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太陽と月の恋物語

作者: 水澄碧

 神々の住まう世界があった。

 神々は神々の誕生した時から決まっていた誓約の元、暮らしていた。

 その下には(そら)があり、人々の住まう世界があった。

 天と人々の住まう世界は、神々の誓約と神々の決めた全ての理によって作られ、神々に見守られていた。

 天には太陽と月、そして幾多の星々があった。

 太陽と月は人々の世界の周りを廻っていた。

 とてもとても、長い距離を開けて、同じように。

 それは神々の誓約と全ての世界の(ことわり)だった。

 太陽と月は接点を持たずに互いの存在を辛うじて知っている程度であろうと思えたが、神々が互いに寂しく思わぬようにと遠く、永く離れていようとも互いの言葉を、互いの想いを伝え合える力を太陽と月に授けていた。

 太陽と月は、そのチカラを使って幾千幾万もの言葉を交わした。人々の世界の周りを廻り、人々の世界に昼と夜を(もたら)しながら幾度も語り合った。

 そして太陽と月は互いに相手を自身にとって大切な、必要不可欠なものと思うようになり、やがて想い合うようになった。

 太陽が、月が、恋しいと――。

 太陽は、もう月と離れていたくない、と思った。

 月は、ずっと太陽と共にいたい、と思った。

 けれども、神々の決めた全ての世界の理を誰にも曲げることは出来なかった。神々さえも。それは、神々の誓約に反することであったから。

 太陽はそれでも月と離れていたくないと思い、理に抗ったが、月を垣間見ることが出来ただけであった。その時、人々の世界では皆既日蝕が起こった。

 月もそれでも太陽と共にいたいと思い、理に抗ったが、これも太陽を垣間見ることが出来ただけであった。その時、人々の世界では皆既月蝕が起こった。

 太陽と月は互いに力を溜めては、理に抗い続けた。そしてその度に、人々の世界では日蝕や月蝕が起こった。

 神々はその様に互いを想い、求め合う太陽と月の姿に心を打たれ、太陽と月にある事を提案した。それは、太陽と月が人の身となり、人々の世界へと下りて共にいることだった。

 けれども、それには幾つかの条件が付けられていた。

 一つは、太陽と月が天から消えることは神々の誓約と全ての世界の理から許されないことであるので、互いの想いを伝え合う力と想い会う心を太陽と月から引き離し、それを元に人の身を作ることだった。それをすることによって、天にいる太陽と月はもう互いの想いを伝え合うことも、互いを想い会うことすらも無くなってしまう、と神々は言った。

 一つは、人の身になるにあたり、『転生』という形で胎児となり、人の母胎から誕生し、人の身として成長していくことだった。その時、太陽と月であった記憶は魂に刻まれていれども、心の奥にある記憶の中でも最深部の扉の中に仕舞われ、成長し、互いが出会うまで記憶の扉が完全には(・・・・)開くことは無いであろう、と。けれども、太陽と月が決して出会うことのない時や場所でもなく、近すぎず、遠すぎずの範囲に転生することは約束する、と神々は言った。

 神々は、この条件は神々の誓約から太陽と月を人の身にするために必要なことであり、想い合う太陽と月のために神々が出来る最大限の事であると同時に、太陽と月がどうあっても互いを想い合えるかどうかの試練でもある、と太陽と月に言った。

 太陽と月は条件を聞いても、神々からの試練であると聞いても全く怯むこと無く、恨み言を言うでも無かった。寧ろ、太陽と月は神々に感謝した。

 自分たちのように理に抗うものたちへの慈悲を与えてくださり有難うございます、と。

 自分たちのために神々が最大限に出来ることをしてくださり有難うございます、と。

 その上、試練として我々に与えてくださり、有難うございます、と。

 太陽と月は、ただ人の生を何も与えてくださったら、きっと自分たちはその上に胡坐(あぐら)を掻いてただお互いを求め合うだけで、やがて自堕落となっていたでしょう、と神々に語った。

 そして太陽と月は、臆すこと無くその条件と試練を受け入れ、神々に人の身にしてもらうように願った。

 神々はそんな太陽と月ならば大丈夫であろうと思った。そして太陽と月には伝えぬが、密かながらに自分たちの最大限に出来るそれぞれに合った加護を授けようと。

 神々は太陽と月に最後の語り合いの時間を与えた。

 太陽と月は、その時の全てを想い合う心を伝え、語り合った。別れの言葉などは出てこなかった。語り合いが終わる最後の瞬間、太陽と月は今度は言葉を交わすだけでなく会えることを、そしてその時を楽しみにしてる、と伝え合った。

 それを以て最後の語り合いの時は終了した。

 神々は太陽と月から語り合う力と思い合う心を引き離し、人の身に転生するためにそれらから太陽と月の人としての魂を作った。次に、太陽には男の性を、月には女の性をつけた。

 そして神々は二人には密かに、その魂に加護を授けた。

 人々に昼と導きの光を齎す太陽には、勇気と導きの光の加護を。

 人々に夜と安らぎの光を齎す月には、安らぎと癒しの闇の加護を。

 そうして神々は転生の準備を終え、人々の世界に二つの魂を放ち、転生させた。


 それから、天にある太陽と月は語り合うことはもう無かった。互いを想い合うことも。

 けれども、太陽と月には一つだけある事柄が残った。それは、日蝕と月蝕だった。

 太陽と月は、何故か判らぬが力を溜め、それをせねば、と思ったのだ。

 神々はそんな天にある太陽と月を見て、互いを想い合う心はもう無けれどもこれも決められた変化であろう、と全ての世界の理の中に太陽と月は互いに定期的に垣間見ることが決められた。

 そうして、日蝕と月蝕は全ての世界の理となったのだった。



 日蝕と月蝕が全ての世界の理となり、それらが定着した人々の世界では、太陽と月が互いを欲し合い、求め合い、想い合ってあのような現象が起こるのだと言われていた。それらは太陽と月の様子からその様に人々が想像を働かせたからなのであるが、(あなが)ち間違っていないことに神々は驚き、人々の想像力が豊かになったことを喜んだ。


 さて、神々が放った太陽と月の二つの魂だが、先に転生することとなったのは太陽の方であった。

 太陽の魂は、ある国の王妃の(はら)に宿った。胎の()は人々に期待され望まれながらすくすくと育ち、十月十日(とつきとおか)が経った(のち)の夏に、健康な赤子として誕生した。太陽はその国の世継ぎの王子として転生を果たしたのだった。

 太陽である世継ぎの王子はジェダイトと名付けられ、神々の密やかな加護の元、世継ぎの王子として健やかに育った。

 ジェダイトは発達が早く、才気溢れる様を幼き頃から見せていた。笑顔を絶やさず、人々を魅了し、人々を導く光の様な様は正に太陽であった。


 そんなジェダイトが四歳を迎え数日経った頃だった。その日の幼きジェダイトは朝の目覚めの時から何やら胸が騒ぎ、不安であるのに何故か喜びも感じており、不思議な心持であった。そして、胸の内のぽっかりと空いた穴が少し縮まったような、そんな不思議な想いを一日抱えて過ごした。

 同日、ジェダイトを世継ぎとする国の宰相でもある貴族の夫人の胎に、月の魂が無事に宿った。ジェダイトの様子と月の魂を見守っていた神々は、例えジェダイト自身には記憶が無かろうと、魂に刻みこまれた月を求める太陽の心が月が転生をもうすぐ果たす事を感じ取ったのだと驚き、感心した。そしてやはり、太陽と月であればこの試練は超えることが出来るだろうと思った。


 宰相夫人の胎に宿った月は家族に愛され望まれながらすくすくと育ち、十月十日が経った後の春、宰相一家の愛し子として誕生した。月はジェダイトの国の宰相一家の末娘として転生を果たしたのであった。

 月である宰相の末娘はアメジストと名付けられ、神々の密やかな加護の元、人々の愛し子として育った。アメジストは赤子の頃からその笑顔は人々の心を癒すと言われ、成長するにつれてとても敏いということも分かった。微笑みを絶やさず、人々を癒し、その敏さは全てを見通すように思える様は正に月であった。

 アメジストの誕生した日、あと数カ月で五歳を迎えるジェダイトは、朝から何やら不安と期待に満ちた胸中であったが、夕刻となった頃、そう、丁度月の魂が転生を果たしたその瞬間に急に胸が喜びでいっぱいになり、喜びの涙を流した。不思議と自身では何故とも思わず、不気味にも思わなかった。けれど周囲の者は普段何事があっても泣いたりなどせぬ世継ぎの王子が急に涙したので、何があったのかと慌ててジェダイトに理由を聞いたが、ジェダイトも明確な理由が分からぬので自分が流したのは歓喜の涙である事だけを伝えた。

 これも二人の様子を見ていた神々は、二人の強い結び付きに喜び、二人の今後がとても楽しみであり、早く出会い、共に居られるようにあって欲しいと思いながら見守った。


 愛され、期待され、健やかに育ったジェダイトとアメジストは、()しくも魂の根幹である天にある太陽と月からそれぞれ由来する異名で呼ばれるようになっていた。

 ジェダイトは太陽の光が源のように日の下では輝くかのように存在し、月夜の晩には必ず愛しそうに月を眺めていた。日の下での金色の髪が燦然(さんぜん)と輝く様は太陽のようで、翡翠(ひすい)色の瞳が名前と同じ宝石(『ジェダイト』は翡翠の硬石の名)のように光り輝く様が美しかった。その上、月を愛おしそうに眺める様は人々が想像した太陽の姿にぴったりであった。そのようなことから、人々は自然とジェダイトの事を「太陽の翡翠」と称して噂するようになっていた。ジェダイトの父母である国王と王妃もその異名を気に入り、率先して呼んでいた。

 こうして、ジェダイトの異名である「太陽の翡翠」は人々の口々に定着していったのだった。


 アメジストは幼き頃から日の光を受けると愛おしそうに嬉しそうに目を細め、月の光を受けるとまるで月そのもののように輝いて見え、月夜の晩には月の光を浴びながら懐かしそうに月を眺めていた。月の光を浴びると白金色(プラチナ)の髪は輝き、白磁の肌は淡く光っているかのように見える様は月のようで、吸い込まれそうな紫水晶色の瞳はその名と同じ宝石のように神秘的であった。そして、太陽の光を愛おしそうに受ける様は人々が想像した月の姿にぴったりであった。そのようなことから、宰相の友人である貴族は彼女に「月の紫水晶」との異名を付けた。宰相一家は我らが愛し子に相応しい異名としてとても気に入り、嬉々として人々にその異名を広めて行った。アメジストの事を一度でも見たものは、言いえて妙と想い、自らもそう口にするようになった。見たことのない者も、一度でも良いので見てみたい、会ってみたいとの願いを込めて口々に噂した。こうして、「月の紫水晶」の異名は人々の口々に定着していったのだった。

 ジェダイトとアメジストはこうした異名から「天の宝石」とも呼ばれ、互いに会ったことは無くとも互いの存在を知ることとなったのだ。そして、相手の話を聞くたびに胸がざわめいていたが、互いに出会うことは無かった。

 人々は「天の宝石」を口々に噂した。「太陽の翡翠」である世継ぎの王子は幼き頃から才気に溢れて人々の支持を既に集めてきているので、彼が立派な国王として成長することを期待され、「月の紫水晶」である宰相の末娘は幼き頃からその敏さと神秘さから、どのような美しき令嬢へと成長していくのか期待された。

 太陽と月が無事に転生し、ジェダイトとアメジストが健やかに、人々に愛されながら育っているのを見守っている神々は、それぞれが図らずも自らの根幹である太陽と月に(なぞら)えて異名を付けられ、二人を併せて「天の宝石」とされていることを我が事のように喜んだ。




 さてさて、太陽と月が無事に転生も果たしたし、二人は揃って異名で呼ばれるようにもなった。

 ジェダイトとアメジストはこれからどのように成長するのか。そして神々の試練を乗り越えて、無事に出会い、共に居られるようになるのか。

 気になることはまだまだあるが、神々は出来ることは全てやり遂げ、最大限の加護も与えた。今自分たちに出来ることはただ二人を見守るだけ。

 けれど、最初からずっと緊張しながら見守っていたのだから、そろそろ肩の力を少しだけ抜いて二人の成長と出会いを楽しみにしながら見守りましょう。

 息抜きとしてお茶とお菓子はいかが。

 ひとりの神が提案すると、他の神々は賛成ー!と手を挙げる。いくらかの神はお茶より酒だ!とばかりにいそいそと酒盛りの準備。

 そう、これは求め合った太陽と月の恋物語。

 主役は神々で無いし、まだまだ二人は誕生したばかりで、神々は序章を見守っただけで先は長いのだから、息抜きのお茶会と一部の酒盛りで小休止といたしましょう。


お読みいただきありがとうございました。

初の投稿です。誤字脱字等報告や感想をいただけると嬉しいです。

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[一言] 初めまして。 拝読させていただきました! ファンタジー的な雰囲気がよく出ていたと思います。 こういう柔らかい雰囲気のファンタジーはとても好きなので、ゆっくり読ませていただきました。 あと…
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