王子の乳兄弟が優秀すぎたので
王立学園に次期遅れで入学してきた平民あがりの男爵令嬢に、第一王子が骨抜きにされたらしい。
という噂は瞬く間に生徒間からその保護者である貴族たちの間に広まった。
本来ならばそんな事態になる前に王子殿下をたしなめるのが近くにいる側近候補たちなのだが、既に王子と同じような状況だという。
周囲の大人たちからの進言にも聞く耳を持たない様子に、頭を悩ませた王城の関係者から助言を求める手紙が届いたのは、男爵令嬢が入学してからわずか3か月後のことだった。
手紙を受け取ったのは、隣国の学園に留学していた王子と乳兄弟のデイル。
生まれてからずっと王子の傍にいたのだが、王子がデイルに対し依存傾向がみられたため、一旦距離を置くために留学していたのだった。
ちなみにデイルは側近ではなく専属執事となる予定で、その役割は本人の希望と適正をみて決められた。
「はあ・・・ちょっと離れたとたんにこれか・・・」
通常では留学先に届くまで1週間はかかるはずの手紙は、王城の公式印が押され赤字ででかでかと『至急/重要』と書かれていたため、ほぼ公式文書扱いになり、わずか3日でデイルの手元に届けられた。
内容としては助言を求むと書いてあるが、手紙の端々から『今すぐ帰ってきて欲しい』という悲痛な思いがあふれ出ていた。これ以上の醜聞は国際的な場でも侮られる要因となるので、気が気ではないのだろう。
元々勉強のための留学ではない。
王子の成長を促すための離別が逆効果になっているのであれば、デイルがここにいる理由はなかった。
デイルはサラサラと帰国する旨を返事に書くと、デイルに手紙を届けた国際配達人(早急に返事をもらうため待機していた)に手渡した。
そして次の日には関係各所に挨拶周りをして、その夜には身の回りの物だけ持って単身で馬にのり王国へと出発したのだった。
「え~~!?ほんとですかあ?すご~~~~い!」
数日後、王城に帰還報告をした足でそのまま王立学園に向かったデイルの耳に、頭が痛くなるような会話が聞こえてきた。その声のする方に目をやれば、
「いやいや、そんな大したことじゃないよ!まあ簡単なことでもないけどね!」
「さすがエド様!尊敬しちゃ~う!」
デレデレとした顔を隠しもせず、ふがふがと鼻息荒く答える王子エドモンドと、その腕にしがみつき肩にしなだれかかかる男爵令嬢アイリーン。
王立学園の中庭にある東屋で繰り広げられてる悪夢のような光景があった。
その周りには数人の側近候補たちがにこにこと眺めている。
デイルが拳を強く握る。
中庭を取り囲む校舎の窓。大っぴらにのぞき込む人影は見えないものの、そこかしこから人の気配はした。
デイルは普段は決してさせない足音を、ドスドスと響かせながらエドモンドに近づき、
「えっ!デイル?!なんでここにぃ」
いるんだ?という言葉を最後まで言わせず、その右ほほに強かに拳をめり込ませた。
ぶっ飛ばされてあっさりと気を失ったエドモンドを見て騒ぎ出す側近候補たちと男爵令嬢を完全に無視して、影に控えていた護衛たちにエドモンドを運ばせると、デイルは振り向きもせずに中庭を後にする。
中庭を出る手前で、慌てて駆け付けた様子の令嬢が現れた。
「デイル様、お久しぶりでございます。」
完璧なカテーシーを見せたのは、エドモンドの婚約者である侯爵令嬢のエマーリアだった。
今回のエドモンドの醜態に対して、どうにかしようと奔走した一人だ。
「エマーリア様。お久しぶりです。アレの愚行に大変な心労と苦労をおかけして申し訳ありません。アレは一旦引き取ります。数日中にどうにかしますので。」
「はい。こちらこそ私の力不足でデイル様にご足労いただき、大変申し訳ありませんでした。」
「構いませんよ。まさかこっち方面でここまでポンコツになるとは、私も予想外でした。」
エマーリアの困り果てた表情に、デイルは何度目かわからないため息が出た。
それは王子妃教育の賜物で、ここ数年は見かけることの無かったエマーリアの素の表情であったからだ。
「ともかく最早手段を選んでいる場合ではありません。『アレら』もすぐさま手を打つので、今しばらく学園内の統制をお願いします。」
ちらりと中庭の方を振り返り、デイルが王城から連れてきた護衛たちに促されて連れていかれる元側近候補たちを見やる。
そして中庭に様子をうかがっていた視線に一瞥をくれる。
デイルの帰還が高位貴族の令息令嬢に広がれば、ある程度学園の雰囲気も和らぐだろう。
随時状況を報告することを約束して、エマーリアと別れた。
デイルがエドモンドを連れて帰城すると、関係各所はほっと胸をなでおろし、通常業務に戻っていった。
デイルがここまでのことをしても誰からも咎められないのは、これまでの功績のおかげだった。
幼少の頃、エドモンドは周りをきょろきょろと見渡して歩いていたので、よく転ぶ子供だった。その度に声をかけ、必要とあれば助け起こすのは近くにいたデイルだった。
時に顔面からすっころんで鼻血を出しながら、しかし泣くでもなく「えへへ。ありがとうデイル」と言ってへらりと笑うエドモンドに、こいつには俺がついてやらねば。という使命感を持つまで時間はかからなかった。
生まれは数カ月だが、精神的にも身体的にも少しだけ成長が早かったデイルに、エドモンドはいつも後ろをついて回った。先を歩くのはエドモンドだと、何度も説明してしぶしぶと言った態で前を歩くようになっても、何かあればすぐにデイルを頼った。
「デイル、これはなに?」
「デイル、これはどうすればいい?」
「デイル、エマーリアに送る花はどれがいいと思う?」
手紙の書き出しは?次の式典の立ち振る舞いは?避暑地に持っていくものは?
デイルデイルデイルデイル
あれ?これはまずいのでは?と、周囲が思うのとデイルの限界が来たのはほぼ同時だった。
「エド!!いい加減にしろ!!お前は自分の頭で考えなきゃいけないんだぞ!!今のお前は考えてるんじゃない!選んでるだけだ!!」
エドモンドはポカンと口を開けて驚いていた。
その自覚すらなかったのだ。
「相談するなとか、周りを頼るなとか言ってるわけじゃない。結果が同じだとしても、お前はお前の頭で考えて決めなゃだめなんだ。だってお前は王族だから。何をするにも常に期待と責任がついて回る。間違い許されない。万が一間違ったときに、他人のせいにはできないんだ。」
周囲は一旦、二人の距離を離してみたが、物心ついたときから隣にいたデイルの不在はエドモンドの精神が不安定になってしまいかねないので、他の子供たちと接する時間を増やしていき徐々に距離をとることにした。
デイルが側近ではなく、執事になると決めたのもこの時期だった。
エドモンドは人の上に立つ人物で、エドモンドを支えるのが自分の役目だ。
このまま側近となり、政治的なことに助言や提言をすれば、影響が出すぎてしまう。それはデイルの本位ではない。
そのことを理路整然と進言し、専門家の主導でエドモンドの意識改革が行われ、学園に入学する頃には、エドモンドはきちんと自分で考え決断できるようになっていた。デイル以外の人物に相談できるようにも。
学園ではデイルとは別に信頼できる側近を見つけるために、デイルは距離的にも離れることにしたのだが、まさかこんなことになるとは。
幼少期に婚約したエマーリアとはもちろん、王族として他の様々な年齢の女性ともかかわってきたはずなのに。
数日後。
エドモンドは久しぶりに王立学園に戻ってきていた。
しかし、どこかぼんやりとふわふわした様子で、件の男爵令嬢アイリーンが近づいてきて、
「エド様~!心配してたんですよぉ~!」
と、懲りない調子で話しかけても
「あぁ。君か。」
と、一瞥しただけで、またぼんやりとしていた。
「え…エド様?どうしちゃったんですかぁ?!アイリーン寂しかったんですよぉ?」
エドモンドはしがみついてくるアイリーンの腕をそっけなく振り払うと、そのまま去っていった。
その様子は男爵令嬢と出会う前の、いつも朗らかで人当たりのよかったエドモンドの様子とも違っていて、他の生徒たちは首をかしげながら見守っていた。
そしてまた数日後。
「エド様―!」
どれだけそっけなくされても懲りないアイリーンの前に、一人の男子生徒が立ちふさがった。
「君、いくら学園内と言えど、殿下をそのように呼ぶのものではないよ。」
立ちふさがったのはデイルではない。
それまで侍っていた側近候補でもない、伯爵家の三男だった。
「ちょっと!あなた誰よ!わたしとエド様の邪魔しないで!!」
「最低限のマナーを持ち合わせていない者を、殿下に近づけるわけにはいかない。」
「もお!!何よ!エド様!なんとか言ってよぉ!」
エドモンドは、はぁ。と、ため息をひとつつくと、やっとアイリーンに向き合った。
「今までの距離は不適切だった。これからは貴族令嬢として、己を磨いてくれ。愛称で呼ぶのも控えた方がいいだろう。」
それだけ言うと、歩き去るエドモンド。
あっけに取られるアイリーンが追いかけようとする前に、伯爵令息は「以後、気を付けるように」と言って、アイリーンを置き去りにエドモンドを追いかけた。
その後も、幾度となく同じようなやり取りが繰り広げられたが、エドモンドとアイリーンの距離が変わることはなかった。
それを見た周囲の生徒たちは、安心したように頷きあっていたという。
王城のテラス。
エマーリアはパラソルの下でエドモンドを待っていた。
久しぶりの婚約者とのお茶会。
「お付き合い頂きありがとうございます、デイル様。」
エドモンドが所用で遅れているため、エマーリアの前にはデイルが座っていた。
「私こそエマーリエ様のお相手ができて光栄です。」
にこやかに貴族らしいやり取りをする二人。もちろん二人のすぐ傍にはエマーリアの専属侍女や、城の使用人たちも控えているので、余計な噂がたつことはない。
「それにしても、エドモンド様の変わりようには驚きました。さすがデイル様ですね。」
「あぁ。そのことでしたら、エマーリア様には種明かしをしましょう。」
少しくらい教えてもらえるかな?という、気持ちだったエマーリアは驚いた。
「えっ・・・いいのですか?」
「もちろんです。両陛下からもエマーリア様には話して良いと許可も出ておりますので、安心してください。」
デイルがチラっと使用人に目配せすると、数人が出ていった。
残った者たちは事情を知っている者だけ。
「侍女の方に聞かせるかどうかは、エマーリア様の判断で構いません。」
「では、彼女には残ってもらいます。私と一緒に城に上がることになっていますので。」
「わかりました。単刀直入に申しますと、エドモンド様を数日娼館にぶちこみました。」
「まあ!」
エマーリアは驚いたものの、そこまで嫌悪感感じてはいないようだった。
王妃教育の時点でエドモンドに閨教育が行われることを知っていたおかげでもある。
想定内の事ではあるが、もう少し後の予定であったはずだ。
「相手の方は既にこの国を去っており、エドモンド様と二度と会うことはないでしょう。その上で、更に数日、娼館で接待していただき、懇切丁寧に手練手管を解説していただきました。」
依頼した娼館は王国内でも指折りの高級娼館で、関わったのもプロ中のプロ。面倒なことにはならないはずだ。
「接待には私も同席しましたが、あと一歩で女性不振になるところでした。」
自尊心を持ち上げて、叩き落すを繰り返す荒治療ではあったが、仕方ない。
加えて、もしかしてエマーリアっていい女なんじゃね?と、思うようにこっそりと誘導されていたりもする。
まぁこれは墓場まで持っていく案件だが。
「ともかくこれで、エドモンド様があの令嬢や、似たようなことをする令嬢になびくことはないでしょうね。」
彼女たちに比べれば、男爵令嬢のやり口など子供だましにもほどがある。
子供だましに騙されないように、エドモンドには手っ取り早く大人になってもらったのだ。
王族はその血を繋ぐことが至上命題である。
必ず複数人の子を生さねばならない関係上、性欲が強いことは悪いことではない。
が、そこら中に手を出されてまき散らされたら堪ったものではない。
そのために、昔から王室御用達の高級娼館が存在しているのである。
実は今回もその慣例に乗っ取っているので、デイルもそれに従っただけだった。
ただ、なぜそうする必要があるのかを淡々と説明し、自分の現状を理解させ、自覚させるのにはデイルがやはり適任だった。
他の者では意固地になり反発を強めたり、手をこまねいているうちに男爵令嬢と一線を越えた。などという事になったらエドモンドの王族としての未来はすぐに閉ざされていただろう。
「本当にデイル様には、頭があがりませんね。」
「いえいえ、私はデイル様に誠心誠意お仕えする覚悟ですので。頭を下げ続けるのはこちらですよ。」
それほど上手くない冗談に、それでもエマーリアはにっこりと笑った。
「お待たせ。」
程なくしてエドモンドが現れた。
エマーリアが立ち上がり、デイルが一礼して壁際に控えようとするのを、エドモンドが制す。
「エマーリア、そしてデイル。今回のことは本当にすまなかった。」
エドモンドは二人に向かって頭を下げる。
「エドモンド殿下、王族が頭を下げてはいけません。」
「違うよ、デイル。いま俺は幼いころからの友人である二人に頭を下げているのであって、王族としてじゃない。本当にすまなかった。」
デイルはエマーリアと目を合わせて、頷きあう。
「エドモンド様、頭をお上げください。」
エマーリアが頭を下げ続けるエドモンドに静かに語りかける。
「友達としての謝罪は受けいれます。ただ、デイル様に迷惑をかけたことは、まだ怒っていますからね。デイル様は身一つで隣国から単身馬で帰ってきたのですよ!」
隣国との境には深い森があり、治安が悪い訳ではないが、野生動物もそれなりに出ることがある。護衛もなしに通り抜けるのは、かなりの危険があった。
「うぅ・・・ごめんデイル。危険なことさせて。留学も取りやめさせちゃったし、本当はあっちでもっと勉強したかったよね?」
「一応、森の前で護衛の人と合流してたから、そこまで危険じゃなかった。留学も、元々そんなにやる気があったわけじゃないし、少し予定より早いけど執事見習いとしてここ(王城)で働くことにするよ。」
友達として、ということだったので口調も気安くしてケロリした顔で答えるデイル。
「でも、ごめん。」
「まぁいいよ。ってことで、アマーリア様も怒りを鎮めてもらうと助かります。」
「デイル様に免じて許します。」
デイルがそのままの調子でアマーリアに向き合うと、アマーリアはわざとらしく大仰に言って、デイルと目を合わせてくすくすと笑った。
エドモンドとデイルは生まれた時から、アマーリアも物心つく前からの気心の知れた幼馴染である。
最悪の事態になる前にどうにかできてよかった。ギリギリではあったが。
エドモンドはこほんと咳をして、居住まいを直す。
そしてまたアマーリアと向き合った。
「婚約者としても謝らせてほしい。嫌な思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった。もう二度とこんなバカなことはしない。だからどうかこれからもずっと私と、国と民のために一緒に歩いていってほしい。」
一人の男として頭を下げるエドモンドに、デイルは今度こそ気配を消して壁際に控えた。
これは二人の問題なので、デイルが口を挟む理由がない。
「ほんとーに!がっかりしたんですよ。あんなにデレデレと情けない顔をして!信じられません。」
「はい・・・情けない姿を見せたし、本当にバカだった。申し訳ない・・・。」
アマーリアの苦情はそれから30分ほど続いたが、エドモンドは真摯に受け止めて謝罪を繰り返した。どうにかアマーリアの方にも情がかろうじて残っているようで、エドモンドの努力次第ではどうにか収まりそうだった。
エドモンドは徐々に学園内でも信頼を取り戻し側近候補たちとも交流を深めていく。
そしてその傍にはアマーリアがいて、公務にも積極的に参加し始めた。
貴族たちの目はまだ厳しいが、二人を手助けする者が増えてきているのも確かだ。
その裏で、元側近候補たちが学園から姿を消した。
5人ほどいた側近候補たち。
事情聴取に対して、本当に男爵令嬢に篭絡されつつもエドモンドとの恋を応援していたものが三人、一時的な気の迷いだからと放置していたものが一人、あろうことかエマーリアが婚約破棄されれば自分と結ばれるはずだと煽っていたものが一人いた。
最初の4人は各家で再教育が行われるが、エドモンドの側近になることは決してない。
最後の一人に関しては、デイルの代わりに留学に出された。おそらく帰国することはないだろう。
男爵令嬢は家ごと姿を消した。
その行方は決して調べてはいけない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




