番外編2「復讐の始まり」~セシリア②~
それから更に百年以上が過ぎて…私は気づいたのだ。
個人への復讐なんて意味がない。当事者はみんな死んでしまうから。
本当に憎むべきは、神々そのものだった。
あの理不尽な制度、血筋による差別、選定という名の独裁…全てを決めている神々を。
だから私は新しい術式を開発した。
神の選定制度を狂わせ、秩序を破壊する術式を。
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二百年かけて完成させた。
神の選定制度そのものを狂わせる術式を。
狙いは制度の破綻だ。神の判断を曖昧にし、予想外の結果を生み出す…
まさか二人同時に選ばれるとは、私も予想していなかったが。
私がトルナ村に住み着いたのは偶然…でも、アレンがそこにいたのは運命だった。
あの子の瞳の色を見た瞬間、私は確信した。
「この子こそが、私の復讐の鍵になる」と。
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この手首の傷跡は、自殺未遂の痕だけじゃない。
術式を構築するために、何百回も自分の血を使った証拠でもある。
血液魔法は禁忌の中でも最上級。でも不老不死の体なら、いくら血を流しても平気だ。
完璧な術式を完成させるために、私は何度も何度も自分を傷つけた。
痛かった?もちろんだ。
でも神々への憎しみの方が、痛みより強かった。
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エドモンド・ガーウィン侯爵は、私の作品の一つだ。
かつては民を愛する理想主義者だった彼を、権力に溺れる独裁者に変えた。
私の刺繍に込めた魔力が、少しずつ彼の心を蝕んでいる。
最初は「現実的な判断力」を与えるつもりだった。それが結果的に彼を破滅させてしまった。
妻子にも見放され、政治的にも孤立して…可哀想だと思うだろうか?
でも彼は、神々の制度の恩恵を受けてきた側の人間だ。同情する気にはならない。
***
アレン…
あの子を見ていると、時々胸が痛む。
彼に似ているせいもあるが、何より純粋すぎる。
あの子は本当に良い子だ。誰かを守るために必死になって、争いを嫌って、家族を大切にして…
私が恨んでいるのは神々と制度であって、アレン自身ではない。
むしろあの子には、幸せになってもらいたいと思っている。
でも…私の復讐のために、あの子を利用している。
この矛盾した感情が、一番辛い。
***
私の目標は、神の選定制度を完全に破綻させることだ。
二人の王が同時に現れることで、人々は気づくはず。
「神の判断は絶対ではない」と。
そして最終的には、血筋や出自に関係なく、本当に能力のある人が王になれる世界を作りたい。
皮肉なことに、アレンとカイロスの二人は、実際に素晴らしい王になる可能性がある。
私の復讐が、結果的に良い方向に向かうかもしれない。
***
今の私は…正直、疲れている。
二百年以上も憎しみを抱え続けるって、想像以上に消耗するものだ。
でも止められない。ここまで来てしまった以上、最後までやり遂げなければ。
もしかしたら、この復讐が終わったら…私も安らかに眠れるかもしれない。
不老不死の体でも、心の疲労だけは癒せないから。
***
王都の灯りを見つめながら、私は最後に呟いた。
「アレン…カイロス…あなたたちには申し訳ないことをしている」
風が強くなり、私の黒髪が夜空に舞い上がった。
月明かりの下で、私の瞳に涙が光っている。
「でも、あなたたちなら私の復讐を乗り越えて、本当に素晴らしい王になってくれる」
「そして…もし可能なら、いつか許してもらいたい」
「数百年の孤独に狂った、一人の女の我儘を」
一人の女性の、数百年に及ぶ壮絶な復讐劇。
それが今、クライマックスを迎えようとしていた。
「始まったのね、私の最後の戦い」
「神々よ…今度こそ、あなたたちの理不尽な支配を終わらせてみせる」
深い亀裂の向こう側で、二人の王が同じ空を見上げている。
私の復讐は、彼らの運命と共に動き始めた。
――番外編3「孤独な王座」に続く