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エステルドバロニア  作者: 百黒
3章 王国と公国
35/93

11 遭遇

おまたせしております。

年末年始の地獄に追われております。

短いですが、取り敢えず投稿。まだ暫く感想返しや修正は出来そうにありません。

お許し下さい。



 この出逢いは、何を意味するのだろうか。

 僥倖か、厄災か。

 それを判断する術はこの男には無く、


「ほお。遠い大陸からとな。それは大変だっただろう」

「どうです? レスティア大陸は。居心地のいい場所ですよ?」

「馬鹿か貴様。今はそんな状況じゃないだろうが」

「あ、すみません。失礼なことを……」

「いや、その、気にしてないんで。ホント。は、はは……」


 今現在最も恐れている奴らに挟まれて針の筵状態のカロンの脳内では延々とバッドエンド特集が繰り広げられていた。



 ミラ・サイファー、リーヴァル・オード・シュライフと出会ったその瞬間、カロンは助けを求めて梔子姫の方へと顔を向けた。


「くちな――」


 そこは、そよ風しかなかった。


(……逃げた? 逃げたの? 誰だよ自信満々に私がいるから大丈夫だとか言ってた奴は!)


 どう対処すべきかと聞こうとしたのにそこはもぬけの殻。虚空を見つめながらダラダラと汗を流すカロンの視界の隅で、梔子姫から送られてきたメッセージがポンと表示された。


 ――第15団団長:陰から見守ってるから


 普段は業務連絡にしか使われない機能に新しい発見をしたこと以上に、あまりにも無責任な言葉に唖然とする。

 指を少し動かしてマップを確認すると、近くの民家の上に点が表示されている。視線を向けると紅葉の散る黒い着物を着た女が、ひらひらとモサモサした爪の長い手を振っていた。

 そして申し訳なさげに手を合わせている。再び、ポン。


 ――第15団団長:私、完全な人に化けれないの忘れてたよ


「かっ――くぉぉ……」


 奇声を上げそうになるのをぐっと膝の上で拳を握りしめて堪えた。変な物が口から色々飛び出しそうになるのも堪える。目の前に居るのは勇者で、今カロンが最も脅威と見做している敵。不審に思われては不味いのだ。


「あの、どうかなさいましたか?」


 ブルブルと痙攣するカロンを訝しんでリーヴァルが怖ず怖ずと声をかけた。その尋常じゃない様子に若干足が後ろに下がりかけたが、その横を素知らぬ顔でミラが通り抜ける。


「ほら少し落ち着け。水でも飲むか?」


 鬼のような形相で顔を上げてミラを見つめる。真っ当に、真っ当に話しかけてくれる人間の言葉。思わず安堵と喜びから落涙しそうになったがそれも飲み込んだ。


「だ、大丈夫、です……」


 気持ちを落ち着かせようと必死に呼吸を繰り返し、ようやく息が整い始めたところで今の状況を整理する。


 勇者に出会った。現実は非情である。


「お、おい。本当に大丈夫か? すごい汗だが」

「だ、大丈夫。大丈夫です。落ち着くので、本当に大丈夫ですから」


 今度は顔を青くして滝のように汗を吹き出したカロンにミラが肩に手を触れようとするのを制止した。

 今カロンの抱えている事情は彼女らが知る由もない。普通に振る舞えばそれだけでどうにでもなる。とにかく梔子姫のことは忘れて普通にしなければ。

 少しづつ深呼吸をして一般人のフリをしようと何度も自分に言い聞かせて膝を見つめて精神統一。

 その様子を見ていたリーヴァルは、ミラの側に寄って軽く肩を叩いて合図をした。


「おい何馴れ馴れしく触ってるんだ下僕。縊り殺すぞ」

「ええっ! そこまで!? いや、そうじゃなくてですね。ちょっとこっちに」

「人が少ないからといって劣情を催したか。そういうプレイにもお前にも興味がないというのをはっきり言っておく必要が――」

「…………そうじゃなくて! とにかく此方に!」


 衝撃的な事実を告げられて今もまだミラに懸想していたリーヴァルが僅かに凍りついたが、触れて縊り殺されても困るからとカロンから離れた場所に移動して一所懸命に手招きをする。

 カロンを見る以上に不審げな目を向けながらも渋々リーヴァルの側に移動したミラは、内緒話をしようと顔を近づけてきたリーヴァルの顔を押さえつけて引き離した。

 どこまでも冷たい。リーヴァルが泣かないのが不思議なくらいに。


「で、なんだ」

「いや、まずいですって。あの人どう見ても神都の人間じゃありませんよ? もし公国の人間だったら……」


 リーヴァルがカロンを神都の人間じゃないと気付いている理由はわざわざ述べるでもないだろう。刺青の存在は既に知っている。この街の住民が白を身につけることも知識にある。

 刺青のない全身黒尽くめの男など今の神都には不釣り合いだ。戦争間近の国に余所者がいるなどおかし過ぎるとリーヴァルは言う。


「それはないだろう」


 それをミラは一刀両断した。


「普通に考えて此処に居るのがおかしいと言うが、普通に考えてあんな目立つ格好でこんな場所にいるのもおかしいだろう。あれで人に紛れてるつもりなら頭おかしいぞ」

「それも擬態とか」

「そもそも、私達を前にしてあんな激しい発作起こすとかどんな密偵だ。緊張に弱いってもんじゃない」


 確かに。


「では、何故?」


 もし公国と無関係な人間だとしても、わざわざ関わろうとするのが疑問に残る。ミラの性格を考えれば平然と無視して先に進んでもおかしくないのだから。

 その問いに、気の抜けた表情から一転して真面目な顔になる。リーヴァルの背に緊張が走った。


「あの男、恐らく何処かの貴族か何かだ。近くで見たが身に付けている物はどれもかなり値の張る逸品に見える。地味だがな」

「それで?」

「そんな男が伴もなしにこんな場所に居るのはおかしい。さっきの繰り返しになるがな。じゃあその伴は何処にいる? 側を離れるか? 大して入り組んでも居ないこの街で?」


 ただの観光に来ている貴族と仮定しても、一人で居るのは奇妙だ。

 リーヴァルが何を言いたいのかを問う前に、ミラは再びカロンに近づいた。

 ようやく落ち着いてこの街の住民に溶け込もうと自己暗示を掛けていたところにまたも勇者が現れ、僅かにカロンが身を硬直させる。


「ああ、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

「は、はあ。なんでしょうか」


 まさか街の案内を頼まれたりしないよな、と疑心暗鬼にかかっているところに何気なく爆弾が放り込まれる。


「聞き忘れていたんだが、従者はどうしたんだ?」


 今度は目に見えて、体を硬直させた。


(まさか、梔子のことがバレたのか!?)

(この反応、やはりか)


 また顔を青くするカロンを見て、ミラは確信した。



 この男が、何者かに襲われているのだと。



 ……まぁ聞いてほしい。

 そうだろう。旅人も寄らないこの神都にいる貴族っぽい男が一人で路地裏。人を見て発作を起こすくらいに怯える。伴の行方を聞かれて恐怖する。

 その様子は、何者かに襲撃されて従者を失ってここまで逃げてきたようではないか。

 カロンの様子だけを見るならそう見えるだろう。

 そして、更に飛躍させるならこれも公国の仕掛けた罠の可能性も考えられた。

 カロンが何処かの貴族の人間だとして、戦争に巻き込まれて死んだとなれば問題になる。

 公国が戦争に勝った際にカロンの身柄を元の国に無事に送り届けて恩を売り、負けると判断したらこの男を殺して問題を王国に擦り付ける。戦後までも見据えるなら非常に有用な手段と言えるのだ。

 確信を得た――と言っていいのかは謎だが――ミラは、カロンに目線を合わせて真っ直ぐにその瞳を覗き込んで確たる意志を持った声で力強く宣言する。


「安心しろ。私達は違う」


 何が!?


「恐らく我々の問題に巻き込んでしまったようだな」


 どんな!?


「謝ることは立場上出来ない。だが無事に国へと送ることを約束しよう」


 何処の国!?


 少なからず貴族に失礼のないようにとミラが出来る精一杯の姿勢を取るミラの姿に、いまいち事情の読み込めないリーヴァルも取り敢えずミラに習ってカロンの正面で視線を合わせた。

 想定した事態の斜め上にぶっ飛んだ事態の進展に反応ができないカロンは、何を企んでいるのかと思わず疑惑の目で見てしまったが、そのカロンの視線に疑惑で返すことはなくクールに微笑んでみせる。


「疑われるのは覚悟している。ただ信じてくれ。それだけでいい」


 もう、わけがわからないよ。

 視界の隅でポンポンとカロンにしか聞こえない音を立てて流れるメッセージも無視して、今はただ静かに休みたいと願った。



 そして、今に至る。

 現在カロンは、重要人物と思わしき男を連れて動き回るには情報が不足していると判断したミラに連れられて彼女達が拠点に決めた酒場にやってきていた。

 目の前に置かれたジョッキをまじまじと見つめながら、ミラとリーヴァルから振られる話題にどう対応するかで精一杯な状況である。

 とりあえず何処の貴族か、と言う質問には「遠くの大陸からだ」と答えてその場を凌いでいた。


「そう言えば名を名乗っていなかったな。私はミラ・サイファー。王国の騎士をしている。一応これでも貴族だ。爵位は飾りだが」

「私はリーヴァル・オード・シュライフと申します。同じく王国の騎士を務めておりまして、元は貴族でした」


 ご丁寧な挨拶。


「カロン、だ。すまないが名だけで許してくれ。まだ君達を信用できたわけじゃないのでな」


 苗字はないので名乗らないでおく。

 どうやら何処かの貴族と思われているようで適当に濁しながら話をしているが、今のところ突っ込んだ話を聞かれることはない。

 カロンの持つ警戒心がミラ達の考える警戒心と合致していないのに妙に上手く事が転がっていた。


「ふむ。まぁその名を聞けただけ少しは信用してもらえたか」


 少しは進展できたかと、カロンをまじまじと見つめながらミラは内心で僅かに安堵していた。

 貴族としての振る舞いと言うのは理解しているつもりのミラ。実践できているのはリーヴァルだが、どのようなものかは知識にある。

 このカロンを名乗る男、実に貴族らしさが微塵も感じ取れない。

 所作に教養はあるし言葉使いもらしい・・・のに、貴族としての風格を全くと言っていいほど伴っていないのが不思議だった。

 カロンの身に付ける高価な衣服から察するに大変裕福な家庭であろう。金銭で苦労などしたことがないはずだ。

 そんな家で生まれ育てば誰しも心の何処かに傲慢が生まれる。見下す人間がそこら中にいて、自分が特別な存在だと理解して育つし、周囲もそのように教育していく。

 少なくとも、ミラの知る大貴族とはそういうものだった。


「毒とか入っていませんのでご安心ください」

「そうじゃなくて、その、こういうしょ、庶民? の物を口にしたことがなくてな」

「ああ、そうでしたか。普段口になさる物より数段質は落ちますが、悪くはないものですよ?」

「そう……あの、これってそもそも何なんだろうか」

「これはフェルムの果実を絞ったジュースです。甘くて美味しいですよ?」

「フェルム、とは?」

「え?」

「え?」


 しかし、彼女の知る大貴族とは似ても似つかない庶民感が漂う。隔絶せず、寄り添うように生きる貴族とは、面白い奴がいるものだとカロンを観察する。

 ふと、もしかしたら高い服を着ただけの一般人かとも思ったが、庶民の慣れ親しむ食べ物の名前も何も知らないような男が一般人なはずがないと否定した。


 残念。色々とニアピンである。


 ともあれ、ミラはカロンに対して割りと好意的であった。

 重要人物――だろうと思わしき相手――にいつも通りの態度で接するのは言語道断だが、世界を探してもなかなかいないであろう庶民的な大貴族(仮)は実に興味深い。


「して、カロン殿。貴方はこれからどうなさるおつもりで?」

「え、っと。従者を探そうかな、と」


 そう答えられて、ミラとリーヴァルの表情が曇る。

 恐らく、彼は襲撃の最中で従者を見失ったのだろう。だから生きていると思っている。

 だが、そうであればきっと従者は既に。


「いや……それは危険だ」

「え、でも居ないとこう、落ち着かなくてだな」

「危険だ。その従者が見つかる確証などないし、見つかったとしてもそのまま我々と離れさせる訳にはいかない。敵はいつ仕掛けてくるか分からないのだ」


 そう言われても。何処に居るか分かってるし襲われても逃げれるし。

 これで反論しても意固地になっていると思われるだけだと感じ、カロンは素直に従うことにする。

 もうここまで付いて来ている時点で他に方法が無いのだ。あるとすれば夜を待って睡眠中に転移で脱走するくらいだろう。

 自分が保護と同時に監視されているのは気付いている。恐らく手放そうとはしない。


(敵対はしていない。保護を申し出てきた。従者の心配。貴族との断定。俺が貴族で、従者とはぐれてて、保護を申し出てくる? 俺が何者かは理解ってないからエステルドバロニアの王とは考えていない。襲われてるとでも思ったのか? いやまさかな。だってあんなとこで蹲ってるなんて不用心な真似を襲われてる奴がするわけないじゃん)


 残念。此方もニアピンだった。


 お互いの考えが明かされないまま、表面上は雑談をしながらも相手の思考を読み取ろうと頭を働かせている。

 視界の端で梔子姫から「早く逃げてこい」と連投されているのに対して、元はといえばお前のせいだよと返事を返して黙らせる。

 ミラ達の仲間が戻ってくるまでは進展しそうにないなと、呑気なリーヴァルを抜いた二人はそれだけはピタリと考えを合致させていた。





 アーゼライ教総本山の神殿は、各地の神殿と比べて遥かに大きい。

 純白の石を積み上げて壁、床、天井、柱と全てが造られており、遥か昔から変わらぬ姿を教徒や観光客に見せていた。

 その中では現在、王国騎士団と教皇の会談が行われているところであった。


 広い神殿の内部もまた白で彩られているが、その中の一室。以前は元老院が使用していた円卓の間にて教皇エイラとバストン・ドゥーエは向かい合いながら互いの様子を窺っていた。

 薄暗い室内でぼんやりと顔が浮かぶ部屋。苦い思い出しか存在しない部屋だが他に周囲を遮断して会話できる場所は神殿内には無い為、渋々使用している。

 エイラは立場があるため、オルフェアとシエレを側に控えさせているが、バストンはこの神都の様子を知りながらも武器を持たず単身でこの場にいる。

 信頼か。それだけはない。では挑発か。

 じっと神子の証である六芒星の刻まれた双眸で屈強な肉体を持つ騎士の威圧感に竦まず毅然とした態度で姿勢よく座っている。

 バストンもまた、エイラを推し量ろうと真っ直ぐに見つめている。代役を立てるかと思っていたが、幼い少女が現れ、平然と向かい合う姿に甘く見ていたかと認識を改めていた。


「突然の訪問、誠に申し訳ありません」


 口火を切ったのはバストンから。

 立場はあくまでも騎士が下になる。最初に声をかけ、深く頭を下げることでそれを明確にしてみせた。


「いえ、気にしておりませんよ。事情は聞き及んでおりますから」

「はは、ありがとうございます。して、事情とは?」


 そのバストンの態度に対して、エイラは穏やかに微笑んで平然と切り込んだ。


「とぼけなくともよいでしょう。公国が王国に対して戦争を仕掛ける気だと言うのは耳にしております」


 面倒事は抜きだ。さっさと本題に入れ。

 口ぶりは穏やかだが言葉の裏に篭もる意味はひしひしと伝わってくる。傀儡であったと聞き及んでいた教皇がここまでの貫禄を持つとは、またも予想外である。

 バストンもあまり腹芸が得意ではない。それならそれで構わないと姿勢を正した。


「では、単刀直入に問います。一つは元老院の行方。一つは情報を遮断する理由。一つは神都の民に掛けられた呪法。最後に、公国と神都の関係に関してお尋ねしたい」


 想定通りの問い。エイラは瞼を閉じて小さく息を吸い込みながら静かにバストンを見つめた。

 頭の中で何度も神官長にみっちり教えられた言葉を繰り返しながら。


「まず元老院ですが、既におりません」

「……はっきりと申されますね」

「ええ、隠しだてするのはもう不可能でしょうから。ご存知かと」

「我々が知りたいのは、何故元老院を排したのかです」

「なら、なおのことご存知ではないですか? この神都に存在した悪しき歪みを。エルフの事も、神都の内情も、知らぬとは言わせませんよ?」


 にこりと、微笑まれてバストンは言葉を詰まらせた。

 得も知れぬ迫力に、歴戦の勇士である騎士が僅かに気圧されたのだ。

 エイラの顔は何度か見たことはあった。虚ろな目で椅子に座り、ただ元老院の議長に促されて相槌を打つ、人形や傀儡と呼ぶに相応しい姿を。

 しかしこれはどうだ。翼を押さえつける枷が消えただけでこうも羽撃くとは。


「そう、ですな。存じております。ではエルフが主導して反乱を起こしたと受け取っても宜しいか?」

「はい。構いません」

「では情報遮断は」

「公国に対して漏洩することを恐れてのことです。公国の行動は元老院とも通じていましたので、彼らを排した後に調べたところ明らかになりました。神都が組みしない旨を知られれば標的にされるでしょう。強引な延命措置ではありますが、王国と協力関係を築けたなら生き残る道も見えてきますから」

「ふむ……」

「付け加えさせていただくと、王国の間者を探る術を持たないために全てを対象とさせて頂きました」


 補足をするオルフェアの言葉をバストンは幅広い顎を擦って整理する。


「しかし、王国に使者を出すことも出来たのでは」

「王国から情報が漏れないと言う確信はありませんから」


 確かにそのとおりだ。筋は通っている、と思う。

 この神都が今もなお公国と内通していないとは言い切れない。むしろ公国と手を結ぶ方が生き残る確率は高まるはずだ。

 だが、窓口だった元老院を処断したならそれも難しいのかもしれない。魔物に対して良からぬ行為を行っていると聞く公国と魔物であるエルフが手を取るとも考えづらい。


「公国との関係にも納得しました。最後に、あの呪法。そちらの事情は理解出来ましたが、あれは余りにも非人道的な行いではないでしょうか」

「他に、民を安定させる方法を思いつけませんでした。公国の動きを知って、エルフによる反乱が起こったまま落ち着かない状態で立ち向かえるほど神都の兵力は多くはありません。いずれ解くと決めていますが、これが私達に出来る最善なのです」

「それが、元老院と同じ行いとしても?」

「魔術とは、どれも便利で残酷なもの。火を灯す魔術一つで暖をとれるし怪我をさせることが出来てしまう。正当性を主張するつもりはないですが、少なくとも間違いを犯しているとは思っておりません。命を守るためと理解していただきたいと思います」


 至って毅然とした態度を崩さない。バストンの射抜くような視線に笑顔も崩さないが、その内心は冷や汗でばかり流れていた。

 どれもこれも神都の主張は後付でしかない。エステルドバロニアの存在を隠すためにノレッドが作り上げた設定だ。エルフの反乱と言う前提がそもそも違うので全てウソでしかないが、信憑性はある。

 動揺さえしなければ気付かれないと念押しされており、屈強な騎士と安全であっても対面するだけでもかなり心が折れそうだが、愛するエルフと民の為にも揺れ動く心を隠し通す他ないのだ。

 互いに無言で、視線だけが交錯する。一度として視線を切らず、ただ蝋燭の火だけが二人の思考と共に揺れ動いていた。


「……なるほど、神都の意向は理解しました。そのように変わったのであれば、今まで以上に我々と友好を築いていけるかと思いますが、如何ですか?」


 バストンの提案にエイラはこくりと頷いて、肩の力を抜いていく。この条件に持っていければ後はいい。公国なんかと仲良くする気などさらさらなく、王国と協力関係を組めればそれにこしたことはない。

 のだが、問題は隠しているエステルドバロニアのことだろうか。機嫌を損ねることは恐らくないとは思うが、あの魔物達がどのように捉えるのか不安が残る。

 謀反と捉えられなければいいが。オルフェアもそれが気になるのか、明かりに照らされない顔を僅かに歪ませた。


「願ってもないことです」

「では、この会談の内容は王国に持ち帰らせていただきます。出来るのであれば我ら騎士にも適用されているものを解除してもらえないでしょか? 難しければせめて私だけでも」

「私もオルフェアも専門外なのでまだお答えは出来ませんが、担当のものに尋ねてみます」

「ありがとうございます」

「いえ、有意義な会談となって嬉しい限りです」


 2人は立ち上がって歩み寄り、ぎゅっと手を握り合う。

 これでとりあえずは穏便に事が済んでくれたと、オルフェアの顔に安堵が浮かんだ。


 が、エイラはまだ不安が残っている。

 最後にバストンが言った言葉。これを実現していいのかどうか。その是非を問うべき魔物がこの国に居ないことが気がかりだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 失礼ですが、3章に入ってからそれまでの面白みが下がってきているように感じます
[気になる点] 王を一人にして敵になりうる可能性のある人間たちに引き渡すとか反逆としか思えない。いきなり作者のご都合主義が入ってきてつまらなくなった。これまでは一本筋の通った面白い小説だったのに急にブ…
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