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エステルドバロニア  作者: 百黒
閑話 リーレの冒険
23/93

4 魔物、暴れる

今回結構エグいので、苦手な方は◆のマークまで飛ばしていいかもしれません。



「感心せぬなぁ。大の男が、幼子相手に粋がるなど」


 夜の帳が静かに落ちる世界の下。

 暗がりの中で複数の男たちと、一人の侍が対峙していた。

 気配を感じさせず、猛々しい暴力も匂わせない。だがそこに存在しなかったはずの魔物が、突如目の前に現れたことは、男たちを警戒させるには十分な理由だ。

 男たちは、リーレに何かしようとは前々から思っていた。他所からやってきたエルフだし、この国の住民にはできなくてもこの子供ならバレないんじゃないかと。

 そして、祭りの騒ぎに乗じて、酒の勢いを借りて行動に移した。


「あ? 誰だあんた」


 ダークエルフの男が、苛立ちを隠しもせず口にする。

 以前から抱いていた願望がもうすぐ叶う後一歩のところで邪魔が入ったことが気に食わず、風体のはっきりしない相手を睨みつけて魔術を徐々に練り上げていく。

 相手の顔は見えない。風変わりな格好をしているようだが、強いとも感じない。突然現れたことには驚きだったが、言ってしまえばそれだけだった。


「誰であっても関係はなかろう。弱者への暴力は罪なのだ」

「いやいや、こいつこの国の魔物じゃないっしょ」

「暮らしておれば我らが国の庇護下にある。まさか分からんと申すか?」

「ちっ、うっせえなぁ」


 ひどく真っ当な理由だが、だからこそダークエルフの男は気に入らない。


「なぁなぁ、さっさとやっちまおうよ」


 背後から仲間にそう言われ、この面子のリーダー格であるダークエルフは軽く返事をしながら立ち塞がる侍に歩み寄る。

 片手にリーレを掴んだまま、偉そうな態度で接近し、暗がりの中で輪郭の掠れた侍の顔を徐々に捉えながら――全身が粟立つのを感じた。


 額に聳える一角。掘り深く精悍な壮年の顔に、憤怒が張り付いている。

 誰だ。

 そんなの、言わずもがな知っている。

 この国の頂点に(かしず)く一柱。数多の鬼を従える王。斬殺惨殺、鬼の王。


「極刑に処す」


 鬼の体が低く沈み、瞬間、腰だめに構えていた姿勢が正面へと伸びる。

 白銀の一閃が、闇を縦一文字に切り裂くと、ずるりとダークエルフの右腕が地面に向けてするりと落ちていった。

 あっと声を出す間もなく、その一連の動作は終えている。薄ら灯る月光を浴びたその刃は穢れもせず、美しい銀の煌めきを損なわずくるりと一つ弧を描いて鞘へと収められた。

 斬られた。

 それは理解できても痛みが体を襲ってこない。落ちた腕からは血すら滲まない。ただ、当然のようにそうなったと認識すら切り裂かれたかのように。


「ひっ」


 背後の魔物たちが短く悲鳴を上げた。

 綺麗にすっぱり腕が斬られた様をようやく理解したのか、醜く甲高い声を口から零しながら逆方向に転進して駆け出す。

 待て、とダークエルフが口にすることはない。蛇に睨まれた蛙のように、濃密な殺気を放つ侍――五郎兵衛を前に、一歩たりとも動くことができずにいた。


 みっともなく走る魔物。

 何度も転びそうになりながら、唆されて調子づいたことを今更のように後悔してただ逃げる。

 リーダーの男がまだ生きているうちは大丈夫だろうと心のどこかで考えていた。用があるのはアイツだけで、俺たちは見逃されているんだと、都合のいい言い訳を頭の中で繰り返す。

 だが、それは無情にも、文字通り叩き潰された。

 ごしゃりと、先頭を走っていたミノタウロスが、上から降ってきた巨大な獣に叩き伏せられた。

 その威力は地面を砕いても有り余る力で、上半身が本来の厚みの半分以下にまで陥没している。

 突然の強襲に全員が腰を抜かして倒れこんだ。


「クソどもが。エステルドバロニアの膝下に居ながら、胸糞わりいことしやがってよぉ。覚悟できてんだろうなぁ!!」


 ぐおんと咆哮混じりの怒声が耳を劈く。

 巨躯を鮮血に染め上げながら、鋭い双眸と鋭牙だけが光る。土ごと掴みあげたミノタウロスの上体をごきごきと握りつぶしながら、愉快げに笑う狼が口の端を震わせながら後退る者たちを見下していた。


「グ、グラドラ……!」


 狼の頂点。それが何故ここに。いや、それよりも逃げなければ。

 しかし手足が震えて立ち上がることができない。惨めにも地面を這いずりながら距離を取るのが精一杯の魔物たちは、既に悲鳴すら上げることができずにいた。


「くそが。うちの連中は何してんだ。こういう日こそしっかり回れっつってんのに、人気のねえとこ歩かねえとか。戻ったら全員ぶちのめしてやる」


 クルミを手で弄ぶように、2m近い背丈のミノタウロスがグラドラの手の中で丸められている。指が何度か動く度に骨が砕けて肉の潰れる音がする。


「た、助け、助けて」

「だめー。そう言って助けてもらった人ってこの国にはいないのです。残念だったねー」


 叶わぬと知りながら口にした命乞いは、背後からの声に一蹴された。

 今度は誰が現れたのだと残っている魔物が首だけで振り返る。


「ふふふん、お姉さんとあっそびーましょー」


 大きな狐の尻尾を左右に振りながら、猫の耳をぴんと立てる女。

 キャスケットを被り、少年のような格好をした彼女の指先で弄ばれる刃の長い短剣が、淡い光を反射して一層恐怖を煽り立てる。


「なん、で……エレミヤまで……」


 またも、バロニアの一柱が現れた。

 こんな人通りの少ない路地裏に、錚々たる顔ぶれが集うなど有り得ない。


「なんでって? ぶっちゃけ偶々かなー。アタシらリーレちゃんに用があっただけだかんねー」

「じゃなくても、誰か来てただろうがな。この国の全ては城が見張ってっから、隠れて悪事が働けるわけねえんだよ」


 リーレ。今しがた自分たちが欲を満たすために捕まえたエルフの少女。

 ただの余所者を優遇する理由が魔物たちには分からない。一生理解することはないだろう。

 その一生はここで終わるのだから。


「ねぇねぇ、実はアタシ今ちょっち不機嫌なの知ってたー? ほら、王様からご褒美もらおうと思ってたのに倒れちゃってさ。早く治さないとって思ってるのにこんなことに時間取られてるんだよねー」


 にっこりと微笑んだエレミヤが、近くに居たホブゴブリンの頭を持ち上げると、その首筋に短剣を添えた。


「だからさー……さっさと死ねよ」


 その刃がぐるりとホブゴブリンの首を一周し、小さな胴を踏みつけると勢い良く引き抜かれた。

 骨を傷つけずにいたためか、首の下には脊髄がぶら下がっている。足蹴にされていた体はまだ心臓が動き、激しく痙攣していたが、鬱陶しくなったのかぐちゃりと踏み潰した。

 鼻で笑うように、にたりと笑ったエレミヤの口から吐息が溢れる。次の標的を視線だけで探しているのを感じ、もはや逃げようと動く気すら殺された魔物は金魚のように口を開閉させているだけだった。


「じゃ、次はてめえの番だ」


 今度はグラドラが動いた。

 ぎちぎちと、グラドラほどではないにしても巨躯を持つミノタウロスを、巨大な手に収まる肉塊へと変え終え、それを地面に放り捨てる。

 転がる、先程まで共に行動していた仲間の姿に目を奪われていたリザードマンの足元で膝立ちになると、両手を、甲を合わせた状態で胸元の上に狙いを定めた。


「や、やめ、」

「聞こえねえよ」


 次の瞬間、絹を裂くような悲鳴とともに、リザードマンの体に突き刺さった指が左右にこじ開けられ、赤い紅い鮮血を撒き散らしながら真っ二つに裂けた。

 臓物を周辺に飛ばしながら、涙を流して見つめていた仲間の姿に、魔物の恐怖はピークに達する。

 だが、すぐには殺そうとせず、一人一人料理していく。殺す際だけは一瞬で絶命させるが、残った者には仲間の死に際を目に焼き付けさせる。愚かな行いを後悔させるために。


 情け容赦はどこにもない。規律を乱せば即座に殺す。

 それがこの国の法。エステルドバロニアを理想郷(ディストピア)とした悪滅の掟の姿だった。


「じゃ、次はアタシー。ねえ、どうやって死にたい? えへへ、聞いてあげないけどね」


 けたけたと壊れたように笑う死の権化。

 人気のない路地裏で、けたたましい肉の引き裂く音が何度も響いた。



 場面は戻り、ダークエルフと兵衛。

 遠くでわいわいと騒ぐ2人の声を聞きながら、こちらにはまだ動きが無かった。

 掴まれていたリーレだったが、今は髪を掴んでいた男の腕が切り落とされているので容易に逃げることができる。

 しかし、彼女は依然としてダークエルフの足元で横たわっていた。


(怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


 叩きつけられる殺気に体が硬直し、身動き一つ取れずにいた。

 目の前に髪を掴んだままの腕が落ちていて、頭上からは兵衛が放つ殺気。突然幸せが破壊され、まざまざと魔物の国の実態を、そこに暮らす者たちと軍の差を見せつけられている。

 マルタとアリスと会話をした時に、国に楯突くものはいないという話をした。軍が圧倒的すぎるから逆らう気が起きないと。

 まさしくその通りだと今改めて実感している。玉座の間にてカロンに懇願した時も近い気を感じたが、それがただの子供騙しでしかなかったのだと初めて理解した。

 息を殺し、体を押さえ、この刹那すらも久遠に等しい時間が早く終わってほしいと何度も願いながら、リーレは目を閉じ耳を塞いでじっとしている。


「き、斬った……俺の、俺の腕を……」


 一方ダークエルフの男は、自分の腕がないことにまだ狼狽えている。

 痛みも無く出血もない。ただ簡単に、刺身でも切るようにすっぱと切り落とされた奇怪な現象に混乱し続けている。


「斬った、などとは無粋だぞ小僧。斬るというのはな――」


 ぶつぶつと呟くダークエルフの言葉に引っかかったらしく、兵衛は訂正を加えながら二度(にたび)刃を翻す。


「こういうことを言うのだ」


 今度は何をされたのかと疑問を抱く前に、今度ははっきりと、激痛を伴って失った箇所が訴えかけてきた。


「あ、ああああ、ああ、また、俺の腕ええええええええ!」


 赤い血を噴き出しながら、軽く宙を舞ってから無造作に落ちる、左腕。

 傷を押さえようと動くが、あるべき右腕は疾うにない。両手を失って体を左右に捩りながら叫ぶ男の姿を、兵衛は何の感情も浮かべずに見つめていた。


「斬れば痛むし傷も負うが、拙者の剣閃はその域を超えておる。断たんと振るえばするりと絶つる。これを以て【断絶之太刀】と呼ぶ……って、聞いておらんのか。面白くない」


 激痛の行き場を声として慟哭する様をつまらなさげに見つめていた兵衛が、三度(みたび)振るうと、今度は動き回っていた男の両足だけが取り残されて、胴が地面に転がり落ちる。

 そこに血はなく痛みもない。綺麗な断面が、リーレの目の前で蠢いていた。


「ひっ……」


 のたうち回るダークエルフの胴体が地面の上で跳ね回る。水揚げされた魚のように何度も、何度も。


「だ、だずげで。もうじない、もうじないがらぁ!」

「おお、久しぶりに聞く台詞だな。しかしながら、それを二度も吐けた者はおらん。残念だったなこぞ……」


 ゆっくりと、土を踏みしめる音を立てずに近付いた兵衛が切っ先を男に突き立てるが、途中で言葉を区切った。

 動きを止めて何かを観察すると、刀を振り下ろして痛みの元凶である左腕を更に深く断ち、出血を止める。

 男の背に、何か死ぬより嫌な予感が走った。


「おぬし、よう見えなかったが中々の面構えではないか。ほほほう、これは、ううむ……ううううむ、いや、そうさな、そうするとしよう」


 一人、えらく納得している。

 焼け付く痛覚がまだ余韻に浸っており、男は何を言っているのかさっぱりと理解できずにいたが、リーレはなんとなく理解できてしまった。

 落ちていた男の頭を、男がリーレにしたように鷲掴みにした兵衛は、精悍な顔でうっすら頬を桃色に染めて嬉しそうに笑った。

 それで、男もようやく気付いたらしい。


「ま、待て、嘘だろ? 嘘だよな?」

「はっはっは、なに、すぐに殺すのは取り止めてやるのだから感謝するとよい。今日からおぬしは拙者のカキタレとなるのだからなぁ!!」

「嘘、嘘だ、そんな……」

「では、さっさと行くとするか。後のことはあの阿呆共がするだろう。いやしかし王も心配だから、どうしたものか。そうか、おぬしを家に置いてくればよいだけだな」


 絶望に彩られた、手足を失くした男の処遇を決定すると、兵衛はリーレの前から音もなく姿を消した。

 残されたのは、転がった手足と、リーレのみ。恐る恐る掴んだままの手を外し、立ち上がって周囲を見回すが、居なくなった仲間の魔物の姿が見えない。


「助かった……?」

「助かったよー。でも残念、おうちに帰るのはまだ先になるのでしたー」


 小さく安堵の息を漏らしたリーレの首筋に、軽い衝撃が走る。

 かくんと首を折って倒れる体を誰かに支えられ、急激な浮遊感を感じたところで彼女の記憶はぱったりと途切れた。





 ぐったりと、ベッドの上で横たわる人。

 その側に腰を下ろした少女は、甲斐甲斐しく汗の滲んだ額を何度も綺麗なタオルで拭いていた。


「団長、まだルシュカ様方は戻られないのでしょうか」


 その側に居た長身の女性。ボディラインをはっきりと浮き立たせる黒いインナースーツに身を包み、長い短冊が幾つも連なったような腰巻を付けている。

 後ろ髪をポニーテールにした黒い髪の合間から覗く紫金(しこん)の瞳が、少しばかりきつく少女を見つめた。


「さあ」


 素っ気なく、目を布で覆ったキメラの少女、ハルドロギアが短く答えた。


「ですが、あまり時間をかければ王が」

「分かってる。でも私たちが何か言うことはできない。お父様が命じてくださらなければ、この城から出ることも叶わない私たちでは。ねえロイエンターレ」


 名前を呼ばれて長身のキメラ、ロイエンターレは押し黙る。

 彼女たちキメラは他の軍と違って外に出ることができない。というのは、カロンの側に常に居るのが存在意義で、カロンの意思に関係なく、離れることは決してしない。

 ひきこもり軍団と陰で言われるのにはそういった理由があり、今こうしてカロンが床に臥せっている状態では、彼女たちも何か解決策を探すと動くことはできないのだ。


「……無力です」

「そう自分を責めないで。私たちにもできることはある。これ以上お父様の容態が変わらないように気を付けていないと」

「そう、ですね」


 自分を慰めるように呟いたハルドロギアの言葉に、ロイエンターレも自分を納得させるようにして頷く。


「替えのお水持ってきました」

「ご苦労様。レグノリア、何か果物を持ってきて」

「了解です。あの、父上の様子は?」


 ノックをせずに入ってきたキメラの一人、レグノリアがベッドの側までずけずけと足を踏み入れるが、2人はそれを咎めない。

 カロンが寝ているので、不用意な音を立てないようにと部下に厳命しているからだ。こうして会話する声もかなりトーンを下げているので、少し苦しげに眠るカロンを起こさないようしっかり配慮している。


「まだ眠ってる。さっき少しだけ目を覚まされたけど、ちょっと水を飲んですぐに寝ちゃった」

「そうですか……驚いていたんじゃないです? 勝手にお部屋に入っているって」

「どうかな。後で怒られちゃうかもしれないけど。もしそうなったら一緒に怒られてくれる?」

「もっちろん。元気になった父上に怒られるなんて素敵ですもの」

「ありがとう」


 ハルドロギアが口を綻ばせると、レグノリアも一緒になって微笑んだ。

 元気になってくれるのならそれに越したことはなく、怒られたって苦にもならない。

 早く良くなるようにと、キメラ一同総勢7名がフル活動している。後は外から情報を探っている者たちが治療法を見つけてくるのを待つだけであった。


「しかし、こう間近でカロン様のお顔を拝見するのは初めてかもしれません」


 後ろに控えていたロイエンターレの言葉に、ハルドロギアの肩が揺れた。


「ど、どんなお顔をしているの?」


 彼女が目を覆っているのは、カロンがキャラメイクで設定したからなのだが、この目隠しに国の紋章が刻まれているため、彼女がそれを外そうとすることはない。

 ないのだが、気配だけで周辺を把握している彼女にとって、カロンの姿も顔も見れないというのは割と辛いらしく、目を塞いでいるのにキラキラした表情でロイエンターレを見つめていた。

 ロイエンターレは、カロンの顔を自分なんかが形容しても良いものか、と考える。

 もしこれで齟齬が発生すれば叱責されるだけでは済まないだろうし、どう見るのかなど人それぞれだ。

 もし言葉で表すとすれば、年齢を感じさせる皺があり、少し目つきが悪いが穏やかで優しい顔立ち、となる。あくまでもロイエンターレが見たの顔なので、他がどう見ているかは分からない。

 ただそれをそのまま伝えるのは些かどうなのだろうか。王であるのだから割増して告げるべきか。


 うんうんと唸ってどう伝えるべきか悩んでいたところで、突然扉が大きな音を立てて開け放たれた。

 突然の訪問者に2人は空間から長槍を取り出して、カロンを守るように身構えた。

 この王城に突然敵が現れるなど万に一つも有りはしないが、抜かりなく備えるのが彼女たちの仕事。それを平和に興じて疎かにするほど馬鹿ではない。

 室内に緊張感が満ちる。それを打破したのは、気の抜けるような、間延びした声だった。


「やっほー、持ってきたよ!」


 ひょこっと顔を出したのはエレミヤだった。

 人の気も知らず、ひらひらと呑気に手を振る姿を見て2人の体から力が抜ける。

 カロンがまだ眠っているのを確認すると、ロイエンターレはエレミヤの方まで肩を怒らせながら歩いていった。


「エレミヤ様。ここはカロン様の私室なのですよ? そのようなことをするのは非常識かと思われます。もし王が起きていたならお叱りを受けたでしょうし、今は眠っておいでです。起きたらどうなさるおつもりですか。そもそも貴女様はいつもいつも行動になんの疑いもお持ちでない。もっと思慮深く行動してくださいませと以前から申して……なんですかその薄汚い格好は。カロン様から与えられたお召し物をそのような姿へと変えるなど、あまつさえそれを気にもせず王の私室に足を踏み入れようなど言語道断です」

「え、あ、ちょっと待ってターレ。今王様のために大事なものを――」

「いいえ待ちません待ちなど致しません。さあ着替えにいきますよ、まさかその格好で城の中を歩いたのですか? 何故一度軍事塔の自室で着替えるという選択肢を思い浮かべないのです。見苦しい姿でこの王城の中を歩くなど何を考えているのですか。おまけに顔にも血を付けたまま……見苦しいお顔が殊更に見苦しくなっておりますよ。さあ早く着替えに行ってくださいませ。でなければここへは決して入ることを許しはしません」

「今さらっとアタシの顔のこと貶してなかった!?」

「どうでもいいでしょうほら早く出ていってくださいませ。毎日丹精込めて我々が掃除している王のための絨毯を土で汚すおつもりですか。そんなの許しません。さあ早く!」


 扉の前に仁王立ちして腕組みをしたロイエンターレがエレミヤのことをきつく睨みつける。

 ひきこもり部隊と言われているが、この王城においてはルシュカの次に偉い扱いだ。ある種の羨望が混じった蔑称なのである。

 故に外ではともかくとして、王城の中で限るなら軍団長のエレミヤでも副団長であるロイエンターレには頭が上がらない。

 まあ、それ以前にロイエンターレの性格が大きな理由かもしれないが。


「まあ待てよターレ。王に関わることで急いでんだ」


 叱られて耳を項垂れさせるエレミヤの側から姿を見せたのはグラドラだった。


「グラドラ様……貴方様も随分と汚れておいでですね。エレミヤ様に申し上げたことを聞いておられなかったのですか?」

「だから急いでんだよ。もしかすると今すぐ王の病が治るかもしれねえんだ」


 そう言われて、ロイエンターレの動きが止まった。

 カロンの病状に関わる。それも今治療の手立てがあると言われれば、さすがの彼女も一考する。

 顎に手を添えて暫し悩んだ末、大きく嘆息してから扉の前から退いて道を空けた。


「むー、扱いが違いすぎない?」

「説明しねえのが悪い」


 頬を膨らませてプリプリ怒るエレミヤを鼻で笑い、グラドラはカロンの眠るベッドの側へと移動した。

 その肩には、ぐったりと項垂れるリーレの姿がある。


「おい、ガキ」

「う、ううう……」


 乱暴に肩の上でゆすられたリーレが呻き声を上げる。

 城に向かう道中で目を覚ましていたが、あまりにも無茶な――屋根の上を飛び移る――移動のせいで軽くグロッキーになっており、口元を覆って荒い息を吐いていた。

 肩の上から降ろされて、ふらふらしながらリーレがカロンの様子を確認する。


「グラドラ様、その者は確か……」

「ああ、神都のエルフだ。なんでも風邪とかを治す魔術ってのがこの世界にはあるらしくてな。それでそのまま連れてきた」


 本当は途中で放り捨てるつもりだったけど、と付け足され、何故こうも団長たちは思慮が足りないのかとハルドロギアまで頭を押さえた。

 そんな魔物たちの様子を余所に、リーレは魘されるカロンに同情しながら掌に魔力を集める。

 エステルドバロニアで主流の術式とは違う簡易なものだが、見覚えのない式が入っていたことから団長たちの関心を集めた。

 リーレの邪魔をしないように背後から首を伸ばして様子を窺う者たち。その視線の緊張感に今一状況が飲み込めていないながらもリーレは治癒魔術を発動させる。

 カロンの体が淡く光り輝くと、その光は大きな変化も起こさずに次第に弱まり、

最後には儚げに消えた。

 ごくりと誰かが喉を鳴らす。

 成功したのか、それとも失敗なのか。

 しんと静まり返った室内に、小さく息を飲むリーレの音だけが響いた。



「む、お前たち揃い踏みか。丁度良かった、図書館で骨を脅してようやく調べがついたのだが、風邪を治すには安静が一番と――」

「おや? 何故王の部屋に集まっているのかね。まさかとは思うが、何か抜け駆けでも考えていたのか?」

「あるじいいいいいい! この兵衛がお側に参りましたぞ! って、グラドラとエレミヤ! ぬしらよくも拙者を放置して――って、なんだこの人数は」


 そこに扉からやってきたのは、外で活動していたアルバートと兵衛。そしてどうやら図書館に引き篭もっていたらしいルシュカが合流した。

 やいのやいのと騒がしく部屋の中に入ってきた3人だったが、全く反応をしない仲間の様子に、顔を見合わせて首を傾げる。

 身動きをとらないその集まりに近付くと、その中心にはカロンとリーレ。

 いったい何を待っているのかと不思議がっていたところに、掠れたリーレの声が届いた。


「か…………風邪じゃ、ないです」


 ――皆が、言葉を失う。


「これ、この地方の風土病で、薬がないと治せない、びょう、きでっ」


 涙ぐむリーレが、目を強く擦りながらどうにかこうにか口にする。


「こっ、この病気に、効く、くっ薬の材料は……今の時期はどこにも、な、ないん、です……っ!」


 全員が、風邪というものは学んだ。

 それがどうすれば治るのかも知った。

 しかし、それは皆の、カロンの考え違いだった。

 病。それは風邪だけではない。様々な症状を引き起こし、様々な苦痛を伴う。

 そして、時には死に至る。


 病というものを楽観視し、カロンのことを過信していた自分に気付いて無音が続く。

 ただ、王の荒い呼吸音だけが、沈んだ夜の帳の中で鳴っていた。



あー感想で指摘されちゃったから流れ変えようかと思ったけど諦めた。

さて、王様が知らないうちにピンチ。

解決する方法はあるのでしょうか。次回にご期待。

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