3 奔走
リーレが行方不明になった。
オルフェアが森へ到着した時、エルフ達は迷いの呪法の解析を放り投げて辺りを捜索しており、話を聞くとそう言われた。
休憩中に森を探索しに行ったまま、帰ってこないらしい。
捜索は夜まで続いたが、成果は上がらずに終わった。
そもそも、森の全てを調べようにも呪法がそれを邪魔してしまうため、どんなに大人数で動いても動ける範囲は皆変わらない。
その晩話し合った結果、捜索と呪法の解析の二班に分かれて行動することに決まった。
だが、それから1日、2日と経過してもリーレは見つからず、呪法も進展せずに過ぎた。
どちらも手がかり一つ掴めず、努力が結ばれない。
リーレのことも心配だが、それ以上に元老院の機嫌を損ねる方が問題だ。
この神都の騎士団は神聖騎士団なんて仰々しい名前で呼ばれているが、その実は元老院の飼い犬共。
神に仕えし騎士だと謳っておきながら、その裏ではエルフを物のように扱って性欲を発散させている醜悪な面を持っている。
今はまだマシだろう。確かに老人の相手も嫌だが、騎士の相手は決まった人数で済んでいる。
だがあまり成果を出せないようなら、恐らく大人数で壊れるまで犯される恐れがある。
そんなことが以前に一度だけあり、今回も同じことになるのではないだろうか。
犬と交わらされることも、性器が壊れるのも構わず色々なものを捩じ込んでくることもある。
あの時を境に、多くの者が自害した。
期限まで、あと7日。
それまでに成果を出せなければ、どうなるかは分からない。
「そう、そんなことが……」
腐った家の中、シエレとオルフェアが向き合っている。
まだ日も高い今の時間、子供たちは最年長のエルフの下で魔術を学んでおり、今この家には2人しかいない。
胡座を掻いたオルフェアの前に足を崩して座るシエレは、彼女から聞かされる話に小さく頷くだけで相槌を打っていた。
暫く家に戻っていなかったオルフェアが今まで起きた事の次第を告げると、シエレは悲しげに眉を顰める。
「リーレが無事だと良いのだけれど」
「ああ。だが相手がどのような連中なのか分からない以上、もしかすれば――」
「やめて」
悲愴な雰囲気を漂わせて悪い未来を口にしようとしたところでぴしゃりと一言で止められる。
何一つ進展しないせいで気落ちしていたことを自覚し、オルフェアは小さく謝罪を口にした。
「しかし、このままでは良くないのも事実。残り7日といつにもまして余裕をもたせた提示をされたが、正直それでも足りない」
普段であればもっとせっついてくるのだが、何故か今回はそこまで責めてはこなかった。
それどころか別段怒りを示している様子もなく、いつも通り夜伽のエルフは呼び込まれていたが、それ以外のエルフは皆白銀の城の対処に駆り出されている。
どう考えても何かを企んでいるとしか思えないが、気にして疑っている暇はない。
何を企てていたとしても、この件を解決しなければ行き着く先は凄惨な地獄だ。
頭の片隅には残しておきながら、どうにかするための知恵を得るためにシエレに話を伺う。
「何度やっても呪法を破れん。あれを対処しなければ」
「呪法、かぁ。私たちの知らない魔術ってことは、本当に知らないどこかから現れたのかな?」
「どうだろうな。しかしそれは信憑性が高いかもしれない。皆もそう噂している」
見たことのない魔術を使うということは、魔術の根底を覆すほどの大事と言える。
この世界に存在する魔術は、古代魔術を省けば一から十まで解明しつくされていると言われており、術式も方式も多少の違いはあれど基本は何も変わらない。
その常識が通じない魔術が登場したなど世紀の大発見だ。古代魔術の解明にも役立つ可能性があるし、何より防御が通用しない攻撃魔術が登場することに繋がるのだから。
全ての防御魔術は、炎なら炎を防ぐ術式を組み立てられる。炎の術式を使うのに必要な式を無効化する式を組み入れることで作用しており、相手の攻撃魔術のランクに合わせて式を増やすことで防御を高める仕組みだ。
ほぼ全てを防ぐ魔術は各防御魔術を合わせた複雑なものだが、やっていることは同じだ。
しかし、もしその式が根底から覆されたらどうなるのか。
最恐の魔術が完成する。それがどれほど脅威となるかなど想像に難くない。
「危険ね」
「ああ、危険だ」
2人共同じ答えに行き着いたのか、渋い顔を作り上げて顔を俯かせる。
まだ相手はリーレを攫ったことしか行動を起こしてはいない。いったい何を考えているのかが読み取れず、それを探ろうにも先へと進ませぬ逃げ水が物言わず森に張り巡らされており、エルフたちが手がかりを見つけるのは途方も無い時間を費やすような気がしてならなかった。
「どうだ、何かいい方法は思いつかないか?」
「そんなこと言われても……私なんかじゃ大した助言はできないわよ? みんなみたいに色んな所に行って何かできるわけでもないし」
「そんなことはない。シエレは私たち同い年で一番頭が良かっただろ?」
「それとこれとは別。そもそもオルフェアだって頭良かったじゃない」
「生憎と栄養は身体ばかりでな。頭まで回ってないらしい」
互いに顔を見合わせて小さく笑い合う。
緊迫した状況の中でも、こうした少しの安らぎが日々の陵辱を生きるエルフの憩いと言ってもいい。
嘆くだけの時期は既に越えたからこそ、虎視眈々と刻を見計らいながらも細やかな幸せを糧に生きることを学んだ。
この神都に於いて、何も救わぬ神の教えを誰よりも守っているのは、彼女たちかもしれない。
「んー。少し思ったんだけど、リーレが攫われたって言ったのよね? それも一人の時を狙って」
「え、ああ。そうだ」
ほとんど味の出なくなった茶葉で淹れた紅茶を、ひび割れたカップで飲んでいると、ふとシエレが上を見ながら口にした。
「それって、つまり相手に見張られてるってことじゃないかしら。ずっとかどうかは分からないけど、私たちの行動を見てる、とか」
リーレが攫われたタイミングがあまりにも計画的で、そう考えると納得はいく。
彼女が攫われたのがただの偶然とは思えず、どう考えても一人になったところを見計らっての行為と考えられる。
それに、他のエルフたちが単独で行動することはあったのに、魔術において御母堂にも劣らぬ才能を持つリーレを狙ったことにも計画性を感じさせる。
どういう目的なのかは分からない。ただ、オルフェアが考えている以上に白銀の城は動いていたことになるだろう。
「確かに、筋が通るな」
「魔術を私たちが破れないのは向こうも分かってるはず。もし敵対する意思があるなら、魔術で勝るのが明白なんだから攻めてくることはできる。でもそうしない。それはきっと、相手もこっちの様子を窺ってるんじゃないかな」
「しかし私たちも魔術にかかりっきりで他の動きをしない。神都まで偵察をできないから私たちの様子を見て判断をしている」
「だからリーレを攫ったのは、一番厄介だと判断したのかもしれないけど、それ以上に情報収集の意図があるのかもしれないわね。相手も行動に移すつもりなのかも」
「ふむ……リーレがどこまで情報を相手に話すのかは分からないが、我々に敵意はないと分かるはずだ。あくまでも偵察が任だからな」
攻めるつもりで行動しているわけじゃないことはリーレも承知している。
神都の実態に関して知ることがあっても、敵意を抱かせる内容ではなく、むしろ憐憫さえ感じさせる可能性もある。
どちらにせよ、強引な手段で聞き出す連中だったなら前提が崩れてしまうが、それでも沈黙を保つ不気味な相手ではないのではと思えたのは一歩前進だろう。
「なら、方法はあるかも」
「なに?」
シエレは痛む足を擦りながら、一つの提案をする。
「交渉よ」
「……いや、それは」
「オルフェアの言いたいことは分かるわ。足を踏み入らせないようにしている相手が応じるかは分からないと言うんでしょ?
でも、やる価値はあると思うの。情報は国にとって何よりも大事なものだから、多いに越したことはない。森を監視する人物がいるのなら、情報を交換するのも可能じゃないかしら」
応じるとは思えない。しかしできないとは言い切れない曖昧な提案だった。
情報を欲しているとしても、情報を差し出してくれるわけじゃない。立場から言えば、呪法一つ解けないエルフの方が遥かに下になる。
そんな相手が話をするとは思えないが、あの城の外面だけでも見られるのならいいだろう。
期限は残り7日。待っていても好転はしないだろうし、待てば待つほど凄惨な末路が目に浮かぶ。
なら、やっても損ではない。もし命を狙われたとしても、それはそれで諦めもつく。座して死を待つよりは遥かにマシだ。
「検討しておこう。もし実行したとしても期限が尽きる直前になるだろうがな」
「それでいいんじゃないかしら」
綱渡りは最後にしておきたい。後に回したところで実行するのは目に見えているが、他に方法がないのは心許ない。
せめて一つくらいは自分たちから活路を見出す手段を得ておきたかった。
オルフェアたちの相手は白銀の城だけではない。あの元老院も含まれる。
いつかいつかと言いながら引き延ばしてきた謀反。それをこの機に乗じて動くべきだと主張するエルフが増え始めている。
そう叫ぶ彼女たちは、元老院が白銀の城に執心している今がチャンスだと考えているらしい。
毎日報告に行って顔を合わせるオルフェアからすれば、玩具が一つ増えた程度にしか考えていないと分かっていたが、今まで卑屈だった感情が前を向いた勢いを削ぐことはできず、決起を急かす声が増えている。
楽観視し過ぎていると冷たく言い放つこともできる。あの城が味方するとは決まっていない中、自分たちが無事でいられるかも分からず計画性もない意思だけを口にするのは愚かしい。
だが、言えなかった。
馬鹿な夢を見るなとは、言い出せなかった。
そうだろう。オルフェアも当然解放を求めている。消極的だった仲間が奮起しているのだ。それを無謀だと、言えるはずがない。
暗中模索で、オルフェアのしなければならないことは山積みだ。まず城の件を片付けてから、と後回しにするしかない。
気持ちが溜め息となって現れる姿を、シエレは何も言わず見つめているだけだった。
ただ、何も言わず。
◆
神都の地は、エステルドバロニアが現れても何一つ変わることはなかった。
あの不気味な閃光も、魔物の雄叫びも、数日経てば奇妙な出来事だったで終わってしまうほどに。
元老院が原因を調査中だと発表したことも大きいが、聖地の持つ神聖な力が魔物を寄せ付けない特色を持つこの地に危機が訪れるなどまず有り得ない。
加えて、アーゼライ教の総本山とされるこの場所は独立した国だ。各国の干渉を受けず宗教のために存在するディルアーゼルに攻めてくる人間もいやしない。
水面下で小競り合いを続ける緊迫した世界の中で、唯一平和ボケが深刻なまでに進行しているのだ。
そんな国の中で慌ただしいのはエルフのみ。
都合の良い女共は都合よく使われ、得体の知れない城の正体を探ろうと躍起になってフェレンツの森へ足を運んでいる姿が見受けられた。
「ご苦労なことだな」
それを遠く上空から眺めるのは、王城の私室でソファの上に寝そべるカロンだった。
自身も危機的状況に置かれているはずだが、随分と余裕綽々に構えている。
それも仕方ないのかもしれない。カロンができるのは指示までで、そこから先は全て配下の仕事だ。命令を下してしまえば後は解決するまで手持ち無沙汰になってしまう。
本当は軍の各部署や左右の塔の現状を覗きに行ったりした方がよいのだが、そこまでアクティブに行動するには度胸のパラメータが足りていない。
レベルを上げればステータスを割り振れるなんて便利な機能はカロンには備わっておらず、楽して自分を変えるのはどう足掻いても難しい以上、気持ちが余裕を持てるまで引き篭もり生活が続くだろう。
「森はリュミエールの管轄だし、まぁ突破なんてできないだろうなぁ。あれ、呪術と回復はエグい仕様にしてるし」
1マスを俯瞰で眺めるヘクスマップと同時に、周辺の全体図を平面で映す全体マップを見て森にいる魔物とエルフの数を調べる。
森の中央まで辿り着けず一丸となっている赤い点が神都のエルフ。そのほぼ真正面、森の中央に固まっている緑の点が自国のエルフだ。
特殊な幻惑の魔術【四迷奔放】が張り巡らされた森の中は、特定の場所から前に進もうとするといつの間にか元の場所に戻される仕組みになっており、赤い点が進んでは元の位置に転送されるという行動を繰り返している。
対呪術の中位魔術師でもいれば解けてしまう簡単なものだが、解呪に時間がかかるので足止めに最適な魔術のはずだったが、エルフを引っ張りだしてきているのに未だ破られないのがカロンには不思議でならない。
一応神都のエルフたちをヘクスマップでカーソルを合わせてレベルを確認するが、解呪を覚えるレベルに達している者がいないのも実に不思議だった。
カロンの統べるバロニア軍は平均して60以上のレベルで揃えられており、各軍団長は当然の如くレベルが100と最高まで鍛えてある。
魔物のレベルは40までは軽く上げられるが、そこから先になると非常に時間が掛かるため、質の低さは量と戦略で補うことで今までやってきた。
張り合う相手がいないせいでレベルを上げられなかったのも一つの理由ではあるが、ゲーム自体その程度のレベルで乗り越えられてしまうのも大きい。
対して、神都のエルフのレベルは高くても24。何をどうすればそんな低レベルなのかと疑問に思うカロンだが、エステルドバロニアがただ特殊なだけである。考えても分かるはずがない。
なんにせよ、敵国の脅威はまだまだ先に見送ってもよさそうだと悠長に構えながら、森から視点を移して神都へとヘクスマップを変える。
マップは偵察が済んでいる地域までを視ることが可能で、その偵察は既にヴェイオスとミャルコの両方が済ませているので覗き放題だ。PCを警戒して視覚遮断魔術や秘匿防護魔術を街に展開しているわけがなく、やりたい放題である。
半透明なウィンドウに映される街の様子は、実にファンタジーな世界らしい白い土壁と蔦の似合う綺麗な街並みだ。
歩く人々は白い布を首や身体に巻いて統一されており、神殿は皆祭服を着て雑務をこなす。騎士に目を向ければ厳しい甲冑を纏って闊歩している。
2日前くらいはその様子を見て少しテンションを上げたが、それ以上に今は目を引く光景があり、どうしてもそればかりを見てしまう。
カロンが拡大して見ているのは、神都の裏側にある廃材置き場だった。
無造作に捨てられた廃材の積まれた薄汚い場所。積み上げられたゴミで真っ当に日が当たらないそこには、あまりにも場にそぐわない光景がある。
「……エルフ、ね」
体中を泥や土で汚しながらも、たくさんの子供たちがはしゃぎ回っていた。
薄暗い小路を元気に走り回り、一人の子が周囲にいる子供を追いかけている。
鬼ごっこかと思いながら、その環境の酷さに目を瞑ってしまいたかった。
ファンタジーにも薄汚い部分はある。そこに生きているのが人間である以上、拭い去れない汚れがある。
それをまざまざと見せつけられた気持ちだった。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
不意に、背後から声をかけられてカロンは慌てて姿勢を正した。
振り返ると、トレイを両手で持ったルシュカがハルドロギアを付き従えて目を丸くしていたが、視線が交じり合うと小さな微笑みを口許にたたえた。
「お気になさらず。日々のご公務でお疲れでしょうし、ゆっくりなさってください。ですが、眠るのならベッドにしてくださいね。疲れが取れませんから」
どうやら、疲れて横になっていると思われたらしい。
当然暇だからだらけてましたと言えるはずもなく、体裁を装って「ありがとう」とだけ告げる。
彼女の持つトレイの上には、どこの貴族だと言いたくなる高級そうな雰囲気と匂いを漂わせる料理が並んでおり、数日何も食べていなかったことを思い出して腹の虫が小さく鳴った。
恥ずかしくなって目を背けたカロンにルシュカはくすりと小さく笑うと、その側までハルドロギアを連れて姿勢正しく歩み寄る。
「珍しいな。ハルドロギアが来るなんて」
トレイを目の前のテーブルに置くルシュカを横目に、ソファの肘掛けに手を置いてカロンに顔を向けているハルドロギアの様子を窺う。
小さい体でちょこまかと動く姿が愛くるしく、自分を父と呼ぶ彼女に対しては不思議と警戒が薄れるらしく、この2人にだけはある程度心を開いていた。
恐らく王や主などと言った、自分の地位を認識させる呼び方をしないのが理由だろう。あと、他の魔物との出会いが少々酷すぎたのもあるかも知れない。
「つい先ほどこちらに向かっている姿を見かけまして、一緒に来たのですが、ご迷惑でしたか?」
「ん? いや、そんなことはない」
「……お父様に会いたくて」
小さく、少し頬を染めて呟かれると、魔物だということを忘れてしまいそうになる。
肘掛けの上で指を遊ばせながら、もじもじと身体を揺らす姿は娘のようだった。ちょうどエルフの子供の様子を見ていたのもあり、なんとなく頭に手を伸ばす。
「んんっ」
その手がハルドロギアの頭上に降りる寸前、わざとらしい咳払いによって止められる。
カロンが手を引いて顔を上げると、少し拗ねたように唇を尖らせるルシュカが、カップにコーヒーを注ぎながらどこか遠くを見ていた。
「……ちっ」
ふと舌打ちが隣から聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにする。
「えー、あ、そうそう。ミャルコから何か連絡はあったか? 私の方には何も来ていないので少し気になってな」
「ミャルコから、ですか。あの国の名前と、その内情諸々を聞いております」
「国の名前か」
「はい、ディルアーゼルと呼ばれているそうです。なんでもエステルドバロニアの真下には元々聖地が存在していたらしいのですが、我々が不可解な現象で飛ばされた際に下敷きになったらしく」
「マジか」
「まじ? らしく、その聖地からカロン様がドラゴンゾンビを召喚された際の出来事が起こったと少しの間騒然としたのですが、すぐに沈静化したとのことです」
「早いな」
「あの国からは森が邪魔で王城の先端が辛うじて見える程度で、はっきり視認するには森を越えなければ難しいと聞いています」
かなり大事な話なはずだが、その報告がされていないことに不信感が募り始める。
意思を持てば自由な発想が生まれる。それがカロンにとって良いか悪いかは別にして。
もしそれが悪い方にと発展していたのならまずいと思い、目をきつくしてルシュカを見上げたが、そのルシュカが申し訳なさそうにしていることに気付いて視線を緩めた。
「申し訳ありません。私が止めていたのです」
「何故だ?」
「まだ不確定な部分が多いですし、攻め込まれる心配もないと判断したため、国のことで慌ただしい王の耳に入れるのは遅らせても問題ないと思いまして」
クエストとして上がらない情報は、全てルシュカを経由してカロンに報告がされる。これはゲームのシステムと変わっていない。
自分に忠実に尽くしてくれるルシュカが何も言わないので、カロンはてっきりミャルコが隠しているものだと思ったが、どうやら気を回しすぎたことが原因のようだ。
そう言われてしまうと怒るに怒れない。ルシュカの言う通り外敵の心配はなく、国が落ち着くのもまだかかることには同意見で、便利な機能があることを口にしていないせいで一人勝手にカロンが気を揉んでいたと見ることができる。
嬉しいことは嬉しいが、やはり報告が遅れるのはよくない。
「心遣いには感謝する。だが私も今後の見通しを立てるためにも必要なことだ。今度からは報告を受けた時点で教えてくれ。これは各軍団にも伝えておくように」
「畏まりました。誠に申し訳ありませんでした」
「いい。次から気を付けてくれ」
ルーチンワークで魔物が動かなくなった以上、あらゆることに個人を見て判断や指示を出す必要が出る。
それを再認識して、厳命するよう伝えて机に置かれたコーヒーに手を伸ばし、口をつけた。
「ではもう一つ報告を。ミャルコがエルフの魔術師を一人捕らえ、現在リュミエールが街で働かせております」
「ぶううううううう!!」
口に含んだ琥珀色が霧になって口から吹き出す。
他に報告していないことがあるかもとは思っていたが、それはさすがに予想外だったらしい。
「だ、大丈夫ですか!?」
「お父様、火傷しちゃう」
動揺のあまり咳き込むカロンを心配して2人が手を伸ばすが、勢い良く顔を上げて目を見開いたカロンはそれをさせない。
「ど、どこで!?」
「亜人区画のフルブルゾンでですが……」
「いや、そうじゃない。いつ、どこで、何故攫ったのかを聞いているんだ! 明らかな敵対行為だろうが!」
静観していたからカロンも悠長に構えていたが、独断でそのような行動をされれば慌てるのも無理はない。
騒ぎになって然るべき事態で、明らかな敵対行為だ。
偵察だけを言い渡していたはずのミャルコの独断があまりにも行き過ぎていると、頭が混乱しているままに怒鳴り立ててしまう。
当然、その反応は正しい。ルシュカもそれを覚悟して打ち明けたのだから。
しかし、理由はある。
「聞いてください。あの国でエルフがどのような扱いを受けているのか、カロン様は御存知ですか?」
「……ああ」
実際に画面越しにだがその様子は見ている。
「あの国では、エルフは奴隷なのです。下衆な欲望をぶつける存在として飼い慣らされ、家畜よりも酷い扱いを受けています。それを我々が見過ごすなど、できません」
ミャルコの行動にはルシュカも激怒し、毛を引きちぎったりしたが、エルフの現状を聞かされれば見て見ぬふりをできる事態ではないと感じた。
リュミエールも加担したと聞いて話を聞けば、浮き彫りになるのは悲惨な行為の数々。
ルシュカ以上に同じエルフであるリュミエールは憤りを感じており、国を鎮め終わるのをどうしても待てなかったそうだ。
カロンに迷惑をかけないというのはしっかりと考えていた。
エルフたちの扱いが酷いおかげで、一人いなくなったところで国は騒ぎはしない。エルフたちは躍起になるが呪術は解くことができず、何らかの策を弄するだろう。そうすれば時間も稼げる。
いざとなったら攫ったエルフを返して事情を説明すれば、大きく行動できないエルフたちは話を飲むしかない。
そこまで考えての行動だ。
「……いや、そうか。事情は分かった。が、当然罰は下す。当面の間減給だ。なるべくリュミエールやミャルコの意思に沿う形にはするが、今後許可無く行動を起こすことは一切禁ずる。いかに考えた行動であったとしても、それで私が負う責任は変わらない。良し悪しに関わらず、全て私が被るのだ」
「はい。しっかりと伝えておきます。団長たちにも伝えておきます。同時に、私も減給の対象に加えてください。加担したことに変わりはありませんから」
他二名と違い、ルシュカは物事を冷静に考えられる。
“忠義”な彼女のすべての思考はカロンへと通じている。何事も王にプラスに働かなければ決断しないし、王に不利益になるのならたとえ国が傾いたとしても行動する。
故に、この行動も、一連の流れも、全てカロンにとってプラスとなると判断した。
何故そう判断したのか、それは決して口にはしない。
ルシュカは賢い。
だからこそ、自ら罰を受けることも厭わない。
それによってカロンが幸せになるのなら、なんでもやってみせる。
「そうか。なら、そうしよう。同時に独断の行動も禁じる。お前は頭がいいから、きっと私の与り知らぬところで何かしているかもしれないからな」
カロンがそれに気付くことはまずないだろう。
全てうまく回してみせるからそこに余韻も残さない。
「ありがとうございます」
だが、意図せずその行動は抑えられた。
カロンに命令されれば、それに従うのがルシュカという魔物。何よりも王の言葉を最優先する彼女が反することは許可がなければ今後絶対にありはしない。
ただ同じ罰を与えるのにそれらしい口実を付けただけだったが、未然に一つの大きな問題を片付けているのにも気付かず、噴き出したコーヒーを拭って料理を見つめる。
「……替え、もらってくるね」
豪華な料理に満遍なく振りかけられた料理を、ルシュカと同じ申し訳なさそうな目で見つめながら、小さく頷いた。




