10 復讐
「動かないで!」
突如として緊張が生み出される。
倒れていたシエレの行動。
エイラを抱きしめて短刀をを首筋に添え、周囲を睨みつけている。
それはどう見ても、人質をとっているということ。
シエレは周りが動きを止めるのと同時に、地面に手を叩きつけると、事前に用意していたのか、肉体強化の強化魔術と対魔対物の障壁を地面に広がった魔法陣から発生させた。
帯状になった術式が透明な半球をなぞるように動き、誰にも邪魔ができないようにと張り巡らされた薄い水色の皮膜が2人を周囲から隔離している。
「シエレ、いったい何を」
「黙っててエイラ。私は今、そこの男に用があるの」
思考が追いつかないエイラに、聞いたことのない冷たい声が囁かれる。
動いた拍子に皮膚から伝う血の冷たさが、エイラの小さな背中を震わせた。
カロンのことを「そこの男」呼ばわりしたシエレに対してルシュカの眉間に皺が生まれ、ゆっくりと手が空間に伸びる。
だが、今後のことを考えるとエイラ諸共殺すわけにもいかず、強く歯噛みして行動をどうにか自制した。
言われたカロンは別段気にした様子もなく、加えてこの状況にも興味が無いのか、変わらないスタンスのままだ。
「俺は貴様に用などないんだが」
「そうでしょうね。好き勝手やったんだもの。でもね、私にはあるのよ……」
シエレの目的はたった一つ。一貫してそれを為すために今まで堪えてきたのに、それが不確定要素によって容易く瓦解した。
利用してやろうと考えていた相手の力量を測れなかったのはシエレの責任だが、それでもあと一歩まで迫っていたことが無に帰したとなれば、行き場のない怒りを何かにぶつけずにはいられない。
激しい憎悪を向けられながら、カロンはわざとらしく顎に手を当ててから手を打ち鳴らしてみせる。
それが癪に障り、エイラの首に1ミリほど刃が食い込んだ。
「ああ、そうか。なるほど、どうりで。何をしているのかと思ったがそういうことなのか」
「知っていたくせに……!」
「勿論、知っていたとも。だからこうして、切っ掛けを与えてくれたことへの褒美を連れてきてやったのだ。感謝してほしいものだな」
飄々と、手の内を全て見透かして、そのうえで掌の上で遊ばせる行為にシエレの苛立ちが募る。
できることなら、いの一番に殺したいと思ったが、取り囲む魔物の強さを感じ取れば諦めるほかない。
睨みつけていた視線を外し、シエレは本来の目的へと目を向けた。
怒りを顕にする――オルフェアに。
「何をしている! 教皇様を離せ!」
何故シエレがエイラを人質にしているのかなどオルフェアに分かるわけがない。
だから、突きつけられた言葉の残酷さに、思考を止めた。
「大切な人を助けたいの?
私の愛した人を殺したくせに」
◆
昔々、仲睦まじいエルフの女性と青年がいました。
女性はとてもたおやかで気立てがよく、仲間たちにとても大切にされていました。
青年は若い衆の中でも将来を有望視されており、族長になるのも夢じゃないと言われていました。
とても、とても仲が良く、将来を誓い合った2人。
しかし、2人の別れは突然訪れました。
族長の判断によって人とともに生きることを選んだエルフでしたが、奸計に貶められて捕らえられてしまったのです。
男は皆いずこかへと連れていかれ、女は悪者に物のように扱われる日々が始まりました。
エルフの女性はとても辛かったですが、いつかまた会おうと誓った青年との約束を果たすため、蔦の指輪をさすって仲間と支え合いながら生きてきました。
出会いは、別れと同じく突然訪れました。
親友であり、今や族長となった女性が大きなミスをしたのです。
その失敗によって、今まで以上に辛い仕打ちを受けていたところに、とある物が運ばれてきました。
袋から出てきたのは、見るも悍ましい化け物の死骸でした。
人の形をしていたのでしょう。しかし原形はほとんど留めておらず、それが誰なのかなど、ほとんどの者は分かりません。
女性が、その死骸の側に転がった腐敗した手にある、蔦の指輪を見るその時までは。
「嘘、嘘……ロディ……そんないや、いやああああああああああああ!!!」
女性は、それから、なにひとつ、うごきませんでした。
あいする人のすがたをおもいだして、さいごにみたすがたをおもいだして、死ぬことをかんがえていました。
そんなある日、きしにひきずられてわるものとあうことになりました。
「憎いだろう? だがなぁ、オルフェアが失態を演じなければ、お前の恋人は死ぬことなんてなかったんだ。そうだろう?」
そのことばはあまくひびいて、
「いつかは会わせられたのだ。そうするつもりだったのだが、こうなっては仕方あるまい? そういう約束を、その首の枷と共に伝えたのだからなぁ」
その言葉は、深く胸に染みて、
「さあ、お主はそのままで良いのか? そのまま、憎いあの女が何も失わずに生きているのをただ見ているだけで、いいのか?」
傷ついた心に注がれた殺意は、自由も愛も奪われた女性を突き動かすには十分だったのです。
「だから、あの女の大切なものを最悪の方法で奪ってやろうではないか」
◆
「あれから、私は耐えてきたわ。あの老人に好き勝手されても、貴女が私に笑いかけてきても、子供たちと遊んであげるのも、全部全部全部耐えてきた!
本当なら、ロディは帰ってきてくれたの! 私にただいまって言ってくれたの! 妻になって、子供を作って、一緒に育てて、ずっと、ずっと、ずっと!
2人で幸せに暮らすはずだったのに! 貴女のせいで!」
それが、荒唐無稽な幻想だったとしても。
それが、悪魔の囁きのせいだったとしても。
それが、利用するために吐かれた蠱惑によるものだとしても。
シエレには、それだけが全てだったのだ。
「そん、な」
「貴女は私に謝ったわ。何度も何度も謝ってくれた。でも、心のどこかで仕方がなかったと思っていたんじゃないの? たまたまロディが選ばれてしまっただけだって。そう思っていたでしょう!」
「そんなこと――」
「ないって言えるの? 嘘つき!」
言葉を継ごうとしたのに、オルフェアは上手く口に出せなかった。
シエレの言うことが、事実だったから。
偶然だったと心の何処かで思っていた。皆同じ苦しみを味わっているんだと、そう思うようにして直視することを避けていた。
オルフェアには恋人などいなかったし、両親も昔に死別している。
失う辛さは分かっていると言ってきたが、奪われる苦しみは何一つ分からず、だから必死に罪の意識から逃れるために誤魔化していた。
それを、微笑みの奥でシエレは見透かしていたのだ。
優しい笑顔を向けながら、その裏では煮え滾る憎悪をひた隠しにして。
「私の全てを奪ったオルフェアが、のうのうと生きているなんて私は許せない!」
シエレの握る短刀が、更にエイラの首筋に入り込む。
赤い筋を薄く伸ばしながら、鍔の部分から一滴二滴と滴り落ちていく。シエレを見つめる六芒星の瞳が救いを求めているが、まるでモノを見るような冷めた視線が落ちてくるだけ。
「ごめんなさいね、エイラ。貴女は悪くないの。恨むのなら、オルフェアを恨んでね」
笑わない瞳の奥で、少女の顔が驚愕に彩られる。
振り上げられた短刀は切っ先を立てて白い柔肌に狙いを定めた。
「やめろ、やめてくれシエレ! 私が憎いのなら私を殺せばいいだろ!」
「ダメよ。それじゃあ貴女は苦しまない。私の感じてきた絶望の一欠けも理解できないじゃない。だから、それはダメよ」
迂闊に動けばエイラは殺される。だが動かなくともエイラは殺される。
なら動くべきだが、リーレや御母堂にも引けを取らぬ魔術の才覚を持つシエレの防御魔術を突破するのは難しい。
歯噛みするオルフェアと仲間たち。優位な立場に優越感を抱いてほくそ笑むシエレ。
その壮絶な復讐劇が繰り広げられる中、扉の側で固まっているエステルドバロニアの面々は、すっかり空気なカロンと愉快な仲間たちは、めんどくさそうに欠伸をしたり髪を弄っていた。
彼らの目的は神都からエルフを解放することにあり、それ以外のことに関しては特段関与する気がない。
なので放置しようというのがキメラたちの見解だが、カロンとルシュカは当然、国の利をしっかりと考えていた。
「教皇が殺されるのは、さすがに困るよな」
「はい、今後この神都を活用するには、あの者は必要でしょう。いないならいないでどうにでもできますが」
「しかし、見捨てるわけにはいくまい。老人共の飼い犬ばかりだが、我がエステルドバロニアに組み込むのだから」
「……人間共を、我らの内輪に加えるのですか?」
どうしようかと頭を掻くカロンに、ハルドロギアが怪訝な顔をして問いかける。
「当然だろうが。今まではゼロから始めてきた故に人間など捨て置いて良かったが、あの頃と違って規模が大きい状態でゼロから始めるとなれば、下地が必要になるからな。ですよね、カロン様」
「え、ああ、そうね。それは後で説明するから、あれをそろそろ止めてもらっていいか?」
王の意を得たりと自慢げにしているルシュカに、緊迫した状況のエルフの方を指差した。
それを言われて2人は思い出したように指の向く方向へ顔を向ける。高らかと掲げられた短刀はエイラを貫こうとしており、ハルドロギアとルシュカは互いの顔を見つめ、
「任せる」
「ふふん、当然だ」
どちらが適任かを判断して、一歩ハルドロギアが後ろへと下がった。
「さようならエイラ。楽しかったわ」
にこりと、いつも見てきた、作られた笑みを見せ、高く掲げられた刃が勢いよく振り下ろされた。
「やめろおおおおおおおおお!」
オルフェアの慟哭に合わせて、
銃声が響いた。
それは、凶弾と呼ぶに相応しい一発。
螺旋を描いて弾き出された円錐状の弾丸は人間の親指ほどの大きさがあり、その軌跡に白い筋を残して標的へと向かっていく。
鋭い弾頭が刃を振り下ろそうとするシエレの作った魔術障壁へと触れた途端、強固に練り上げられた術式をガラスのように砕き、握りしめられていたナイフの刃を、“その手諸共”吹き飛ばした。
耳に残る火薬の爆ぜる音が室内に響きわたり、皆が耳を塞いでいる中、平然と一人――発生源が耳元だったせいで軽く意識が飛びそうになったカロンはどっしり構えたままシエレを見つめている。
「あ、ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ザクロのように弾けた手を唖然として見ていたシエレが、何が起きたのかを理解して絶叫する。
その痛みがエイラを拘束していた腕を緩ませ、その隙を逃さず強引に身を捩ってエイラがオルフェアの下へと走る。
強固な壁を意に介さず穿つ弾丸を放った張本人は、体を開いて真っ直ぐに腕を伸ばした体勢で静止しており、その手には鉄板を思わせる巨大な銃が握り締められていた。
「ふふ、加減できる得物ではなくてなぁ」
人間では扱いきれぬ巨銃を易易と指で回し、前触れもなくその黒鉄をいずこかへ消し去った。
美しい容姿をしていても、人間に近くとも、やはり魔物は魔物。
自分の力を誇示することに愉悦を覚える本質はルシュカも変わらず、カロンの前だからと平静を装っていても笑みを抑えきれずにいた。
実力の差は肌で感じていたが、奇妙な兵器を用いて障壁をいとも容易く貫き、触れていない手ごと消し飛ばすその威力に誰もが目を剥いている。
「何故、邪魔を……!」
一人、鋭い眼光でカロンを睨みつけるシエレは、激痛を堪えながら声を絞り出した。
事前に用意していた守りを打ち抜かれたこともそうだが、それ以上に、手出しをしないと思っていた相手に横やりを入れられたことに怒りを露わにしている。
「シエレ……」
飛び込んできた少女を抱きとめながら、オルフェアが小さく、親友の堕ちた姿を悲しげに見つめながら小さく呟いた。
「愚かだと私を嗤う気? いいわ、好きにして。でも、貴方には関係のないことじゃない! どうして邪魔をするの!」
その視線を浴びながら、カロンは疲れたように俯いたまま、静かに手を上げた。
その合図に、ロイエンターレとタルフィマスが音もなく消え、そしてどこからともなくまた現れた。
両手に、幾つもの大きな麻袋を握って。
それは、エルフたちは見慣れたものだった。
思い出したくもない記憶の片鱗を否が応でも刺激してくる、醜く朽ちた輩の収められた、あの袋。
「見覚えあるだろう?」
今まで冷酷に、激情に彩られていたシエレの顔に初めて驚愕という別の顔が生まれる。
放り投げられた袋はシエレとオルフェアの間に落ちて、解けた口から僅かに、指のない手が見える。
どうしてそれを魔物たちが持っていたのか。まさか元老院の影に彼らがいたのでは。
その憶測は、静かに告げられる事実によって瓦解した。
「これは、この神殿にある騎士団の詰所の倉庫から持ってきたものだ。数はもっと多いらしい。恐らく、生きているエルフ以上の数があるだろう」
「な、なにを言っているの……?」
「はっきり言えば、お前たちの待ち焦がれていた男衆は、疾うの昔に死に絶えているってことだ。最初から、希望などなかったんだよ」
実はカロン、このことはリーレから事情を聞いた時点である程度推測していた。
遠くへ男たちが遠征させられている間に女子供は騎士団に襲われた。魔物に対して能力値が上昇する特性を持つ神聖騎士が相手では、エルフの方が幾らかレベルが高い程度では勝ち目がない。
捕らえられた女たちは呪いを刻まれ、ミスを犯す度に男が実験をされて無残な姿となって送られてくる。
ここで、当然の疑問が起きる。
彼女たちが、男たちが全員既に殺されている可能性を考えなかったことだ。
恐らく、その呪いを刻む段階で「人質がいる」ことを無意識に刷り込まれていたのではないだろうか。
一度も姿を視ることがなかったのであればおかしいと感じるべきだろう。それに気付けないのは、そう思わされていたからと考えるのがしっくりと収まる。
そして、束縛の呪の効力にも疑問がある。
エルフたちにはある程度の意思が許されていると言われても、不自然すぎる。
確かに思考は完全に縛っているわけではなかったが、行動はどれも元老院の思うがままだった。
カロンを襲った時には彼女らの意思が反映している様子はなく、全員が言いなりになっていた。森の呪法を解くにしても、同じことを繰り返して成功していないのだから他の手段を早々に考えるのが妥当だ。
しかし、シエレの言葉を切っ掛けにしてアプローチを変えた。それが掲示された期限の最終日。遅すぎる。
つまりは、束縛の呪は無意識下に命令を組み込めるようになっている。
故にカロンはまず神都にエレミヤと兵衛を送り込んだ際、制圧よりも先に死体を探すことを命じていた。
案の定、それは神都内に置かれており、ご丁寧に“加工済み”で放置されていた。
当然だろう。この神都に人体実験を行える施設がないのはぱっと見ただけでも分かるのだから。
「だから、最初から仕組まれていたわけだ。元老院を我らがどうこうしていなくても、必ずお前たちの確執は起こっただろうな」
突きつけられた事実に、思考が定まらないエルフたち。
言われてみて、初めて今までの出来事に疑問が湧いてくる。次から次へと挙げればキリがない。
それどころか、今までの思考までもが知らないうちに操られていたかもしれないのだから、どれだけ弄ばれていたのか想像するのも恐ろしい。
この復讐劇が、ただの年寄りの見世物に成り下がるなど、誰が納得できるだろうか。
「なら、リーレが一人で森を彷徨ったのは……」
「恐らく、あの娘の魔術の才能だろうな。知らず知らずに、呪術の効力を緩和していたのだろう。でなければあそこまで独断で動けはしない」
リーレの単独行動や独白、カロンに救いを求める行動は元老院が仕組んだこととは考えられない。
在り得るとするなら、個体として魔術適性が秀でていたお陰で精神を束縛されずに済んだ可能性だ。
カロンが見ても、上手く育てればエルフの中で上位に入るだけの個体値がある。さすがに非力なせいで呪法を解くことはできなかったようだが。
自分のしてきたこと、考えていたこと、憎しみまでも操られていたこと。
失った右手から昇る痛みを忘れて、シエレの身体ががくんと項垂れる。
「なら、私は何をしていたの? ずっと抱いてきた気持ちも嘘? ずっと感じていた想いも嘘? それじゃあ、私はただの玩具じゃない……」
そう言って、自嘲する。顔は見えない。
震えた声だけが、シエレの感情を表していた。
「シエレ……」
「オルフェア、私はまだ貴女が憎いわ。でも、この気持が偽りかどうか分からない。ずっと妹のように思っていたエイラを殺すことに躊躇いを感じなかった自分が怖い。もう、何を考えていいのか分からないわ。でもね、一つだけ分かってることがあるの」
多くの視線を集めた犯人は、静かに顔を上げた。
その顔は、空っぽの笑顔と、一筋の涙が飾っている。
虚ろでも、虚ろだからこそ、素顔がはっきりと映し出されている。
孤独を寂しがる、子供の顔。
「一人になりたくない……でも、一人にならなきゃいけないって」
無傷の左手が背中に回され、風切り音を立てて腹部へと叩きつけられる――
「動くな!」
直前、カロンが叫ぶ。
ぴたりと動きを止めたシエレの手には、予備の短刀が固く握られており、鳩尾付近に突き刺さる寸前だった。
「どうして止めるの? 私が何をしたのか、見ていたでしょう?」
「ああ」
虚ろな目がカロンを見つめる。
「なら、どうして」
全て邪魔をして、全てを壊した男に止められたことが意外らしく、目が口以上に問いかけている。
カロンの言葉は決まっていた。
ふっと、カロンも初めて仮面を外して小さく微笑んでみせる。
「リーレとの約束だからな」
エルフを助ける。
ルシュカとかはすっかり忘れていたが、カロンの目的を決断させたのはそれだ。
そこに損得勘定があり、エルフの必要性を大きく感じていないとしても、その約束は違えるわけにはいかない。
王だからではない。ただ一人の、人間として大事なことを守った。それだけだ。
大粒の涙を零して泣き崩れたシエレに駆け寄るエイラとオルフェアの姿を確認して、カロンは踵を返して部屋を後にしようとする。
「城に戻る。後は、手筈通りに」
「はっ。どうかゆっくりお休みください」
残されたことをルシュカたちに任せて、開けた道を通って階段を昇る。
徐々に部屋が遠ざかり、静寂に包まれた通路に自分の足音だけを響かせていたが、周囲に魔物も人もいないのを確認して、大きく嘆息する。
「よ、よかった……」
そして、エイラにも負けないほど大きな涙をぼろぼろと溢れさせた。
実は、かなりギリギリだったのだ。
緊張の糸の耐久度が。
プレッシャーに弱いにもかかわらず、目の前で人の手が吹き飛んで血塗れになるわ、グロテスクな物体を見る羽目になるわと衝撃的な場面が多すぎた。
最後の最後までなんとか持ち堪えられたのは、時間だけを気にして考えないようにしていたからである。
実は、エルフたちの復讐劇をわざと引き起こしたのにはきちんとした理由がある。
リーレとの約束を果たすには、クリアしなければならない問題があった。
シエレの、自害の可能性だ。
もし事実を淡々と告げていたら、確実に自害していただろう。自分の計画が仕組まれていたのだから、そうなるのは目に見えていた。
事実シエレは行動に移した。
部下に命じて強引に止めることは可能だが、それをしてしまうと今後も目を配る必要が出てしまう。
故にオルフェアやエイラをわざと連れていき、本音をぶちまけた後のメンタルケアを任せてしまおうという算段を企てた。部屋に魔物を残してきたのは、もしもを考慮してである。
だが、それだけでは確実に成功するとは言えない。失敗に終わる確率の方が高い。
しかしそれを覆すアイテムをカロンは持っている。
黒の王衣。
自国内の騒動を全て抑制できるこのコートの効果を発揮できれば、エルフたちの騒動も鎮めることができる。カロンの場の発言力も強まり、説得力と強制力を生み出せる。
そのためには、どうしても神都をエステルドバロニアの領地として制圧しなければならなかった。
わざわざ大軍を率いたのはここに意味があり、敵軍を殲滅したのを条件にして魔物の数と滞在時間で制圧の速度が変わるゲームシステムが生きている状況の中、物事を推し進めるには時間が必要だった。
シエレの言っていたように、全て分かったうえで引き起こしたのだった。
結果、カロンの言葉でシエレは自害を止めた。
ベターな選択を選び、ベストな結果を生めたのだから喜ぶべきだろう。
だが、今のカロンにはただただ重圧だけがのしかかっている。
「俺、本当にやっていけんのかよ……」
今回は侵略することで導いた最善だが、もし話し合いのような駆け引きをしたとき、自分より遥かに知識人が相手では次善すら引けないかもしれない。
振るうことのできる力はまず然う然う負けはしないと思えるが、それだけで渡れる世界ではないのは重々承知している。
ゲームの世界で考えもしなかったことを、現実として対処する判断力が求められる。現実ですら経験のない国政と外交を行わなければこの先生き残れないだろう。
どんな王様になればいいのかな――。
何も考えなければ楽になれるのに、頭の中では今もこれから先のことを巡らせていた。
ちょっと無理矢理感漂ってるけど、見なかったことにしてください。
一応一区切り。でもお楽しみはこれから。