14 乱戦
猛々しい嘶きを上げる巨大なミノタウロスの前でバストン・ドゥーエは荒い呼吸を繰り返している。
並ぶ騎士たちも皆満身創痍で、立っているのもやっとな者もいるが、皆一様に目の前の魔物への闘争心で目をギラつかせていた。
不意打ちの爆発から魔物の襲撃と立て続けに攻め込まれ、ようやく外に出たと思えば中級下位の魔物ミノタウロス5体に低級の魔物との乱戦。
周囲に魔物と騎士の死体が転がっている中、まともに戦闘態勢を取っているのは彼の率いる手勢9名のみ。鎧を纏う時間もなく、インナー姿での戦いを強いられ、一撃で致命傷となる状況だが多大な犠牲を払いつつ最後の1体にまで追い込んだ。
しかし、あと一歩の勝利を目前にしても必死の激戦なのに変わりはない。
牛頭の魔物が誇る黒褐色の巨躯が規格外の怪力で握る巨大な斧を一振りするだけで暴風が巻き起こる。それに飲み込まれてどれだけ仲間を失ったか。
倒壊した神殿の柱が二三本砕けて転がり、訪れた時の厳かな雰囲気は戦渦に飲み込まれ、只々血生臭い。
白を染める紅い飛沫の痕跡が、惨状を嫌でも悟らせる。
ブオオオオオ――!!
彼我の距離を詰めんと、蹄が地面を砕いてミノタウロスが走る。鈍重な動きだが2mを超える巨体の疾走は迫力だけでも怖気づきそうになるほどだ。
まともに研がれた刃の無い血みどろの斧を高く振り上げて、目につく人間を殺さんと泡を飛ばしながらバストンたちに迫る。それに対して彼らは、一歩たりとも引こうとはしない。
普通なら、動きが鈍い敵の相手をするなら距離をとってしまうべきだろう。散開して四方を囲み、隙を見て攻めればいいが、そうするわけにはいかない。
彼らの背には神殿があるのだ。そこに隠れる非力な神官と教皇がいる。
この事態に共謀していなかった彼女たちを守るためにも、逃げるように距離を置くことができなかった。
このままではただ轢き殺されるのを待つだけでしか無い。
彼らだけであるならば。
マジックスキル・聖《ホーリーチェイン》
光り輝く魔法陣がミノタウロスの周囲に現れると、白く発光する鎖が首や手に巻き付いて拘束した。
急に捕縛されたことで牛頭が強く後ろに引かれるが、獰猛な力の前に鎖はミシミシと軋みを上げ始める。
「かかれ!」
バストンの合図に合わせて、武器を握った騎士たちが一斉に突撃する。
疲弊した体に鞭を打って放つ渾身のスキルが深々と傷を付けていくも、致命傷には程遠い。
それでも腹の底から雄叫びを上げて剣を、槍を振るう。
これを切り抜ければと、仲間の死を乗り越えて得た勝機を逃すまいと渾身の一撃を見舞った。
「オォォォォ!!」
部下の働きに遅れてバストンが飛び出す。脚力強化のスキルを発動させて一足で懐まで飛び込むと同時に、鎖を引き千切った腕が大斧を頭上から叩き落とす。
懐から、落ちる斧と交差するように飛び上がった。顔の横を鈍色の刃が通り過ぎ、捻った体の背を擦り抜ける。風圧で頬の皮を軽く削がれながらも視線は狙うべき急所を見据えて揺れること無く、握りしめた剣を真っ直ぐ突き立てた。
切っ先がミノタウロスの目を貫き、深く深くえぐり込む。
そのまま後頭部へと突き抜けた銀の剣を残して、バストンは掴もうと伸びてきた手を躱すように頭上を飛び越えた。
深く屈んで着地してすぐに振り返り様子を窺う。これで死んでくれと心の奥で願って。
掠れたような断末魔の声を上げながらもゆらゆらと一歩前に体を進めたミノタウロスだが、そのままぷつりと命を落とし、仰向けに倒れ伏した。
そこに、歓喜の声は一つも起こらなかった。
動く魔物の気配が無いことを確認したバストンは、神聖騎士から借り受けた銀剣を腰に差して後背を振り返る。
見るからに壊滅と言える状況だった。呻く騎士たちの救護に駆け寄る神官たち。神聖騎士は黙々と治癒の魔術を行使しているが、懸命に声をかける神官の言葉が静かな祈りに変わる度に、また一つ尊い魂が天に昇ったのだと悟った。
背後から近づく気配を感じて、沈痛な面持ちのままバストンは正面に顔を戻して相手を確認しないまま声をかけた。
「どれだけ動ける」
「軽傷43名はヒーリングですぐに動けるでしょう。しかし重傷者21名は……」
近づいていたのは今回の遠征部隊の副官を担う男で、切れた額から流れる血で顔を濡らしながら沈痛な面持ちで報告する。
ミノタウロスの数や咄嗟の状況であることを考慮すれば、それで済んだことは重畳と言えるだろう。
それもこれも、偏に神都の騎士たちによる助力のお陰だった。
聖水に浸された剣や銀の槍など、魔物に効果的な武器を騒ぎの中にあって譲渡してくれたり、神聖魔術での攻撃と回復による支援を行ったりと積極的に協力してくれた。
公国の解き放った魔物を倒しきることができたのも、あの不意を打った爆発を文字通り身を挺して守ってくれた騎士達が居てくれたからこそだった。
謝罪は、無事に事が運んだ時にさせてもらおう。今はまだその時ではないはずだと、きしりと歯を噛み鳴らして気持ちを切り替えた。
「半数か。120もいてこの結果はマシな方であろな」
「ミノタウロスが5体ですからね。あんなのは勇者の役目ですよ」
「そうだな」
疲れた声で呟いた副官の言葉に、バストンも何気なく口に出した。
「して、いかがしますか。このままここに居ても……」
「うむ、とにかく神都の魔物を一掃せねばなるまい。それにどうせ我々は暫くこの神都から離れられんしな」
囮が任務とは言え、その役目を果たしたなどと胡座を掻く気はさらさらない。
そもそも、この神都を出たところで記憶に喪失を受ける以上王国に帰還することもままならない。
庇ってくれた者たちに報いるためにも、騎士の矜持を果たすためにも、他に選ぶ道など無かった。
「あの……」
背後から幼い声がかけられる。
バストンが振り返ると、教皇エイラ・クラン・アーゼルが供にエルフのオルフェアと神聖騎士を連れて外へと歩いてきていた。
美しかった白い法衣は爆風による土埃で黒ずんでいたが、背筋を伸ばして佇む姿に、聖女を幻視するほどに戦場で凛々しく映える。
「教皇様、まだ安全とは言えないのでどうか中で」
「私だけ安全な場所で震えているわけにはまいりません。こちらも共に参りましょう」
危険だと知っていても、教徒を見殺しになどできない。かつての元老院が平然と為した悪行に近しい所業を自らがするなど決して許されることではないのだ。
彼女はこの神都ディルアーゼルに於いて最高位に着くアーゼライ教の教皇。彼女にも彼女の矜持があるのだと、真摯な瞳を見て感心したバストンはニヤリと笑った。
「神聖騎士が共に来るとなればどれほど心強いことか」
「我らエルフの同胞も今この場に招集している最中だ。負傷者はこちらに任せてほしい」
「おお、それは誠に有難い。後顧の憂いがなければ我らも遠慮なく突き進める。今までの非礼をどれだけ詫びればよいことか」
「それは皆が生きて戦を終えた時に語りましょう」
淡い空色の髪を燃える赤炎に輝かせ、気丈にも笑みを見せるエイラ。
本心の篭ったリップサービスに真剣な返答を返され、バストンは喉を鳴らして笑った。
疑心暗鬼に駆られていたくせに都合のいい男だと自嘲し、すぐに表情を引き締めて副官を見る。
「おい、今すぐ動ける奴に装備を取りに行かせろ。暴れ回ってる連中を殺すぞ」
「はっ」
「教皇様はいかが致しますか」
「後ろを追わせていただきます。先程の戦いを考えれば支援に徹した方が連携が取れるようですし、それに――」
後に続く言葉は小さくて聞き取れなかったが、下手に主導権をどちらかが握るよりは良いだろうと判断する。
緩慢ながらも慌ただしく用意を整えるために動く部下の様子を見ながら、バストンは内心釈然としない気持ちが湧いていた。
(思った以上に攻めが緩い。外部から魔物が雪崩れ込んでいる様子もない。どういうことだ?)
街の様子は酷いものではある。所々で神聖騎士が戦っているのか、魔術の光がちらちらと炎の中で煌めくのが見えるが、それだけだ。
魔物の数が増えている様子がなく、戦線が押し込められている雰囲気もない。散見されるところから纏まって動いているわけでもないのだろう。
(そもそも、どうやって魔物をここに呼び込んだ? 人間でしか攻めることのできない聖域の都を)
腑に落ちないことばかりが湧き起こるバストンの心は、嫌な予感を払拭できずにいた。
「やってくれたな」
高いディルアーゼルの城壁の上で、血染めの髪を払って外を睨むミラが忌々しげに口にする。
ばたばたと風に煽られてボロ布になったマントが首元ではためく。足元に転がる夥しい量の死骸を避けるように塀の上に立ち、奇声を上げながら空より強襲してきた【インプ】を一振りで両断すると、降りかかった血を鬱陶しげに拭って外へと視線を戻した。
暗い夜闇の奥の森。多数の影が僅かに注ぐ月光の木漏れ日を浴びて蠢いているのが見える。
森の中で、魔物が。
ただの森であるなら最初から想定できた事態だが、この辺の地域には神聖が帯びている。
本来であれば神聖と呼ばれる神の残滓を残す森に魔物は決して足を踏み入れることなどできぬはずのフィレンツの森、神都、ディエルコルテの丘。
魔物の侵入を拒むだけの力が働いている場所なのに、結果は神都の中にまで侵入を許していた。
神都の周辺で僅かに動く魔物の存在が見て取れるが、軍と呼べる代物ではない。ただの斥候か何かなのだろう。この神都に差し向ける増援ではなさそうだ。
一帯に身を潜めているとなれば、分断するように聖地である丘の方まで敵が居ることになる。
当初の予想では、神都に攻め込んでくるのは人間の軍勢だとばかり思っていた。その予想を裏切られる結果は最悪としか言いようがない。
公国は丘を占領して拠点とし、公国と神都の両面作戦を敢行すると誰もが考えていた。
だというのに、目の前では神都を切り離すに留めて王国の側面を大量の魔物が虎視眈々と窺っている。
最初に森を通った際に魔物と遭遇したことを重く見ておくべきだったかと強く唇を噛み締めた。
「森に魔物が配備できるとなればかなりまずいぞ。側面までも魔物の数の利で攻めてくるとなれば……」
後に続く言葉は出せなかった。
主力である魔物を警戒して正面に布陣を固めていながら、しかし奇襲と思っている場所からも主力が攻めてくれば混乱は必至だ。
神聖騎士より組みやすいとは言えないだろう。切り捨てた神都に投入した魔物の中には想像よりも強力な魔物も何体か確認している。恐らく森の中には同等かそれ以上の魔物が混ざっている恐れがある。
リフェリス周辺に生息していない物も居たとなれば公国を支援する何者かの存在を疑うが、そこまで考えてしまうといつまでも終りが見えないので早々に思考を打ち切った。
ミラには各地の貴族同士の小競り合いの詳細を得られていないため判断がつかないが、王国側の貴族が拮抗以下の結果だとすると増援は見込めない。
ちらりと神殿の方角を見やると、街と違い集団で行動する騎士の姿が建物の合間に確認できる。神殿の壊れ具合を見る限り相当な激戦が繰り広げられていたようだが、無事であると知り密かに安堵した。
だが、彼らが全員無事だとしても戦力になり得るかは怪しいところだ。
「記憶改竄された日はアホになるらしいしな」
アホは手に負えんと嘆息した。
『………すか……ミ……』
腕組みをして外の様子を眺めて思案していたミラの耳に、聞こえないはずの声が届く。
くぐもった声は鼓膜ではなく脳に直接伝えられているような感覚が、魔力の震えを感じさせた。
「墓石女の通信魔術か。おい、どこで油を売っているのだ、さっさと来い」
『このっ……こっ…が必……や………のに!』
いまいち何を言っているのか分からないが怒っているのは確かだ。
「何か目印を作れ。目印だ。貴様の下手くそな通信魔術でも何度も言えば分かるだろう? 目印だ目印」
「…………!!」
今度は何も聞こえなかったが、相当怒っているのは間違いない。
ミラには至極どうでもいいことだ。
どのような目印を用意するかと街に目を向け周囲を見渡す。そこに紅い閃光が真っ直ぐ天に伸びるのが見えた。
わざわざ空に向かって魔術を放つなど、目印以外の何物でもない。場所は街の中心近くか、恐らく道中で人を助けていたと推測された。
ミラは移動強化のスキルを発動させて一足飛びで高い外壁から目的地に向けて飛び出す。
勢いを失って落下するも、足元にある屋根に着地するやいなや力任せに踏み込んでもう一飛び。着地と跳躍の衝撃で幾つもの屋根を壊しながら接近し、ベルトロイたちを視認する。
蛇のような魔物【ベノムヴァイパー】の大顎をポウルが懸命に大盾で押さえつけているところに参戦すると、蛇の頭上目掛けて急降下。その頭部を踏み砕き、容易く絶命させた。
「遅いぞ。集合時間ぐらい守れんのか貴様ら」
ベノムヴァイパーの強さはミノタウロスに少し劣る程度だが、ベルトロイたちにすれば苦戦必至の相手。
それをついでのように殺されて、思わず唖然とする。ミラと自分たちの力量の差をまざまざと見せつけられて驚くしかなかった。
「……色々あったのですわ。貴方こそどこに居ましたの?」
「色々だ」
とにかく、これで揃ったとリーヴァルが安堵しながら剣を納めたが、ふと気付く。
「あの、ミラ隊長。カロンさんはどうされたのですか?」
体を慣らすために肩や首を回していたミラの動きが止まる。途端吹き上がるどす黒い意志の気配に凍りついた。
「今、私に、それを、尋ねるな」
「は……い」
任務優先としていても落ち着いていたわけではなく、見せないだけでかなり根に持っている。
ぎろりと視線が殺す気で向けられてリーヴァルの顔が真っ青に色付いたが、尋ねるのもおかしくないかと改めて気持ちを押し込めた。
「そのうち見つけるから気にするな。いいか、貴様らも殺されたくなかったら聞くなよ」
そうまで言われては頷くほかない。ベルトロイもポウルもマリアンヌも、カロンという人物に心当たりがないので釈然としていなかったが、一人フィルミリアの目が動揺で微かに揺れた。
「とりあえず、この辺の敵は掃除し終えました。他にも居るのでしょうが、そちらは神聖騎士の方々が対処しているようです」
「ふむ。状況を上から確認していたが、バストン・ドゥーエの部隊も動いているようだからもう街はいいだろう。そろそろ移動するぞ」
「王国に帰還するんすね?」
「残念だがポウル・デルフィ、事態はそこまで簡単じゃなくなった」
「へ?」
そこで、初めて今自分たちの置かれている状況を詳細に聞かされた彼らの顔は、悲嘆に染まる。
「本当、ですか? 魔物が、森を占拠、しているなど……」
愕然とする事実に上手く言葉を紡げない。
ミラは相変わらずマリアンヌの陰に隠れるフィルミリアを指差した。
「その小娘を拾った時に兆候はあっただろう。公国の連中も気付いていたのだから不思議ではあるまい」
「なら、なら早く情報を持ち帰らねば!」
「落ち着け、リーヴァル・オード・シュトレイフ。持ち帰ると言うがどうやってだ? 記憶改竄の魔術を抜けるのは元から予定しているから別にいい。成功の是非はともかくな。だが魔物だらけの森を抜けきる自信はあるのか? それに敵の戦力も把握していないのに何の情報を持ち帰るつもりだ」
適切な答えにぐっと言葉を詰まらせる。
これが神都なり丘なりに進軍してくるのであれば、混乱に乗じて抜け出すことも可能だが、しっかりと陣を構えている中を突破するのは至難の業だろう。
「神聖騎士が敵じゃないなら手伝ってもらうのは?」
「アホを引き連れるのはアホのすることだ。荷物にしかならんわ」
「そ、そっすか」
このまま時間を消費すれば敗北は必至。かと言って時間を消費しないための案が一向に思いつかない。
「私たちを置いて貴女だけなら突破できるのではないですか?」
「可能かも知れん。が、大した効果は無いだろうな」
「根本の問題ですか。それほど公国の戦力は多いと?」
「正確な数は知らんが恐らく三割増しくらいだな」
「それは数ですか? それとも魔物の強さがですか?」
「両方だ、恐らくな。ここに突っ込ませた魔物の中に変なカエルやらミノタウロスやらが混ざっていた。そこそこ強い」
「ミ、ミノタウロスを倒しましたの?」
「それくらい一人でできるだろ。牛くらい片手間で殺せんようじゃ勇者とは言えんぞ」
「そ、そうですの……ともかく、真偽は別としてもよろしくないのは間違いないのですね」
「ああ。今の王国の戦力を考えるとな」
「人手が足りませんか。貴族たちが勝ってくれれば違うのでしょうけど、期待するのはいけませんわね」
ミラとマリアンヌの会話が続けば続くほど、敗北を免れない気持ちがこみ上げてくる。
「その、勇者の騎士たちが揃えば魔物は対処できるんですよね?」
「だといいがな」
暗い面持ちになる面々に、まだ大した劣勢じゃないぞと言うのは難しい。
そのことにマリアンヌも気付いていた。罵倒の少ないミラを見ればなんとはなく良くないのだろうと感じてしまう。
神都から出て、どうするべきか。
重い口を開けず思案に耽る面々。
「あの、もしかしたら、どうにかできる、かも知れないです」
そこに、思いもよらぬ人物の声が上がった。
「え、なに? ミリアちゃん」
マリアンヌの陰に隠れたままでいたフィルミリアがそろりそろり顔を覗かせておずおずと話しかけると、鋭い視線がいくつも向く。びくりと跳ねた黒いゴシックドレスの少女が再びマリアンヌの陰に隠れたが、また少しずつ顔を出す。
「私の国が――」
「追い出されたと言っていただろ。そもそも魔物の国などどこにあるのだ。馬鹿か」
「こっ……んんっ。ごめんなさい、幾つか嘘を吐いていました」
ミラが剣に手をかけるのをポウルが正面に立ってすぐさま妨害する。
その行動を意にも介さず、抜き放たれた剣の柄が腹部に強くぶつけられた。
ぐっと、ポウルの息が詰まる。
「げほっ、ミラ部隊長!」
「退けよポウル・デルフィ。嘘つきな悪魔は殺すに限る」
「退きません! ミリアちゃんにも事情があると思いますし!」
「それがどうした。魔物だと分かっていないのか? それとも絆されたか? こっちの善意を裏切ったんだ。そんな魔物なら害になる。それとも貴様――」
――纏めて斬られたいのか?
強まる剣に篭もる力に、重騎士として頑丈に鍛えた体が徐々に後退る。
「なんだ、貴様らも纏めて殺されたいんだな?」
歯を食いしばって耐えるポウルを支援するように、リーヴァルとベルトロイが両脇に並んでミラと相対した。
「ミリアが悪意を持って嘘を吐いたとは思えません」
「ミラ小隊長閣下には申し訳ありませんが、まず話を聞いてからでもいいかと。今は些細なことでも何か策が欲しい状況です」
馬鹿共が。
ミラは、鼻で一つ笑うと剣を収めて一歩下がって腕を組んだ。
「好きにしろ」
そう告げる目にはありありと敵意が浮かんでいる。
事が済んだら斬ればいい。愚か者共に制裁を与えればいい。
今フィルミリアを斬り殺して揉めるよりは、後回しにした方がいいと判断を下しただけで、諦めたわけでもなんでもないのだ。
その意思をベルトロイたちも感じている。故にフィルミリアを保護しなければと一体感が生まれてしまう。
小さな魔物の少女によって、小さな亀裂が次第に幅を広げてきていた。
「ミリアちゃん。本当のことを教えてくれないかしら?」
纏っていた鋼の重鎧を魔術で大地に返した軽装のマリアンヌが膝を着いて顔を覗き込む。
皆味方だからと優しく頭を撫でながら告げると、怯えを収めて再び口を開く。
「本当は追放なんてされてないんです。薬草が欲しくてあの森に入っただけで」
「……待って。この辺りに魔物が住む場所はないですわ? ミリアちゃんみたいな知性を持つ魔物なんて余計に。いったいどこからここまで? それこそ外の大陸とか――」
「異世界から、来たんです」
沈黙が、爆ぜる火の粉と風の音だけを響かせる。
「私の国は、今あの森を越えた先の丘の上にあります」
何を言っているのだ?
「つい半月ほど前に、この世界に来て」
本気か?
「魔物だけが生きる国だったのに、不可解な出来事で転移されました」
何の冗談だ――
荒唐無稽なフィルミリアの、それこそ妄想と言ってもいい飛躍した話に誰も何も言えない。
「私のような魔物もたくさんいて、とても素敵な国なんです」
しかし、一人目つきが変わった。
「おい、小娘」
冷たいミラの声にフィルミリアの小さな身体が更に縮こまる。
「そこに、変な魔物はいるか? 白い変な服を着た、獣の手をした魔物だ」
「え、その、えっと……います。軍の幹部の人にそんな姿の人が……」
質問の意図が見えないと各々がミラに目を向けると、背筋を凍りつかせる。
見たことのない顔だった。
紅唇が半月を描いて不気味に歪み、綺麗な歯並びの皓歯の隙間からくつくつと笑い声が漏れ出す。
頬を紅潮させて愉悦に笑う表情は妖艶で、同時に悍ましくもある。
「そうか、そうかそうか。なら行くしかあるまいな」
「え、隊長何を」
「おい、そこに行って手を借りようとか言うつもりなんだろう?」
「し、信じてくれるんですか?」
一番悪辣としていたミラが乗り気になったことに不気味さを感じるフィルミリアの問いに、表情はそのままで大きく何度も頷く。
「信じるさ、信じようとも。生かしておくのも悪くないものだな」
肩を震わせてまで愉快だと声を殺して笑う姿は不気味でしかない。
荒唐無稽な話は、最も嫌っていた人間によって信じられ、強引に向かうことに決まる。
ベルトロイやポウルたちには、疑わしく思いながらフィルミリアを信じて動くしか無いと決意し。
ミラだけは、そんなことお構いなしにお目当ての宝の在処に想いを馳せた。
「ちなみに、偉い人に頼んで協力を依頼するっていうのがミリアの案なんだよな?」
「はい。王は魔物の国唯一の人間なので、きっと聞いてくださるかと。会えるかまでは自信ないですけど」
「……なに?」
「その人は――」
続いた少女の言葉に、大きな反応を示した者が二人。
一人は大仰に驚き、一人は喜色満面に。
怯えた顔“のフリ”を続ける愛らしい少女は、頭の中に届く言葉に疑問を抱かざずにはいられない。
(本当にこの流れでいいんですかねぇ?)
心の中でつぶやく言葉は誰に届くわけでもなく、彼女もまた懐疑心を抱きながらも与えられた役目に没頭するのだった。
こっからが余計に悩むなぁ