9 宣告
エステルドバロニアに訪れたサルタンの商人一行は、大きな壁にぶち当たっていた。
商売が一番盛んに行われている商業通りにあるお洒落な喫茶店の店先で、商人の男が項垂れている。
店に横付けした馬車を気にしつつ、妻が励ましている様子を見ながら、ジルカは紗々羅へと苦笑交じりに話しかけた。
「高いねぇ、物」
紗々羅は適当に頷きながら、先程までのことを思い出す。
リコットとオーグノルの二人と分かれてから、まず向かったのはサルタン大使館だった。
どこか陰気で人の気配がないリフェリス大使館の側に建てられたサルタン大使館は、港町で見慣れた石積みの大きな建物で、リフェリスの方とは対照的に慌ただしさがあった。
中に入ると、名だたる商家の人間やサルタンの外務官などが新築の匂いがする建物の中を走り回っており、雰囲気通りの慌ただしさで戸惑う一行。
そこに通りかかった外務官が商人に気付いて話しかけ、ジルカを気にすることなくそのまま換金の案内をしてくれた。
簡単に結果だけ言えば、商人の用意していた金貨の量が半分以下になった上に、予想よりも物価が高くて容易に手出しができないので、彼は頭を悩ませることになったのだ。
「すみません。夫に付き合わせてしまって……」
「気にしなさんな。好きに行動してるだけだ」
申し訳無さそうに頭を下げる商人の妻に、紗々羅は牙を見せて笑いかける。
とはいえ、かれこれ一時間はこうしているので、そろそろ動き出してほしいとは内心で考えていた。
グラスを空にしてもう四周目に入っており、さすがの店主である【オールドドリアード】の老人も心配そうにしだした。
「そういや、あんたの仲間は金どうしてんだ?」
「あー、まあ大丈夫だと思うよ。それくらいの常識はあるはずだから」
「ならいいけどよ」
「ただ、こうも色々高いと気軽に買い物なんてできないけどね」
「まあな」
道すがらで様々な店を流し見していたが、無言を貫いていたフォルファですら驚きに声を漏らしていた。
エステルドバロニアで野菜を一つ買うくらいなら、サルタンで袋詰めの物を買った方がマシなくらい高価では当然の反応だろう。
ジルカは優雅に、美しい金色の獅子人らしい仕草で腕を組み、「けど」と言葉を繋げた。
「武器は一つくらい買っておきたいね。あんなに質の良いエンチャント品は他じゃなかなかお目にかかれない逸品だ。それがあんなに沢山あるなんて、僕みたいな冒険者にはたまらないよ」
商業通りに点在する武器屋の店先で見た剣や斧、槍の数々は、ジルカたちの目からは金額相応の価値があった。
ありふれた鉄製の安物剣でも、良質な魔術付与が施されていれば途端に価値が跳ね上がる世界で、そんな物を大量に買い揃えられるというのはかなり魅力的である。
「この国じゃ、それが十把一絡げの投げ売り品なのは問題だけどな」
「そうなんだよねぇ……国宝みたいなのが普通に飾ってあったら怖いから、店の中に入りたくなかったよ」
冗談めかして笑うジルカに、フォルファは激しく首を縦に振って強く同意を示した。
拳銃が流通する世界に、突然核弾頭を一般販売する国が現れたら、どれだけ友好的でも危険視するものだ。
ジルカに与えられた仕事はエステルドバロニアを探ることだが、流石に核弾頭が売ってるかどうかまで調べるのは荷が重すぎると、その時ばかりは役目を放棄した。
「転売すりゃ金にはなるだろうよ」
「稼いでも護衛を雇う分で消えるんじゃないかな。あんなのを大々的に売り始めたら色んな所から目を付けられると思うけどなー。そうまでして大金持ちになる気概があるなら止めないけど」
含み笑いをしながら放たれたジルカの言葉に、商人は更に深く項垂れてしまった。
見たことのない珍妙な食材を高い金額で買うよりも手早く確実に稼げるだろうが、ジルカが言うとおり商人に命の危険を冒してまで勝負する気概はないのだ。
となれば、やはりこの国の特産品をいち早く扱って利益を出す方向性が無難か。
もしくはもっと便利で、この国でしか作られないようなものがあれば、あるいは。
「……大手の商会なら武具とかで稼ぐだろうさ。誰が見たって目玉だからな」
「そう、ですね。身の丈にあった商売をしようと思います……」
ようやく諦めがついた商人が力なく笑う顔を見て、「あんた、あんまり向いてないな」と紗々羅が言うと、商人はテーブルに頭を打ち付ける勢いで落ち込むのだった。
目的も決まったからと、一行は改めて買い付けをするために街の探索に向かった。
エステルドバロニアを四つに区切る大通りを歩いていれば必要なものは全て揃う、とぎくしゃくしながらも住民に教えてもらい、商人は正門通りから見ることに決める。
一度内郭まで移動してから、巨大な壁に沿うように反時計回りに正門通りへと移り、彼らはまた感嘆に息を漏らした。
国の玄関口として正門通りを彩る道沿いの店は高級感のある佇まいをしており、いかに国が裕福であるかを示しているようだ。
物珍しさにきょろきょろしながら先を進む商人の馬車を追いながら、獣人たちは警戒を保ちながら護衛に専念する。
「ところで、サザラはこの国で何をしたいの?」
「カムヒよりいい暮らしが出来りゃなんでもいいなぁ。そういうあんたはどうなんだい? 大事な何かがあるんだろう?」
「そう見えるかい?」
「ああ。その梟を見てりゃあな」
紗々羅が鼻先の尖った顎をしゃくった方向に、どんよりとした雰囲気を漂わせながらジルカを睨むフォルファが見える。
いつまで遊んでいるのかと言いたげだが、ジルカはすぐに視線を外して肩を竦めてみせる。
「まあ、僕じゃなくて父さんの使ってる冒険者だから」
「なんだ? おつかいの見守りを用意してもらわんといかんのか?」
「そんなとこかな。これでもお金持ちなんだ」
挑発に乗らず飄々と流すジルカは、紗々羅の目から違和感ばかり覚えてしまう。
この美しい黄金の獅子が何者なのかはとうに知っている。甘やかされてきただけならそのうちボロを出すだろうと思っていた。
だが、そんなあからさまな振る舞いは、意外にも冷静そうに見えていた護衛のフォルファがしている。
紗々羅は正直、このヴァーミリアから来た獣人たちの誰に対しても理解を深められなかった。
明確な目的も見えなければ行動の理由も分からない。ある意味、恵まれた環境で絶対の忠誠を捧げて生きてきたから分からないのだろうかと本気で悩む。
ただ、国に利を生まなそうなのは見繕っていたが。
「あれ……? カランドラの魔導兵団だ」
商人が、外郭の方から人波を割って歩く人間たちを見て自然と言葉にした。
そこで紗々羅の思考も途切れる。
エステルドバロニアの兵士に案内されながら歩いてくる灰色のフードを被った怪しい集団の姿は、商人たちよりも人目を集めていた。
いつ見ても気味が悪い集団だと思って、関わらないように別の道に向かおうとした商人だったが、彼の意思に反して、ジルカは何を思ったのか真っ直ぐカランドラの方へと歩いていってしまった。
「あ、ジルカさん!」
慌てて止めようとするが既に遅く、フォルファが連れ戻そうとするよりも先にジルカが声を上げた。
「やあ! 久しぶりだね!」
親し気な言葉に、魔導兵団の足が止まった。
近づいてくるジルカを見て、先頭に立つ男がぼそりと呟く。
「……どちら様、かな?」
「やだなぁ。この間ヴァーミリアで会ったばかりじゃないか。まさか本当に忘れてるのかい?」
フードの下で訝しむ男に、ジルカは矢継ぎ早に問いかけていく。
「イークラール殿ともあろう御方が私を忘れてしまうなんて……もしかして、何かご病気にでも罹ったとか?」
名を呼ばれて、男は唇に小さな笑みを作った。
「……いやいや、思い出したよ。すまないね、最近忙しいものだから」
「ああ、まあそうか。こんな国が突然現れたとなれば誰だって忙しいか。私も似たようなものだし」
薄く愛想笑いを浮かべるイークラールに、ジルカは美しい黄金のような笑みを浮かべた。
「では、急ぐので」
「あっ、ごめんごめん! 久しぶりに会えたからつい嬉しくてね。うん、じゃあまた」
他愛のない話だけをして、魔導兵団は再び城へと向かっていく。
その背中を見送っていたジルカだったが、横から伸びてきた羽毛の手に掴まれて苦笑を漏らす。
見れば、目を充血させて怒りと焦りに震えるフォルファの姿があった。
「卿は何を考えている! レスティアに来てから好き放題にしすぎではないか! 我々がどんな目的でこの国に訪れているのか忘れたわけではあるまい!」
「大きい声出さないでよフォルファ。前も言ったけど、僕には僕の目的があるんだ。君は君の仕事を全うすればいいだけで、僕に役目を果たさせようとするのは別だろう?」
「何を……何を馬鹿なことを言っている! 卿が大役を仰せつかっているのは温情でしかないと分かっていて、それでもそんな世迷い事を吐くのか!」
フォルファの力が強くなっていき、金毛で隠された非力な腕に走る痛みでジルカの顔が僅かに引き攣る。
「卿は……卿は……!」
「そこまでにしときな」
自分でも止まらなくなりだしていると察して、紗々羅の太い巨体が二人の間に割って入った。
部外者が、と叫びそうになったフォルファだったが、憐れむような紗々羅の視線に冷静さを取り戻し、カチカチと嘴を鳴らして乱暴にジルカの腕を離した。
「……すまない。暫く、別で行動させていただく。夜には戻るゆえ」
「分かったよ」
何もなかった。
そんなジルカの態度に、フォルファは強く拳を握りしめてその場を離れていった。
乱れた長い鬣を手櫛で直していたジルカは、これまでで一番訝しんだ顔をする紗々羅にニコリと笑いかけた。
「何も聞かないのかい?」
「……はっ、意味不明な行動の理由は聞いておきたいもんだな」
「へぇ、そっちなんだ。まあ、いいけどさ」
ジルカは商人たちと距離があることを確認してから、笑顔を崩さないまま剣呑な口調で語りだす。
「あれはカランドラの魔導兵団じゃないね」
「確証あるのか?」
「ふふ。僕のことを知ってるわけがないんだよ。親しげに話しかけられたから適当に合わせたんだろうけど、それは大きな間違いだね」
「あんたは知ってんのかい?」
「うん。カランドラはヴァーミリアとそれなりに交流があったからね。ウーンネーラ・ツェルノアの三男だったかな? 詳しくは覚えてないけれど、一方的に顔は知っているよ」
「てことはなにか? 違うと思って接触したのか、あんた」
「まあね。カランドラは良くも悪くも歴史や伝統を大事にするから、新興国に勅使を送ったりはしないはずなんだ。イークラール本人だったら、神都に行ってエステルドバロニアを探ろうとするぐらいしかしないと思うよ。ウーンネーラ翁だと、何するか分からないこともあるんだけど」
つまり、イークラールを名乗る男は偽物だと自分で確認したということだろう。
だが、それにしてはおかしな点が多い。
偽物だと分かっていたとしても、ジルカが魔術国に堂々と近づく意味がないはずだ。
加えて会話の内容は上辺だけのもので、魔術国の行動の意図を探ろうとする素振りもなかった。
「何が目的だ」
考えても無駄だと、紗々羅は隣に立つジルカに直球勝負を挑む。
ジルカは、それを有耶無耶にせず正面から受けて立った。
「少し恩を売っておこうと思ってね」
「エステルドバロニアにか?」
「それはそうだけど、それよりももっと重要な相手さ」
紗々羅が問い返そうとするよりも早く、ジルカは紗々羅の顔を見上げて、初めて愛想を崩した顔を向ける。
貪欲な獣のようであり、臆病な負け犬のような、仄暗い光の灯る金の瞳だった。
「君にだよ、サザラ」
縋りつくような金の瞳から投げられたその直球を、紗々羅は尖った鼻を鳴らすだけで、受け取ろうとはしなかった。
◆
エステルドバロニアの王城へと招かれたカランドラの魔導兵団――を装った集団は、全てがミスリルで作られた城の姿や、美しく荘厳な内装に触れることなく、ただ黙々と先導する魔物の後に付いていた。
彼らの目に、この国の発展は一つも映っていない。全ては悪しき存在が生み出した劣悪な文化であると一顧だにしない。
彼らにとって、このエステルドバロニアは悪魔の捏ねた泥の作品でしかなかった。
言葉数少なく、何を考えているか分からない集団の奇怪な視線を感じながら、彼らの案内を命じられている兵士も無言で職務を全うする。
静かな城内の廊下に敷かれたレッドカーペットを踏みながら向かうのは、十八階に存在する謁見の間だ。
エステルドバロニアの王と会うのに深く深く城の奥へと案内されていくが、彼らの顔色に変化はない。
チラリと後ろを振り返って確認した兵士は、その表情が死地に向かう特攻兵に似ているように思えた。
「……あ」
静寂の中に足音だけが響いていたが、ふと聞こえた微かな声に自然と足が止まる。
全員の視線の先には、美しい花で彩られながらやつれている“花冠”の勇者が、驚いた様子で横の廊下で立ち止まっていた。
魔導兵団だと気付いた勇者アルア・セレスタは、慌てて身だしなみを整えてから先頭に立つイークラールに向けて深く頭を下げる。
それはおかしなことではない。魔術国の王の息子に対して、アーレンハイトの貴族が礼をするのは真っ当な振る舞いだ。
だが、それを見て灰のローブたちはくつくつと喉を鳴らし始め、ついには声を上げて笑い出した。
驚くアルア。案内役の兵士も異常な光景に目を見開いている。
一通り笑ったところで、イークラールが手を上げると声はピタリと止んだ。
その様子に、アルアは本能的に彼らが魔導兵団ではないと察する。
この整然とした雰囲気、気味の悪い統率、そして信仰に曇った狂信の眼差し。
ゆっくりと近づいてきたイークラールが、怯えるアルアの耳に顔を寄せて、本来の声でそっと囁く。
「聖女様は、悪を滅することを望まれた」
「っ……!」
「儀式は近いうちに完成を迎える。その時が偉大なるアルマの威光を世に知らしめる時である。哀れな勇者よ、過たず剣を振るい給え……エレナ様からの言伝である」
蒼白になったアルアの目に、離れていくイークラールの顔にノイズが走り、その裏に潜められたエレナの懐刀を見た。
魔導兵団は再びひと塊となって兵士の案内で城の奥へと進んでいく。
取り残されたアルアは、動揺を押し隠そうとして胸を押さえるが、どうしようもない震えに立っていることもままならず壁に寄り掛かる。
何がそんなに恐ろしいのか。
自分の知らないところで何が行われているのか、分からないから恐ろしいのだ。
セレスタ家に嫁いだといっても所詮は余所者のアルアは、ただエレナに気に入られているだけで何も知らない。
王家の姫として、ただ夫に尽くすよう育てられてきた彼女は、夫がいなければその価値がないと同義である。
エレナの目に留まっているのは幸運だった。いかにカムヒより強力な武器を得ていたとしても、勇者の力に目覚めていても、アルアはアーレンハイトに歓迎されていなかったから。
だが。
彼女はどれだけエレナと時間を共にしていても、その裏で蠢く巨大な計画が存在していることしか知らされてこなかった。
どのような計画で、いつ行われるのか。何も知らない。
結局、アルアは王国から出ても蝶よ花よと愛でられるだけなのだ。それが、あの嘲笑だった。
「は……は……」
今回エレナから依頼をされた時、可愛い妹分のお願いを聞いてあげると同時に、自分の地位を回復する機会を得たと思っていた。
しかし、そうではなかったらしい。
エレナは初めからアルアを使い捨てるつもりだったのだ。
エステルドバロニア王に対する衝動のような感情の整理も付かぬうちに告げられた自害の宣告は、この上なくアルアの心を壊していく。
頭を抱えて声を押し殺し、溢れる涙と共にこれまでの安穏を捨て去っていく。
次に立ち上がった時、アルアを飾る鮮やかだった花は全てが紅い彼岸の花に変わり、握りしめていた胸のロザリオを引き千切って何処かに去っていった。
「……救いましょう」
そう呟いた言葉だけが白銀の廊下を木霊した。
「――さて、どうするのですか?」
テーブルの上に置かれた装置に映し出されるアルア・セレスタを見ながら、彼岸の紅より尚赤いドレスを揺らしながらスコラ・アイアンベイルはルシュカとミラ・サイファーに問う。
ある意味で正しきを選んだアルアの様子は一種の踏み絵のようなもので、何か尻尾を出さないだろうかと期待して空いていた客室に場を整えたルシュカだったが、ケロッとした様子のスコラに不満げな顔を向ける。
「ふふふ。そんなお顔をなさっても、私はカロン陛下の物ですわ? なんて、冗談は置いておきまして……あれ、貰っても構いませんか?」
指を差すのは映像の中で消えたアルアの背中。
ルシュカはまだ憮然としていたが、上機嫌なスコラの言葉の真意を確かめようと睨みつける。
「飼うのか? なかなか面白そうだが、やるなら他所でやってくれ。明らかな害虫を国内に飼う気はない」
「まさかそのようなことは。ここらで私の忠誠をはっきり示したいと思っているのです。そう、害虫駆除程度の仕事でも、陛下はお褒めくださるでしょう?」
スコラにとってアルア如きはどうでもいいものだ。それを処理するだけでエステルドバロニアに認められるなら喜んでやってみせる。
ルシュカとしても、同族同士で争ってくれるのは実に面白いし、この世界の最強と謳われる勇者の実力を測るにも丁度いい。
残るミラも、アルアに関心は示さず、それよりも魔導兵団を名乗る者たちを気にしていた。
「カロン曰く、あれはカランドラの使者じゃないらしいな」
「そう聞いている」
「それに、エステルドバロニアに辿り着くまでの間、誰にも発見されていないとか」
「うむ。さすがカロン様だ。我々が看破できぬことを容易に見抜いてしまわれるのだから」
「ええ、ええ。本当に陛下は素晴らしい御方ですわ」
「いや、そうじゃなくて……なんでそんなに暢気にしていられるんだ。この国でカロンだけが看破できるってことは、相手がその気なら私たちの前から姿を消して陰から刺すことも可能ってことだろ」
「あら、ミラ様は怖いのですか?」
「あのなぁ……」
話が噛み合わないとミラは額を押さえる。
「相手の手札が判明していないのに、城に招いたりしていいのかという話だ」
「ああ、それなら想像は付きますわ」
「……なに?」
「大方、アルマ正教の聖遺物でしょうね。もしくはアルマが人間に賜ったモノか。そうじゃなければ説明がつきませんもの。勇者でもない人間が、勇者よりも人知の外にある技を使えるなんて」
スコラは常識だと言わんばかりの口振りで話すが、ミラからすれば眉唾ものだった。
神の介入を世界が認知しているのは人魔戦争で遣わされた勇者たちが最後だ。
それが今も行われているとは、些か受け入れがたいものがある。
ルシュカは、スコラの言葉に疑問も持たず同意を示した。
「神も所詮魔物と変わらん。神という仰々しい種族名が付いているだけで、別段珍しいものではない。我々にとっては実に身近なものだからな。あれはとにかく善意という名の迷惑を押し付けてくる。奴らの持つアイテムもその類だろう」
「……」
「では、ルシュカ様は既に対策を講じておられるのですか?」
「無論だとも。神だの皇だのと幾千も戦い、勝利してきた我々が、異界の神風情に後れなど取るわけがない。今ハルドロギアたちに宝物庫内の捜索が指示されている。今日中にも用意は済むだろう」
「話の速さに付いていけないのは、私が馬鹿だからか……?」
ミラがそう思ってしまうのも無理はない。
神の力を前提として話が進められているのだから、そこを理解できなければルシュカとスコラの会話に加わるなど難しいだろう。
ただ、自分が何をすべきかは明確に理解できていた。
「ミラ・サイファー。貴様にできるか?」
主語のないルシュカの問いかけに、ミラは僅かな沈黙の後に寂しげな声色で呟く。
「やるさ。それが私の業で、リフェリスの業である以上は、やらねばならん」
「……そうか。せいぜい励めばいい。明日には全てが動き、終わるだろう。その時が、エステルドバロニアによる世界征服の狼煙を上げる合図となる」
ルシュカは、空色の髪を靡かせて退室した。
残された二人は、両極端な気分でその時を待つ。
二人にとっての踏み絵は、まだ終わっていないのだ。