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プロローグ 最高の人生とさようなら

 トンビからは鷹は生まれない。その言葉こそが、社会の真実だと思った。


 俺は鷹の子供だ。それも、とびっきりいい鷹の家の子だ。母の綺麗な遺伝子を受け継いだ俺は、子供の頃からその類まれな美貌でチヤホヤされ、下界を見下ろすようなタワマンに住んできた。受験だって、ひとつも経験したことがない。通学だって運転手付きの車で行き、自分のランドセルを背負う回数も数えられるほどだった。両親は仕事で海外にいることが多く、家に帰ってきても顔を合わせられない日も珍しくなかった。それでも大事な一人っ子の俺には、好きなだけ使えるクレジットカードが残されていた。寂しいと思ったことは……まあ、ない。幼い頃から、お金で解決できる問題は問題じゃないと教えられてきたから、欲しいものがあれば、何だって買えばいい。

 大学になれば当たり前のようにアメリカへ留学し、学費の高い名門私立大学(プライベートスクール)へ進学した。もちろん住む家も、乗る車も親が用意してくれた。好きなスポーツカーを買ってもらい、大学の近くには俺一人で暮らすためのマンションまで用意された。卒業後は父のツテで就活することなく、皆が羨む会社の東京本社に就職できた。千人いる同期の中でも唯一、花形の広告宣伝部に配属された。

 特に真剣に何かへ取り組むこともなく三十代を迎えた俺は、会社的には異例ながら順調にマネージャーへ昇格。同期の中でも一番の出世頭になった。マネージャーになって部下も増え、人生という人生を謳歌してきた。

 やはり俺は、母のお腹の中にいるときから人生イージーモードで決まっていたらしい。そんなことを考えながら、俺は花の金曜日の夜、両親に買ってもらった会社近くのタワマン最上階の部屋から、大きなガラス窓越しに東京の夜景と、必死に残業して働く庶民たちを眺めていた。


 ピコッ。


 携帯が鳴った。この前、同期の合コンで会ったかわいいモデルのサナちゃんだ。

『今、たまたま○○駅まで来て、どうしても隼人(はやと)さんに会いたくて……』

 そんなサナちゃんからLINEが届いていた。たまたまのわけないだろう。何度も家に行きたいとせがんできた女に、たまたまなんてあるわけがない。まあしかし、暇していた俺にはちょうどいい暇つぶしだ。今日くらいはいいか。

『今から駅まで迎えにいくから待ってろ』

 よし。これで俺の楽しい夜は始まる。少しカジュアルだけど、カジュアルすぎない服に着替えて、髪の毛も固めすぎず、無造作感を演出できたところで、俺は家を出た。

 家から駅までは五分もかからない。マンションを出て道路を渡れば、もう駅だ。俺はルンルンした足取りでエレベーターを降り、信号の前で立ち止まった。向かいにはいつものコンビニ。漫画雑誌を買うなら、ここに決めている。

 そういえば今日、『週間少年スキップ』の発売日じゃないか! ……いや、待てよ。これから女の子と遊ぶんだぞ? 今買わなくても、明日買えばいいじゃないか。でも、ここのコンビニには『週間少年スキップ』がいつも一冊しか置いていない。明日になったら、売り切れているかもしれない……


 よし。今買ってこ。


 俺は信号を渡り、サナちゃんを待たせたままコンビニへ漫画を買いに入った。何気なく店内を見回すと、よぼよぼの爺さんが目に入った。カゴの中は、割引シールの貼られた弁当ばかりだ——麻婆焼きそばに、ガパオライスに、大盛りナポリタンに、焼きプリンに、バームクーヘン。へぇー、こんな時間に、わざわざ割引弁当を買いに来るのか。俺には縁のない世界だ。まあ、貧乏人は大変だ、なんて思いながら雑誌コーナーへ行くと、あったあった! 毎週買っている『週間少年スキップ』。まだあってよかった。俺は急いでレジに並んだ。しかし、さっきの爺さんに一歩先をリードされた。何個も割引商品を買っているから、ぴっ、ぴっ、ぴっとレジのバーコードマシンも大忙しだ。

 ようやく自分の番だ。さっさと雑誌を購入して店を出たら、さっきの爺さんがよぼよぼと赤信号を渡ろうとしていた。信号のすぐ先には、大きな観光バスがものすごいスピードで走ってくる。


「おい、爺さん、それ危ない!」

 俺は何も考えずに飛び出した。


 ドーーン!


 爺さんを押した。間に合った。そう思った次の瞬間、俺はバスのクラクションとヘッドライトに包まれた。


 死ぬ。

 ――と思ったら、バスが急ハンドルを切った。猛スピードのまま方向を変え、俺のすぐ横を通り過ぎて、そのまま信号の柱へ突っ込んでいった。


 助かった……のか?

 どうやら俺は無事らしい。爺さんも助かったようだ。周囲からは「すごい」「大丈夫か?」なんて声が飛び交い、やけに周りの視線がキラキラして見える。

 まあしかし、こんなところまで俺は神様に愛されていたとは。そう思いながら、俺は何事もなかったかのように立ち上がった。


 キキキキィィィーーーッ


 次の瞬間、俺の身体は痛みとともに宙を舞った。


 ……何が起きた?


 状況を理解するより先に、身体が宙をくるくると回っている。視界に入ったのは、青い空と、見慣れた街並み。そして、その向こうから迫ってくる一台の軽トラだった。

 今度は、バスとはまったく別の方向から、とんでもないスピードの軽トラが突っ込んできたのだ。しかも、いいタイミングで立ち上がった俺は、その軽トラに見事にはね飛ばされた。

 女遊びは少し久しぶりだった。別に女好きなわけじゃないけど、来る者を拒むのも失礼だろう? 上流社会に憧れる者に、少しでも夢を見させてやってもいいと思っただけなのに。

 そう、俺はみんなが羨む、金と地位と欲しいものすべてを手に入れた男だ。こんな最高の人生はないだろう? こんな、最高の人生を……たった三十三年で終わらせるなんて。バカなことをした。

 神様よ。今回の人生、実に素晴らしかったのに、最後まで楽しめなかったじゃないか。だから、次の人生も同じくらいのものをくれよ。

 痛みがすっと消えた俺は、暗闇の中へ沈んでいった。



 

 どれくらい時間が経ったんだろう。果てしない暗闇の中から、一筋の光が見えた。その光をたどるように目を開けると、そこには西洋っぽい顔立ちの大人二人が、飽きもせずずっと俺を見つめていた。


「シリウス、あなたの名はシリウスだよ」

「お前は俺たちにとっての一番星だ」


 そっか。俺は生まれ変わったんだ。さては神様が、かわいそうな俺のお願いを聞いてくれたんだな。

 ならば、今回の人生も、ぞんぶんに楽しみたいものだ。


 ……ってか、よく見たら、この二人。












 

 服、ぼろくない?!


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