夫婦はイワシ
これは昔、読んだエッセイを思い出して書いています。
勘違いって誰でもしますよね。
夫婦はイワシ
小学校に入ったばかりの頃、校長先生のお話には、難しい言葉がたくさん出てきた。
戦前のことである。
講堂に並んでいると、床の冷たさが上履きの底から伝わってきた。前の子の背中を見ながら、早く終わらないかと足の指を動かす。隣の子が身じろぎをすると、先生の目がすっとそちらを向いた。
だから、顔だけはまっすぐ前へ向けていた。
壇上では、校長先生が教育勅語を読み上げている。私には、意味のわからない言葉が、切れ目もわからず続いているように聞こえた。
ところが、その途中に、一か所だけ、よくわかるところがあった。
「……夫婦はイワシ……」
イワシ。
私は少しうれしくなった。
イワシなら知っている。魚屋の店先で、何匹も並んでいる銀色の魚だ。母が買ってきて、夕飯のおかずにもなる。
ただ、夫婦のイワシというのは、まだ見たことがなかった。
私の頭の中に、青い海が広がった。
大きなイワシが一匹、すいすい泳いでいる。その横には、ひとまわり小さなイワシがいた。こちらは目が大きくて、なんとなく愛嬌がある。
大きいほうが旦那さんで、小さいほうが奥さんだった。
「おい、こっちだよ」
「そんなに急がなくてもいいでしょう」
旦那さんが尾びれを振ると、奥さんも小さな尾びれを動かす。旦那さんは少し先へ行ってから振り返り、奥さんが追いつくのを待った。
二匹のお腹が、海の光を受けてきらりと白く光る。
私は、それをたいそうよい眺めだと思った。
「お勅語」でわざわざおっしゃるのだから、イワシの夫婦は、よほど仲がよいのだろう。
長くて難しい言葉の中で、そこだけは、いつも楽しみだった。
後年、それが「夫婦相和シ」だとわかった。
夫婦が仲よくするという意味だったのだ。
なるほど、それならわかる。けれども、あれほどはっきりイワシと聞こえたのは、どういうわけだろう。
校長先生は、少しなまっていらしたのかもしれない。
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「 黒と青、金と青、銀と紫」の投稿を再開しました。読んでみてください。




