12 火の国王城(9)
食卓を囲んだのは、三人。
数々の大皿に盛られた料理を、男性二人は手ずから取って平らげていく。
ターナハースにはエスターが取り分けてくれたが、大皿は料理につきひとつだったため、広い食卓の片側に三人が固まっている形だった。
東の地方では、庶民の家でも個々人に小さな食膳が用意され、料理は初めから銘々皿に盛り付ける。そんな風習になじんでいたターナハースは、目の前でみるみる嵩を減らしていく料理の様子に、追い立てられる気分でせっせと食事を進めた。
会話も、二人の間でのみ交わされた。始終口に料理を放り込んでいるようなのに、澱みなく。
話には固有名詞が多く、説明も極力省かれたもので、ターナハースにはほとんど意味を汲み取ることができなかった。もちろん、村の話も施療院の話もなく、会話に加わる隙も、意欲もまたなかったので、ターナハースは進みすぎる酒を持て余した。
と、話題を変えたセイランが、「水源についてですが」と言いさしたので、ふと顔を上げた。
「西カイゼ地区が当たりのようです。<水鳥>が戻るのは明日とのことですので、直接報告に上がらせます。十分な量があるかは、明日にも私が直接確認してきます。十分であった場合、着工の準備はすぐにもできます。ただ、問題が二つ。近隣住民には旧ウィハーシュの民が多く、該当の水源は神聖視されています。着工時に無駄に騒がれる可能性がある点。もう一つは、水源の手前にかなり広い泥地があり、あえて街道を敷くに不自然すぎる点です」
「……領主はミュラー子爵だったな」
「そうです。由緒正しい家系ですが、近年はどなたも王宮で職についてはいません。そのため俸給はなく、領地で領民同様、自給自足に近い暮らしをしているとか。隣接する領地がサウネ伯爵の土地で、融資を受けることもあるようです。お子がないので、現当主が亡くなる時にはサウネ伯爵に領地を譲るのだろうと噂がありますね」
「らしいと言えば、らしいな」
「子爵をご存知でしたか」
「ネイと会って思い出した。ネイの姉が子爵に嫁いだはずだ。子爵は知らんが、ネイの姉と聞けば不思議はない」
ネイと王太子は、思ったよりも繋がりが深いようだと、ターナハースはひとつ瞬いたが、そのまま沈黙を保った。
この会話は、タルスの極秘資料の中身そのものだろう。
いっそ、聞いていないことにしたかった。
耳を塞ぎたい思いでひたすら俯いていたターナハースは、不自然な沈黙に思わず視線を上げた。
思いがけず、王太子がじっと自分を見ていて、驚く。食事が始まって以来、一度も視線を寄越さなかったのに。しかもその眼差しは、ターナハースを見ているようで見ていない。自分の頭の中で何かを思い描いている視線だった。
デザートを手に取る形で、さっと顔を背けた。
ふつと、沈黙が切れた気配がした。
「……検討しておく。が、神聖視とやらの具体的なところを知りたい」
「はい。うまくすれば、<水鳥>が報告してくれるでしょう」
食事が終わっても、二人の話はきりがなく、そっと寄ってきたエスターに促されて、ターナハースは一人部屋に戻った。
寝台に腰かけ、夜着の背中をよく梳かれた髪がさらさらとくすぐるのを感じながら、ふうと息をつく。
目の前で、凄まじい早さで重要な案件が決まっていっていたことは、よくわかった。まるで執務室の隅に座らされていたようだった。二人の手にしているのがペンではなく食器で、前に広がるのが書類や地図ではなく食事であっただけで。
ほんのわずかな人間が、国の政策を決めていく。
その仕組みの欠点を挙げればきりはないが、利点はといえば、一番は速さだろう。
ウィハーシュは、その一点において決定的に不利であり、そしてその一点のためにジークファランドに敗北を喫したのだ。
ターナハースは茫洋と、書机に目をやった。
新しい主人の寝支度を整えたエスターは、柔らかな香りの飲み物とランプを書机に置いて退出した。タルスからの書類は、すべて角を揃えて机の隅に。書机の隣には、いつでも使えるように整えられた墨とペン、そして紙が用意されていた。
この国に官僚制度が徹底して導入されたのは、十五年ほど前だと記憶している。タルスの講義の背後には、官僚が国を動かしているという誇りも見えた。古い慣習をたてに権力にしがみつく旧貴族に対する軽蔑とともに。
だがその軽蔑は、王太子には向いていなかった。むしろ、果断な政策を実施する力として肯定していたようだった。
ジークファランドは、専門知識を有した実力ある官僚たちによる堅実な政治と、唯一の最高権力者による臨機応変な政治とを両立させている——。
書机に歩み寄って、ぼんやりとランプを見つめながら、ターナハースはでも、と零した。
(でも、あの時のウィハーシュだって、王を頂点にして官僚たちが政治をしていた……)
子供に過ぎなかったターナハースにとっても、見るに耐えないような政治だったが。
ぶるりと頭を振って、それ以上思い出すことを自分に封じた。
椅子を引いて、腰かける。そこからは、頭を切り替えた。
タルスの宿題を、こなさねばならない。自分を待っている村と娘のために。
まずは、ろ過装置の設置からだ。タルスが残して行った稟議書例から内容の近いものを選び出し、熟読し、同じ形でぶっつけに実際の稟議書を書いていった。
あの施療院で改善しておきたいことはたくさんあった。ターナハースが去れば事務手続きが動かないというのであれば、去る前にターナハースの裁可が必要なところを終わらせてしまえばいいのだ。
そう割り切るしかない。
どう書けばいいのかわからない項目は空けた状態で、とにかく稟議書の形を整える。タルスが明日も来るというのだから、その時に確認して埋めてしまえばいい。
ろ過装置の次は、追加の職員と備品の請求。
灯りの芯がゆっくりと減っていく間、その作業に没頭していた。
短くなった芯の先で、風に煽られたように火が揺らぎ、視界をちらつかせたのにふと顔を上げて、ターナハースはぎくりと身を強張らせた。
背後に気配があった。
客用の個室ゆえか、部屋は垂れ幕だけではなく木の扉で廊下と隔てられていた。扉が開けば気づくはずなのに。エスターか、と振り向いて、さらにびくりとした。
「随分と熱心だな」
「で……ジーク、様」