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エステルドバロニア  作者: 百黒
3章 王国と公国
31/93

7 墓石嬢

 リーヴァルをミラと愉快な仲間達(仮)に加えてから既に6日。最後の一人を見つけるまでの期限は今日を残すところとなった。

 あれから彼らはミラによって厳しい調練を受けており、毎日死ぬ一歩手前まで追い込まれて連携や個々の戦力の増強を図っている。

 初めはポウルとリーヴァルは目当ての女性に近づけて浮かれていたが、今では彼女の顔を見るだけで眉間に皺が寄るようになってしまった。

 なにせ彼女の調練は体以上に心をズタボロにしてくるのだ。


「貴様、それでも騎士のつもりか。地べたに這いずって無様な姿を晒してよく偉そうに騎士を名乗れたものだな。国の為にならんから今此処で死んでもいいんだぞ」

「さっさと走れ脆弱な一般人。誰が止めていいと言った。貴様が止まっていいのは私が許可するか死ぬ時だけだ」

「初動が遅い。剣閃も蝿が止まりそうだ。二撃目も遅いし攻撃が単調。今まで何を学んできたのだ。カスみたいな弱さは貴様の教導官が悪かったか貴様がゴミクズ以下かのどちらかだろうな」

「一撃もまともに受け止められないなら重装騎士などやめてしまえ。まだカカシに着せた方がマシだ。吹っ飛ぶ姿を見ても惨めだと思わんからなぁ」


 それはそれは、何度死のうと考えたことだろう。これに慣れて付いて行くベルトロイがどれだけぶっ飛んでいるかご理解いただけただろうか。


「お前、すげえよ」

「な、なんだよ突然気色悪いな」


 ぐったりと訓練場の土に頬ずりするリーヴァルが辛うじて口にできた言葉はそれである。

 今日は最終調整だと言うのに容赦なくしごき倒され、いつも通り生死の境を彷徨うまでに追い込まれた。

 彼女の調練は確かに効果がある。ただ厳しすぎて成長が実感できないのが欠点だろう。


「で、最後の一人は見つかったのかよ……」


 ポウルも振り絞るように声を上げた。彼もリーヴァルと同じように地面と触れ合っている。

 唯一ぴんぴんしているベルトロイは毎日訓練が終わる度に貴族で纏められた部隊を見に行って探しているのだが、どうにも求めている人物が見つからない。

 最終日だと言うのに未だ成果を上げておらず、困ったように頭を掻いた。


「それがいい奴いないんだよ。どいつも弱すぎる」

「そんなでもないだろ。貴族って、一応は俺達よりも早くから、騎士の訓練受けてんだろ?」

「貴族ってのは基本騎士なんてもんに興味ないんだよ。どいつも家督を継ぐ権利がないお坊ちゃん共ばっか。そのくせ戦功だけは欲しがるから質が悪い」


 ポウルの疑問に元貴族のリーヴァルが答えた。


「中には真面目なのもいるけどよっぽどだな。真っ先に家が困窮してんのか疑うくらいによっぽどだ」

「よく騎士になんてなれるな。おっかねえ」

「他に行く場所がないのもあるし、功を上げたがるってのもある。でも貴族が死ぬと色々問題になるから適当に指揮官に召し上げられる。悪循環だよ、戦力増強を望んでいるのに徹底できてない」


 そんな奴らに指揮されて戦うなんて考えるだけで恐ろしい。「他国と比べてリフェリスの騎士が弱い理由だ」とリーヴァルは付け足した。

 この国は貴族の力が強すぎる。今回の敵対しているラドル公国も元は王国の一貴族だったが、神都を得ていたりしていたことで国より優位になり独立をした国だ。

 貴族が強すぎて国の方が彼らに気を使う始末。お陰で騎士団は一向に強くならない。

 昔と比べればマシにはなったと言われるがそれでも指揮官がボンボンばかりではやはり話にならないのである。そのせいか、この国では平民出の騎士に期待している節があった。

 そう言う面があるから、公国に侮られていると受け取ることも出来る。中央の大陸を纏めていると言っても力関係で大きな差がないのは問題であった。


「最後の一人が難関だな。リーヴァル、誰かいい奴知らねえか?」


 ベルトロイは女の子を紹介してもらうような軽い口調で最後の頼みの綱であるリーヴァルに問う。2人の関係は最初こそ険悪だったが、現在はミラによる地獄を共に這い登る同士と認識し出したので大分改善されている。

 頬を土に押し寄せた姿勢のまま唸ったリーヴァルが寝返りを打って蒼穹を眺め、ふと思い当たる節が浮かんで上体を起こした。


「ないわけじゃねえけど難しいぞ?」

「誰だよ」

「マリアンヌ・フォン・フランルージュ。聞いたことないか?」


 その名に引っかかる部分がないのか、ベルトロイは首を傾げた。


「あ、俺知ってる。魔術使いの重装騎士だって騒がれてた同期の奴じゃね?」

「ご名答。墓石嬢ミス・ツームストンって呼ばれる土系統の元素魔術師でありながら重装騎士としての技量も認められたマジックナイト。彼女なら貴族でいながら強いぞ」


 大盾で正面を塞ぎ、四方から魔術が襲い、正面から武器が迫る。鉄壁を誇る重装騎士が魔術を扱うなど考えただけで恐ろしい。

 片手で剣を弄びながらその墓石嬢をイメージするベルトロイだが、頭に浮かぶのはゴリラのような化け物。慌てて頭を振る。女性の重装騎士と言われたらそんな想像をするのも無理からぬ話だろう。


「で、その墓石嬢は誘ったら来てくれそうなのか?」

「どうだかな。ミス・マリアンヌはプライド高いって有名だ。今時珍しくノブリスオブリージュを真面目に執り行ってる人で平民からの信望も厚いが、あくまで平民を救うのが目的であって肩を並べるってことは嫌う。ただそれよりも問題がある」

「なんだよ」


 勿体ぶる物言いに少し苛立ったベルトロイは、よろよろと立ち上がったリーヴァルをじっと見つめる。


「――ミラ嬢と不仲なんだよ」

「あっ、最悪だ」


 思わず天を仰いだ。よりにもよって彼女である。

 リーヴァルによると、ミラは貴族ではあるが自分は騎士だと言い張っている。故に領地に関心がなく社交にも興味がない。父の指示で渋々やっているだけだ。

 マリアンヌはそれが気に入らないらしい。曲がりなりにも公爵家の一人娘なのだから責任を持つべきだと。

 まあ、ミラがそこに関心を向けることはまずないだろう。あの性格を見れば想像がつく。


「駄目じゃねえか」


 平民と共に戦うのが嫌い。ミラ・サイファーが嫌い。いいとこなしの面々の中に入ってきてくれるとは到底思えない。

 めぼしいのは一人。しかしその一人のハードルが高い。出立が明日に迫っている現状で複数に目標を広げるのは難しく、やはりマリアンヌを引き入れることに努力する他ないのだった。


「とりあえず、ミラ教導官に話をしてみるか」

「そうだな。そこから始めるべきだろう」


 正直このメンバーだけでいいんじゃないかと思い始めてもいるので、まずそこからお伺いを立てることに決めたベルトロイの口から深い溜息がこぼれる。

 遠征を目前にして、なんとも気の重い任務だった。





 3人の調練と名の付いたストレス発散を終えたミラは教導官室へと戻り机の上の書類を整理していた。

 普段であれば彼女以外に21名が詰めているが、状況が状況からかほんの4人程度しか居ない。

 はだけさせた胸元を手で扇ぎながら見ている書類は明日からの活動予定表だ。ざっくりとした内容だが大まかな動きは記されている。

 まず明日早朝に王国を出立し、丸3日かけて神都へと入る。騎士団はそのまま神殿にて謁見を行い、ミラ達は街を探索する。その間に恐らく公国が動くと予想されており、同時に神都でも襲撃を受ける危険性がある為それを迎撃。そこから王国へ帰還することになる。

 実際にこの通り進むとは誰も考えていないが、王国が手薄になったところを狙ってくる可能性は十分にある。大事なのはどれだけ早く妨害を突破できるかであろう。

 神都が公国に荷担していれば厄介な神聖騎士を相手にすることになる。対策を講じておかねば思わぬ痛手を負うことになる――が、そんなのはミラに関係ない。

 彼女はとにかく街を探り、公国の手の者が居れば捕らえて拷問で情報を引き出し国へ帰還すればいい。神都の協力があるとしても情報を引き出して帰還する。超武闘派の思考回路で問題を何も感じていないし、それが彼女の負う役割である。

 ただ、戦闘以外の面で浮かぶ問題は、神都に出る際に記憶の改竄を行われないかどうか。そして神都内で行動が制限されないかの二点だ。

 前者は一応ヴァレイル・オーダーの作った対魔術の護符を持たされている。効果が実証されていないのは些か不安だが、ある程度の効力は発揮してくれるだろう。

 問題は神都内だ。諜報員が記憶改竄される点には興味を向けていないが、何一つ情報を持っていないのが疑問だった。

 数度諜報員を送っており、第二陣以降は神都に巡らされた魔術の説明を受けている。それならメモを書いて隠したりすればいい。だがそんなもの見つかっていない。

 考えられるのは、無意識の内に神都内の情報を外部に持ち出そうと言う意識が働かなくなる魔術が存在する可能性だ。


「もしそうなると、色々面倒だな」


 いざと言うときの為に不要だが予備として新人メンバーを揃えてはみたが、神都に入ってみない限り空想の域を出ない。対魔術の護符を信用するのも難しく、後手に回らざるを得ないのだった。

 何か他に打開策はないものかと頭の後ろで手を組んで椅子を漕いでいたミラだが、背後に感じた気配に首を反らせる。

 逆さまの視界に映ったのは小柄でお淑やかな雰囲気を漂わせる、金髪碧眼の少女。

 ミラの口元が、僅かに吊り上がった。


「来たか、墓石女」


 皮肉たっぷりの言葉に少女、マリアンヌ・フォン・フランルージュは眉一つ動かさずに真っ直ぐ睨み返す。作られた笑顔はただ冷たく、いつの間にか教導官室から人が消えていた。


「ええ、お断りを告げる為に」


 睨み合う二人。不仲だと言うレベルではなく、完全な嫌悪を剥き出しにしたマリアンヌの様子にミラは益々笑みを深めた。

 お互い面識はあるし会話もしたことがある。ただ、とにかく仲が悪い。

 一方的にマリアンヌが毛嫌いしているのが原因なのだが、ミラの性格を考えれば仕方ないと思えてしまう。なにせ公爵家の娘だというのに口が悪く態度も悪い。立ち振舞だけは洗練されているが相手を選ばず歯に衣着せぬ物言い。騎士として務めるよりも貴族としての生き様を蔑ろにしているのが、貴族としての誇りを持つマリアンヌには合わない。

 そんな不仲だと言うのに何故マリアンヌがミラの前に現れたのかと言うと、ベルトロイが声をかけるまでもなくミラが勧誘していたのだ。

 すべて任せると言ったがあまりにも時間が掛かりすぎるので、渋々最後の一人を選んでいたのである。彼女もあのメンバーに加える候補には彼女しか思い当たらなかった。

 それだけマリアンヌの実力を評価している。神聖騎士と違って王国の騎士に魔術が使える騎士は少ない。一応回復魔術など最低限は使えるが、本格的に戦闘で使用出来るレベルの魔術を会得しているものは彼女を省けば皆無と言っていいだろう。

 稀少と言うだけではなく実力も備えている。嫌われていると知っているが引き入れたい人物なのだ。


「それでも貴族なのか? 民の危機が迫っているのだから手を貸して然るべきじゃないのか?」

「貴女が貴族を語らないでくれませんか。それに民に危機が迫っているのなら遠征になど加わらず本隊に参加しますよ」


 ぶすっとした態度を上官に向けるなど本来は叱責されるべきだが、そんなことを気に留めずミラはマリアンヌを煽り立てる。


「神都の民は貴様の庇護下に置く民とは違うと?」

「ええ、違います。私が守るのは王国の民であり王国の権威。神都など知りませんよ。公国に手を貸したのか公国が占領したのかはどうでもいいですし、そうなった事が既に救うに値しない」


 きっぱりと言い切り、腕組みをして顔を背ける。清純なお嬢様を思わせる容姿をしているが内面は苛烈だ。猫を被っていなければミラといい勝負な気がする。

 神都がどういう形であれ王国に牙を剥く。それだけで切り捨ててしまえばいいと思っている。国の不利益になるだろうが、完全に叩き潰して改めて王国で再建した方がいいのでは、とまで考えていた。

 相変わらずのマリアンヌにからかうような目を向けるミラはぐっと上体を戻して立ち上がり、マリアンヌを正面から見下ろす。背が低いマリアンヌはその身長差に更に機嫌を悪くした。


「しかし、貴様の手を私が借りたいと言っているのだぞ?」

「ただ数合わせと保険ででしょう。私が分からないと思っているわけありませんよね?」

「よく分かったな」

「本当に貴女は……」

「別に気にするな。貴様は本隊に参加すると言っているがそれは無理だ。私が上にマリアンヌが遠征に参加すると伝てあるからな!」


 はっ、と鼻で笑い飛ばして胸を張るミラ。嫌がらせに近い妨害を既に行なっていた。

 ひくりとマリアンヌのこめかみが引くつく。


「まぁ、私に協力する以外に貴様の道はないぞ。それとも何か。ただダラダラと宿舎で寝ている方が良かったか? 参加できないのだからそうなっても仕方がないよな」


 ニヤニヤと意地の悪い顔をしているミラだが、気を害した割に食いついてこないマリアンヌの様子にふと疑問を抱く。


「――それでも、貴女に手を貸したくありません」


 そして、一つ確信する。確信しておきながら、わざと尋ねた。


「それはまた何故か?」

「聞かずとも分かっているでしょう。騎士団長、と言うより国の上層部ですか。この作戦に別の意思を持っているのではないですか? 公国を討滅せんと言うのは確定でしょうが、その割には杜撰が過ぎます」


 そんなわけがないと、誰かが居れば口にして異論反論を並べ立てたであろう。

 だが、ミラは何も言わなかった。


「おかしいんですよ。神都に送る兵力がたったの4個小隊。神都で敵を阻むには少なすぎる。本気で第三者の介入を警戒しているならそもそも遠征に出すのがおかしな話。それなら予備戦力扱いで常駐させておく方がマシではないですか。神都の神聖騎士は総勢2300はいるのですよ? たかだか120が相手取れるわけありません。神都周辺で囲まれて、中でなぶり殺しになるのが目に見える」


 マリアンヌの言い分は最もである。介入を恐れるにしても、神都を侮っているとしか思えない編成だ。いくらミラが強かろうと数で負けていては個々の武などさしたる価値はなく、足止めにもならない。


「しかしやらねば負けるぞ」


 そう。神都が公国に落ちていたとすれば王国の敗北は濃い。公国でどれだけ魔獣をかき集めたのかは分からないが、神聖騎士が加担するだけで情勢はひっくり返りかねない。

 それほどに神都は重要なのだ。収益だけではなく軍事力としても。故に王国はどうにかして公国から神都の利権を奪えないかと画策してきたが、結果は現状を鑑みれば理解できるだろう。

 王国と公国の距離は徒歩で5日行軍してたどり着く距離。対して神都は3日の距離。神都を警戒して兵を国に残しておくには公国が遠すぎる。かと言って神都から兵を差し向けられる可能性を無視して全軍を当てるわけにもいかない。実に立地が良くなかった。


「元老院の引退など馬鹿らしいことだが、事実人の口からあちらこちらと聞こえてきている。我々が恐れているのは公国への加担だが、同時に神都の完全な独立も懸念している。正面切っての戦では此方が有利だが、両面となれば我らがきつい。腐れ爺共がわざと流しているかもしれんし事実かもしれん。誰が敵で味方なのかをはっきりさせなければ兵をどう動かすかはっきりしないのだよ」

「でも神都が介入してくると踏んでいるのですね」

「まぁ、そうだな。王国に手を貸すのだけは想像がつかん」


 一応中央大陸では最も繁栄しているリフェリス王国だが、公国に依存しているのは間違いない。多くの公益などで稼ぐよりも、神都が生み出す容易で多額の収益を受け取る方が儲かってしまう。大国として存在しておきながら元公爵領に依存しているとしられていれば立場の弱さも理解できよう。

 おまけに兵の練度が内戦を勝ち抜いた国でありながら低い。貴族制度や勇者候補などのせいで質を保てなくなったのが原因ではあっても、打開策を生み出さずに来たのは王国の落ち度だ。

 そんな国に縋るよりは長い付き合いとコネクションのある公国に靡くのも致し方ない。


「なら、大人しく神都に兵を差し向ければ良いではないですか。こんな回りくどい方法を取らずに。そうすれば神都から公国に増援が送られるのも防げるでしょう」

「だから兵を半分に分けるには厳しいと言っているだろうが。馬鹿か貴様。真っ先に公国を潰さなければだらだら長引いてしまう。神都を足止めする程度の戦力に抑えたいのだよ。神都の保有する神聖騎士2300だけなのかどうか、公国の支援があるのか、それを調べるのが最優先だ。まだ公国の動く様子はないからその猶予を偵察に向ける」

「ですが」

「ですがも何もあるか! 入ってくる情報はどれも公国のものばかりなのを理解しているか? ここまで情報を遮断されていては危険なのだ! そんな余裕この国にあると思ってるのか貴族様は! 口には出さんが公国寄りの連中が敵に回る可能性だって考慮しなきゃならんのだぞ!」


 引き下がらないマリアンヌに激昂する。レスティア大陸の大国と言いながら、たった二国に脅かされている国に余裕などあるわけがない。貴族も自領を守るために騎士を保有しているが、全て味方につくわけではないだろう。

 力で大国へと登りつめたわけではない。その弱みが今を生み出している。

 脱力したようにマリアンヌから顔を背けると、乱暴に椅子に座り直して大きく息を吐きだした。


「使者を送るのは一応名目が立つ。だが捨て駒になるのは否定せんよ。私は仲間を見殺しにして帰還するのが役目だ。それを叶えない限り、王国の勝利は見えんのだ」


 それが今回の作戦の実態だ。ミラの部隊が遠征軍と別働隊にされているのはそれが理由である。一切の連携はない。援護もない。お互いがお互いの任務を果たすためだけに動く。その生存率は、遠征軍はゼロに近かった。


「……やるせないです」


 ぐっと端正な顔を歪ませて嫌悪感を表すマリアンヌだが、理解するしかなかった。心の奥で否定していた考えを真正面から突きつけられては理解せざるを得なかった。


「バストン・ドゥーエは惜しい。惜しいが彼程の者でもなければ遠征軍に懐疑心が向いてしまう。いくら嘘でも本当に思ってもらわなければならないからな」


 正道でなければならないのだ。騎士とは。貴族とは。

 しかし非情でなければならないのだ。戦争とは。

 平穏が崩れた途端に溢れ出した多くの問題が、生贄を捧げるような行為をする羽目になっている。

 自らの誇りを踏みにじってでも勝たねば未来はない。握りしめた純白の制服が、薄汚れて見えた。


「清廉潔白でいられるほど我らは強くない。脆弱で貧弱で惰弱。こうでもせねば勝てぬ戦だ」

「気に入らない、気に入らないです。貴女も。貴女と共に行くことを選ぼうとする私も。気に入らないっ……!」

「だが、それが戦だ」


 無情。

 足を組んで偉そうな姿勢でいるミラと、左手で右腕を握り締めるマリアンヌの間に、歯がゆい思いが渦巻く。


 最後の一人が、決定した。





 その光景を、窓越しに眺める2つの目があった。

 虹に輝く双眸、三角の耳、樹の枝の上からじっと眺めるその瞳の奥では、同じ虹色の瞳を持つ巨大な白い毛玉が愉快げに眺めている。


「ふむーん。まだミャーたちのことは知らないわけニャ。まぁ、リューさんがガッツリ記憶阻害と行動阻害の広域魔術かけてるから当然といえば当然ニャ」


 ふんふんと鼻をひくつかせる毛玉がのっそりとその巨体を起こすと、周囲に侍る猫を一瞥する。


「まぁ、ただの猫がミャーの眷属だなんて気付けるはずもないからそれもまた当然だニャ。バロニア無双状態! 素晴らしいニャ!」


 そう叫んで短い前足で天を仰げば、薄暗い森の中で猫の合唱が沸き起こる。にゃあにゃあと大きな鳴き声で王を、国を崇める声は、ミャルコが手を下げると途端に静まり返った。


「けど、問題はこいつらだニャ」


 視線の先にはまだミラとマリアンヌが映されており、彼女達、いや、ミラに注目していた。



 勇者。英雄。

 そう呼ばれる存在は前の土地から存在していた。そして最も警戒すべき相手である。

 アポカリスフェのゲームは、プレイヤーが魔物の主として参加しているが、そのストーリーとしては人間が主役なのだ。

 一度魔王軍によって蹂躙されたが、英雄や勇者の活躍によって平穏を取り戻し、プレイヤーは再び人間界を蹂躙するために魔物を従える、と言うストーリー。つまり、プレイヤーは敵扱いとしてプレイする。

 そしてそのストーリーが元になっている以上、それこそマンガやアニメのような大逆転劇なども起きる仕様だ。その起点が勇者や英雄といった人間の中でも超越した存在だった。

 カロンの視点から言うなら、勇者は自分とパーティに対する逆境補正、レベル差補正、抗状態異常補正、能力値補正が搭載され、しかも補正の倍率がえげつない。同レベルの勇者一行と団長陣を戦わせるとなると、最低でも2体はぶつけなければ勝利を拾えないくらいの強さを誇る。

 対して英雄は率いる軍に能力値補正が強力だ。同数同レベルの戦闘ではぶつかるだけでは勝てない。頭が痛くなるくらいに手練手管を駆使しなければごりごりと削られて敗北してしまう。


「やだニャ。勇者は」


 このゲームバランスが最初は好評だったが、低レベルの軍を5レベル高いだけの勇者に蹂躙されたり英雄の率いる軍に滅亡させられたりと、平然と超越者が蔓延るせいで涙なしでは語れない事が多数勃発した。

 カロンもこれは経験しており、この世界でもかなり警戒している。口にも顔にも出さないが王国の軍事力を調べさせる際にかなり念を押していた。


「でもあんまり強くなさそうだニャ。やっぱ純血じゃないからなのかニャー。前の世界じゃ勇者は勇者だったし英雄は英雄だったし」


 しかし、今回は少し違うようだ。

 勇者とは直系が継承するもので、複数に能力が分割することはなかった。しかしこの世界で勇者を名乗る者達はどれも脅威に感じられない。勇者として覚醒しているのではなく、勇者の血が力を与えている。それも薄い。

 魔物達が戦々恐々とした存在とは似ても似つかず、劣化品程度としか思えないのだ。

 起こした体を再び大木の切り株の上に横たわらせたミャルコは瞬きを繰り返す。その度にテレビのチャンネルを変えるように映される映像が切り替わり、ミラに同行するメンバーや調練に励む騎士達を眺める。

 見れば見るほど強そうには思えない。思えないが、戦場で覚醒される可能性はある。勇者の血がそれに影響するかは不明だが、気にかけておくにこしたことはないだろう。


「ま、少しは楽しめそうって感じだニャ」


 戦々恐々としてはいるし、脅威とも思っている。だがそれが逃げる理由には成り得ない。むしろ喜び勇んで挑むだろう。

 飢えているのだ。血の滾る闘争に。強くなればなるほど強敵に出会えることは当然減っていく。そうなるとむしろ脅威になる存在を求めたくなるのは弱肉強食の中に存在する非生産的な欲だ。

 面白くなればいい。強敵が生まれるなら軍は喜ぶ。そうならなければ国の繁栄拡大を祝う。少なくとも前線切って首を求める連中にとっては痛くも痒くもない。どちらに転ぼうと命をベットするに足る理由なのだから。

 勝敗は兵家の常。生死もまた同様。死してヴァルハラにとは思っていないが、国に捧げる死を誉れとすれば忌避する意味はいかほどもない。

 俺より強い奴に会いに行くとはなんの言葉だったか。弱肉強食は魔物の掟だが、決して強者が搾取するだけの意味ではなく、弱者の下克上もまた含まれる。


「結局みんな闘争本能の塊なわけで。ええ、ええ、みんなそう教えこまれてきてますとも、ええ」


 今回起きる戦をカロンがどう采配するのかは誰も知らない。だが人間との共存を望んだのならやたら滅多に殲滅はしないだろう。

 笑顔で右手を差し出し、左手で刺し殺すくらいはするとミャルコは踏んでいるが、果たして合っているのかどうか。

 なんにせよ、面白い事も面倒なことも全てカロンへと伝えるのがミャルコの役目。配下の猫に命じて城へと走らせながら、また楽しめそうだとニャフニャフ言いながら笑った。






ぶっちゃけ適当。もっとこう、きちんとした展開にしたかったけど私の妄想力では及ばず……っ!


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[一言]  ストレス発散だったんだ。
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