2 世界
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ひと月という時間は、カロンにとって悪い方向に進んでいた。
難民の対応が遅れていること。一次産業回復の目処が立たないこと。
なにより、人間に対して消極的な行動をすること。
魔物たちは、無用な戦争を避ける方針に納得をしていても、決して人間の下につくことをよしとしているわけじゃない。
魔物の王には天魔波旬を統べる者に相応しい振る舞いを求めているのだ。
人間に迫害されてきた歴史もあり、自分たちは最強であり続けているのだと、王を通して見ていたいのである。
至極当然だろう。
彼らにとって、王は至高なのだ。
神より遥かでありながら、魔に寄り添い共に生きる唯一無二の存在なのだ。
その王が人に媚びへつらってしまえば、その下にいる魔物も同じようにしなければならない。
それだけはごめんだ――と、住民たちは思っているが、軍の賢い勢は大層上機嫌でカロンの作戦に賛同していた。
「なので、この辺のカロン様のお考えは広報誌を作成して周知させる用意は完了している。明日にでも全世帯に配布する手筈だ」
「それは重畳。崇高な王の戦略を考えられぬ者たちにわざわざ知らせるなどとは思うがね」
「無用な不信感……いや、カロンを崇拝するからこそのものだろうから、取り除くにこしたことはないさ」
軍事塔の中層にある円卓の間。
ラウンドテーブルの上に吊るされた天球儀を模したシャンデリアがくるくると回る薄暗い室内に集まった3人は、開口一番カロンの策を賛美することから始まった。
カロン直々に王国訪問の計画のメンバーに抜擢されたルシュカは北に座り、アルバートは西、梔子姫は東に陣取っている。
彼女たちが選ばれたと聞かされた時、守善は恐怖に慄き、フィルミリアは顔を引きつらせたくらいの顔ぶれだ。
“忠義”、“冷酷”の【アノマリス】、“調和”、“狡猾”の【真祖】、“淫靡”、“狡猾”の【晦冥白狐】。
エステルドバロニアきっての知恵者が集えば、導き出されるのは絶対の勝利以外にないだろう。
問題は、その方向性が一切自重しない暴虐ルートまっしぐらになりかねないことだ。
なので、今回は歯止めとしてもう一人招待されている。
「帰りたいです……」
そう口にして、ハラハラと涙を流すのは、ぽつんと背を丸めて南に座るリュミエールであった。
守善に軍のバランス取りを頼まれているとは言え、このメンバーだけなのはあんまりだ。
梔子姫がもしもの時のためにと思って呼んでいるが、その魂胆は分かっている。
「おいおいリューさん、そんなことを言わないでくれよ。ボクたちは真剣にこれからの事を考えるんだからさ」
「絶対嘘です! 生殺に関わらないからって自重しないつもりでしょう!? そして私にギリギリのラインを探らせたりして、最後に「リュミエールも承諾した」とか言うつもりでしょう!? 私分かってるんですからね!」
まるでそんなつもりは毛頭ない風なとぼけた顔をしていた梔子姫だったが、涙目で叫ぶリュミエールの訴えを聞いてふいっと目を逸らした。
「まったく、我々をなんだと思っているのやら。なあ?」
「左様でありますな。国の今後に大きく関わる行事になると認識しておりますとも」
「二人とも良心の呵責とかないのですか……? 気まずそうにするだけ梔子姫のほうが可愛く見えます」
「は? そんな訳があるか。その淫乱女狐より私の方が美しいに決まってるだろう。ふざけたことを言うとその目をくり抜いて飾ってやるぞ」
「あ? カオナシド変態のむっつりすけべがなにか言ったかい? 小悪魔要素満載のボクの方が可愛いに決まってるだろ」
「お?」
「やるか?」
「そんなことで一々喧嘩しないでください! もう……そろそろ話を始めませんか?」
このままでは埒が明かないとリュミエールが切り出した。
数秒睨み合っていたルシュカと梔子姫だったが、そっぽを向くように視線を切ってからようやく本題に取り掛かる。
「では、王国への遠征……それもカロン様をお連れになっての行軍に誰が同行するべきかから決めるか」
ただの遠征とは訳が違う。細心の注意を払ってカロンを王国まで届け、現地での安全を確保しなければならない。
作戦の方向性から無闇に強力な魔物を送り込むことはできない縛りがあるため、その匙加減を判断しなければならないのだ。
と言ったが、実はもう誰が向かうかはほぼ決まっていた。
「グラドラは確定でしょうな」
「ミラ・サイファーへの牽制か」
「我々に協力的ですが、それでも備えておくべきですからな」
「あとエレミヤか」
「いざという時にカロン様を王国から脱出させるのに最適だからね」
「そして、守善殿かね」
鈍足ではあるが、真の姿になれば王国程度踏み潰せる。
もし何かやらかそうものなら即座に動かせる切り札としてメンバーに加えられた。
「あの、皆さんは行かれないのですか?」
「私は内政の仕事があるからな。そう任せられるものでもない」
「ボクはあの勇者とやりあったから、余計な揉め事起こさないようにね」
「私は王国の中枢に細工しておりますから、無用に顔を合わせられないのでね」
何か不穏な言葉が聞こえた気がするが、触れないでおく。
呼ばれたわりにはさっさと決まった気のするリュミエールは、なんでこんな話で呼ばれたんだろうと首をひねる。
と言うか、この程度で済むならこの面子は必要ないのではないだろうか。
肩透かしを食らったリュミエールが、もう終わりならと立ち上がろうとして、
「それでは始めるぞ。我々の実力をカロン様に示す時が来たのだ!」
ルシュカがテーブルの上にバン! と紙を広げた。
それに合わせて残る二人も自慢気に紙を取り出し、まるで強敵と戦うときのような獰猛な笑みを浮かべている。
一触即発の空気についていけないリュミエールがおたおたと動揺し、とりあえず自信満々に取り出している紙を立ち上がって覗き込んだ。
エステルドバロニア軍威儀整飾計画書
カロン様のおめかし作戦
なるほど。
これはもめる。
「やはりカロン様は清廉な白がお似合いになる! 普段のシックな黒から一度離れ、このエステルドバロニアを象徴する色をお召しになってもらうべきだ!」
「いいえ、あの王国にカロン様の御威光を知らしめるのであれば、上質な朱と豪奢な金に決まっているよ」
「馬鹿かいキミたちは。カロンはあの黒だからこそ威厳が溢れているんだろう。黒や紫で上品に装うのが一番だろうが」
リュミエールは遠い目をしながら理解した。
きっと、この題材以外であれば呼ぶこともせずにさっさと進められていただろうと。
もう今日はこの話に全て時間を費やすつもりだ。いつの間にか武器まで取り出してカロンを称賛しながら主張を実力でも認めさせようとし始めている。
これはただ口論を止めるだけじゃない。
「怪我の治療に呼ぶのは違うと思うんですけれども!」
そう叫んだときにはもう遅く、激しくも美しいウェポンスキルが解き放たれた。
彼らの論争? は夜を通して行われ、その結論は結局この日には終わらなかった。
◆
カロンが一番必要としているものは情報だ。
この世界の歴史。国の生い立ち。勢力図。気候。地理。著名人。
とにかく、どんな些細なことでも収集してまとめなければならないと考えている。
それがあるのとないのとでは考えられる方針の幅が違うからだ。
運良く手中に収めた神都と、交易する予定の王国。
どちらとも関わっておきながら、いまだ何一つ知らぬままなのは大きな問題だった。
その旨を話の流れでなんとなく呟いたところ、ルシュカは「お任せください」と二つ返事で請け負い、僅か2日でカロンの要求を満たせる場を整えてみせた。
それは喜ばしいことだ。一を聞いて十を知るとはこのことか、なんて褒めてもいい。
ただ、いざその場に赴いてカロンが一番に思ったことは、
(うわぁ……)
同情だった。
「この度は、お招きいただきありがとうございます」
使われない部屋シリーズの一つである会議室は、玉座の間と同じ階にある。
黒いカーペットにベージュの壁紙。真っ白な長机と大きなボードが置かれた高級な部屋だが、例によって意味の無い部屋だからと存在すら忘れていた場所だ。
今回の目的が情報を集めることにある為、ルシュカが気を利かせて玉座の間ではなくここに招き入れたのだろう。
そこに集められていたのは、神都から呼び寄せられた教皇とエルフ一行だった。
アルバートとルシュカ、それに梔子姫が上座に座るカロンに近い位置で佇立しており、その視線に晒される教皇エイラ・クラン・アーゼルは、額に大粒の汗を浮かばせながらも堂々とした振る舞いを見せている。
「遅ればせながら、神都をお救いくださったこと、誠に感謝致します。アーゼライ教の総本山でありながら汚職に塗れ、それを自浄できなかった愚かな我々を、苦境に立ちながらも手を差し伸べていただいた恩は一生忘れることなく、子々孫々に語り継がせていただきたく」
質のいい純白のドレスの上から蒼のダルマティカを重ねた正装で、軽く頭に載せたミトラを押さえながら深く頭を下げるのに合わせて、エルフの正装と思しき白と新緑の丈が短いドレスを着たオルフェアとシエレが膝をついたまま頭を床につけた。
「そう畏まるな。無理強いしたのは我々の方だ」
「そのようなことは。エステルドバロニア王がお求めになられているのであれば何を置いても参上する次第です」
これはエイラの紛れも無い本心だ。
神都の轡を掴まれながらの不干渉という歪な関係から、王国との友好を築くためのまっとうな関係に変わった。
受けた恩は計り知れず、それに報いようと心から思っている。
それでも魔物の国の、この異常なまでに発展した文明は恐怖はあるものの教皇として立つ以上は失礼な真似をするわけにはいかないと必死に取り繕っていた。
ライトブラウンの星眼に涙を溜める姿を見ていると、カロンはなんだかいたたまれない気持ちになってくる。
「そう気を張らなくても、と言いたいが、言ったところで落ち着けるものでもないだろう。まあ、ひとまず座ってくれ。そこの2人もだ」
促せば、3人がぎこちない動きで用意された席に着く。
オルフェアに支えられて椅子に座るシエレを見て、カロンは何気なく話しかけた。
「足を治さないと言ったそうだが、その後不自由はないか?」
ビクッとシエレの身体が大袈裟なくらい跳ねたのを見て、思わず嘆息する。
(そんな怖がらなくても……)
「おかげさまで、とても快適に過ごさせていただいております。迫害されることなく、悠々と日々を過ごせるようになったのもひとえに――」
「いや、もういい。世辞を聞きたくて呼んだわけじゃないんだ。畏まられてばかりでは私も落ち着かない」
「も、申し訳ございません……」
「責めてるわけじゃない。ただ……いや、よそう。堂々巡りになりそうだしな」
神都の者たちが向けてくる畏怖は、配下から向けられるものと性質が違いすぎる。
そして、その畏れを与えているのは自分も同じだと分かってしまうと、どんどん普通の人間から遠ざかっていくような錯覚さえ覚えた。
過剰に敬われることに慣れていないせいで当て付けがましい口ぶりになったことを反省しつつ、カロンはアルバートに目で合図を送った。
それを受けて、空気を切り替えるように杖の金具をカチンと鳴らしてから、アルバートは一歩前に進み出た。
「それでは、これより世界情勢の講義を執り行いたいと思います」
かつて、この世界は形而上の彼方を漂う数多の命だった。
虚無を彷徨う魂を憂い、創世神アーゼライはその腕に一握の砂と一粒の涙を抱き、海と陸を創った。
アーゼライは育まれていく命を守護するために太陽の男神ザハナと月星の女神ゲルハを生み出し、再び形而上の彼方に姿を隠し、名高き魂を集めて再び世界を創世する時を待っていると言う。
ザハナとゲルハは、アーゼライの言葉に従い星に生きる命を眺めていた。
その中でザハナは力強く生きる者たちに父性を、ゲルハは懸命に生きる者たちに母性を覚えさせた。
二神の想いはアーゼライの言葉から次第に乖離していき、闘争に魂の輝きを見出したザハナが世界に魔力と魔法をもたらし、ゲルハは自らの子として魔物を生み出した。
「それが、アーゼライ教に伝わる神話の冒頭となります」
お飾りであったとは言え、教皇としての知識は正しく持ち合わせるエイラが朗々と語った。
謳うように心地のいい口調は一つの叙事詩を聞いているように感じさせた。
「今は幾つかに分かれています。アーゼライ教は創世神アーゼライを、アルマ聖教は男神ザハナを、ゲルト教は女神ゲルハを信奉しておりますが、この神話の始まりは皆統一されています」
「神が世界を、ねぇ」
そう呟いたのは、つまらなそうに腕組みをした梔子姫だ。
ルシュカとアルバートも同じ気持ちだったらしく、こくりとひとつ頷いてみせる。
彼らにとって創造主はカロンだ。そしてその創造主は、今は天の円環と地の伽藍にそれこそ神の称号を冠した魔物さえ創り出している至上の奇跡をその身に宿している。
それを知る者としては、全ての上に神がいると言われてもピンと来ない。その上にカロンがいるのだから、所詮神など王の前では一介の化け物でしかないのだと、カロンの偉大さを言葉にせず讃えていた。
そんな熱のこもった視線を向けられる課金で魔物を作っていた男は、真っ直ぐエイラを見つめたまま思案に耽っていた。
(アポカリスフェに、バックストーリーは無かった)
魔物と称して神から堕天使からなんでも召喚できる性質が理由か。それともプレイヤーがメチャクチャにするからそんな細かいことはあっても意味がないとされたのか。
とにかく、プレイヤーさえアポカリスフェの歴史なんて何一つ知らない。
カロンも梔子姫と同様に、自分は神も生み出せるとは思った。
そうなるとこの世界の神。アーゼライなどはランクを付けられる魔物に属するのだろうか。
だとすれば、神の力があると形而上の彼方とやらに届く可能性があるのか。
詳しい内容など無神論者のカロンに関心はないが、1キャラクターとして考えるなら相当な力を持っているのかもしれないと興味が湧いた。
(いるけどね。世界を創造できるなんてテキストのついた魔物。けどあそこから出したくないんだよな。アイツら)
忠誠度は高いし種族としての能力も高い強力な魔物ではある。
ただ、どうにもピーキー過ぎて扱いづらく、他種族との親和性を微塵も持たないせいで迂闊に解放するわけにはいかない。
もっと国の状況が好転してから、そこに関し皆と相談しようと一旦頭の片隅に追いやり、あまりにも反応がないせいで不安に駆られるエイラにふっと笑いかけてやる。
「なるほど。なかなか興味深いな。それは聖書などの書物に記されているのか?」
「ぁ、はい」
反応があったことに安堵したエイラもふわりと微笑んだ。
「始元聖書と呼ばれるものがありまして、それを基に各教派に分かれたとされています。写しなどもありますのでお渡しいたしましょうか?」
「ああ。頼む」
「ただ、列島国カムヒだけは独自の宗教観を持っていますので、そちらにはあまり詳しくなくて」
「構わない。それで、次に各国のことを聞かせてくれ」
その聖書は、リュミエールとバハラルカに任せて色々と調べてもらうことにして、カロンは何もない空間に一枚の大きな紙を取り出すと、軽く転がして長机の上に広げた。
「このような地図は持っているか?」
そこに描かれているのは、この世界に存在する大陸が正確に描き記された地図だ。
細かな地形まで完璧に再現されたそれを、神都の3人はポカンと口を開けて食い入るように見つめていた。
「なんだこれは……こんな精密なものが……」
「見て。北の大陸まで載ってるわ。でも、こんなに描いてあってもそれが正しいか私たちじゃ……」
「カランドラには魔導式の星球儀があると聞いたことがあるけれど……」
ヒソヒソと声を抑えて囁き合うのを見るに、珍しいようだ。
「その、私たちはレスティア大陸の地図はありますが、他の大陸地図は持っていません」
代表してシエレが答えた。
そうだろうとカロンは思った。
当たり前のように世界を見渡せるシステムの存在する時代に生きていた身だが、それが少し異質なことは想像がつく。
領土を隠すのは国防に繋がる。宇宙に衛星を浮かべるような卓越した技術を誰もが使える方がおかしいのだ。
それだけ平和な証なのだろうが、それでも隠したいものは隠すのだから基本的な考え方はこの世界でも同じだろう。
それを証明するように、カロンがマップ機能を見ながら作った地図には幾つもの空白があった。
両肘をついて、顔の前で指を組み、低く声を出す。
「教えてもらおうか。この世界のことを」
ぞわり、と部屋に居揃う面々の肌が粟立った。
あの日から変わった王の空気に配下は歓喜を、エルフたちは畏怖を抱く。
1人、エイラだけは、何かと確かめるように六芒の浮かぶ瞳でカロンを見つめていることを、誰も気付いていなかった。
「まずは、4つの大国からお話しいたします」
シエレは、手元に引き寄せた地図に許可を得てペンで丸を付ける。
5つの大陸と、1つの群島地域が上質な紙に描き記されていて、シエレはこの高級紙に落書きのようなメモを加えるのに抵抗を示していたが、周囲の圧に負けて覚悟を決めた。
中央にあるレスティア大陸から南にある横長の大陸を不均等に3つに分け、丸をつける。
最後に、西の湾曲した縦長の大陸に1つ。
「南のルサリア大陸西側は獣人連合ヴァーミリア、東をアーレンハイト聖王国が治めていて、北側は魔術国カランドラが。西のイーラ大陸には最も高い軍事力を有していると言われるニュエル帝国。この4つが大国として扱われています」
「……王国はどうなのだ」
「国際会議の上では五大国家として扱われますが、歴史も浅く軍事力も低いため、正確には大国の枠組みには含めません」
確かに、大国と言うには兵の数も少なかった。
勇者候補なるものが存在していて、そこに傾倒していたからなのかも知れないが、カロンとしても大国と呼ぶには非力に思えた。
そうなると、南と西にはかなり警戒しなければならないことになる。王国よりも強いのは間違いないのだから。
「しかし、どこの国も多くの問題を抱えています。かつてはイーラ大陸の北にあったニュエル帝国ですが、魔王戦役の際に北の魔王領から押し寄せた魔物たちによって今の位置まで追いやられ、今もなおその残党に苦心していると聞いています。枯渇した土地のせいで食物が育たず、ヴァーミリアからの輸入で食糧を賄っていることも有名です」
詳しい状況を知らないが、魔物の脅威が日夜存在していて食べ物も少ないとなれば、軍事力はあっても大っぴらに他所へ喧嘩する真似はないのだろうか。
「南は戦争こそありませんが、互いが互いを敵視していて常に緊張状態です。ヴァーミリアはゲルト、アーレンハイトはアルマ聖教、カランドラはアーゼライ教を信仰しています」
基本はアーゼライ教から派生しているのであれば、恐らくカランドラが両方と揉めるのは教派の違いだけじゃないはずだ。
ヴァーミリアとアーレンハイトは、順当に人間と魔物の対立構図なのだろう。
「残る小国は、東のスオウ群島を纏める列島の国カムヒ。北東のリオン大陸で小規模な戦争を繰り返す亜人連合サタルハーツと人間の国グリオン。リフェリス王国ともう滅びましたがラドル公国。そしてこのレスティア大陸の西、コルドロン連峰の向こうにある港湾商業国家のサルタン。この7国で主な国は全てとなります」
そこでシエレが話を終えたのを見て、カロンは首を傾げる。
中央のレスティア大陸。西のイーラ大陸。北東のリオン大陸。南のルサリア大陸。
この世界には5つの大陸があり、北にある大陸には触れられていない。
「この北の大陸には、今何があるんだ?」
何らかの魔術によって認識を阻害されていて、ヴェイオスでも見ることのできなかった地域は幾つかある。
カランドラとグリオンは分かる。それなりの防衛をしているのだろうと。
だが、此処は?
カロンの問いかけに、シエレは表情を曇らせながらゆっくりと答えた。
「ここは……魔王が生まれた土地。名を失った大陸であり、凶悪な魔物が存在しているとされる未踏の地です」
未踏。
にもかかわらず、誰かが人の目を警戒している。
それは、あの大公が口にしていたという魔王の存在が確実なものなのだとカロンは初めて認識した時だった。