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エステルドバロニア  作者: 百黒
1章 魔物の国
2/93

2 未知の恐怖


 ふらふら意識が揺れる。

 ゆらゆら脳が揺蕩う。


「……さい」


 誰かの声がする。

 誰の声かは判断ができない。

 ただ、聞き覚えのある声ということだけは分かった。

 その声が、何度もカロンを覚醒へと促してくる。


「起きてください! カロン様!」


 徐々に視覚が取り戻され、瞼を透過する橙色の光に反応して固く瞼を閉じた。

 五月蝿いと思いながら光になれない目を細く開くと、正面から女性が覗き込んでいた。

 その姿は黒い軍服で、綺麗な空色の髪を掻き上げて悲愴な顔を作っていたが、視線が交わったことに気付いたらしく、女性は見惚れるような微笑みをカロンに向けた。


「あ……ああ、良かった……」


 まだ寝ぼけているのだろうか。

 カロンは受け入れがたい状況に目を瞬かせるが、少し気持ちを落ち着かせて相手を確認する。

 両手をカロンの顔の横について、嬉しそうに頬を綻ばせながら涙する彼女を見つめながら、変に疼く頭で思考を回した。


 空色の長い髪に、軍服を着た、美女。

 紛れもなく、カロンが副官として選んだ、無機質な声で定型文を話すだけだった、ルシュカだ。


 それが何故に自分の枕元にいるのだろう。

 と言うより、そんな喋り方できないだろう君は。

 疑問がまだ覚醒していない脳で沸々と湧き上がってくるが、一つの結論に達することでカロンは納得した。



 なるほど。夢か。


 一度としてゲーム内で経験したことのないシチュエーションで、一度としてゲーム内で聞いたことのない声で、一度としてゲーム内で見たことのない表情。

 だが何度も見てみたいと考えた表情。

 夢と断じるには、これ以上ない光景だった。


 カロンは霞む目を強く擦り、良好になった視野で一応回りを確認して更に納得する。

 ここはカロンの作った王室、もとい私室だ。

 自分の私室ということで豪華さよりも居心地の良さを追求し、質の良い檜を床に張って壁を白く塗装した私室。ベッドは天蓋付きのフワフワなもので、箪笥やテーブル椅子机、どれもウォールナットを使用していて深みのある木目と色を見せていた。

 まごうこと無き【エステルドバロニア】の王城にある私室である。


 外は夜になっており、緞帳に近い分厚いカーテンが窓を覆い、代わりに【フェルライト】と呼ばれる電球色に光る浮遊する球体が室内を淡く照らしていた。

 まさか夢で見るとは思わず、部屋をここまで精密に思い出せることに感心しつつ、ルシュカのキャラ改変が自分の趣味なのかと思うと少々恥ずかしい気持ちに陥る。


「良かった……本当に心配しました。このままお亡くなりになってしまわれるかと……」

「え、ああ、泣くな。よく分からんが私は大丈夫だから」


 むくりと体を起こすと、姿勢を正したルシュカは柔らかく微笑む。

 キャラ改変と言うより元々キャラなどなかったルシュカに表情が合わさると、今まで愛玩品のように向けていた気持ちに気恥ずかしさが灯る。

 無表情に抑揚のない声が変わるだけで、こんなに自分の生み出したキャラが活き活きするのなら最初から夢を見たいと望んでおけばよかったなんて、そんなどうでもいいことを彼女を見ながら考えつつ、エステルドバロニア国王カロンは自分の姿を確認する。


「……ん?」


 服装は、黒い軍服のままだったが、妙に着心地をよく感じる。

 服とは言っても所詮データで、それが夢ならそこまで感じないのではと思うも、夢ならそれもあるのだろうと一人勝手に納得を示した。

 変なことを考えて夢から覚めるのも嫌だと、深く考えずカロンは立ち上がって少し顔の位置が高いルシュカに目を合わせる。

 わたわたと手を左右に振り乱す姿が少しおかしかったが、また悲しげに顔を歪ませたのを見て自然と表情を引き締めた。


「あ、無理はなさらないでください! 緊急の用件はありますが、それはこちらでどうにか致しますので」

「緊急? 何かあるのか?」

「はい……少し、いえ、大きな問題が発生しているのです。【バロニアの十七柱】と連絡を密に取り合って事態の対処にあたっているのですが……」


 表情を暗くして、視線をカロンから外して下へと落とす。

 人ならざる者の暮らすエステルドバロニアを守護する軍。17に分けられたそれぞれの頂点に君臨する手塩にかけた者たちをバロニアの十七柱と呼んでいる。

 設定に組み込まれていることではないが、カロンが一人でそう決めて口にしていた名前。それが平然とルシュカの口から出てきたことで益々夢である可能性を強めた。


 アポカリスフェで使役する魔物には性格の設定がある。例えば「傲慢」「節制」「礼節」「短気」「人見知り」「冷徹」「能天気」「憤怒」etc……といったように、魔物一体に付き2つまで決められる。

 それによって魔物同士の相性も決まる。「短気」と「能天気」は相性が悪いし、「節制」と「礼節」は相性が良い等々。

 それによって個性を生み出し、同じ魔物でも外見と性格で千差万別の変化をするようになっている――という設定がある。

 実際のところ魔物は喋ることがないのでそんな設定は戦闘時の連携に関わる程度で飾りにしかならない。

 しかし夢であればその設定がどう反映されているのか、自分の妄想ではどこまで作りこまれているのか興味がある。どれだけ自分の脳は妄想しているのか興味がある。

 故に。


「ルシュカ。来れる団長を玉座の間に集めろ。何が起きているのかはその場で問おう」


 偉そうに命令した。

 ルシュカから伝えられた自分の状況も何もかもを綺麗に忘れて、ただこの泡沫を謳歌しようとしか考えなかった。

 現実じゃないのなら現実ではできないことをする。そこにおかしなことはない。


 その命令を聞き、普通ならすぐにルシュカは抑揚のない返答をして行動するなのにそれがない。

 じっと身動きをせず目を丸くしてカロンを見ていた。


「あの、本当に無理はなさらないでください。先程まで本当に危険な状態だったのですから」

「……なに、大丈夫だ。私はこのとおりピンピンしているぞ?」


 えらく酷い状態だったことを連呼され、どういう設定を組み立てたのだと悩む。


「とにかく、国が心配なのだ。だからどうか、頼む」


 それっぽいことを優しい口調で伝え、カロンは部屋のソファに腰を下ろした。

 気落ちしていたかと思えば元気よく「お任せください!」と叫んでバタバタと慌ただしく出ていったルシュカの余韻を見ながら、どんな団長たちが集まるだろうと思いを馳せる。

 ゆっくりゆっくり玉座に集まるであろう面々の性格と関係を考えながらこんな反応をするはずだと色々決めていく。

 まだ目を覚ましたくはない。せめて直近の部下に会って言葉を交わすまでは。


 本当なら未練を断ち切るはずだったのに、未練たらたらな自分に馬鹿だと一言投げかける。

 愛着は当然あるがゲーム性がもはや化石かというくらい古臭いし面白くない。

 今出ているVRの戦略シミュレーションゲームだともっとマシな作りをしているかもしれないし、これ以上このゲームに金と時間を注ぎ込むなら別に移動してもいいはずだ。

 今更感が漂うが、それだけ楽しんだゲームなのだから仕方ないと思ってほしい。カロンはそういうことにしている。


 実は、カロンはVRMMORPGをやったことがなかった。

 というのも、もしハマッたらまず間違いなく時間調整で面倒な目に遭う確率が高かったからだ。

 人間関係が無いに等しく、加えて自分のペースでやれたから適当な時間で切り上げることができていたが、本格的に他者のPCプレイヤーキャラクターと関わるとなると、決まった時間にログインしなければなんて強迫観念が自分の中に生まれてしまいそうで恐ろしい。

 一応は自分で働いて生活している以上、残業などで予定が狂うこともある。変に律儀な性格だから人が絡むと深く考えすぎる難点があり、プレイ時間の制約には頭を悩ませそうだった。

 よくニュースでVRMMORPGにのめり込み過ぎて社会に出られなくなった若者の話が出てくるので、そのマスメディアの広報に踊らされていると言ってもいい。

 だが、自分もいい歳になったし自制は利くだろうと前向きに考えることにする。

 30を目前に控えた歳で、暇のある学生気分でゲームするなど言語道断。社会人として10年も暮らしたのだから、そうでなくては困る。


「となると、何をプレイするかか」


 目を開けてカロンは腕と足を組む。もう既に部下のことなど頭にない。


「やっぱ王道のファンタジー系か? 洋風もいいけど和風の方が好みだしなぁ。アポカリスフェみたいなダークな感じのも良いし……」


 MMOはその種類があまりにも多い。剣と魔法の世界もあれば中世ヨーロッパのような戦争物もあるし、近接武器で渡り歩くものもある。魔物を使役するようなものも探せばあるだろう。

 だが、NPCを弄れるなんてRPGはまだ技術的な意味で無いかもしれない。それはちょっと残念だ。

 カロンは自キャラよりも自分が見える他キャラを弄るほうが好きだから尚更に。

 そうやって次のゲームを考え続けていたが、それは起きてから考えることにしようと思考を打ち切った。


「にしても、遅いな」


 扉を見る。ルシュカが出ていってからそこそこの時間が経ったはずだ。

 普通に考えれば王都や王城などに散らばっている団長たちのもとへ走り回るのだからもっと時間がかかるのだが、そんな頭はカロンにはない。

 さっさと魔物に言葉を伝達するアイテムのメッセージトークンを使えばよかったかと苦笑してシステムウインドウを無意識に開いた。



 開いて、気付いた。


「……え?」


 眼の前には間違いなく見慣れたウインドウ。ステータス、インベントリ、スキル、クエスト、モンスター一覧、マップ、経済状況、右上に現在時刻。

 見慣れた順番に使い古した項目たちが縦一列に半透明に浮かんでいる。首を振っても正面に来るように固定されており、閉じるように念じなければ閉じることはない。

 なので、閉じる。すると目の前にあった項目は消え去り、見慣れた室内がはっきりと見える。


「……え?」


 開く。見慣れた文字列。

 閉じる。見慣れた景色。

 開く。見慣れた文字列。

 ステータスを選択。自分のデータが表示される。

 スキルを選択。魔物に対して効果を発揮する能力が並ぶ。

 インベントリを選択。どこにしまっているのか分からない大量のアイテム項目が並ぶ。


「…………」


 そして、言葉を完全に失った。

 何がここまでカロンを驚かせているのか。いつもと変わらない光景がおかしいんじゃない。

 いつもと変わらない文字列の中に、決して見ることがない数字が記されていたからだ。


 現在時刻、22:14。日付は2月25日、木曜日。


 つまり、今は夜の10時。

 日付と時刻に誤りがないのであれば、今は緊急メンテナンスの時間だ。

 夢なら別に問題などない。しかし、ここまで正確に時間が表示されていることが奇妙に思える。


「…………え、いや、あれ? 待て、待て待て、そうだ、これは夢だ」


 そうだ。夢なんだから不自然に思うことはない。だから落ち着け。きっと違う時間を考えれば表示される時間も変わる。これは夢なのだから。

 さあ、今の時間は何時だ?



 閉じていた目を開いて恐る恐る確認した時刻は22:14。デジタルの文字が変わらずに表示されている。



 深く息を吸い込んで、大きく吐き出す。

 そして唐突に、テーブルを殴りつけた。

 別に意味なんかない。ただ何故かは分からないが、そうするべきだと心が囁いた。


 何か、大事なことを忘れている。


 鈍い音を立てて拳とテーブルが接触する。非力な体ではテーブルに傷をつけることなどできるわけがない。

 その衝撃は拳から腕へと走り肩へ伝わり、それと同時に別の感覚が走り抜ける。


「っ痛~~~~~!!!」


 激しい痛みが右腕を襲い、殴り方が悪かったのか皮が少し剥けて血の出た拳を押さえつける。

 そして、疑問は一気に膨れ上がった。


「な、なんでこんな痛いんだよ……」


 このゲームに主人公が痛覚を感じる機能は存在しない。そもそも戦争に自ら赴くゲームじゃないのだからそんな機能不必要だ。

 更に言うなら、VRMMORPGは痛覚をある程度誤魔化すようになっている。

 敵に斬られてその感覚と同等の痛みが走ればプレイヤーが死に至る危険性があるのだから、当然そういった処置は施されている。

 そして悶え苦しむような痛覚ダメージは決して起こりえないよう、システムが作られているのが常識だ。

 だが、現にこうしてカロンの手には痛みが駆け抜けており、ダメージを理解させる範疇を超えた激痛が残っている。


「あ、ま、待って。ちょっと待って」


 誰に対して向けた言葉でもない。時間が待つはずもないのに、いもしない誰かに懇願を繰り返しながらインベントリを開き、膨大なアイテムの中からアイテム名を思い浮かべて空中に取り出す。

 それは何の変哲もない手鏡。特殊な効果もスキルも付属していない、安い銀の手鏡が目の前で浮遊しながら光っている。

 震える手で柄を掴むと光が霧散し、質量を伴って手に収まった。

 目前に現れた手鏡を直視する。

 そこに映っているのは、暫く見なかった自分の――キャラクターの顔。


 ゲームとしては機能している。それなのに痛覚がある。それがどういう意味を示すのか、情報があまりにも少なすぎた。

 一つだけ分かったのは、これが夢ではなく、ゲームの中だということ。


「待て。おかしいって、なんだこれ、だってこれ戦略シミュレーションゲームじゃん、そんな機能ないじゃん、転んでも痛みを感じないようなゲームだぞ? なんでこんな痛いんだよ、おかしいって、おかしいよ絶対」


 目に涙を浮かべながら、頭を強く左右に振って忘れたいと念じる。

 今すぐ夢から覚めてくれと。こんな怖い思いをするなら現実に帰ったほうがましだと。俺の体を返してくれと。

 だが、そんな願いを嘲笑うように、部屋は静まり返ったままで、耳に残る殴った時の鈍い音が反響する。

 それが恐怖を助長することになり、慌ててシステムウインドウを開く。

 言わなくても開くのに「システム!」と叫ぶくらい気が動転していた。

 開いたウインドウから選ぶ操作はオプションの項目の選択。視線を下から一番目にある文字を捉えてそれを選択し、ログアウトを選択してゲーム終了の確認に承諾するだけだ。

 もしこれが本当にゲームの中なら、それだけでこのゲームから出ることができる。

 それがシステムの誤作動であるのなら。


 なのに。


 望んだ項目は、存在しなかった。

 一番下にあったのは、オプションではなく地域情報の項目。

 それは本来であれば下から二番目に存在するはずなのに、今目の前では間違いなく一番下に存在している。


 退路が存在していない。


「は、ははは」


 乾いた笑い。

 途中で気付いた。これだけの激痛を感じておきながら目が覚めないわけがないと。

 ここに来て気付いた。ゲームの中なのは間違いないのにそこから出ることができないことを。

 そこでようやく気付いた。ゲームの中なのにルシュカが感情と表情を持って自分に接してきたことを。


 これで理解した。



 ――自分は今、どうしようもないほど不可解な現象の真っ只中にいると。



「っ、ざけんなよ!!」


 勢い良く立ち上がってテーブルに蹴りで八つ当たりをするが、微動だにしない。無駄に痛みを伴うだけで、何も変わりはしない。

 それにいらつきながらも、このままでは駄目だと年齢を重ねたことで覚えた精神の抑制を行う。

 何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと腕を組み、目を伏せた。


 今置かれている状況を整理する。

 カロンは夜9時から始まるメンテナンスの前までゲームをプレイし、城を回ってルシュカに会った。

 ここまでは問題ない。間違いはないし確実に自分で行動したことだからしっかり記憶している。

 もしここで強制ログアウトに運営が失敗していたと仮定しても問題はない。

 オプションの項目がないことも運営のミスということで納得してみる。


 問題はここからだ。

 何故かは分からないが、いつの間にか眠っていた。目覚めた場所はエステルドバロニアに聳え立つ王城の一室。自分のために作った自分のための部屋。この時点でおかしい。

 次に目を覚ますとルシュカがいた。表情があり言葉に不自然さはない。まるで生きているように動く姿を思い出し、これもおかしいと確定。

 勝手にNPCは移動しない。プレイヤーの意思がなければ転移したりも起こらない。

 NPCに人格はない。設定された性格はあっても反映は戦闘システムにしか反映されず、そもそも定型文しか喋らない存在なのだから。


 結論。意識を失っていた空白の時間で、何かが起きた。


 夢だと浮かれていたことが現実の可能性。それが濃厚になってきて体が不安になる。

 もしゲーム内ならログアウトできなくても黙ってシステムが復旧するまで待っていることができる。

 だがその現実に、現実にはなかった光景があったら? ルシュカがそのいい象徴だ。

 感情表現などプログラムに存在しなかった機械人形が、当然だと言わんばかりに表情豊かに多彩な動作を見せる。これが恐怖じゃなくてなんだというのか。

 運営が対処? アップデートを投げ捨てたのに唯一のAIを持ったキャラを強化するか? わざわざ無意味な痛覚パッチなんか当てる必要があるのか?

 もしそうだとしてもそれが反映されるのは再起動してアップデート用ファイルをダウンロードしてからであって、ログアウトをしていない――と仮定すれば――カロンに適用されるはずがない。


 つまり、カロンは今、見覚えのある景色とキャラがいる夢のような現実の中にいる。

 誰が理解できる。こんな事態を。


 怖い。怖い。怖い。

 なんだよこれ。意味分かんねえから。帰らせろよ。俺のいる世界に。日本に。


「俺を帰せよクソッタレ!!」


 ガンとソファが動くほど勢い良く立ち上がって天井に吼える。当然効果なんかあるはずもない。あるわけがない。

 迷子の子猫を導く犬のおまわりさんは、この世界には存在していないのだから。


 頭が混乱している。夢か現実かの区別が何一つ付かない。

 胡蝶の夢という話のように、自分は夢を見ているのか、それとも夢から覚めているのか、判断するための材料が足りない。

 おかしくなりそうな心を必死に堪えながら、カロンはもう少し考えることにした。

 そしてふと一つの、命に関わる不安材料が湧き上がってくる。


 もし、これが本当にゲームに似た別世界だったとしたら。似て非なる世界だったとしたら。

 自分の配下は本当に自分の配下なのか?

 忠誠心を固定する課金アイテムまで使って育てた最強の彼らに出会ったとして殺されない可能性はどれだけある?

 そもそも、本当に配下と呼べるのか? それに対抗しうる力は持っているのか?


「…………」


 ルシュカの様子を見る限りあの献身は嘘偽りではないと思われる。殺したいなら寝込みを襲って易々と殺せたはずだ。

 国の内政は全てルシュカが担当しており、カロンの仕事は判子を押すだけ。軍の遠征を指揮したりはするが自分じゃなくても出来るようなもの。存在価値から見ればカロンは不要でしか無い。

 そんな人間をわざわざ生かしておいたところで得はないのだから、そう考えると生かされている理由を考える。

 出てくる推測は、忠誠心が高いからだろうというもの。

 なら結論として、ルシュカは信用に値する人物となる。

 どこまで助けてくれるのかは分からないが、無下に扱われる心配は今のところ無いはず。

 ならなるべく彼女から離れないようにして状況を確認するのが得策か。


 いや、まずい。

 何がまずいのかというと、さっき口走ったことが非常にまずい。

 玉座の間に団長たちを集めろと言ったが、あれらは単体でルシュカと同等の能力を持っている。

 それが複数も同じ場所に会し、それが全員敵視してきたら逃げられるのか? 不可能だ。恐らく17体のうち半数くらいは最悪集まってしまうだろう。

 国の四方に1体ずつ軍団長を配備し、空に1体。これで5体は間違いなく現れない。

 残り12体だが、1体は事情により現れないと思う。残り11体。正直どれが集まっても色々詰む気がする。

 カロンは設定として17の軍団を国で保有している。1~10の軍が戦闘を本職とし、11~17の軍は基本的に警備やその他雑務に従事させている。

 もし集まったら、戦闘集団の長10人中最大7人来る計算だ。


「ど、どどどどうする。どうする俺」


 拳を握り締めながら口許を覆い隠す。そして再び思案。

 彼らが男に反旗を翻すとしたら何が原因になるのかを考える。

 考えて一番最初に思いつくのはカロン自身のヘタレっぷり。続いてカロン自身の弱さ。続いてカロン自身の性格。最後にカロン自身の存在そのもの。

 これらが気に食わなかったらまず殺される可能性が出てくると思う。

 この項目の中に内政の不満や軍の扱いの不満が含まれていないところが大分抜けている。


 では、これら上記のものを解消するにはどうすればいいのか。

 言うだけなら簡単なので言ってみると、「ナメられたらあかん」というものである。

 文字通りの化物相手にナメられるなとか無理だろうと思うかもしれない。下手に行き過ぎればそれが不快感を与える可能性も考えられる。

 だがやるしか生きる道はない。彼らがカロンをどう見ているかが分からない以上は最初の一手で挫けるわけにはいかないのだ。

 次第に溜まっていくストレスと緊張。掌はじっとりと汗ばみ、額を小さな水滴が伝って落ちる。

 訳のわからない不可解な世界で開幕死亡フラグ建設の偉業を成し遂げた十数分前の自分をぶん殴りたい。カロンはソファから滑り落ちて頭を抱え込んだ。


「なんだよこれ……俺がなにしたってんだよ……」


 嘆いても、悔いても、助けなど何もない。

 思い出そうとしても忘却の彼方に消えた空白の時間を機に、突然放りこまれた世界でただ一人、その在り方を咽び泣く男の嗚咽が静かに室内で木霊した。



2012.10.10 改訂

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― 新着の感想 ―
[一言] これ異世界に転生しないでこのゲームの中に閉じ込められて周りに機械的な人しかいなくて一切誰とも交流できず、ログアウトもできず、現実世界の自分はもう死んでいてって状況だったら絶望しそうだね。 退…
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