番外編1「失われた愛」~セシリア①~
王都の混乱を遠くから眺めながら、私は一人呟いていた。
夕闇に包まれた空中、はるか上空で浮きながら、私の瞳には数百年の記憶が浮かんでいる。
「始まったのね…長い、長い計画が…」
風に髪を揺らしながら、私は自分自身に語りかけるように言葉を紡いだ。
***
私の名前は、セシリア・アルヴェイン。
今は人間界の裁縫師として生きているが、本当は…天界の王族の血を引く者だ。
天界の王と人間界の貴族の娘の間に生まれた私は、最初から王位継承権がなかった。天使族でもなく、人族でもない…どちらの世界の王にもなれない存在として。
月光が私の顔を照らす。外見は25歳程度だが、この瞳には深い悲しみと怒りが宿っている。
数百年――それが、私が生きてきた時間だ。
***
20歳の頃だった。
私は天界で一人の青年に恋をした。天界の将軍の息子で、私より少し年上の、とても優しい方だった。
彼の瞳は緑色…まるで春の森のように美しい方だった。
今思えば、あの瞳の色と優しい雰囲気は、アレンという少年にそっくりだ。
彼は私の出自を気にしなかった。
「血筋なんて関係ない。君は君だ」
そう言ってくれた。天界で私を理解してくれる唯一の人だった。
私たちはお互いを愛していた。一緒にいられれば、それだけで幸せだった。
でも…妹が次代の王に選定されたとき、全てが変わった。
***
妹は純血の天界人で、王になる資格があった。私を含め、他の兄弟にはその資格がない。
そして彼が…彼が妹の王配に決まってしまったのだ。
周りの圧力は凄まじかった。
「天界の未来のため」「血筋を守るため」…
彼は最後まで悩んでいた。でも最終的には、彼は妹を選んだ。
「すまない、セシリア。僕には君を守り抜く力がなかった」
そう言って去っていく彼の背中を、私は黙って見送るしかなかった…
そして私は…人間界に嫁がされることになった。
***
人間界での結婚生活は地獄だった。
彼以外の誰も愛せない私は、夫に何の愛情も示せなかった。何をする気も起きなかった。
何年か経って、ついに離縁された。当然だ。
愛のない結婚なんて、お互いにとって不幸でしかない。
私は一人で生きていくことを決めた。
幸い、全ての属性魔法が使えたから、生きていくことはできた。でも…制度ばかりの生き方に希望なんて見出せなかった。
もう誰も信じられない。信じたくない。
そう思った私は、森の奥で隠遁生活を始めた。
何もしない生活も悪くなかった。このまま静かに人生を終えても良いかもしれない…
そんな風に思っていた矢先のことだ。
***
買い出しで村に出た時、噂を耳にした。
「天界の女王が、王配との間に子を授かった」
その瞬間…心の底から湧き上がる怒りを感じた。
彼は妹と幸せな家庭を築き、子まで授かった。一方で私は、愛を奪われ、一人ぼっちで森に隠れている。
それまでは諦めていたのだ。運命だと思って受け入れようとしていた。
でも…その時初めて、本当の憎しみを知った。
神々の作った制度が、私から全てを奪ったのだ。
愛も、居場所も、未来も…全部。
***
死のうとしたこともあった。この手首の傷跡がその証拠。
でも…死ねなかった。天界の血が、私に異常な生命力を与えていたから。
なら、いっそのこと永遠に生きてやろうと思った。
この理不尽な世界を、最後まで見届けてやろうと。
何十年もかけて、不老不死の術式を完成させた。
彼が老いて死んでいく間も、私は変わらぬ姿のまま。
彼の葬儀にも行った。隠れて、遠くから。
彼の妻と子供たちが泣いているのを見ながら、私は何も感じなかった。
心が…石のようになっていた。
***
王都の灯りを見つめながら、私は静かに微笑んだ。
数百年の時を経て、ついに復讐が始まる。
アレン…あの緑の瞳を持つ少年。
彼に似た彼を思い出すたび、胸が痛む。
でも、私の計画に彼は必要なのだ。
「ごめんなさい…」
風に乗せて、小さく呟いた。
――番外編2「復讐の始まり」に続く