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睡蓮の糸  作者: 日室千種
9/13

9 火の国 王城(6)

 四時間かけて各部屋を回り、ネイの部屋に戻ると、そこには先客がいた。

 迎えに来るといっていた王太子ではない。先ほど連れ立ってきた男の一人が、静かに振り向いてかつりと踵を合わせた。

「失礼して待たせていただきました。殿下は政務のためにおいでになることができません。ターナハース殿には馬を引いて参りましたので、私とともに王太子翼にお戻りいただきます」

「お待たせして、こちらこそ失礼いたしました。殿下によろしくお伝えください。……ターナハース様は今後どのように? 私が連絡をとりたい時は、どうしたらよろしいのかしら」

 それはターナハースには答えようのない質問だったから、二人、男を見た。

 若く優しげな顔立ちの青年は、感情をうかがわせない微笑みを浮かべた。

「ターナハース殿は、王太子翼に滞在なさるご予定です。専任の護衛と連絡官と侍女がつき、こちらにはまずは週三日通われることになっています」

 ターナハースは、とっさに把握できず、呆然とした。

「護衛と、連絡官と、侍女……? それではまるで、側近のような……」

 ネイが、擦れた声を出してこちらを振り向いた。

 いったい何をしでかしたの、と顔に書いてあった。わずかに心配そうな色が見えたのが救いだったが。

 次の瞬間には一切の疑問を押し殺したのだろう。ある意味無情に、さっと頭を下げて、ターナハースを送り出した。


 ターナハースに与えられた馬は、黒毛の見事な若駒だった。賢そうな目で新しい主人を受け入れ、素直に背中に乗せた。

「皆が揃って改めてご挨拶をいたしますが、私はウィートハルト・ファランドと申します。あなたの護衛を任じられました」

 さらりと言われて驚いた。

 王太子付の立場にあった者が、女の護衛とは。不本意なことだろう。だが男は柔らかな表情のままターナハースを見つめてくる。王太子の命となれば、不快な感情すら隠しきってしまうのかも知れない。

「ウィートハルトさん、殿下は、私をいったいどうするおつもりでしょうか。一時の気紛れで、いずれ興味をなくされるのならいいのですが」

 半馬遅れた位置に馬を寄せ、さりげなく方向を示していたウィートハルトは、少し労るような表情をした。

「何も心配なさることはありません。殿下はあなたをとても気に入られたようです。気紛れではなく、深いお考えがあるのでしょう」

 王太子の周辺の人間は、みな同じ答えを信じているようだった。

 食い下がって尋ねても、ターナハースが求めているような言葉は返らないだろう。口を引き結んで俯いたが、ウィートハルトを困らせるのも嫌で、何とか頭を切り替えることにした。

 柔らかく促されるまま、馬を走らせる。

「先ほど殿下と一緒に居られた方々は、殿下の側近でいらっしゃるのですか」

「はい、その一部です。通称として赫近衛と呼ばれています。多くは武官ですが、一部は文官も兼ね、護衛をするとともに政務をお助けいたします。貴族の子弟が多いですが、殿下が野から見出した者もおります」

 文字通り、将来この国を背負う若者たちということだ。

「一人、黒髪の方がいらっしゃいました」

「セイランですか。彼も側近の一人です。ウィハーシュの出身ですが、幼い頃から殿下の元で育った切れ者です」

 ことさら言葉が重ねられたのは、同じくウィハーシュ出身のターナハースの気を引き立てるためだろうか。

 だが語られた言葉が纏っていた、仲間を語る気安い響きが、ターナハースの胸の内側をちりちりと刺激した。

(なんだろう)

 自分で内心顔を顰めたが、あえて深入りは避けた。ふと、思い出したことを尋ねてみた。

「そういえば、あの小屋のあった森には、殿下は何をなさりにいらしていたのですか? 雨よけの術をお持ちなのに、小屋で雨宿りなんて、理由があるのかと」

 わずかに、青年の頬が固くなったように見えた。が、それも一瞬のこと。え、と思う間に、柔らかい笑みを取り戻していた。

「あの森で、殿下とセイランが出会ったとかで、たまに息抜きに行くのです。視察という名目はありますが、あんな強い雨を楽しむことができるのは、ハスランしかないですからね」

 違和感を感じた。

 あの王太子が、息抜きを必要とするような人間だろうか。息抜きというのは、自分を押え付けているものから、一時的に逃れることだ。ジークファランドという男は、王太子という重い責務すら、持って生まれた剛毅な気質で飲み込んで、自然体でいるようにしか見えない。

 ましてあんな、合理的を地でいく男が、苦もなく避けられる雨に降り篭められるなどということを、目的無しにするとは思えない。

 だが、遭遇してまだ数時間。意外な趣味を持っている可能性を全否定はできまいと、これもまた深入りを避けて口をつぐんだ。




 王太子翼に戻れば、初めて見る顔が三人待っていた。

 やや幼さが残る侍女はエスターと名乗った。小動物のような丸い瞳が印象的だったが、立ち居振る舞いはとても洗練されていた。。

 物腰が柔らかな初老の男は、鋭い目をしてターナハースをはっきりと吟味していた。エルドリックという名で、ターナハースと外部との連絡係だという。個人的な執事のようなものです、とウィートハルトが注釈した。

 残る一人は、これといって特徴のない顔立ちと体型の中年にさしかかった男だった。ところが隙のない装いと立ち姿からは、一切の無駄を嫌い、能率の向上を最優先する心根が透けて見え、実はターナハースを一番釘付けにした。存在感は、ものすごい。彼は、ぼそりとした声で、タルスと名を告げた。

「そして私、ウィートハルトです。王太子殿下の命により、あなたにお仕えいたします。どうぞお引き立てのほどお願いいたします」

 皆が一斉にターナハースに腰を折った。

 

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