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エステルドバロニア  作者: 百黒
3章 王国と公国
29/93

5 一般騎士

 ベルトロイがミラから神都遠征の話を聞いた2日後、ついに集会の場にてあの話が昨夜決定したことを騎士団長から告げられた。

 その内容は、あくまでも噂の真偽を確かめることだと説明しており、出立は7日後の5の月終の週6の日で決定となる。

 今の神都の状況を告げながら、懸念されている公国の動向までも騎士団員全員に説明をした後、ドグマはこう締めくくった。


「諸君、これは戦である。公国が動かぬのならそれでよし。動くならば迎え撃つ。騎士の誇りにかけて、全力で事に当たるように。以上だ」


 壇上からドグマが去ったのを皮切りに、様々な憶測と心情があちこちで会話されている。

 その中でも多いのは公国との戦争が起きるのか、だ。しかし一部の、気付いた人間達の反応はまた少し違う。

 何故神都なのか、と。

 わざわざ神都に兵を派遣してほしいと頼み込むのだから、戦をする算段であれば王国の兵力を割くつもりだろう。神都と手を組んで二面作戦を強いる可能性は高い。

 神都の神聖騎士は王国の騎士と比べて魔術に長けており、剣と盾で進む騎士が相手では如何せん分が悪い。王宮魔術師を連れて行けばいいだろうが、全員が魔術と剣術が使える神聖騎士とやるには同数以上の魔術師が必要になる。

 苦戦するのは必至で、どちらか片方を切り捨ててもう一方を早々に撃破し、残った方へ応援に駆けつける。それしか無いのでは。

 だが、やはりアーゼライ教の総本山で問題を起こそうとしているのは、公国の仕業だったとしても納得できるものではなかった。



「で、分隊長はどう思います?」


 これから暫くの間は警戒態勢を取るため、訓練が全て中止にされてしまう。

 騎士団は慌ただしく準備を進めているが、新米が出来ることは数少なく、せいぜい手子になったり武具や馬の手入れをするぐらいしかない。

 現在手の空いている、一般から騎士へと上がった者だけで構成された158分隊は訓練場にて稽古をしている。

 その一角で、木剣をぶつけ合う組の一人が相手に尋ねた。


「どう、と言われてもね」


 かん、と乾いた音を立てて木が当たる。鍔迫り合いの体勢になりながら、見つめられる彼は困った顔を作った。


「アーゼライ教の総本山を戦場に変えようなど、正直馬鹿げています。そんなことすれば各地の信者から批判は免れないのに」

「だから俺達が行くんだろ。神都で戦いをおっぱじめれば悪いと言われんのは王国だろうからなぁ。公国と神都の繋がりは騎士の中では結構有名だし」

「つまり、どちらに転んでも王国が悪者扱いされるんじゃないかって、ことですよ、ねっ!」 


 力を入れて分隊長を押し飛ばした男は斜め下からの切り上げを行うも、分隊長の持っていたカイトシールドによって防がれてしまう。

 お返しとばかりに分隊長の剣が真上から振り下ろされるのを察知すると、慌てて頭上に盾を構えた。


「ぐっ!」

「それはあくまでも神都が戦場になればの話じゃん。みんな警戒してるっぽいけど、さすがに公国もそこまで頭悪くないでしょ。あんだけ大勢にバラしたとこを見ると、騎士団長は内偵でも探してんじゃないのかねっと!」


 頭上の攻撃はじりじりと押し潰しだし、男は払うように弾こうと動く。それよりも早く、彼の真下から現れたシールドは顎を打ち上げるように迫ってきた。

 一瞬上からの圧力が消えたことで回避の為に一歩後ろへと飛び退るが、それに追従して分隊長も一歩前に進み、盾の影に隠していた刺突を喉元へと放つ。

 男から、小さく呻き声が漏れた。

 勝負がついたと互いが確認をしあい、分隊長は剣を収める。ダークブラウンの長髪を揺らし、端正な顔立ちでニヤリと笑うと、男は苦々しい顔を作ったものの素直に微笑む。


「やっぱ強いですね」

「へっ、没落しても育ちが違うってこった」


 家を失い、どん底に叩き落された彼の執念は、こうして今一般の騎士を従えるだけの実力があると判断されるまでに至った。

 リーヴァル・オード・シュライフ。没落したシュライフ家の長子であり、第172新騎分隊隊長であり、そしてベルトロイ達に喧嘩を売った男である。


「あの、お疲れ様でした!」

「ん?」


 2人の戦闘が終わったのを見計らって背後から声をかけられ、リーヴァルが振り返ると4名の若い女騎士が待機していた。手にはタオルや水筒を持ち、目を輝かせながら反応を待っている。

 彼女達の反応は憧れる者に向けるそれであり、視線の先にはリーヴァルのみ。隣に並んでいる男はあからさまな彼女達の対応に少し口を尖らせたが、自分には縁のないものだからと興味深そうに横目で見ている。

 男に背を向けているのに背後から突き刺さる好奇の視線をどうにか堪えながら、リーヴァルはにこやかに笑顔を作った。


「ありがとう」


 そう言って自然な動作でタオルを受け取って顔を拭い、水筒も受け取る。黄色い声が女騎士達から沸き起こり、騒がしいままさっさとリーヴァルの側から離れていく。ただ渡すためだけだったらしい。

 どの子も平均以上の顔立ちをしており、むさ苦しい騎士団の中では蝶よ花よと愛でられるだろう。だがその綺麗所が纏まってリーヴァルへと矛先を向けているのだからあまり周囲はいい気がしないようで、今度は周囲から嫉妬の目を向けられて居心地が悪い。


(うっぜ)


 口にはしないが、遠のく背に向ける目は鬱陶しそうにしている。

 曲がりなりにも正式に騎士団に配属された身なのだから、真面目に鍛錬をしろと言いたかったが、それで余計に面倒になられても困る。思っても口にしないのは、彼女達が叱られても関係ないと割り切っているからだ。


「羨ましい限りですね。俺もあんな風にされてみてー」

「邪魔なだけだよ。あんな遠巻きに見つめてきてあいつらいつ訓練してんだよ」

「うっわ、そっちですか」

「そりゃそうだ。他の奴ら蹴落として騎士になってやることとは思えねえな」

「あー、分からなくはないですけど」


 騎士になるだけの実力がありながら、それを捨てる行為を見ていると今までの努力が意味のないものに感じてくる。だから自分に思いを向けてくれていると知っていても、ひたすらに鬱陶しいと思うだけだった。


「ま、分隊長はミラ小隊長にお熱ですからね。彼女らも気の毒です」

「ばっ!」


 いきなりの爆弾発言に大声を上げそうになったが、慌てて口を噤んで男に詰め寄ると、鼻先3cmの距離で鋭い眼光を放つ。


「おいお前、それは違う。断じて違うからな」

「え、だってイスラとかが」

「いいか。次その話を持ち出したら全裸にして宿舎の壁に吊るしてやるからな」


 ただの脅しではなく、目が本気だと言っている。からかうつもりはなかったのにえらい怒られる羽目になった男は少し涙目でこくこくと頷いた。

 ミラの事が好きなわけではない。いや、気にならないわけじゃないけどそう言う気にしているじゃなくて気になるのは色々こう、あれだ。

 リーヴァルの家は数年前までは功績によって子爵の位を持っていた家系だ。広く社交界に顔を出し、リーヴァルも幼い頃に親と共に貴族の輪の中で育ってきた。

 その際にミラと何度も顔を合わせたことがある。それとは別にサイファー家の屋敷に招待され、ミラと共に遊んだことだってある。剣の稽古を一緒に受けたこともある。

 親の力だったのか、サイファー家とは懇意にしていたようで、他の貴族よりも彼女と顔を合わせる機会はずっと多かった。


 それなのに、である。


 親の人が良いせいか金の無心に来る者が多く、割と大きかったベルドット家に大金を貸したものの耐え切れず没落されてしまい、お金が返済されなくなったせいで一気に困窮してしまったのだ。

 自分が誰かに借りるのはプライドが許さなかったようで、市井として暮らすには問題ない資産が残っているうちにと爵位を返上。おかげでリーヴァルはミラと会うことが叶わなくなってしまった。

 しかしチャンスはやってきた。ミラが騎士団に入団したとの情報を入手した途端、それまで興味をあまり持たなかった剣術に異様な意気込みで打ち込んで訓練校へと入学する。

 その際に言われていたのが、「訓練校で一位を得た者は“騎士の誉れ”が指導に当たることになっている」との情報。当然リーヴァルは狂ったように訓練し、ついには首位で卒業し、騎士団へと入団した。

 順調だったのだ。その時が来るまでは。


 いざ入団してみると、何故か自分の指導官が見たこともないおっさんだった。

 あれ? 誰これ。ミラお嬢様は性転換でもなさったのか? それとも鍛えすぎてこんな姿に?

 当然そんなわけはなく、自己紹介を受けてもやはり誰だか分からない。ただ大隊長と言う大物とだけは理解した。


「あの、すみません。私の指導官はミラお嬢様では、ないのでしょうか」

「ん? ああ、彼女は自分で相手を選んだんだよ。お陰で俺が駆り出されることになったんだ。悪いなぁミラ目当てだったのか。もう決定しちゃったんだよ」


 その時のリーヴァルの心情は言葉で言い表せることの出来ない暗闇であった。


(納得いかねえ。なんであんなチンピラみたいな奴の指導官なんかに……何か弱みとか握られてるんじゃないのか……?)


 アッシュグレーのぼさぼさした頭。目つきも悪いが顔が既に悪どい。おまけに苦労知らずの勇者候補。何からなにまで気に食わなかった。それどころかありもしない想像を働かせる。


(か、かかか体とか求められてたり!? そ、そんな駄目ですミラお嬢様! そんな男ではなくこの俺の元に! 俺の元に! ああ、やめろ糞野郎! 俺のミラお嬢様を汚すなんて! そんな、そんな!)


 この男、寝取られ願望でもあるんじゃなかろうか。好きじゃないとか言っておきながらもこれである。見た目の割に頭の作りは良くないらしい。

 それはともかく、リーヴァルはどうにかしてベルトロイを排除したいと考えている。少し小突けば育ちの悪さが露見して騎士団から追い出されるだろうと考えていたのだが、ファーストコンタクトで仕掛けた挑発は関係のないゴリラに反応されてしまった。

 余計なゴリラことポウルが挑発に乗ってしまったせいで他の騎士の手前引き下がることも出来ず、しかも何故か対象だったベルトロイが仲裁に入ってくるではないか。

 結果は何処からともなく現れたミラがベルトロイを踏みつけていなくなったことで収束したが、ベルトロイの株を上げる形で終わったのが気に入らない。

 だがそれ以上にミラが名前を呼ばなかったほうが気がかりだったりする。


(やはりあの男を叩きのめすしか方法は。しかし馬鹿正直に決闘を仕掛けても乗ってくるだろうか。チンピラのくせに煽っても乗ってこないだなんて)


 以前のベルトロイなら有り得たのだが、ミラによる調教――もとい訓練によってそこら辺は改善の兆しを見せている。余程のことがなければ喧嘩をしたりはしないだろう。


「さっさと歩けノロマが。貴様この私をこのようなしょうもない乗り物に長く乗せていたいのか? 本当に愚図だな貴様。今すぐ騎士をやめて実家のママに泣きついてきたらどうだ? 私からも言ってやろう、「この男は騎士団としての自覚も持たずろくに訓練もこなせぬ害悪でしたので消えてもらいました」ってなぁ」

「絶好調っ、ですねっ、ミラっ、教導官っ、様っ! 俺っ、今っ、腰のっ、骨がっ、死にそうっ、なんっ、ですけどっ!」

「か弱い女を一人乗せているだけで何ぶつくさ文句を抜かしているのだ。文字通り腰抜けになったら手ずから再起不能にして叩き出してやるから感謝するといい」

「くそがぁぁっ!」


 リーヴァルが思案しているところに、聞き慣れた声と気に食わない声が聞こえてくる。

 顔を向けると、なにやら大きな石に紐を付けた訓練用具っぽいものを腰で引くベルトロイと、石の上に乗って檄と思わしき言葉を投げつけるミラの姿が。


「な、何してんだあんたらああああ!」


 予想外の登場にリーヴァルも驚いたが、周囲の騎士達も数歩引くレベルの鬼畜っぷりであった。



「ですからミラ小隊長殿、今日は我々がこの場所を使用することになっておりまして」

「知るか。ひよこ共が挙って何かしても鶏にはなれんのだから大人しく明け渡せ」

「そんな無茶な。いえ私は構いませんが他の者達が」

「知るか。ひよこ共が挙って何か言っても鳳凰たる私が聞く理由など何処にもない」

「いやそんな。な、ならこの男はどうなんですか。我々がひよこと言うなら彼もそうではないのでしょうか」

「ふっ、これはひよこではない。奴隷だ」

「うわ言い切られたよ。それでも騎士か」


 訓練場に乗り込んできた2人は、リーヴァルに捕まって交渉を行なっている。

 訓練場の使用は許可制で、今日はリーヴァルの分隊と他4つの隊が使用するようになっているのだが、ミラはそんな規則知ったことかと全く相手をしようとしない。

 確かに上官の命令には絶対だが規則は一応上官よりも優先するべきこと、のはずだ。みんなミラの激しい口撃に怯えてしまっているので、リーヴァルが相手をすることになった。

 本人は最初こそ嬉々として向かっていったが、返す言葉返す言葉どれもこれも強烈で熾烈。顔見知りとは言え結構堪えるらしく、額には珠のような汗が浮き上がっている。

 しかし腕を組んでむっとしている表情を可愛いと感じる余裕はあるらしい。ただ可愛く見えているのはリーヴァルだけであり、他からすれば獅子も裸足で逃げそうな眼光が放たれているとしか思えない表情だった。


「他の訓練場では駄目なのでしょうか?」

「駄目だな。此処が近い」

「そりゃここに来たら一番近いのここしかないでしょうよ」

「おい少し黙っていろ肉奴隷。調理方法を選ばせてやってもいいんだぞ」

「私は五体満足でいたいでありますミラ教導官様」

「あの……どうかお願いします。私の顔に免じて下がってもらえないでしょうか」


 この場面でリーヴァルは切り札を切ることにした。昔馴染みと言うアドバンテージでこの場を収め、同時にミラとの距離を少しでも詰めようと言う算段だ。

 成功すれば過去の事で盛り上がるかもしれない。そうすればベルトロイは置き去りになり、自分とミラ2人だけの空気が生み出せる。


(この男をお払い箱にすることも不可能ではないぞ。頑張れリーヴァル・オード・シュライフ!)


 心の中で自分を叱咤し、自慢の美形からウインクを解き放つ。遠巻きで眺めていた女騎士達の腑抜けた声を聞けば効果は抜群だろう。


「お前の顔など私は知らんぞ。ヘンリー小隊長のとこのひよこがこの私に向かって偉そうな口を利くな鬱陶しい」


 しかし悲しきかな。そのウインクは軽く手で払い除けられ、おまけとばかりに鼻で笑い飛ばされた。

 そして、古代魔法ですら出せない衝撃をリーヴァルに与えることとなった。



「勝負しろそこの肉奴隷!」

「ええええなんでそうなった!? つか肉奴隷って呼ぶんじゃねえ!」


 鬱憤を晴らさなければ落ち着けないらしい。丁度いい所にいた丁度ぶっ飛ばしたい奴に決闘を申し込んだリーヴァルの顔は、怒りを孕みながらも悲壮感を漂わせている。


「決闘だ。決闘決闘決闘! 逃げるとは言わせないぞ畜生なんなんだ俺の今までの努力は!」

「えっと……なんだ……なんかごめん」


 殆ど泣いたような顔で怒鳴り散らすリーヴァルに、ベルトロイは取り敢えず謝るしか出来なかった。


「とにかく決闘をしてもらう! 拒否権は与えねえからな!」

「よし、許可する」

「教導官様、ほんと今日は絶好調ですね……」


 ミラと関わるようになってからと言うもの、個人の意志が無視されることがあまりにも多いので無茶振りにも慣れているようだ。しかし顔にはやる気の無さが張り付いており、その心情を実によく物語っていた。





 訓練場の中心に人だかりが出来る。中心に立つのは騎士甲冑に身を包んだベルトロイとリーヴァル。そして隊服姿のミラの3人。ぴりぴりと緊迫した空気を醸し出し、2人は何も言わず静かにミラの言葉を待っていた。

 リーヴァルは騎士として正統派のカイトシールドとロングソードを装備し、ベルトロイは腰に一つロングソードを差し、もう一つを両手で握りしめているだけ。

 互いの手の内を知らぬ状態で始まる決闘を目前に、脳内はシミュレーションばかり駆け巡っている。


(帰りたいなぁ……)


 時折ベルトロイの脳内ではめんどくさがりが囁いているが。


「支度は終えたな? ではこれより決闘を行う。これは何を求めるものでもない。互いの誇りを賭けて技量を競い合うものだ。故に過剰な攻撃を禁ずる。スキルの使用も禁止だ。勝敗は降参させること。質問は?」

「はい教導官様。決闘とは言っていますが、どう考えても私闘だと思います」

「私が決闘だと言ったのだから答えはイエスしかないと何度言わせれば覚えられるのかベルトロイ・バーゼス」

「……イエス、ミラ教導官様」

「それでは執り行うことにしよう。両者、剣を構えよ」


 ミラの指示に従って、2人は剣を構えた。リーヴァルは盾を正面に向け、ベルトロイは八相に剣を構える。

 騎士と言っても一概に同じではない。騎士団長ドグマ・ゼルティクトは大盾を用いる重装騎士。リーヴァルのようにカイトシールドを扱う者は軽装騎士。ベルトロイ、ミラは特殊で盾を捨てた戦法を用いる剣騎士と呼ばれる。

 攻守どちらにも秀でた軽装騎士と、両手からの重い攻撃に優れた剣騎士。滅多に見ることのできない組み合わせに観衆も固唾を飲んで見つめている。


「では、始め」


 開幕。

 ミラの手が天へと高く上がったと同時、リーヴァルが大きく踏み出した。

 シールドを体の前に構えたまま突進すると、強く地面を踏みしめて腕を振るう。俗にシールドバッシュと呼ばれる攻撃で、守りの姿勢を維持したまま相手の体勢を崩すことが出来る。

 先手必勝とばかりに相手の虚を突いたつもりだったが、盾を持たぬ分比較的軽量なベルトロイは重い甲冑を身に付けていながらも軽く後方へと飛び、一撃を回避した。


(早いな)

(身軽だな)


 初撃で相手の特徴を一つ掴む。どちらも相手の力量を上方へと修正し、再び最初と同じ距離に戻ると改めて構え直すと、再びリーヴァルが攻め立てた。

 堅実にシールドを正面に構えた体勢を維持しつつ、手や足を狙って剣を振るう。堅い守りと手数の多さはシールドを持たぬベルトロイには凌ぐのが難く、剣で時折防ぎながらもじょじょに後退する。

 このままでは負ける。そう思ったベルトロイは強引な策へと出た。

 腕を狙ってリーヴァルが斬撃を繰り出すのに合わせて、正面に構えられた盾を蹴り上げたのだ。


「んなっ!」


 攻撃を盾に加えられるなど思っていなかったリーヴァルは、突然視界を遮られて動転する。そこに、重い甲冑を意にも介さず踏み込んで、なんの考えも無く両断せんとベルトロイが渾身の一撃を振り下ろした。

 離れた場所でミラの溜め息が聞こえる。

 ヘルムを被っていると頭上の攻撃は視界に入りにくい。おまけに一瞬だが盾に視界を阻まれた。

 上へと伸びた腕が真っ直ぐ落下する動作で何をする気なのか気付き、慌ててリーヴァルは頭上にシールドを構える。

 接触。激震。

 

「うおっ、ぐううう!」


 先ほど部下との訓練でもこれほどの重圧は受けてはいない。片手か両手かと言うだけでここまでの違いが生まれるのかと必死に歯を食いしばった。

 しかし姿勢が沈みはするが片手で支えていられる。相手は両手が塞がっていると気付き、持て余していた剣を横薙ぎに振るう。


「づっ!」


 盾ばかりに気を取られていたベルトロイは腹部に受けた鈍痛で小さく声を漏らし、離れようと力を抜く。

 だがそうはいかない。ベルトロイが押し潰す力を緩めたのを察知してシールドで剣を横に払い、攻撃に移るには難しい姿勢へと崩す。ぐらりとベルトロイの体が右に傾いた。

 チャンスとばかりにリーヴァルは刺突の構え。狙うは甲冑の弱点である首元や肩の継ぎ目。模範通りに一度シールドを自分の前に構え直してから腕を伸ばす。


(仕留める。これで!)


 勝利を確信した時、リーヴァルの脳裏を過ぎったのは幼い頃のミラの姿。

 これで認められれば。そうすればまた一緒に。

 思い描いたこれからの自分の姿を幻視し、無意識に口の端が吊り上がる。


 それが隙を生んだ。

 右に傾いた姿勢から強引に体を捻り、一回転して下から掬い上げるように剣を振るうベルトロイに気付けなかった。

 まずい。だが間に合わない速さではない。すぐさま盾を正面から下へと向け、剣はいつでも攻撃できるようにと体の横に構える。

 そのままベルトロイが攻撃してくればリーヴァルの勝利が見えた。


「かかったぁ!」


 しかし、あの(・・)ミラが教えこんだベルトロイがそこまで無策なはずがない。

 振り上げた剣を、手放したのだ。

 するりと手から柄が離れ、ただ手だけが上へと振り上げられるのを見て僅かに困惑する。それが二度目の隙。

 上がった手が何処へ向かうのかと疑問に思うよりも早く、ぐんっとリーヴァルは首の下を引かれた。


 直後、衝撃。


 ヘルムを激しく揺さぶる謎の攻撃で、視界が激しく揺れ動く。


「ぬ、おおおお……なにしやがっ」


 振動は逃げ場がなく全てリーヴァルの脳へと伝わった。焦点の定まらないなか、せめて一撃と剣を伸ばすもあらぬ方向へとすり抜ける。

 今度はその手が掴まれる感覚を覚える。強くベルトロイに引き寄せられたかと思えば、次には押し戻すように胴を突き飛ばされる。転ばぬよう足を動かしたが、その足の下にはベルトロイの足が差し込まれており、覚束ない後退は成功せず無防備に地面に倒れ込んだ。


「かっ……は……」


 背中を打ち付けて肺の空気が全て抜ける。立ち上がろうとするが、上には人が乗り、腰に差していた剣を喉元に突き立てているところだった。


「勝負あり」


 静かに終わりが告げられる。静かに、憤りも終わりを告げた。



 最優秀成績で訓練校を卒業したリーヴァルが負けた。その事実は観衆をざわめかせた。

 どう納得すればいいのか。勇者候補が強いのか。それともリーヴァルが弱いのか。

 受け入れがたい現実を見せつけられ、なんと判断していいものか分からずにいる彼らの目が、ミラへと向く。


「おいベルトロイ・バーゼス。なんだあの無様な戦い方は。猪か貴様。力任せに突き進んで無用な攻撃を受けおって。その後もだ。慌てて逃げようとして態勢を崩されるとか愚の骨頂だぞ。なんの為に足腰を鍛えたと思っているのだ。盾を持たぬ戦いはなにより自分が優位で在り続けることが条件だと言うのに貴様は――」


 仕方ない。あの騎士の誉れの訓練を受けているのだから。

 そこに落ち着いたのだった。



「おい、立てるか?」


 ひと通りミラの説教を受けた後、大の字で寝そべったままのリーヴァルへと手を差し伸べるが、リーヴァルは動かない。ぼおっと空を見上げたまま、自分の努力が全て無意味に終わったような無力感に包まれていた。

 騎士としての戦いとは呼べぬ戦法ではあったが、卑怯とは思わない。ミラが教えたのだから、それもまた騎士の戦い方なのだろう。難癖は付けることが出来ない。

 もし、もし自分がミラに教えを受けていたら、立場は違ったのだろうか。それを考えても仕方がなかったが、それでも考えてしまった。


「なあ、一緒にミラ教導官の部隊に入らないか?」


 詮なきことを考えていた時にベルトロイから持ちかけられたのは、考えてもいない内容だった。


「……なに?」

「いや、神都への遠征があるだろ? あれに行くんだけど、その面子を集めてるんだ。で、お前もどうかって聞いてんだよ」


 没落貴族ではあるが一般の騎士。ミラに出された条件には適している。

 他に一般の騎士で知っている者はいないし、なによりこうして決闘を行い実力も知った。不意打ち紛いの攻撃ではなく正々堂々戦っていたらきっと技量の差で負けていただろう。

 勝敗は、ほんの僅かな運の差だったとベルトロイは思っている。しつこい奴だとは思っていたが、嫌いにはなれないタイプだ。

 差し伸べられた手を見つめて少し考える素振りをしたリーヴァルだったが、かちゃりとガントレットを持ち上げてその手をしっかり握り締める。


「お前、名前は?」

「ふん、リーヴァル・オード・シュライフだ」

「ベルトロイだ。これから宜しくな」

「か、勘違いするなよ。お前の為じゃないからな」

「ははっ、きめえ」

「んだとこらぁ!」


 今度こそただの喧嘩に発展し、決闘の時よりも騒がしく観衆が声を荒げて檄を飛ばす。

 ミラはそれを止めようとはせず、遠く騎士団の宿舎へと目を向けている。そこに居るであろう誰かを見つめ、お前もいずれ此処に来ると、届きもしない思いを篭めて不敵に笑った。

 やれるものならやってみろと、誰かが答えたような気がした。

 


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