽しく鑑賞するような、城が攻められている状況に不釣り合いな空気が玉座の間に流れている。
白銀の室内に集まった団長たちは、隠密特化のランク9悪魔種【マザーハーロット】が常時人間たちの様子を送っているが、城で起こっているのに介入する素振りはない。
それは命令がないからであり、カロンも命令する気はなかった。
玉座に腰掛けてコンソールを操作するカロンは、左右に立ってガンを飛ばし合うルシュカと梔子姫を無視して、冷めた目つきでマップから状況を確認している。
イルムたちが魔法陣で転移したとほぼ同じタイミングで、カロンはルシュカとミラを連れて玉座の間へと帰還していた。
エイラたちは街の高級宿に滞在させているが、やはりカロンの安全を考えるなら王城が最適であるとルシュカに進言され、なぜかスコラとやる気満々だったミラをついでに連れてきた。
大きな騒動になってはいないが、初めて敵が城に侵入してきたとあっては団長たちも心配らしく、こうしてカロンを護衛するために集まっている。
とはいえ、運良くこの玉座の間があるフロアに転送されなかったイルムたちが奮闘する姿は色々な理由で面白いと思うらしく、黙ったままのカロンをよそにやいのやいのと騒いでいた。
(運の悪い奴らは……可哀想になぁ)
四つに部隊を分けていた聖旗軍工作部隊だったが、一番初めに始末されたのはこのフロアに来てしまった者たちである。
彼らの末路に語るべきものはない。武勇もなければ非道もなく、ただ事故にあったように、見るも無惨な挽き肉に変えられてメイドたちの手で掃除されただけだ。
カロンが止める間もなく「さくっとしてくる」の言葉通り行われたさくっとした出来事は、カロンとしては思い出したくないものである。
(直に見ないで済んだのはいいけど……さて、と。南の大陸でエステルドバロニア侵攻に向けた大きな動きは見られないか。海岸線に兵を配備している様子もないし、いったい何のつもりなんだ?)
イルムたちが魔術国カランドラの使者を手に掛けたことはすでに知っている。
魔物を殺すのが目的というには、ずいぶんと無計画な行動だ。
(カランドラに、エステルドバロニアが使者を殺したと触れ回る? それで共闘を申し出る……? そこまで考えているようには見えんが……)
どう見ても場当たり的な行動で、大きな目標があるようには見えないのが非常に不安だ。
カロンに専門的な知識がないとしても、部下を使って戦争の火種を起こそうとするのに惰性で決定できるものではないし、あれほど忠実な様子の彼らが上の意向を無視して動くとも思えない。
ないない尽くしというのは、不気味なのだと初めて知った。
「周辺海域に船もいないのは……ううん……」
「カロン、悩むくらいなら殺せばいいじゃないか。そうすれば悩みの種は綺麗サッパリさ」
「バカ女狐め。それでは我々も奴らと同じ無能な戦争屋に成り果てるではないか。愚か者から同列以下に見られるようなみっともない真似をカロン様がなさるわけがないだろう」
「でも、大義名分はこっちにあるじゃないか。攻められても文句は言えないだろう?」
「だからこそだ。次の戦は間違いなくアーレンハイトとの全面戦争になる。そんな一大イベントをただの喧嘩で終わらせるのは勿体ないだろう? 周到に用意を進めて、万全な状態で、観客を招いて盛大に開催しなければなるまい」
「ふぅん……別に、カロンが困ってるなら面倒なことしないで終わらせちゃえばいいのに」
「これだから脳みそピンクは……」
ギラッと目を光らせてまたも睨み合う二人だが、カロンはやはり関知しない。
慣れとは怖いものである。
「カロン様。此度はこの星の神から干渉されていないのですかな?」
アルバートに尋ねられて、カロンは視線を上げる。
「天空連環からは頻繁に人間への介入を図る動きありと連絡が来ている。現在は捕まえた人間を用いて逆探知しながらこちらからの介入を……そうか、なるほど」
普通に答えていたが、問いかけの真意を察して小さく唸った。
「アーレンハイトの思惑ではなく、男神ザハナの思惑と」
「私の浅慮かもしれませんが、アーレンハイトを軸に考えるよりも筋が通るかと。ディルアーゼルよりも強く、屈折した信仰をする集団でしょうし、神の啓示だけを信じて動いてもおかしくはないと思いましてな。ザハナとかいう神が人間に奇跡を与えることで、弱者と油断していた我々が手を焼くモノに変異させる計画、と考えるのも一つの道かと」
少し幻想的な推測だが、それが起こりうる世界だ。
誰かの策と考えると、それが一番しっくりきてしまうのが不思議である。
つまりは、アーレンハイトの聖女は男神と意思を交わせることになる。
「……思ってるより、手間取りそうだよね。その神がどれだけ強いかにもよるけど」
「問題あるまい。こそこそ隠れて嫌がらせするしか能がない奴だ。どうせ出てこない」
「なのかなぁ」
「なんにせよ、表立って相手になるのは人間だ。その力量は計らせてもらうとしよう」
そう言って、ルシュカたちの視線は球体へと向けられた。
今まさにぶつかり合おうとするミラとアルア。
それを見ていたカロンだったが、また視線をコンソールに移して細かい作業を続けた。
(かっこいいな)
ほんの少し湧いた、男心からくる力への羨望を忘れるように。
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