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エステルドバロニア  作者: 百黒
3章 王国と公国
26/93

2 褒賞

多分流し読み推奨。ちょっとくどいかもしれませんので。

 今日玉座の間に連れていかれたカロンを待ちかまえていたのは、鼻息荒い獣たちであった。

 数名が肩を上下させて息を荒くしており、その時を今か今かと待ちかまえている。

 どれほど待ち望んでいたのかは分からないが、どうやら普段与えている物よりも欲しいらしい。


 すごい光景だ。


 あまりにも酷い表現ではあるが、血走った目でハァハァ言いながらカロンを見るその表情は、その、形容しがたい。するとすれば、禁断症状の出てる顔、であろうか。

 カツカツとヒールを鳴らして焦らすようにゆっくりと、ルシュカがカロンの横へと歩いてくる。

 その音が近づくに連れて魔物の息も荒くなり、目の見開き方も凄まじいことになっていく。


 なんだろう。この疎外感は。


 カロンがこの世界で最も恐怖を感じたシーンの第一位に今の光景を選んでいると、ついにルシュカのヒールの音がカロンの側で止まった。

 あれほど五月蠅かった呼吸音がピタリと止み、化粧をせずとも美しい桃色の唇が言の葉を紡ぐのを待ちかまえる。


「これより、我らが王より褒美を授ける」


 ルシュカの開始宣言が発せられた瞬間、爆ぜるような歓喜の声が沸き上がった。


(やだ、死ぬかも)


 一人冷静なカロンは、その狂喜乱舞する様を見つめながら、静かに死を覚悟したのであった。





 神都攻略から半月が流れ、ようやく城周辺の難民を振り分ける作業が完了した。

 攻略によって得た土地は割と広く、聖地だったお陰か人の手があまり入っていないのが幸いし、草食系の難民への食糧配布が不要となった。

 しかし依然として領土は狭いままで、食糧の自給も開始する目処が立たずにいる。肉の消費は変わらず多い。

 それでも大きな問題が一つ片付いたということで、ついに団長たちが待ち望んでいた日が訪れたのだった。

 本来であれば事務的に褒美としてお金や武具を与えていただけだったが、今回は団長陣たっての希望があり、こうして王から直接授ける運びとなっている。そこまでして何を欲しがるのか気になるのでカロンもそれを了承し、この場が設けられていた。

 ちなみに、神都攻略は難民問題と食糧問題の下に位置づけられるので軍団長の中では大した騒ぎになっていない。お目当てはその戦果で得たこっちなのである。

 ただ、今回は活躍していない者も数名いるが、過去の戦績も踏まえてこの場に呼んでいることにしているので気にしないでほしい。


「まずはじめに言っておくが、カロン様はとても多忙である。そのため貴様らの願いを叶えるか否かは全てカロン様が判断する。いいな?」


 威勢のいい返事が返ってくる。威勢が良すぎて窓ガラスが割れそうになっており、それを浴びせかけられるカロンは耳を塞ぐのが間に合わず目を見開いて硬直していた。


「よし、ではカロン様、よろしくお願いいたします」

「……」

「カロン様?」


 キンキンと甲高い音が反響しているだけで、カロンにルシュカの声は届いていない。

 軽い頭痛がするので頭を押さえたかったが、人目があるのにそうすることもできず、ぐっと顎を引いて頭に力を入れる。


「はい。それでは進めます」


 勝手に進んだ。



「まずは第2団団長グラドラ、前へ」

「はっ!」


 短い声とともに、一番左に傅いていた巨体が持ち上がった。

 3m近い背丈を持つ人狼クルースニクの最上位種。【クーロセル】は大股でカロンの玉座正面まで歩み出る。

 白と群青の毛が動きに合わせてふわふわと揺れ、回れ左で正面に座る王に向けた灰色の瞳はその獰猛さを象徴している。

 胸に付けた国の紋章入りプレートを鳴らして再び跪くと、大きく息を吸い込む。


「我らが偉大なる王より、褒美を賜りたく」


 しかし気性の荒さには似つかわしくないよく通る声で口上を述べる姿は、脳筋っぽさがあまりない。色々この日のために学習していたのは内緒であった。


「よかろう。述べてみよ」


 だが王様っぽい演技を練習していたのはカロンも同じである。

 カロンもまたこの日のために、と言わず今後のために王らしい立ち居振る舞いを研究していたのだ。

 その成果は、ルシュカに思慮に耽る表情だけでご飯も夜も行けると言わしめる程である。

 要は、振る舞いの練習成果はあまり出ていない。


「はっ。おれ――あいや、私は、えー……」


 しかし話し方だけは以前よりも自然に、低く響く声が出せるようになった。

 普段はほぼ地声だが、公の場ではそれ用の声色を用意しようとしており、その成果はグラドラが考えていたことを忘れたくらいである。

 最近はそこそこ顔を合わせるようになったが、それでもカロンは魔物の王。絶対の存在だ。ミスリルの床の清廉さに反して高貴さを放つ玉座に腰掛けるカロンを見ると上手く言葉が出てこない。

 加えて声には前にも比べて深みがあり、心を鷲掴むような威圧感がある。王衣の効果も多分にあるとしても、この場に広がる緊迫感は間違いなくカロンが生み出したものである。


「見ろ守善。あの犬、何も考えてきておらんようだぞ」

「静かにしててよゴロベエ」


 背後からちゃちゃを入れられて少しグラドラの体が動いたが、大きく深呼吸をすると真っ直ぐカロンを見つめた。

 口の端から見える牙に少し身を凍らせたが、それを表情に出さずカロンは見つめ返す。


「えっと、わ、私に何か言葉を頂ければと、思います……」


 尻すぼみになっていく言葉の内容をカロンは吟味し、思わずルシュカを見つめた。


「これは、褒美として扱ってよいのか?」


 普段でもできそうなんだけど。


「はい。当人がそれを望んでいますので、御心のままに。断っても構いません」


 難易度イージーなこれを断ったら褒賞全部却下することになるだろう。さすがにそれはない。

 言葉を、と言われてもカロンは悩む。長々と具体例を挙げながら褒めてやるべきか、それとも短く簡潔に軍隊っぽく褒めるべきかを。

 グラドラは戦の要だ。攻撃力が高く体力も多いので、無理やり戦線に押し込んで敵将の首を狙わせたりできる。

 その突破力は人狼の種族が成せる技ではあるが、最も初めに切る手札として重宝していた。


「……グラドラには、無理をさせているな」


 最初にまず労いから入る。


「如何に過酷な状況であっても貪欲に敵陣に食いつかせ、将の首を狙わせている。そのような無茶ができるのは、お前がいるからだ。しっかりと気性の荒い人狼を束ねてもいる。グラドラよ、私がどれだけお前に助けられたのかお前は分からないだろうが、私は幾度と無く助けられてきた。ありがとう」


 色々と脚色しながら、最後は簡潔に感謝を述べる。

 褒めてるのかどうかよく分からない難しい言葉を選ぶより、少し簡単な方がカロンは話しやすい。

 上から目線なのはあまり慣れていないが、これがカロンの精一杯のお褒めの言葉だった。


 その効果は如何程か。じっとグラドラを見ていると、その肩が震え始める。

 怒ったのだろうかと思わずルシュカを見ると、優しく微笑むだけ。なぜ目を合わせたのかルシュカは理解していないだろうが、恐らく大丈夫なのだろう。

 様子を見ていると、今度は顔の下にボタボタと液体を落とし始めたではないか。

 閉まりきってない口から涎でも零れたのかと失礼なことを考えたカロンだったが、徐々に聞こえだした嗚咽でそれは違うと知る。


「あ、ありがどうございま、う、うぐ、こ、こうして王におつ、お仕えできること、今日ほど誇らしく思っだ日はありまぜんんんん!」


 効果は抜群だ。


「おい見ろエレミヤ、あの犬普段は然程誇らしく思っていないそうだぞ」

「落ち着かない気持ちは分かるけど黙ってろよホモ野郎。ゴロベエが犬っころ以上の返答ができるとはアタシ思えないんだけど。あと息かけないでー、イカ臭いから」


 外野の声はグラドラには届かず、みっともない顔を見せないようにと鼻先が床に付きそうなぐらい姿勢を深く落としている。

 早く下がれ、と普段のルシュカであれば言うものだが、今日ばかりは大目に見ることにしていた。


「うう……王……貴方の下で力を奮えて、おれ、しあわぜでず!」

「あ、ああ。これからも頼む。あと鼻をかめ」


 こんなのがこの後も続くのかと思うと、今から少し疲れるカロンだった。





「次に第3団団長アルバート、前へ」

「はっ」


 老いて尚益々盛んという言葉を思わせる毅然とした声で返事が返る。

 まだ鼻を啜っているグラドラは定位置に戻っており、その隣で立ち上がったアルバートは、黒の燕尾服にマントを羽織り、手に帽子を持ってカロンの前へ立つ。

 白髪の目立つ頭で、顔だけ見ると実に紳士的な老人だ。しかし紅玉のような双眸は不気味で、その性格を知っていると尚のこと恐ろしい。

 自然と警戒しつつ、どんな要求があるのかと身構えながらアルバートが口上を述べるのを静かに待った。


「偉大なる魔物の王カロン様より、褒美を賜りたく」

「述べてみよ」

「はい。実は最近少々欲しいものができまして」

「なんだ」

「人間です」


 吹き出さなかったカロンを褒めてもらいたい。

 飄々と、ちょっとおねだりする感覚で人間を要求するなど誰が想像できるだろう。いや、アルバートを考えると十分有り得たが、緊張感もなくさらっと言われるとは夢にも思わない。


「アルバート。貴様言っている意味が分かっているのか? 王は人間との共存を望まれた。それを反故にしろと、貴様はそう言うのか?」

「はっは、落ち着きなされ。そんなつもりはないさ」

「ならなんだと言うのだ!」

「カロン様」


 激昂するルシュカを無視してアルバートはカロンに語りかける。

 無視されたことで更に怒りを増したルシュカが大声で怒鳴りつけようとしたが、その表情を見て思い留まった。

 カロンが見ても分かるくらいに、その目には真剣味があった。不気味だと感じた瞳に、初めて感情が灯されたようにも映る。


「我ら魔物は人間をあまりにも知らずにいる。知識として理解していてもなんのお役にも立つことが出来ない。それはカロン様が病に臥された際に証明されました」


 確かに、魔物たちは人間を知っていても知っているだけ(・・)でしかない。

 少し前にカロンが不調を訴えて寝込んだだけで右往左往し、何をどうすればいいのか判断できない始末。色々やって結局は全て無駄に終わったが、無駄に終わったというのが一番の問題だった。

 アポカリスフェのゲームシステムで人間は存在しても、その人間に関するスキルや魔術はNPCにしか適用されておらず、PC側もまた知識としてしか知らない。

 人間に使う薬。人間に使う魔術。人間に対する予防。人間に対する行動。どれもこれもが欠如しており、これから人間とも関わりを深めようとするには無知が過ぎる。


「人体実験の素材は、まだあの老人共がいます。私が欲しているのは、この知識を補う人間なのです」

「つまり、アルバートは人間を軍に引き入れろと、そう言いたいのか? 今後のためにその知識を国に浸透させる必要があると」

「ご理解が早く助かります。何も人間を王城に住まわせることを想定してと言うわけではありません。この国には王が居らっしゃる。そのために一々他国から仕入れたり用意させたりするのはあまりにも非効率ですので、私は誰よりも王のために備えるべきだと進言いたします」


 なるほど、と小さく首肯してカロンは腕を組む。

 アルバートの言うことは間違っていない。あの元老院が出てきたのはどうでもいいが、今後を考えると確かに必要だろう。

 特にカロンのために、と言うのがカロンの胸に響いた。


「うわー、お爺ちゃん凄い株稼いでるよ」

「むむむ、やはり侮れぬなアルバート。さすが拙者の好敵手。王は渡さぬぞ……!」

「だから黙ってろって。あとイカ野郎、王はお前のじゃないから」

「いつの間にか拙者がゲソと同列の扱いになっておるうううう」


 アルバートの言っていることは間違いない。

 ないのだが、どうもカロンは引っかかるものがあった。

 なぜそれがアルバートの口から出てきたのか、だ。

 普通に考えれば別に誰の口から出てきてもおかしくないのだが、いの一番に提案しそうなルシュカが何も言わずにいたのが気になる。

 思いつかなかったはずはない。思い込みかも知れないが、自分のこととなれば誰よりも過敏に反応するであろうルシュカが言わないのは、やはり気になった。

 あと、アルバートが自分の株稼ぎで正当なことを言っているのが一番疑わしい。


「……アルバート、間違いであったら笑い飛ばしてくれて構わんのだが、ルシュカと何か取引でもしたか?」


 これで間違いだったら完全に笑い者で、アルバートを信用していないとその忠誠心を減らすことになったかもしれない。好感度固定のアイテムによって起こらないが、それくらい恥を承知で尋ねた。

 返ってきた反応は2つ。隣で声を詰まらせるルシュカと、目を見開いた後に真剣な目以上に心からの表情を浮かべたアルバートだった。


「お見事。ご明察にございます!」


 両手を広げてそれを大仰に称賛するアルバートは満面の笑みを浮かべた。

 カロンは「やっぱりな」と思うだけだったが。


「おい、それどういうことだよ」


 思わず守善がアルバートに声をかける。

 ハルドロギアが無礼な振る舞いと判断して動こうとしたが、カロンの顔を見てからゆっくり構えを解いた。

 アルバートの行動をじっと見下す姿にいつも以上の王威を感じ取ったからだったが、単に眉間に皺が寄っているだけだったりする。


「試したのか。私に向かって」

「いえ、違います。まあ今の今で信じてもらえるかは分かりませぬが、試すつもりは一切ありませんでした。ただ単純に、ルシュカとちょっと取引をしまして」

「どんなだ」

「カロン様に人間を招くことを進言してくれれば、代わりに欲しい物を与えてやると。私は今のところあの老人で間に合っておりますし、新しくモルモットを仕入れることはできないでしょうから、素直にその話に乗りまして。王からの評価も上がるかと思ったのですが、いやお見事。邪な思いも働いていない虚偽を暴き出すとは、さすがカロン様でありますな!」


 内容から罰せられることはないと踏んでいたが、カロンから増した威圧感――という名の怖い顔――を前に【真祖】でありながら緊張で背が湿っているのを感じていても、それをおくびにも出さないでいた。

 それは純粋に、王を称賛しているだけなのだ。馬鹿にしているつもりなど先ほど言ったように毛頭ない。

 嘘や誤魔化しは他の物よりも得意だと自負していたアルバートの言葉。だがそれを看破したカロンは、誰よりもこの場にいる者たちを把握していることになる。

 皆の言動を理解するから綻びを見つけた。その洞察力をアルバートは心の底から褒め称えていた。


「アルバート」


 高笑いしていたアルバートが、たった一言でその笑いを収め、静かに元の姿勢へと戻る。

 沙汰を告げられると覚悟したが、次いだ言葉は想像とは違った。


「これが謀反を企てているとなれば話は別だが、内容は我が身を案じるもの。裏で何かしら取引があったのは褒められたことではないが、それ以外は責めるものなどない。ルシュカにもだ」

「ありがとうございます」

「人間の件、考えておこう。これからもその頭脳を我が為に役立てるがよい。期待しているぞ」


 優しい御方だ。そして実に聡い。

 ふっと口元を緩めたアルバートは、その言葉だけで十分だと、静かにグラドラの隣へと戻っていった。

 場の空気はカロンを崇拝する空気だが、やっぱりカロンは腑に落ちていない。


(……ルシュカと取引したと言ってたけど、この取引ってアルバートから持ちだしたんじゃね?)


 アルバートはああ言っていたが、やはり評価を上げるつもりだったのではないだろうか。

 じゃなければ、この話題を今日まで持ち越してきたことに理由が付いていない。自分の評価を上げる目的よりも、本当に人間を一人手に入れたがっているのでは。

 それを言いそびれたとカロンはアルバートを睨みつけると、今度こそ観念したのか、両膝をついて両手を揃えて頭を下げた。

 本当に侮れないやつである。





「次は守善だな。前へ」

「はっ」


 ハルドロギアを除くと最も背の低い少年が、普段の怠慢な動きではなくきびきびとした動作で立ち上がり、のろのろと玉座の前へと移動した。

 真っ白な髪に翡翠の瞳。半裸の好青年の外見だが、背中から生えた巨大な2本の大角と、こめかみから生やした角。そして赤黒く肥大した化け物の腕。

 こうして見ると、グラドラよりも魔物らしい姿をしているのではないだろうか。


「敬愛せし我らが王。褒美を賜りたく」

「申せ」

「それが、実はなくてですね」


 何を求めるのかと思ったら、見かけどおりの無欲さだった。

 恥ずかしげに頭をポリポリと掻きながら、守善は困った顔でカロンを見上げる。


「色々考えたんですけど、どれもそんなに必要じゃないし。今で満足してると言いますか、そんな感じで。それに大した働きもできませんでしたから」

「そうか。守善は昔から何かを求めることはしなかったな。兵衛やグラドラは武器を新調したいや騎獣を増やしたいなどとよく申請を出していたものだが」

「はは、俺武器とか持ってないですし。兵が騎獣みたいなのばっかりですしね」

「先の戦での働きは見事だったと私は思っているのだが、守善にとっては違うのか」

「あんな雑魚だらけをさくっと殺しても自慢にはできませんよ。人狼そのままぶつけても普通に勝てたでしょうから」

「そうか。殊勝な心構えだな」

「ありがとうございます」


 よく部下からの要望は報酬のないクエストとして表示されるが、一度も守善の名を見た覚えはなかった。

 建国してから中盤辺りで参戦した魔物だが、手がかからないし強いしと本当に色々助かった記憶がある。戦争続きで物資が不安だった時期だ。要求をしてこない団長の存在は本当に救いだった。

 にしても、とカロンは思う。なんでこうも無欲なのか不思議でしょうがない。

 確かに騎士団をスキル一発でぶっ飛ばしただけとは言え、少しの功績でも評価されたがるものではないのだろうか。少なくとも自分が会社に勤めていた時はそこから競争心を作っていた記憶がある。

 これも性格によるものなのだろうか。“安穏”の効果が大きいのかもしれないと仮定しながら、取り敢えず何も無しでは可哀想なので褒めておくことにした。


「お前はグラドラとは違う意味で戦に大きく貢献してくれている。大軍を相手に有象無象構わず屠ってくれる。大きな道を作り上げて進むのは見ていて実に爽快だ。【饕餮】の名に実に相応しき働き。これからも暴君の様、期待しているぞ」

「ありがとうございます」


 話をしただけで満足したのか、一度深くお辞儀をしてから守善は元の位置へと戻っていった。“傲慢”な性格付けしているのに殊勝な態度なのが気にはなるが、きっとどこかに発揮されているのだろう。

 なんだか一番側にいて落ち着くのはルシュカよりも守善なんじゃないかと思い始めたカロンだったが、今更誰が信用できるかなど考えることはなく、皆いい奴らだと結論付けることにする。

 この者たちが自慢であることに変わりはなく、自慢できるように変わったのだ。


「あれ、俺カロン様にお言葉を頂いたけど、全員もらってね?」


 後ろの方でふと疑問に思ったグラドラに、返事をする者はいなかった。





「次に第5団団長エレミヤ。前へ」

「はっ」


 眉間に皺を寄せるカロンの前へとエレミヤが進み出る。

 長身のエレミヤは、猫の耳に大きな狐の尾という特徴もあるが、なによりもアスリートのような引き締まった肉体が最も目につく。

 Yシャツの切れ目からは割れた腹筋と臍が見え隠れし、すらりと伸びた手足も淡く筋が浮き上がっている。

 そんな絞られた体に反して人懐っこい顔立ち。キャスケット帽を脱いでまっすぐカロンを見つめる瞳は忠犬のそれだ。猫っぽさは縦に割れた鳶色の瞳くらいに感じてしまう。


「我らが王カロン様より、褒美を賜りたく」


 玉座の前にて片膝を突き、深々と頭を垂れてその忠誠を示す。

 ようやく耳が復活したカロンは、エレミヤを見つめながら今度は自分の意思で大仰に頷いた。


「求めるものを述べてみよ」


 偉そうな態度が少々恥ずかしくなってきたが、疑問に思われている様子はないのでなるべく維持する。

 そんなカロンと根比べをするように、何故かエレミヤも跪いたまま動かない。口を何度か開閉したが、声を発することはせずに俯いてしまう。

 暫く言葉を待つが反応はなく、黙り込んだ時間はグラドラよりも長かった。異様な沈黙が玉座の間に流れ、気まずい雰囲気が漂い出した。


「エレミヤ、早く――」


 怒鳴りかけたルシュカの前に手を掲げてそれを宥めると、カロンはゆっくりと立ち上がって玉座の壇から一歩ずつ降りていく。

 カロンの行動を咎められる者は居らず、静かにその行動を見つめている。

 エレミヤの前に立つと、普段はカロンより大きいはずの体が、縮こまって僅かに揺れた。

 この場で緊張しているか何かか、と思っているカロンは、威厳を維持するために両手を後ろで組んだ姿勢のまま優しく声をかけた。


「エレミヤ、願いを述べよ」

「……て……です」

「ん?」


 掻き消えそうな、先程までのエレミヤからは想像もできない小さな声に、思わず尋ね返す。

 ばっと顔を上げたエレミヤは耳まで真っ赤に染め上げており、泣き出しそうな顔でカロンを見つめた。


「あ、頭を撫でてほしい、です。が、頑張ったねって、言っ、言ってほし、いですっ!」


 その表情は、全てが歓喜で満ちていた。

 ずっとずっと待ち望んでいた時が訪れたのだと、そう思っただけでエレミヤはずっと泣きそうだった。

 ずっと慕い続け、密かに想っていた人に、やっと望んでいたことをしてもらえるのかもしれないと考えただけでどうにかなりそうだった。

 感極まりすぎて唇を噛みしめ堪えていたのに、側まで自らやってきて、優しく声をかけられては我慢などできるわけがない。

 跪いている以上勝手に動くのは失礼だと思って涙を拭くこともせず顔を地面に戻したエレミヤの頭に、大きな手が優しく乗せられた。


「エレミヤ。今日まで良く頑張ってきてくれたな。ありがとう」


 やわやわと、耳を交互に折り畳みながら撫でる感触。

 恐る恐る見上げると、優しく微笑むカロンが撫でている。

 エレミヤには確かに色々と頼んでいた覚えがあり、物凄い都合よく使っていたことがあったのでカロンもできうる限りの感謝を込めてその頭を撫でる。

 視線を合わせるために膝を折り、呆然としたエレミヤの頭を何度も何度も。


「う……ううう、うううーーーーー!」


 涙顔が更に歪み、口の端をぐっと下に降ろしたかと思えば、最速を誇る【フクスカッツェ】の俊敏さで飛びかかってカロンの胸に顔を埋めた。


「カロン様!?」

「いや、大丈夫だ」


 慌てて駆け寄ってきたルシュカに手を上げて無事を示し、胸の中で泣きじゃくる獣娘を優しく撫で続ける。大きな狐の尻尾を左右にブンブンと振り回して、何度も何度も胸板に頬を擦り付ける仕草が子供のようだ。


「王様、王様王様王様ー! ふぇぇええええ! 生きてて良かったよー!」


 大袈裟な、とカロンは笑うが、他の仲間はエレミヤの気持ちを理解しており、これほど自分を抑えられないのも無理はないと温かい目で見つめる。そして若干名が妬ましげに歯軋りをする。

 飄々としていた彼女が決して人には見せようとしなかった思いの丈を、初めて晒した日であった。





「では最後に……五郎兵衛、前へ」


 エレミヤが落ち着くのを待ってから、最後の1人を呼ぶ。ルシュカが嫌そうに顔を顰めたが、呼ばれた侍は気にすることなく堂々とカロンの前へと進み出た。


「愛しの王、褒美を賜りたく」


 ざっと勢い良く跪きながらの口上は少し背筋が寒くなるのを感じ、カロンの顔も微妙な表情を作る。

 五郎兵衛の評価は、以前であればかなり高かった。浅葱色の羽織と鴉羽色の袴。額に一角を生やした渋いこの男は外見も気に入っていたし、こと単騎での活躍はグラドラにも劣らない。

 特に厄介な相手が出たとなれば、グラドラではなく兵衛を頼りにするくらい好んで用いていた。

 はずなのだが、この世界に来てその性格を知ってからは正直いい印象を持っていない。こうして目と目が合っているだけで頬を紅潮させている。一番シャブを欲していそうな顔だ。

 しかも褒賞に関しては、昔から少々厄介な部分がある。


「あ、っと。申してみよ――と言いたいところだが、お前には無しだ」


 自然と尻に力が入るのを感じつつも、役目を果たさなければならないカロンはその役目を言い訳を用いて放棄することにした。


「はっ。拙者、王と閨を共にしたく、って何故であるか!?」

「暫く謹慎を言い渡してあっただろう。それを解いた代わりにこちらで帳尻を合わせることにしたのだ」

「いやいやいやいや、拙者謹慎処分でも構いませぬ故、この思いに応えていただきたいと!」

「こっちが良くないわ。どこに王との閨をねだる馬鹿がいるのだ」

「ではせめて添い寝だけでも!」

「いいわけあるか」

「では手を繋ぐくらいなら!」

「断る」


 これだよ。

 この兵衛、頼りになるが昔から褒賞には五月蝿かった。あれが駄目ならこれ。これが駄目ならあれ、ところころ要求するものを変えてくる。

 必要なのは分かっているし余裕があれば応えてもきた。ちゃんと軍力は上昇しているし、褒賞をねだる代わりに普段は一切物を求めてこないから別にいいか、と。

 ただこれは目に余るだろう。今まで色々与えてきたから甘やかしすぎたのが原因なのだろうかと本気でカロンが悩んだが、それは違うと思う。


「とにかく、貴様には今回褒賞は与えん。次回の活躍に期待する」

「そ、そう言われては……」


 次頑張れと言われるのは武人としての落とし所になるのか、残念そうにチラチラとカロンに振り返りながら兵衛が元の位置に戻っていく。

 最後はかなりぐだぐだとなったが、どうにかこうにか今回の大仕事を終えることができたとカロンは気付かれぬ程度に肩を下ろした。


「ではこれにて場を終える。各自より一層の努力に期待しているぞ」

「王の退場である」


 ルシュカが号令を発してようやくこの場を終えることができると安堵し、カロンは黒の王衣をたなびかせて精一杯肩で風を切り、脇の扉から玉座の間を後にした。

 残された団長たちは深く頭を垂れたままその後姿を見送り、扉の締まる音を聞き終えた途端に口を揃えて安堵の息を零した。

 実は今日この場を設けるにあたって、何度かカロンの前で粗相――特に口論――を働いている自覚があった面子は、国の新生を宣誓したのもあって今まで通りの無法なままでは王の顔に泥を塗ることになるのだと懇懇と説教をされ、ロイエンターレ監督のもとで礼儀作法を学んでいたのだ。

 以前のような独裁とは違い、他国との交流も行うようになれば自然と城に余所者が出入りする機会も増える。人間が魔物をどう見ているのかを知り及んでいると、その認識を覆す統率された挙動が求められる、とこれもロイエンターレに仕込まれていた。

 今回は練習を兼ねた場であったが、成果は上々と言えよう。あとは流れを壊さずに行動し、黙って待てるようになれば形になりそうだった。


「ふー、なんかだんだん王様も迫力増してきたねー」

「あれがカロン様の本来の御姿なのだろう。この窮地に立たされ、ついに開花なされたのだ」


 しみじみとほんのひと月も満たない前の世界でのことを思い浮かべながら、うんうんと頷く

女性陣2人。

 元の仕事に戻ろうと各々が思い思いに動き出したところで、エレミヤは少し気がかりを覚えた。


「あれ、そういえばルシュカとハルちゃんは褒賞頂かないの?」


 尋ねられて黙っているはずがない。この2人、結構自慢したがりなのだから。

 余計なことをとグラドラが眉根を寄せていると、案の定ハルドロギアが玉座から降りて背丈に不釣り合いな実りのある胸を張ってみせた。


「添い寝してもらいました」


 想像通り、爆弾投下である。


「あ、ずるっ、ずっるー! なにそれそんなのありなの!」

「お父様が良いと言ってくれたので」

「そんなっ、拙者も謹慎が無ければ叶えられたかもしれぬのか!」

「ええい静かにしろ馬鹿共が! どいつもこいつも毎度毎度。少しは恥を知れ!」


 毎度毎度思うのは、この場で規律を守っているはずの者までも一緒になって騒ぎに参加することだと思う。 


「じゃあルシュカは何してもらったのさ」

「私は別に何も。ああ何もしてもらっていないとも。少し物を頂戴しただけだ」

「……ルシュカ。言ってる割には随分手を弄るね。もしかしてその右手の薬指に付いてるやつ」

「あ、あー気付いたかー。いやーカロン様にお頼みしたら是と答えてくださってなー」


 話を振られてルシュカが引き下がるはずもなく、もう歯止めが利かないのは目に見えて理解できる。

 カロンの居ない場で、という部分だけは評価できよう。しかしながら、団長同士の微妙な関係性はまだまだ改善されそうにはなかった。


「どうせ自分で選んだものをねだったのだろう。浅ましい女だな」

「黙れイカ! 何自分のこと棚に上げて私に物を言っているのだ!」

「ぐああああついに完全な魚介類にされているううううううううう」

「あー分かった! アルバートとの取引ってそれでしょ! それアルバートの提案なんでしょ!」

「な、ばばば馬鹿なことを言うな!」

「絶対そうだ! だってルシュカがそんな小狡いこと思いつくはずないもん!」

「おやおや、エレミヤ様も中々侮れませんなあ」

「あっ、バラすなアルバート!」

「ずるいずるいずるーい!」

「な、ならお前はカロン様から頂いた褒美に不満があるのか!?」

「うぐ……そりゃないけど。凄い嬉しかったし? 抱きしめてもらっちゃったし? えへ、えへへへ」

「くあー! その反応がむかつく!」


 想像通りの騒がしさ。もうこの流れが常套になり出しているのはどうなのだろう。


「ほんとうるせえなぁこいつら。おい、飯行こうぜ」

「だね。さっさと仕事に戻ろっと」

「そうですな。どのような人間を手配していただくか考えておかねば」

「言っとくけど、王は誘拐とかしないはずだからな」

「勿論心得ておりますとも」


 場を離れる3人の背後では言い合いが次第に苛烈になり、打撃音とおっさんの呻き声が聞こえ出したが、振り返ることは決してしない。

 門番の【リザードベルセルク】によって玉座の間が完全に閉ざす直前に、玉座の間を汚さないことだけは願うのであった。




キャラを改めて紹介したような感じ。重要なのはアルバートの話くらいでしょうか。

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