第7話「セシリアの復讐」
――アレン視点――
その時――空気が重くなった。
広場と市場の中間点、王都の中心部上空に黒いフードを被った人影が浮かんでいる。
風もないのにローブがはためいて、その下から禍々しい魔力が立ち上っている。
「何だ、あれは…」
広場と市場の両方で、民衆が空を見上げてざわめいた。
俺の右耳の神環が激しく脈打ち始めた。
神環が何か重大な危険を察知してるみたいだった。
まるで警告するように。
「全員、ここから離れて!」
ルミナが叫んだ。
***
――セシリア視点――
数百年を生きた私、セシリア・アルヴェイン。
人族と天界族の血を引く私の瞳には、神々への憎悪が宿っている。
(ついに...神の選定制度を狂わせることに成功した)
二人の王が同時に現れた現実を見て、私の唇に冷たい笑みが浮かぶ。
長年の計画が実を結んだ瞬間だった。
(二人の王の出現で制度は既に揺らいでいる。さらなる混乱で完全に破綻させよう)
私は両腕を天に向けて掲げた。
数百年の憎悪を込めて――
***
――アレン視点――
その瞬間――
巨大な爆発が王都の中心を貫いた。
光と轟音が世界を包んで、大地が裂ける音が響く。
魔力の奔流が大地を引き裂いて、空気を震わせた。
数百年の憎悪を込めた一撃は、王都の中央に深い谷を刻んだ。
幅は約200メートル、深さは20メートル以上。
亀裂の両端は今も崩れ続け、近づけば落下の危険がある。端まで迂回するには数日かかる。
その巨大な亀裂が、王都の中央部を東西に分断している。
アレンのいる市場側と、カイロスのいる広場側を隔てて。
「王様!」
「陛下!」
広場にいる人々の絶叫が谷の向こうから聞こえる。
亀裂の向こうは煙で何も見えない。あの人は、無事なんだろうか。
俺は立ち上がろうとしたけど、爆発の衝撃で頭がくらくらする。
耳鳴りが止まず、視界も霞んでいる。
(一体、何が起きたんだ……?)
「アレン様!」
ルミナが駆け寄ってきた。彼女の白いローブも灰で汚れている。
「怪我は?」
「大丈夫……でも、みんなは…」
ルミナが俺の額に手をかざすと、温かい光が頭痛を和らげた。
治癒魔法の効果で、ぼんやりしていた意識がはっきりしてくる。
周りを見回すと、避難が間に合わなかった人々が倒れている。
子供の泣き声、大人たちのうめき声が混じり合っていた。
幸い、多くの人は避難できていたけど、商人や買い物客が怪我をしている。
爆発と同時に、あの黒いフードの影も闇に溶けるように消えていた。
「まず、怪我人の手当てを…」
治癒魔法で回復したとはいえ、俺は震える手で立ち上がった。
頭はまだぼんやりしてるけど、目の前の現実は受け入れなければならない。
この巨大な亀裂が、俺とあの王様との間を隔ててしまった。
一瞬途方に暮れた。
でも――父さんの言葉が頭に浮かんだ。
『困った時こそ、できることから始めろ』
そうだ。
今、俺にできることをやるんだ。
「皆さん、聞いてください!」
俺の声が市場に響いた。
混乱していた人々が、次第に俺の方を向く。
でも、まだ不安と恐怖の色が濃い。
「王都が分断されました。でも、諦めません」
声が震えた。
でも続ける。
「みんなで力を合わせて、この困難を乗り越えましょう!」
その声には、16歳の少年とは思えない力強さがあった。
誰かがやらなきゃいけない。そして今、ここにいるのは俺だ。
人々の瞳に、わずかな希望の光が宿り始めた。
最初は半信半疑だったけど、俺の真剣な表情を見て心が動かされる。
「あの子の言う通りかもしれない」
「みんなで力を合わせよう」
小さなつぶやきが、次第に広がっていく。
この少年となら、きっと何とかなる――そんな気がしてきた。
***
――カイロス視点――
意識が戻った。
「カイロス…カイロス…」
レオニードの声が、だんだんはっきりしてくる。
「レオニード…?」
「カイロス!目を覚ましたか!」
騎士団長の安堵の表情。
「みんなは…無事か?」
「カイ……いえ、陛下が民衆を押し戻してくださったおかげで、多くの命が救われました。ただ…」
レオニードが亀裂の方を見た。
「王都が、分断されています」
「何だと…」
俺は起き上がって、巨大な亀裂を目にした。
「市場側の様子は?」
「あちら側にも、指揮を執っている者がいるようです。茶髪の少年ですが、まるで戦場の指揮官のような的確さで…」
茶髪の少年――まさか。
(もしかして、あれが…もう一人の王?)
俺の胸に、奇妙な感情が湧いた。
会ったこともない相手なのに、なぜか懐かしいような。
右耳の神環が、微かに温かくなった。
「一刻も早く、向こう側と連絡を取りたい」
王座は重い。
一人では背負いきれないほどに。
しかし、もしかすると――今度は一人じゃないかもしれない。
窓の外には、分断された王都の夜景が広がっている。
深い亀裂の向こう側で、もう一人の王が同じ空を見上げているかもしれない。
「明日こそは…」
俺は静かに呟いた。
***
王都を分断した深い亀裂。
その向こう側で、もう一人の王が目を覚ます。
二人はまだ出会えない。
だが、運命の糸は確実に近づいていた――そして、それを阻む闇も。