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エステルドバロニア  作者: 百黒
3章 王国と公国
32/93

8 思惑



 謁見の間が正式に使われたのはまだ一度もない。

 軍団長を集めたのはただの気まぐれ。リーレと顔を合わせたのは玉座の間。正式に来賓を迎えたことはなかった。

 それが今日この日、初めて本来の用途として使われることと相成った。

 薄暗い室内に金と紅が映える。柔らかな真紅のカーペット。眼を見張るほどの高価な調度品。そして、黄金の玉座。

 薄ぼんやりと浮かび上がる玉座に座す王の姿に、今日到着したノレッドとタイラーの2人は深々と膝をついて頭を垂れた。


「お目通りが叶い嬉しく存じます。私、神都ディルアーゼルの神官長を努めておりますノレッド・アイマンと申します。以後お見知りおきを」


 足を組み、肘掛けに寄りかかって頬杖をついた王に毅然とした態度で言葉を紡ぐ。顔は作ったように笑顔を張り付けているが、その内心では謁見の間の豪華さに驚いていた。

 神官長として王国や公国に赴いたことはある。そして決まって高価な調度品を並べるものだ。

 権威を顕すために飾り立てるのは当然だ。無駄な金遣いに思うかもしれないが、国を統べる者が貧相では示しがつかない。来賓を招く場所は何処の国も国力を象徴するように飾る。

 だが、この謁見の間に飾られているものはどれもが一級品などと陳腐な言葉で表現できる物ではない。下手をすれば国一つ買い取ってお釣りがきそうな程に、貴重な鉱石や宝石、そして洗練された技巧で作られていた。

 魔物の闊歩する町並みや城の景観から想像してはいたが、格の違いまざまざと見せつけられて慄いていた。ただ圧倒的な軍力があるだけではないと。


「面を上げよ」


 静かに、王の側に立つロイエンターレの声が凛と響く。この場に招集されているのはロイエンターレだけしかいない。他の者は全てこれからに備えての準備に回しており、ただの神官相手なら彼女一人でも大丈夫だとノレッド達のステータスから判断された為だ。

 幾らかの余裕を持って顔を上げたノレッドの視界の端で、肌を刺す威圧感から動けなくなっているタイラーが見えた。


「申し訳ありません。この者は神殿での生活しか知らぬ者でして、この部屋の豪奢な雰囲気に気圧されている様子。どうかお許し下さい」


 なるべく波風立てぬよう、相手を褒めながらタイラーに助け舟を出すノレッド。そこには自らの思いも多分に混ざっており、上辺だけの賛辞には聞こえない。

 ロイエンターレも王も気分を害することはなく、言及はしなかった。


「では、要件を聞かせてもらおう。なんでも王国から使者が訪れるそうだな」


 無言を貫く王の代わりにロイエンターレが話を進める。どのような人物なのかも明かりが少ないせいで判断のしようがなく、ノレッドはまず話題に乗ることにした。


「はい。本来であれば彼らを歓迎し、有耶無耶にして追い返すべきとは思うのですが、先の戦にて我が神都を防衛していた神聖騎士が皆亡くなっております」

「我々のせいと、そう言いたいと? 文句を言いに来たのか?」

「いえ、そのようなことは。彼らの行いは目に余るもので、当然の報いだと考えております」

「では何が言いたい」

「非常に申し上げにくいのですが、このままでは人が足りぬのです。市民を兵に引き立てたところで鍛錬された騎士と呼ぶにはあまりに弱々しい。誠にご迷惑をおかけするのを重々承知で、手をお借りいたしたく」


 そう言ってノレッドは再び頭を下げた。カーペットが窪むくらいに深く、身勝手な願いを恥じるように。

 ノレッドの申し出は理に適っている。適当に人を見繕って誤魔化せるほど神聖騎士は弱くない。王国の騎士が見ればすぐに看破できてしまうだろう。

 だが、代わりに人手を求められても此処は魔物の国。送る人材は人型に限られるし、なにより魔物を神聖騎士にするとなると不干渉の決まりを破ることになる。

 不干渉を定めたのはエステルドバロニア側で、神都が要請しているので問題はないと思えるが、常駐させることになれば後々問題になってもおかしくはなかった。

 ロイエンターレが王の代弁をするには些か難しい問題で、静かに王を見つめて指示を仰ぐ。

 何も言わず、姿勢も変えないまま流れを見ていた王カロンは、ゆっくりと足を解いて身を乗り出し、ノレッドを見下ろした。


「……我々は、神都を救わなくとも害を受けない。むしろ邪魔なものが失せるとすら考える。どう思う」


 ひれ伏したままで顔を見ることはできない。ただ、エイラなどから聞いていたイメージよりも若い声と感じた。

 ロイエンターレからビリビリと感じる強烈な殺気に反して王の空気は実に薄い。それが余計に気味悪く思わせる。


「仰る通り、貴方様方の得られる利はないでしょう。聖地ではあっても今や周辺から敵意を向けられる国。利を説くにも現状では何一つ掲示できませぬ。それを知った上で、恥知らずな願いを口にしております。こうして我らが生を謳歌しているのも偏にエステルドバロニア王のおかげ。そのお優しい御心に縋るようであること、誠に恥じ入るばかりでございます」


 すらすらと賛辞を並べ立てるノレッドの姿に、ロイエンターレは王の威光を理解できているのかと満足気だ。

 今まで王を外部の者が賞賛することがなかった為、その新鮮さに酔っているのか、うんうんと頷いている。


「そうか……我らは我らの理念を持っている。だがそれも時代と共に移ろうべきと考えているのだ」


 意味深な言い回しで王が手の上に突然光を生み出し、そこから一本の黒い剣を取り出した。王の手の上で切っ先を下へ向けると、そのまま音もなく床に深く突き刺さる。

 魔術を使った様子も痕跡もない。魔術を嗜む程度に学んでいるノレッドには何が起きたのか理解できず、垣間見た魔物の王の力の一端に言葉を失う。


「ただ争うだけで罷り通る世など過ぎた時代だ。幾度となく繰り返し、全てを敵に回すなど飽いている」


 そう言って、また剣を光に戻して手の内で握る。輝く光の粒子が儚く揺らいで消えていった。


「私が神都に手を貸し、得たいものが一つだけある」

「なんで、ございましょうか」

「王国との友好だ」


 思いもせぬ望みに、ノレッドは弾かれたように上体を起こした。

 王は征服を望んでいるのではとエルフ達が囁いていたが、それが誤りだったと理解する。

 自分達はただの餌でしかないと。放し飼いにされているだけだと考えていたが、純粋に今までの生活を取り戻すために協力してくれたのではないだろうか。

 王の声に覇気などない。穏やかな音に乗せられて届いた言の葉に偽りなど欠片も含まれていないのは、多くの場で得た経験から分かる。


「そのようなことを私が望むのはおかしいと笑う者がいるやもしれん。同胞の中に反感を抱く者がいてもおかしくはない。それでも私は新しき時代に生きてみたいのだ」


 本心から、人と共に生きていきたいと望んでいるのだ。魑魅魍魎を統べる王は。


「どうだろう。神都はこの願いを叶える為に手を貸してくれるか?」


 神都の要請に、王は願望を対価とした。それは互いの利を叶える為であり、同時に魔物と共存する新たな生き方への第一歩となる。


(魔物の王? これが? そこらの王など霞んでしまうではないか。魔物を統べる手腕が手札と思っていたが、このように心を打たれては)


 化け物を想像していた自分を心底恥じ、隠すように改めて平伏する。


「お任せください。老々の身ではありますが、必ずや実現させてみせましょう」


 それは形式ではなく、文字通り屈服を表すものであった。



 その後の流れはいたって普通だった。

 エステルドバロニアからどれだけ魔物を貸し出すのか、どう言い訳をするのか、公国に動きはあるのかなど。

 一通りの話を終え、タイラーをロイエンターレに預けて自室に戻った王は、王の仮面を捨ててただのカロンへと戻る。


「ふぅ」


 今までと比べれば緊張の度合いも弱く、小さく疲れを吐き出す程度で終わる。徐々にこの生活に慣れてきたようで、精神的にも余裕が生まれているようだ。

 背後で音を立てて閉まった扉に目も向けずソファへと向かい、はしたなく尻から着地して上体を背もたれに預けた。


「神都の認識は微妙だな。言えばやるだろうけど友好的とは言い難いかぁ」


 カロンがノレッドとの会話で注意深く調べていたのは、このエステルドバロニアをどう認識しているのかだった。

 強引な手段で主権を握っておきながら放置しているのは、カロンにとっても都合が良いし神都にとっても害にはならないと判断していた。

 しかしノレッドの言葉が正しいであろう場所を抜粋すると、おっかないけど感謝はしてるし捨て駒扱いされてるのも分かってる、と言ったところか。

 如何せん実力差があるから反感を抱いていれば王国と手を組もうとする可能性を考えてみたが、神聖騎士を補充して誤魔化そうとわざわざ自国に敵を迎え入れようとはしないだろう。


「王国とどうやって渡り付けりゃいいのか考えなきゃな。あの神官長に任せてもいいっちゃいいけど、こっちは魔物なわけで。どうやって認識を変えるか」


 王国との友好は真実願っている。このレスティア大陸を纏める国なのだから手中に収めて損はない。神都の扱いも悩む必要がなくなり、今後の活動に大きな影響を与えるだろう。

 そうするには、まず王国に敵意を向けられないようにしなければならない。魔物であっても味方だと思わせなければならないが、カロンが思いつくのはどれも三流以下の案だ。


「あー、どうするかな。アニメみたいにすんなり行かないかなぁ――うっ!」


 足をぶらぶらと振り、ゴンと脛をテーブルにぶつけて悶絶する。少し涙目になりながら足を押さえ込んで唸っていたところでふと案が浮かぶ。

 アニメみたいに、と言っておいて現実に起きているのはアニメみたいな事だ。王国を正義にして公国を悪へ置き、神都を囚われの姫としよう。 

 王国が神都を取り返すために公国と戦う。実に定番の物語だが、もっと定番なものもある。辛い戦いに味方がやってくる展開が。

 この時の味方はずっと一緒にやってきた友だったり、何度も戦って仲良くなった敵だったりと燃える登場をする。


「……なるほど」


 つまり、そんなポジションにエステルドバロニアが加わればいいのではないだろうか。

 今エステルドバロニアは外部に一切の情報を与えていない。神都の変化に第三者が手を加えていることは全く知らないことになる。

 人間との共存を謳ったこの国。共存と言ってはいるが正直そこまで上手く行くとは思っていない。せいぜい協力関係が関の山だろう。なにせ魔物なのだ。人間にとっては天敵と言える。それと仲良くやってくれなど神都の時点で難しいと感じていた。

 まさか神都と同じように今後も魔術で誤魔化して共存を図るなど出来るわけがない。意味が無いのだ。国の皆は一応の納得を見せているが、他国がどう思うか。

 やはり心象を良くするのが最優先となる。そこでアニメチックな展開の出番だ。

 神都で公国の手の者がこそこそしているのは知っている。神都は場所的に手に入れれば王国との戦を優位に進められるから何処かで攻めてくると考えている。

 そのこそこそしている連中を片っ端から処理させてきたが、それを放置して神都の中で少し暴れてもらうのもいいのではないだろうか。それを神聖騎士(魔物)とエルフで倒す。そして侵攻してきた公国側の連中を王国とエステルドバロニアが倒す。


「ないな」


 言っておきながら大分ひどい。手に入っている情報から推測すれば起こりうる事態だが、実行するのはいかがなものか。

 かと言って黙って見ているには少し勿体無い展開だろう。ここで株を少しでも稼げればこの大陸での生活を安定させる切っ掛けになる。

 陳腐だが、やってみても損はない。


「あとは、個人に向けてもみるか」


 神都の遠征軍とは別に偵察部隊が編成されていると報告を受けている。その面々を洗い出してみると国にも影響力がありそうな有力貴族が2名含まれていた。

 ミャルコ指揮のにゃんこ偵察隊の情報収集力に疑いはない。声は聞けずともマップで確認できるのだから裏付けを得るのは容易だ。

 その有力貴族達に、魔物を味方だと思わせることは出来ないだろうか。


「……ミステリアスレディの登場?」


 なるほど、ありだ。

 男が3人居る。それに食い付かせながら「私、魔物なんです」「でも良い魔物です」「そんな魔物が沢山いる国があるんです」と囁かせる。

 カロンが必死になって0から外交を進めるよりもましになるかもしれない。

 甘ったれた作戦だが、手当たりしだいに踏み潰す戦争ばかり経験してきたカロンが思いつく精一杯の戦略。こちらもやるだけやってみようと、煙草を咥えたまま空中で指を踊らせて団長達のステータスを表示させた。

 全団長を眺めながら、想定している状況に合う者を探す。割りと大事な任務なので普通の兵にやらせるのは気が進まず、贔屓ではあるが信頼出来る者を選出したい。

 さらさらとひと通りスクロールさせ、途中で止める。そこに表示されているのは幼い顔立ちに濃い紫色をしたゴシックロリータ調のドレスを纏った淫魔の女王。

 性格を見ると気が進まない。もう一人にしようかと思ったものの姿が人外過ぎるので厳しいだろう。


 腕を組み指でリズムを取って思案する。大事な任務になるだろうが必ずしも必要ではない。成功すればカロンの負担が幾らか減ると言う程度のものだ。

 暫く唸って考えていたところに、ノックの音が。


「失礼します。神都に派遣する魔物のリストをお持ちしました」


 扉を開けて入ってきたハルドロギアが一度深く頭を下げてからカロンの傍へと移動する。この国で王の補佐を行なっているのはルシュカしかいない。だがルシュカには色々と仕事を頼んでいるため、その手伝いとしてハルドロギアがこうして書類を届けたりしていた。

 漂う白い煙を見咎めると気付かれぬよう注意を払いながら深呼吸をして白煙を吸い込んで吐き出し、僅かに頬を上気させながらカロンの傍に跪いて机の上に書類を重ねる。


「ハルドロギア、第6団団長を玉座の間に呼んでほしい」


 胸に抱いていた書類を机に置く動作をぴたりと止め、鈍い動きでカロンへ顔を向けた。


「あの、動かすのですか」

「ああ。他の者達ばかり優遇するわけにはいくまい。と言うか随分と苦情も来ているようだしな」


 ちらりとハルドロギアの置いていた書類の中に、目立つポップな柄の手紙が混ざっているのを見つける。随分前から件の団長から送られている手紙で、早く面会したいと言う旨を物凄く誇張してかなり淫靡な言葉で訴えてくる内容が書かれている。

 少し忙しいからと先延ばしにしていたが、そろそろ彼女も動かすべきだろう。徐々にでも軍の機能を回復させていかなければならない。今回はいい機会だろう。

 真剣な表情のカロンにハルドロギアは少し気が進まない雰囲気を漂わせながらも指示を受け取って深く礼をする。

 彼女の気が進まないのはカロンの命令ではなく、その団長に対しての感情だ。なにせ梔子姫に負けず劣らずの肉食っぷりを披露するのである。気が気ではない。

 神都に続いて、今回の問題でも大きな変化を生むだろう。その予感に胸を高鳴らせながらも、次第に増えるライバルに舌打ちを隠し切れないハルドロギアだった。





 エステルドバロニアの軍は現在、その殆どが本来の機能を停止している。

 土地を確保できたので巡回と警備に人手を割いてはいるが、領土が以前よりも遙かに手狭になったせいで半数以上が暇を持て余しているのだ。

 元々戦闘要員ではない軍や四方警備の軍もあるが、何かしらの戦闘は必ず行うように配慮しており、以前は弱いNPC戦でもして憂さ晴らしさせてきたのだが国の状況もあってカロンもそこまで気を回せずにいる。

 無闇に人間を襲うなんて選択肢が出来るはずもなく、わざわざ遠征させて野生の魔物を相手させようなんてことは周囲の目を考えると危険性が高い。

 そうなると調練や装備の手入れくらいしかやることがないのが軍事塔の今だった。

 しかし、いつまでも遊ばせておくわけにもいかない。

 各地の情報が集まり次第、どう転んだとしても軍の役目は必ず訪れる。それが何時か分からないからと言って腕を鈍らせるなど軍人としてあるまじき行為。まして目前に王国と公国の戦争が見えているのだ。

 戦への心構えが前線を担う軍は非常に高く、徐々にストレスを溜めこんでいた。


 と言う報告を受けたのが昨日のこと。

 民と周辺地域の事で頭が一杯だったカロンがそれを聞いたとき、かなり後悔していた。

 ルシュカは軍に我慢を強いらせたことに対してだと考えたが、現実はフラストレーションが溜まることで暴走する危険性を失念していたからである。

 だが流石に「じゃ、あの国潰しに行くか」なんて軽いテンションで解決など出来ず、カロンが思いついたのはゲームのシステムでは出来なかった一つの挑戦であった。



「いけやオラァ!!! 殺せ殺せ殺せえええ!」


 国の北に広がる草原で、醜い罵声が飛び交っていた。

 戦争は今のところ予定に入っていないというのに、尋常じゃない殺気を漂わせて魔物達が叫ぶ。

 地面を踏み砕きながら疾駆する鬼と人狼が狙う敵は、


「それ行けー! ぶっ飛ばせー!」

「尽く仕留めるのだ!」


 猫や狐の獣人と、鬼だった。


 カロンが提案したのは、模擬戦である。

 調練というのは元から存在していたが、軍団同士で戦闘訓練を行うことは出来ず、毎回適当な相手をそこらから見繕う必要があった。

 今回自由度だけで言えばこの世界に来てから遙かに向上しているので、以前では不可能だった行動も可能となるのでは、と目論んでいるのである。

 こうして軍をぶつけ合うことが出来てしまえば今まで苦労していた手間も不要となるだろうし、加えて軍団内での優劣も決まり向上心も生まれる可能性だってある。

 互いのレベルが高いお陰でまだレベルが上限に達していない魔物にも経験値が入るなんて期待も出来るし、武器の熟練度も上がるかもしれない。

 成功すれば一石三鳥くらいになってくれるのではないかと考えたのだが、模擬戦なんて名ばかりとしか思えない意気込みを見せる魔物達を見るとかなり不安が残る。


「それでは、全軍戦闘準備!」


 その両軍から離れた位置で、監視役は魔術で声量を高めて命令を飛ばす。

 その指導役に抜擢されたのはルシュカだった。

 本当なら他の魔物をあてがいたいところだが、初の試みとなると信頼できる者に監督さたい。

 今回の模擬戦の概要をある程度説明しており、とにかく被害が出過ぎないよう配慮してほしいとカロンからお願い――いや、懇願されている。


(株を上げるチャンスと言うわけだ。ふふふっ、次の添い寝の権利は私がいただく!)


 まあ内心は大事な用件を任されたとあってかなり浮ついているが、ルシュカもこの訓練方式が大きな意味を生むと理解していた。


「全軍、戦闘を開始せよ!」


 なのでこの模擬戦に抜擢されたグラドラ率いる第2団一個中隊と、エレミヤと兵衛の混合部隊には耳にタコが出来るくらい言い含めてあった。

 しかし、その努力は徒労に終わる。

 ルシュカの合図で威勢良く呼び出した東西両軍は、策も何もなしに馬鹿正直に直進していく。

 一応模擬戦なので、それぞれ戦略を組み立てるようにも言っていたはずが、これはどう見ても無策だろう。


「喰い散らしてやれ!」

「引っかいちゃえ!」

「斬り伏せろ!」


 三者三様の掛け声で兵を叱咤しながら、討ち取られてはいけないはずの軍団長が最前線を走る。

 手に持っているのは普段の強力な武器ではなく、それを模した鉄の塊。兵達も使い慣れた武器に似た模造品を握り締めており、なるべく安全なようにしているのだが……接敵した瞬間、両軍から派手な鮮血が舞い散った。


「――……うおおおおおおい!」


 思わずルシュカが驚愕の声を上げる。

 それもそうだろう。持っていた模造品では話にならないと思った奴等が武器を捨てて素手で殴りかかり、問答無用でスキルをぶっ放したのだから。

 おかげで巻き込まれた者達は重傷者多数。だがお構いなしに突撃する馬鹿共に怒りを隠しきれない。


「駄目だ。あこれ駄目だ。おいおい待て待て待て! 止まれ! 止まれ貴様等!」


 必死に大声で叫んでも目の前の光景は収まることを知らず、それどころか犠牲が出たせいでヒートアップする始末。

 次々と地面に倒れ伏す者が増えていき、お互い根絶やしにするまで終わりそうには見えない。


「止まれ! 止まれって! とま、止まれっつってんだろうがあああ!!」


 ついに堪忍袋の尾が切れたルシュカ。

 何もない空間からずるりと黒金の榴弾砲を引きずり出して地面を転がし、照準を天空に合わせて即座に放った。

 銀色の光の帯を残しながら雲の彼方に消え去った砲弾は、次の瞬間巨大な魔法陣を生み出して雷鎚へと変わり、激しい攻防を繰り広げる中央に降り注ぐ。

【パニッシャーブラスト】と呼ばれる広範囲砲撃スキルに気付き、慌てて防御態勢を取ってももう遅く、無慈悲に落ちた神の雷は味方であるのも関係なく手加減なしに貫いた。


「にゃああああああ!」


 衝撃でエレミヤが空を舞い、他の兵達も吹き飛ぶ。後に残ったのは瀕死の兵士に、震えるグラドラと兵衛だった。



 模擬戦の結果、両軍が得た経験値は非常に少ない結果に終わった。彼らにレベルの概念は無いが、それでも身にならないことはよく理解できている。

 負傷者147名と言う数字を叩き出し、神都攻略戦以上の被害を作り上げたことの重大さも同時にしかと理解していた。辛うじて死者が出なかったことだけが救いだろう。


「貴様ら、この私に恥をかかせる気か! 加減をして相手に大怪我を負わせるなと何度も言っただろう!」

「ごめんなさい……でもあの、ルシュカの技のせいで怪我人すごい増えた気が」

「あ゛?」

「なんでもないですはい。ごめんなさい」


 3軍が救助活動及び治療に加えて土壌整備に動いている中、離れた所でグラドラ達はルシュカの前で正座させられている。

 なにせ被害が出るかもと一応は想定していたが、その被害が遥か上を行ったのだから怒らないわけがない。

 ただ、北の門正面に巨大なクレーターが誕生したが、苦肉の策だったので大目に見てあげてほしい。

 とりあえず怒鳴り散らしてそれなりに落ち着いたのだろうが、今度は頭を押さえてどうしたものかと悩み始めた。


「暫く動けなくなったのが誰々か把握しているか?」

「あー、俺んとこは近衛が結構逝った」

「あたしのとこは遊撃隊おもっきしぶつけちゃったからそこからかなー」

「拙者の方は塑造、未桜、典膳、典雅、他諸々であろうか」

「貴様らの団の中隊長格が尽くではないか……っ」


 念入りにルシュカは注意したが、その言葉は「決して死者を出さないように」とカロンの嘆願よりも軽い内容で告げていた。その結果がこれである。


「あれほど言っただろう。これは本物の戦とは違うのだと!」

「いやでも、本当の戦だと思えとも言ってたはずなのだが」

「黙れ兵衛。このガチホモ野郎。カロン様が仰られたのは実践に近い形での訓練だ。訓練で重傷者を出す奴があるか!」

「で、でもでも、そんなに加減してたら皆やられても平気で立ち上がってくると思うよ? 身動き取れないくらい傷めつけないと」

「普段稽古の時にそこまで傷めつけるのか?」

「そんなことしないよー。でも勝敗がはっきり分かる状態にはなるでしょ? 一対一だし」


 そう言われるとそんな気がしないでもない。全体での勝敗は団長の敗北と定めることはできるが、皆が皆稽古のように一対一の状況で戦うわけではないのだ。どう兵の戦闘不能を判断するべきかを決めていなかったのはルシュカの、カロンの落ち度と言えよう。

 恐る恐る見上げる3人を見下していたルシュカだったが、責任の一端が自分にもあると知って小さく息を吐いた。


「分かった。カロン様にはその旨を説明しておこう。なにせ初めての試みなのだ。少々きつく言い過ぎたな」

「いや、俺らもあそこまでやる必要なかったと思ってる。すまねえな」

「まったくだ」

「反省の色が消えておるぞ」

「とにかく! ただそのままカロン様にご報告するわけにはいかん。我々の方でも何か考えてみよう」


 普段であればすぐさまカロンに報告して指示を仰ぐはずのルシュカの発言に兵衛とグラドラが顔を見合わせ、エレミヤが腑に落ちないと言う顔を作った。


「な、なんだ貴様ら」

「いや、ルシュカがそのような事を言うとは思わなくてな」

「うんうん」


 兵衛の意見に同感だと頷かれ、心外だと言わんばかりに腰に手を当てて目を吊り上がらせる。


「王は今お忙しいのだ。エステルドバロニアに新たな秩序を、概念を取り入れようとしておられる。なのに我らが今までと変わらぬのは失礼ではないか。少しでもお力添えをしたいのだ」


 昔もカロンは一人でなんでもやってきた。それがゲームだからと言えど、ルシュカから見れば異常にしか見えない。誰の手を借りる事もなくあらゆる物事を判断し、采配し、行動してきた。

 ルシュカが副官となってからも、ただ雑務をこなすその傍らで王は王としての責務をその一身に請け負ってきたことは変わらず、一番側にいると思えてもただそれだけでしかない悔しさが内心にいつも存在していた。

 これから新たな時代を迎えようとしている。これは節目なのだ。いつまでもおんぶに抱っこされているなど出来るものではない。

 もっと頼られるようにならねばと。王が心を開かれたのなら応えなければ臣下ではないと。ルシュカなりに考えてのことだった。

 その思いにグラドラも同調する。孤独な人間の王の為に自発的な協力をするとは何故か今まで思いつかなかったのが不思議だが、出来ることがあると知っては黙ってなどいられない。


「手伝わせろよ。俺の兵はまだピンピンしてるしな。あいつらも話を聞きゃもっとやる気になるぜ?」

「それは鬼共も同じよ。命を惜しまぬ武士(もののふ)、王の為とあらば喜んで首を差し出すぞ」

「……実にありがたいが、その意気込みの結果がこれだと言うのを忘れるなよ」


 後方で埋め立てられる大穴と担架で運ばれていく兵を見ていると些か不安だが、形に出来れば役立つのは間違いない。

 ルシュカは3人を立たせると、問題点を洗い出すために様々な提案を行った。

 珍しく揉めることなく真剣な表情で話し合いを行う3人を一歩引いた場所から眺めているエレミヤが、視線を空へと向ける。

 広がる大空に、漂う雲。次第に日差しが強くなっていくのを感じながら、昔と変わらない空の色にふと笑った。


「あたし達も変わるものなのかな、魔物なのにさ……」

「おいエレミヤ、お前も加われ」

「混じりもん、早く来い。馬鹿なお前でも分かるように説明してやる」

「うっさいよもう、台無しだよ台無しー」


 そう言いながらも彼女の笑みは消えない。変われるはずだ。変われるに決まっている。

 変われたから、こうして今があるのだ。






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