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エステルドバロニア  作者: 百黒
4章 港の国
56/93

6 策謀

遅くなりました。

.




 二人だけの対談に余人は挟まない、とアルドウィンは言っていた。

 目的はエステルドバロニアが滞在する三日間ギリギリまでに返答を遅らせて、要求内容を緩和し、可能な限り否定派の数を増やすことにある。

 ゆえに、アルドウィンはただただ友好のためと言いながら他愛のない話ばかりに時間を費やして拘束するつもりだ。

 白い壁の美しい応接室に移動し、アルドウィンが語り始めたのはこれからのことではなく、王国の歴史であった。


「――によって、我が国は戦乱の世を終えてこの大陸を統一したのだ」

「なるほど。そのような歴史がおありなのか。して、それからどのように敗戦した国を纏めたのかはご存知で?」

「う、む……初代リフェリス国王アングラル・リフェリは新たな貴族制度を作り、敵であった国の王族を厚遇したのだ」

「なるほど。実に聡明な王だったのだな」


 しかし、どういうことか。

 エステルドバロニアの王は深く関心を示し、むしろ促してくるではないか。

 建設的な話とはとても言いがたいのに、興味深いと真剣な顔で相槌を打ちながら前のめりでアルドウィンの話を聞いている。

 これにはアルドウィンの方が内心困惑していた。カロンの目的が全く見えないのだ。得るものなどないはずの時間をどうして楽しそうに付き合っているのか、その裏を探ろうと老いた目が若い彼の表情を探るも、本当に楽しげに瞳を輝かせていることしか分からない。

 自分からカロンに問いかける事もできず、アルドウィンはこの策の成否を判断できぬまま時間が過ぎていく。

 対してカロンはと言うと、アルドウィンの話を心底面白いと思って聞いていた。

 交渉は今日だけで終わると思っていないし、明日以降にでも話し合えればいいや程度にしか考えていない。

 確かに土地の確保は最優先だ。交易についても話を進めたいが、友好的に接することを前提として動いているのに加えて国家元首同士の関わり方が何一つ分からない自分が、高尚な駆け引きを繰り広げるのは不可能だと自覚していた。

 カロン自身も素直にアルドウィンと交友を深めたいと思っていたので、この提案は渡りに船だったのである。


「初代国王は苛烈な人物だったようだが、それだけで王だった者たちは納得すまい。やはり力を翳していたのか?」

「初代国王の時代では結局纏まらなかった。結局は貴族位が飾りでしかなく、実権は何もかもリフェリスで掌握していたのでな。だが、二代目の国王であるアンズラル・リフェリが――」


 さらに言えば、カロンの知りたかった王を詳しく知る人物でもあるのだ。これはどれだけ時間を使ってでも教えてほしいのであった。


 困惑するアルドウィンと乗り気のカロン。

 この二人の奇妙な様子を窺い知ることは誰にもできない。

 魔術師によって盗聴盗視を阻害する魔術障壁が張られており、厳重な警備体制が敷かれている。

 その要となる応接間の入り口を守るのはミラと、猫耳狐尾の獣人であった。


「ふんふふふーん、ふんふんふふん」


 暇を誤魔化すために指で軍帽をクルクル回しながら鼻歌を歌うエレミヤは、右脇の壁に背を預けながら手元だけを見ている。

 左に立つミラはその様子を見ながら、いつ終わるかわからない会談の警護を真面目に行いながらも、エレミヤを推し量っていた。

 普段の軽快な格好とは違う、パンツタイプの軍服はカロンに近いデザインだ。戦闘用の装備は別に持っているが、正装として王と同じ服を着られたことが相当嬉しいようで、尻尾も耳も忙しなく動いている。


「ねー」


 エレミヤのつま先に視線を落としていたミラが、声に反応してすぐに顔を上げた。エレミヤは軍帽を見つめたまま、ミラに目を向けようとはしない。


「この後ってご飯出るのー?」

「ああ、宰相よりそう伺っている」

「ふーん。美味しいもの出るかなぁ」

「多分な」

「アタシたちのお城で食べるものより美味しい?」

「……さあ、どうだろうな」

「ふーん」


 聞きたいことは聞いたと、またエレミヤは鼻歌に興じた。

 敵意は感じられないが隔意はあるようで、親しさはなくとも気安さはある。グラドラのような歯ごたえのある獲物を見定める雰囲気とも、梔子姫のように目障りな害虫を駆除したがる嫌悪とも違う。魔物は総じて人間を憎んでいるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 ミラもまた魔物にざわつく心はどこかにあるが、以前のような身を焦がす衝動とは程遠く、冷静に接することができている。

 真の勇者へと至ったからなのか、それともカロンのおかげなのか。一つ言えるのは、「やられたらやりかえす」ことにだけは躊躇わないと言い切れる点であった。


「ねえねえ」

「……今度はなんだ」

「勇者って他にいないのー?」


 ミラは少し考える。

 そして、別にいいかと判断する。


「この国に常駐しているのは今は私だけだ。アルドウィン王の血縁に居るが、どちらも他国へと嫁いでいる」

「へー、帰ってこないの?」

「来ないだろうな。“花冠”アルア・セレスタは聖王国、“灼炎”レムリアはカムヒに行かれた。貴様らのせいで何処にも文を出せん以上、どうにかして気付いてもらうしかない」

「むー。アタシたち悪いことしてないんだけどー」

「今はな」


 その考えは魔物であることと関わりはない。カロンへの信頼もまた別である。それが国同士の関係性だとミラは知っているからだ。

 ニコニコと笑顔を振り撒きながら、手を取りあう袖の影で懐刀を突きつけ合っている。だから平和な手段で大陸を纏められた国はこの世界に一つたりとも存在していないのだから。

 強いて言うならサルタンが最も平和に国家を築いているのかもしれない。そこに至るまでの迫害の歴史に目をつぶれば、だが。


「じゃあじゃあ、他にどんな勇者がいるの?」

「……貴様、情報収集のつもりか? ずいぶんと下手くそな話の切り出し方だな」

「え? なにが?」


 無表情のままミラは言葉を失う。魔物とはこうも頭の中に何も入っていないのかと。

 すぐにこの狐猫が特殊なだけだと切り替えて、また考えてから口にすることに決めた。

 名前を知ったからどうにかできるものではないのが勇者だ。それだけ隔絶した特殊な力を持っているからこそ勇者だ。そうでなければ、人間はとうの昔に滅びているだろう。


「これに言っても覚えていそうにないが……」

「今なんか良くないこと言わなかった?」

「気のせいだ。しかし、そうだな……私もさして詳しいわけじゃない。勇者なんぞごまんといるのだ。その中で突出しているのは数えるほどだが」

「ふーん……あの世界と似たようなものかな。それでそれで?」

「帝国が一番勇者が多い。有名なのは“煉獄”、“魔獄”、“天獄”の三獄将だ」

「ダサい名前ー」

「…………聖王国にはさっきも言った“花冠”アルア・セレスタ。それと“龍砲”フリード。魔術国には“瀑布”イーサン・ダンハートと“隷剣”エドガー・ブロイツ。カムヒは……“灼炎”レムリア、“破軍”オウカ・トクザ、“六斧”ジューザ・ショーブ、“相克”ゲンリューサイ、“桜灰”ヘルナス・ショーリ、あとは――」

「覚えきれないよー。あとカムヒ多くないー?」

「仕方ないだろ。私はカムヒとの交易に携わることが数度あったから伝え聞いているだけだ。そもそも他国に切り札を晒す真似をするわけがないだろう」

「んー、まあ、そうかも? けど、そっかぁ。そんなにいるんだね」

「それだけ、偉大な勇者様が子作りに励んだってことだ」

「ふーん……」


 あれだけ喋ったのに、エレミヤの反応は芳しくない。腑に落ちないと言うか、釈然としないと言うか、何かが引っかかっているような素振りだったが、エレミヤはふるふると首を振って何か言おうとして――


 コンコン、と。部屋の中からノックの音が聞こえて会話が途切れた。

 ミラとエレミヤはすぐに扉のノブに手をかけて左右にゆっくり開ければ、中から両国の王が並んで出てくる。


「では、アルドウィン王。また後ほど」


 カロンは機嫌が良さそうで、アルドウィンににこやかな様子で挨拶をしてからエレミヤを連れて場を離れた。

 残されたミラはアルドウィンの顔を窺い、


「……分からぬ」


 そう呟く姿に、一体部屋の中で何が行われていたのか問いたくなったが言葉を飲み込むのだった。






 憤慨した様子で、ラグロッドは城の中を大股で歩いていた。

 怒らせた肩で風を切りながら、大きく腕を振る姿を見てすれ違った城の人間がぎょっとしてるのも気にせず、荒々しい足音を立てて階段を下っていく。


(魔物の飼い主風情に、このわしが馬鹿にされるなど……!)


 玉座の間でかかされた恥を忘れることができるわけがない。新興勢力の、それも排除すべき魔物の国が対等以上に接してくるなど、受け入れられようはずもない。

 ラグロッドは妹がアルドウィンに嫁ぐ以前は騎士団に属していた。武の才覚は振るわなかったが、その分内務では人並み以上に重宝されていた。

 その頃は魔物による被害が後を絶たず、多くの騎士たちが命を落とした。中にはラグロッドの親友も含まれており、報を受けた時は泣きながら書類の処理をした。

 憎い。憎くて仕方がない。あの化け物どもが大手を振って城に土足で踏み入るなど許せるはずもない。恭順を示すなど以ての外だ。

 だから、この日のために着々と準備を進めていた。誰にも知られぬように、同じ憎悪を抱く者たちと共に。

 曲がり角に差し掛かった時に、周囲に人の目がないことを確認してから懐に忍ばせていた小さな箱を握りしめる。すると、魔力に反応した箱は銀色に輝き、ラグロッドの体を包み込んで周囲からその姿を覆い隠した。

 ヴァレイルの残した遺産の一つであり、微弱な魔力で効果を発揮するこの小箱は魔力探知に反応しづらい仕組みになっており、その発動を確認できた者はいない。

 ラグロッドは音を立てぬよう静かに歩き、一つの扉を潜った。

 そこは、明かりのない細い螺旋階段だ。急勾配で手すりがなく、壁に手を添えながら恐る恐る石の足場を下っていく。

 城に幾つか存在する隠し通路の先は地下のとある一室。今は亡き偉大な魔術師の部屋であり、助手だった女の懇願でそのままにされた部屋である。

 重い鉄の扉を押し開けると清潔感のある白い壁と床が視界に広がり、遅れて乱雑に配置された機器が目についた。


「おい、どこにいる!」


 弱く反響する言葉に返す声はなく、代わりに部屋の隅の方から微かな機械音が聞こえてきた。

 近づけば、床に広げた何かを魔導具で細工する白衣の女が背を丸めて作業に没頭している姿が見えた。鬼気迫る表情で、瞳にラグロッド以上の憎悪を燃やしている。


「おい!」


 ラグロッドの怒鳴り声に驚くことはなく、女は気怠げな動きで魔導具を止めるとゆっくり振り向き、真っ黒な隈の出来たやつれた顔で薄く笑った。


「ああ、宰相様でしたか。何か御用で?」

「進捗はどうなっておる。もうあの化け物共はこの城に入り込んでおるのだぞ! もし勘付かれでもしたら――」

「大丈夫ですよ。ヴァレイル様が作った部屋は完璧ですから……」


 監視や盗聴の一切を遮れるように魔術による細工が施されているというが、ラグロッドはそこまで信用してない。かと言って注意を促そうにも、この目がトんでしまったセーヴィルにヴァレイルのことを言っても聞きそうになかった。

 芋臭いソバカスの娘だが、ヴァレイルの助手を勤めていただけあって魔術の腕は確かである。ここの設備を使いこなすのも彼女にしか成し得ない。

 平民上がりを頼るのは些か不満だが、師匠を失った喪失をあの得体の知れない魔物たちに向ける感情は本物だ。どちらに傾こうか内心で迷っている軟弱者より遙かに役に立つ。


「それが使用できれば、こちらの勝利は揺るがぬものとなる。サイファー家の馬鹿娘が消えるだけで日和っている者たちも覚悟を決めるであろう」

「私だけでも、できるんですよぉ?」

「ふん!」


 ラグロッドが求めているのは、この国の舵だ。

 今までは勇者二人が邪魔だったが、取り払われたことで障害がなくなったはずだった。ミラ・サイファーが騎士団長に就任するのは既定路線だったが、問題は彼女が魔物の国寄りの考えをしており、それに賛同する騎士や貴族が存在することである。

 尋常じゃない戦力に怯える臆病者に共感する理由はなく、魔物は排除すべきと一貫して主張するラグロッド。新興だが強力な魔物を従える国と共存の道を選ぶミラ。

 “騎士の誉れ”と呼ばれているが、苛烈な性格から周囲に嫌厭されていたサイファー家の娘に賛同する者が現れることを想定しておらず、しかも勇者にあるまじき魔物に協力する思想。今一番障害となっているのが彼女だった。

 この国から消えてくれるなら暗殺だろうとなんでもいい。それを魔物の国のせいにしてしまえばどうとでもなる。

 勝てるかどうかの勘定をする気はなく、長い月日に植え付けられた悪感情だけが――それ以上の何かの力が、ラグロッドを突き動かしていた。


「とにかく急げ。その装置が完成しないことにはどうにもならん。しかし、本当に協力を漕ぎ着けたのだろうな?」

「報酬で動く人たちですから、あの魔物たちにだって気付かれていませんよ」

「……パーティまでには終わらせろ」


 そう言い残して、ラグロッドは再び不可視魔術の装置を作動させて部屋を出ていった。

 気配の行方を気にも留めず、セーヴィルは作業に没頭する。手元にあるのは青い宝石の埋め込まれた小さな指輪。過度な装飾は施されず、一見地味でさえある。

 しかし、宝石を掴む台座の下に隠れて複雑怪奇な魔術の式が刻まれており、注射器のような道具を射し込むと反応して淀んだ紫の靄を発した。

 ヴァレイルが残した膨大な資料の中、埃まみれの古ぼけた手帳に記されていた小さな発明。本来であれば使い道のない微力な転移魔術だが――。


「ほーらほらほら、早くしないと間に合わないぞ~? にっくき相手がそこまで来てて、のんびりしてる暇はないよ~?」


 ケタケタケタケタケタケタ。

 立て付けの悪い引き出しを力任せに動かそうとでもしているかのような、騒々しい笑い声だった。

 病室のような白さの部屋を木霊する。しかしセーヴィルはビクともせず、生意気な少年のような、おしゃまな少女のような、幼い声から発せられた辛辣な言葉を無視している。

 そんな彼女の側に、影の中からトビウオみたいに飛び出した黒い物体がピタリと取り付いて、そっと耳元に口を近づけた。


「あれあれあれ? もっと気にしたほうがいいんじゃない? ぼくらの魔術と組み合わせるのはむつかしいんでしょ? ほんとうに間に合わなくなっちゃうよー?」

「わかってる」

「それともビビっちゃってるとか? 強そうなのが来て逃げたくなったとか?」

「わかってる!」


 非力な腕が振るわれると、小馬鹿にしたような笑い声が遠ざかってすぐまた側に張り付いてきた。

 キチキチと口の中で耳障りな音を立てる奇妙な黒は、カラメルのように甘い吐息を漂わせている。


「そう怒らないでほしいんだけど? だってだって、遅いのが悪いんじゃなーい?」

「うるさいわ。邪魔しないで。そういう貴女こそ、臆病に隠れているじゃない」

「あんな奴らどうにでもできるし? でもバカにされたことは許せないし? ただそれだけだから? んふふ、貴女のお手伝いをなんとなくしているだけだからね? やさしいやさしいぼくだもの? あの国がきみのお師匠にみっともない死を与えたのは本当だから? 復讐しないとね?」

「うるさいわ。ええ、ええ、そうよ、ヴァレイル様は最高の魔術師なのよ」

「それを奪った相手がすぐそこにいるよ? 憎いでしょう?」

「憎いわ。憎くて憎くて仕方がないわ」

「んふふ、そうだよね? そうじゃなくちゃね? 効きが良くないのはなんでかな? そのお師匠様のおかげ? なんでもいいけど?」


 心に染み込むように、甘い香りはセーヴィルを蝕んでいく。

 思考が奪われ、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返し、目は更に胡乱となって焦点が狂うが、作業する手だけは知識に従って動いていた。


 個体保有スキル・《サロメのフェロモン》


 “大火”の勇者の元で磨いた才覚。そこで得た魔術への耐性は、()()()()()()()()()()効力の前では無価値に等しい。

 負念を貪る混沌の害虫は不思議そうにうねうねと体をくねらしていたが、他のことを思い出したように影の中へと飛び込んで何処かへと消えた。


「憎い、憎い、憎い、ヴァレイル様を奪った魔物の国が憎い……ヴァレイル様……」


 人が変わったように作業にのめり込むセーヴィルの悪辣に混じってか細い救済が混じる。

 刻みつける術式の一文字が僅かに狂ったが、彼女は直すこともせず、壊れていく心の叫びを誰に届けることもできぬまま蝕まれていった。



ついに予約開始しました。

詳細は活動報告、もしくはツイッターにてご確認ください。


あと二話くらい進めば面白くなってくれるはず……

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― 新着の感想 ―
[一言] ミラとエレミヤの会話で名前が出てきた勇者たちがいずれ登場するの楽しみ。 この世界の強者がそこそこに強いほど、それを圧倒するエステルドバロニアの凄さが際立ちますから。雑魚しかいない中で粋がって…
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