海が静かになった時 奴は帰ってきた お土産もって
武頼庵(藤谷K介)様主催の「思い出のお土産企画」参加作品です。
かなり毛色が違いますが、楽しんでいただければ幸いです。
永遠に続くかと思われた今年の夏もさすがにもう終わる。
海水浴客で溢れかえった浜辺も静かになった。
海が静かになった時 第二の恐怖が始まった……ではなく、海が静かになった時 奴は帰ってきた お土産もって
ドヤ顔をして小さな小箱を持ち、座り込んでいる高校生くらいの男。いや、着用しているジャージに「日本霧樫放高校」と縫い付けがある以上、高校生なんだろう。
その高校生を取り囲むようにして立つ三人の男。砂浜に突如として怪しい男が現れたとの通報に対処するべく駆け付けた三人の男。
役場危機管理係長の吉備津桃太郎。付近の交番の巡査部長坂田金太郎。この周辺を管轄する漁協の課長三年寝太郎。
くしくも彼ら三人はかつて日本霧樫放高校の同級生であった。
そして、彼ら三人の前にドヤ顔をして座っている高校生。それは……
「浦島だよな」
「やっぱそう思うか?」
「三十年前突如失踪した浦島かあ」
「浦島とは言えば……」
三人の男たちは三十年前の記憶を絞り出す。
「帰宅部」
「四科目で赤点を取り、四つの補習に出て、四冠王と言われた」
「女の子にモテたくて、ボロボロの学ランに破れた学生帽かぶって、笹の葉くわえて校門の前に立っていた。でも誰にも相手にされなかった」
「それはいけないと次はその格好のまま、ハーモニカを吹いた。でも、誰にも相手にされなかった」
「これでもダメならとその格好のまま、トランペットを吹いた。でも、誰にも相手にされなかった上に、先生に近所から苦情がきたからやめろと言われた」
そんな三人の中年男の苦悩をよそに浦島は相変わらずドヤ顔だ。しかし、いつまでもこうしているわけにもいくまい。意を決した吉備津が口火を切る。
「あー、まさかとは思うが、君は日本霧樫放高校三年一組の浦島太郎君かな?」
「おおっ、よく知っているね。さすがは俺。ところでおじさんたちは?」
「役場の吉備津だ」
「交番の坂田だ」
「漁協の三年だ」
「おおっ、同じクラスに同じ名前の奴が三人ともいたな。おじさんたち、あいつらのとーちゃん? おじさんたちじゃ分からないからさあ。あいつら連れてきてよ」
その同じクラスにいたのが俺たち三人なんだが…… どうしたもんだかと思う中で、坂田が問う。
「浦島君。君は長いこと失踪していたよね。それはどういう理由なんだか。よければ教えてくれないか?」
「あ、知っているんだ。さすが俺。で、それ聞くよね。やっぱ?」
何故か浦島のドヤ顔に拍車がかかる。
「ちょっとね。三日ほど『楽園』に行ってきたのよ。そして、男になってきたのよ。ふふふ。今の俺は同級生たちとは一味違う。大人の男ってことだわ」
中年三人の困惑は深まる。失踪していたのは三日ではなく三十年だ。それに浦島の口ぶりでは高校生の身分を隠して、風俗に行ってきたような話だが、それでは理屈が合わなすぎる。
「あー浦島君」
今度は三年が問う。
「今年は西暦何年だっけ?」
相手を小ばかにしたような目を向ける浦島。
「おじさん。大丈夫? いきなり変なこと聞いてさ。1995年だよ」
オーマイゴッド。理由は分からないが浦島は三十年タイムスリップした。そして、この中年男三人の高校時代の同級生浦島であることも間違いあるまい。つまりこれは「竜宮伝説」?
「浦島君。君はここの砂浜で亀を助けたりはしなかったか?」
吉備津の問いにも浦島は相変わらず相手を小ばかにした様子だ。
「おじさん。俺がそんなダサいことするわけねえだろ。ただ母ちゃんがやめろと言ってるのに、また弁当にイナゴの佃煮入れやがったから、捨てたらそこにいた亀が食っただけだ」
なるほど。亀にしてみれば、腹を空かしていたところを弁当のおかずを分けた優しい少年と見たわけか。
「その後、君は『竜宮』いやさ『楽園』に行ったのか?」
「いやあまあ怪しいとは思ったけどさ。亀が絶対に金取らずに楽しませるって言うからさ。行ったらもう本当に『楽園』よ。昼間は飲んで食って、夜はもうきれいどころとしっぽり。赤い玉が出るんじゃないかってくらいやったわ。うえっへっへっへっ」
浦島は外見こそ高校生だが、笑いは完全に中年男のそれだった。中身は三十年分年を取ったってことだろうか。いや、亀に絶対に金取らずに楽しませると言われてついていくあたりが既におっさん根性の持ち主だったと言うべきだろうか。
「だけど浦島君。行った先は『楽園』だったかもしれないが、学校にもご家庭にも何にも言わずに長期間いなくなると心配かけるとか思わなかったのか?」
「固いこと言うなよ。おっさん。いなくなったってったってたった三日だろう。大げさなんだよ。あーそれよかさー。亀の奴、本当に金取らなかっただけじゃなくて、『お土産』までくれたんだぜ。絶対に開けるなとか言ってたけど。それは『開けろ』って意味だよな。開けて一緒に食おうぜ。おっさんたち」
「「「わーっ」」」
浦島が「玉手箱」らしくものを開けようとするのを、三人は総がかりで止めた。
「何すんだよ? おっさんたち」
「やめろっ! 絶対に開けるなっ! それはっ!」
三人の中年男たちは浦島を抑え込みながら相談する。
「吉備津っ! どうするっ! いつまでもこうしているわけにもいくまい」
「信じてくれないかもしれないが、吉備津は役場にスマホで事の次第を話す。役場は県に、県は国に相談してもらう。たとえ信じてもらえなくてもなっ!」
「分かった。坂田は本署に話して、県警と警察庁に相談してもらう」
「三年は漁協に話す。漁協には全漁連に相談してもらう」
それから三人は総がかりで浦島への説得を続けた。
「浦島君。信じられないかもしれないが、今は2025年だ。よく見てくれ。街並みもだいぶ変わっているだろう」
「君がいなくなってから三十年経ったんだ。君は海で死んだことになっていて、ご両親もすでに亡くなられている」
「これも信じられないかもしれないが、俺たちは君の高校の同級生吉備津、坂田、三年だ。今は役場、交番、漁協に勤めているんだ」
「その玉手箱は開けるな。君は一気に三十年年とるぞ」
「まーた、またあ」
浦島はまるっきり信じない。
「おじさんたちは吉備津、坂田、三年のとーちゃんたちだろう。なんつー手の込んだドッキリだよ。テレビカメラはどこよ」
浦島は信じなかった。しかし、別の者たちは吉備津たちが三方向から報告したせいか信じたらしい。
浜辺に接した道路に自衛隊の装甲車が次々到着したのはその直後だった。防護衣に身を包んだ自衛隊員たちは素早く装甲車を降りると、浦島と三人の中年男に真っ白い消毒液を噴射した。その消毒液には睡眠薬も混じっていたらしい。
四人は自衛隊員たちの叫び声。
「通報のあった四人を消毒の上確保。自衛隊病院に収容の上、特別室に隔離します」との声を聞きながら意識を失った。
吉備津たちは二週間ほど精密検査を受けたうえ解放された。浦島と濃密接触したことによる異常は何も発見されなかったらしい。
三人は普通に入院したことにされていた。吉備津と坂田は普通に通常勤務に戻ったが、大変だったのは三年である。三年の勤務する漁協で扱った海産物はしばらくの間、国が全量買い上げて検査した。これも何ら異常が発見されなかったので、すぐに通常に戻ったが。
更に極秘裏に海上自衛隊の潜水艦が浦島の言うところの「楽園」「竜宮」の存在を確認するため、念入りに探索したが、結局「竜宮」なるものはないという結論に至ったらしい。
最終的に確定したのは「浦島はタイムスリッパーである」「『竜宮』は浦島の妄想の可能性が高い」ということだが、吉備津にはもうそんなことはどうでもよかった。通常業務を頑張ろう。浦島のことは自衛隊に任せておけばいい。
そんな吉備津のスマホが鳴った。三年からだ。「すまんがすぐ砂浜に来てくれ。坂田も来てくれている」
嫌な予感に苛まれながら、砂浜に向かった吉備津はその光景に戦慄した。
「オトーサン」
「オトーサン ドコー」
そこには何人もの半魚人が徘徊していた。そしてその顔はみな浦島そっくりだった。
「浦島。あのバカ。『竜宮』にいた三日間でどれだけ子作り頑張りやがったんだ」
吉備津は脱力した。
「これはもう現場の仕事じゃねえっ! すぐ件の自衛隊病院に電話しろっ!」