誰かの日記
※注意:これは小説ではありません。誰かの書いた日記を読むだけの、日記文学でもない何かです。
序
どこかで、誰かの日記を見つけたらどうしますか?
プライバシーの塊みたいなモンですからねぇ。そのまま放置するか、こっそり中を見るか。
ああ~、迷いますねぇ。悩ましいですねぇ。
でもね。誰にも咎められず、モラルだのマナーだの気にしなくて良いのなら、他人の日記って見てみたくなりませんか?
アイツは何を考え、どんなことを思ってるのだろう、てね。
そんな貴方のために、今回私はこんなものを用意しましたよ。
『誰かの日記』
世界中の、色んな時代の誰かが書いた日記を読めるアイテムです。どうです? 凄いでしょ。
しかも、今回は特別にこの私が厳選したものをお届けします。
え? オマエなんか知らないし、信用ならない?
まぁ、そうですよね。
でも安心してくださいな。今回は本当に特別も特別。商品の先渡し、気に入らなければ返品オーケー!
……ちょいと胡散臭い通販のような言い回しになっちまいましたが、まぁ、百聞は一見にしかず、です。
どうぞ、ご覧あれ。
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5/31
今日、町を歩いていると女の子が降ってきた。
いや、ファンタジーものにありがちなことじゃなくて、単なる自殺だ。
勿論、そんなモノが降ってくるなんて思ってもない俺は、目の前に降ってきたその子を助けることもできずに落ちるがままにした。
落下中の女の子と目があったことと、落ちた瞬間のあの音は印象的だった。
さて、その女の子なのだが。運良く、いや、悪くか。即死ではなかった。落ち方が悪かったのか、飛び降りる場所が低かったのか。女の子は生きていたし、意識もしっかりしていた。ま、飛び降りとしては、最悪のケースなのだろう。
『痛い、痛い』と繰り返す女の子。顔面を打ちつけたのか、元はどんな顔なのかわからない。きっと、自殺を図ったことを後悔していただろう。
個人的には自殺を図ったことに対しての感想を求めたいところだが、周りに野次馬が集まってきていたのでできそうもかった。
程なくして女の子は事切れ、救急車と警察が到着した。そのころには、血や臓物その他もろもろで辺りに強烈な臭いが漂っていた。
野次馬はサイレンに群がるように爆発的に増えたが、車両が姿を消してしばらくすると、三々五々散っていった。
俺はというと目の前にいたということもあって、軽く事情聴取をされた。任意ということだが、特に急ぎの用があるわけでもなかったので一市民として協力した。
当初、警察官は目の前で自殺を見てしまった俺に、ショックを受けているものとして接してきたがあまりにも淡々と話す俺に不審な目を向けていた。
「あんた、目の前で人が死んだのに随分と冷静だな。しかも、飛び降り自殺なんて状況なのに」
とは、定年が近いだろう年配の警察官の言。俺の態度が気に入らなかったのだろう。
まぁ、普通の感性としてはそれが正しいのだろう。だが、俺は俺だ。押し付けられても困る。
だから、
「命というのは、生まれるにせよ死ぬにせよ莫大なエネルギーが発生する。あんたぐらいになると、プライベートでもそういった場に幾度となく立ち会っただろう。その時の周りの状況を思い出してみろ。あれが、命一つで起きるんだ。
今もそうだ、野次馬たちが溢れんばかりだったろう? 凄いエネルギーじゃないか。どういった理由があるのかは知らないが、そんな凄いモノを無駄に散らしたんだ。怒ってる奴が一人くらいいてもおかしくないんじゃないか?」
ア然とした態だったが、
「…………確かにそうかもな。特に最近の若いやつらは……いや、世代は関係ないな。勿体無い勿体無いと言いながら、一番大事なモノを無駄にする。そういう風潮なのかねぇ」
そう言って何かに納得し、諦めたかのように去って行った年配の警察官は、その後ろ姿が敗残の老兵に見えた。
家に帰った俺は、身につけていた衣服をまとめてごみ袋に突っ込んだ。返り血とかその他とかを少量とはいえ受けたせいか、それでもまだ臭いが染み付いてる気がした。
その日の晩、ニュース番組で飛び降りた少女の顔を知った。あどけなさは残っているものの結構な美人だった。
高校2年生の一六歳。美人で大人しく控え目。大人しく控え目というのは、俗に暗い性格や人見知り・口下手・引っ込み思案のことをいうらしい。
そんな彼女の遺書によると、相当ないじめを受けていたらしくいじめっ子を一人一人名指しで挙げ、何をされ・どう思ったのかを便箋一〇枚にもかけて書き連ねていたそうだ。
学校側も親もいじめがあったとは関知していなかった。
学校責任者は、
「警察と連携し、事実関係を確認のうえ厳正な対処をしたい」
などとのたまっていたが、その顔は『何で俺の任期中に自殺なんかするんだ』と涙目になっていた。
さらには、来年は受験生ということもあって、勉強を強いられていたことも自殺の理由に挙がっていた。元々成績は良いらしく、学校側も親も更に上を目指して欲しかったようだ。
勉強しろとプレッシャーを与えてくるが、自分の状況を全く気にしてくれない。きっと、自分の人生はずっと搾取され続けるのだろう。そう考えると、自身の救済は自殺しかないと考え至った。
そんな彼女の遺書は一六年という短い人生だったというのに、
『絶望しながら生きるのに疲れた』
で締めくくられていた。
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いかがです?
初っぱなですからねぇ。私が本っ当に気に入っているものをご紹介しました。
この人が、何処の誰かなんて考えなくて良いんですよ。ただ、こんな微妙に壊れた人間の日記を垣間見た。その事実を感じて頂ければ良いんです。
さてさて、これ以上は蛇足になりかねません。ここらでお暇しましょう。
では、この『誰かの日記』を、また開くことがあることを祈ります。